第14話 明日へ

意識が混濁する。

僕は、誰だ?

(僕はボクだ)

なら、僕をはじめなければならない。

(なぜ?)

僕を必要だと言ってくれる人がいるから。

(それは僕でなくてもいい)

そんなことはない、必要だと、光だと言ってくれたんだ。

(誰がだい?)

だれ?

(そう、ダレ?)

わからない、でも、ここから出なきゃならない。

(それは無理だよ)

ムリ?

(だって、僕は死ぬんだもん)

・・・僕は死なない、絶対に抗う、ボクはシナナイ!

(死ぬよ、みんな死ぬんだ)

ちがうー!

ココロが発狂する。



 「大丈夫?」

 苦しそうな顔、うわごとのように何かを呟いている口元を覗き込む。

 暗い部屋。

 白い壁にシミのような痕がある。

 ここに入院していった人の誰かがつけたのだろうか?

 苦しいから?

 寂しいから?

 ちょうど、頭の上あたりにあるシミは、指で擦ったかのようだ。

 どれだけの人が、この部屋で過ごしたのだろう。

 その時、彼の口が微かに動いた。

 (だれ?)

 そう言っているみたいに見える。

 「わたしは、足立真那。ここに入院してるの。」

 彼の苦しそうな息から、今度は、

 (なぜ?)

 聞き取れない声が聞こえた。

 「あなたを助けるため。わたしは、ここの人達に助けてもらった。お医者さん、看護師さん、助かったとき、こんなに涙って出るのかってくらい泣いたよ。だから、あなたにも涙を流してもらうの。なぜって?わたしは、あなたのファンだから。」

 一息つくと、

 「お願い、あなたは、わたしの光なんだから。」

 そして、大きく息を吸うと、囁くように歌い出した。

 本当なら、病室を抜け出してコロナ患者に会うなんて、怒られるのは必死だけど、それでも、彼は生きなきゃいけない。

 死ぬなんて許さない。

 だから、歌うね。

 思い出して、あなたは、光。

 あなたの歌は希望。

 みんなの明日を包んでくれる。

 優しくて明るい日差しなの。

 お願い、どうかあきらめないで。

 あなたの歌は、きっと言霊となり、あなた自身に届く。



 不思議だ。

 これは夢なのか?

 自分自身が不確かなほど、意識が混濁していたはずなのに、歌が聴こえてきた。

 少し甲高い、それでも優しい温かい歌声だ。

 この歌は?

 僕も歌ってた?

 わからない、考えるのがツライ。

 (考えなくていいよ、聞かなくていい、こんなのたいした歌じゃない)

 また、僕を否定する声が聞こえる。

 そんなことはない、少し音程ははずれてるけど、優しい歌だ。

 (ダレも聞かない、君は忘れられた人だ)

 忘れられる、誰に?

 (みんなにさ、君は死にかけてる)

 みんなに?

 それは嫌だ。

 (仕方ないさ、いつかみんな死ぬ。君は今から死ぬんだ)

 だって、こんなに一生懸命、歌をうたってくれるんだ。

 それは、僕が生きていい証じゃないのか?

 (思い上がりだ!)

 だって、こんなに胸に響く。

 生きろ、そう聞こえるんだ!

 (君は死ぬ)

 いや、死なない、抗えと歌ってる。

 (死ぬ!)

 いやだ、死にたくない!

 (死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、目を閉じろ!)

 僕は戦う!

 生きる、生きろ!

 目も心も絶対に閉じない!



 目の前の少女が笑っていた。

 何がおかしいんだ?

 それも、涙を流して?

 ぐちゃぐちゃだな。

 でも、なんだろう、ココロが軽い。

 なんだろう、涙が頬を伝ってる。

 目を大きく開けて見た。

 もっと、彼女を見たいから。

 でも、見えないな。

 涙がどんどん溢れてくるから。



 「真那ちゃん!何してるの!」

 静かに後ろのドアが開き、小さな声で叱責された。

 でも、覚悟の上だ。

 「マスクも何もせずに!それにここは重病者の患者さんよ。こんなことしちゃダメ!真那ちゃんだって、まだ完全じゃないでしょう。」

 腕を握られ、少し引っ張られる。

 だけど、私の顔を覗きこむとギョッとし、腕の力が緩んだ。

 「泣いてるの?」

 優しい声が降る。

 小さく頷くと、彼の方を見た。

 「朝田さん、届いたよ。目を開けたの。一生懸命に戦ってるよ。」

 看護師の朝田さんに涙が落ちるのも構わずに、話す。

 「ほら、見て。」

 酸素マスクをし、うっすらとではあるが、力のこもった目を向け、その頬には、涙が伝わっていた。

 「チカラくん、分かる?見える?」

 「チカラ、あなたは生きなきゃ。あなたがいない世界は、私にはツライ。歌を歌って、みんなを元気にしてよ。」

 彼は、瞼を閉じ、また開けた。

 その行為は、数秒なのに、スローモーションのように感じた。

 それは、了解のサインに感じる。

 「先生を呼ぶわ。但し、真那ちゃんは、後でお説教だよ。」

 そう言った朝田さんの顔は、笑っていた。

 きっとまた、彼の歌が聞ける。

 少し青みがかった、病室のカーテンが、私には、空の青さに見えた。

 それは、明日への希望の架け橋。

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