第13話 涙

 もう真夜中になる。

 布団を頭まで被るけど、眠れない。

 寝よう寝ようと思うほど、余計に頭が冴え、心がザワザワする。

 結局、両親から今日は帰れないと連絡があった。

 麻美のおばあちゃんは、両親が勤めている病院に搬送されていた。

 麻美のことを聞くと、泣いているけど大丈夫だよ、そう言っていた。

 おばあちゃんについては、手術中なので分からないとのことだった。

 こんな時、いかに自分が無力なのかが分かる。

 携帯を頭のすぐ横に置き、いつ麻美からかかってきてもいいようにした。

 目を閉じる。

 そして願う。

 どうか麻美のおばあちゃんを助けてあげて。

 両手を布団の中で組み、祈るのだった。



 もたれかけた肩は、こんなに小さかっただろうか?

 流す涙も枯れ果て、母親の肩に頭を横たえながら思う。

 こんなに細かったかな?

 こんなに手が荒れていたかな?

 自分がいかに、家族をちゃんと見ていなかったのかと胸に響く。

 おばあちゃんは自分をちゃんと見ていてくれた。

 だから、あれほど反発したのだ。

 うざい、煩わしい、分かってる。

 そう、思っていた。

 今なら分かる。

 心配が愛情なのだと。

 「麻美、大丈夫。ここのお医者さんは優秀なんだから。お母さんが働いてる所だよ、お墨付き!」

 明るく言う母親が、自分を励ましてくれているのが分かるだけに、

 「うん、知ってる。」

 少し笑顔で答えた。

 「そっか。麻美、タクシーで帰る?お父さんがこっちに来るから、弘樹と留守番してなさい。疲れたでしょう?」

 優しく問われるも、首を左右に振った。

 「ごめんね、お母さん。もっと早く着いてれば。」

 救急車で息を潜めて待っていた時間を思い出す。

 怖くて怖くて、このまま病院に行けないんじゃないかと思っていた時間。

 救急隊員の人を見ているしかない自分。

 止まっていた時間、ここに来れると伝えられた瞬間、涙が零れ落ちた。

 あんなのはもう嫌だ。

 「今は、コロナ患者が多くて、受け入れを制限してるの。でも、先生が受け入れて下さったから。」

 ほっとした表情をする。

 そうか、母親もまた、ここで毎日、闘っているのだ。

 本当に自分は何を見てたんだろう。

 目に涙が滲んでいくのが分かった。



 「優香はハンバーグが好きだね。」

 「うん、おばあちゃんのハンバーグ、大好きだよ。」

 「友達はたくさん出来た?」

 「まあまあかな。」

 「まあまあか。」

 「まあまあじゃ駄目?」

 「駄目じゃないよ。大切な友達が出来ればいいの。」

 「それなら出来たよ!」

 「そうかい、そうかい。」

おばあちゃんが、頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。



 ゆっくり目を開けた。

 まだ、朝の5時30分。

 でもなぜだか気分がいい。

 多分、おばあちゃんの夢を見たからだ。

 小さい頃は、よくおばあちゃんにハンバーグを作ってもらった。

 おばあちゃん曰く、拗ねた時の口のすぼめ方がお母さんとそっくりなんだそうだ。

 そして、「まあまあ」が口癖だった自分は、それが大丈夫の合図なんだと、おばあちゃんに見抜かれていた。

 今度、おばあちゃんに会いに行こう。

 そう思いながら、携帯を見た。

 開いた瞬間、口許が綻ぶ。

 そこには、笑顔のスタンプ。

 (優香ぁ、おばあちゃん、助かったよ)

 自分もすぐに、笑顔のスタンプを送った。

 そして、思いっきり深呼吸したのだ。

 (おばあちゃん、大切な友達のおばあちゃんが助かったよ)

 話すことがたくさんあるんだから。

 聞いてね。

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