第11話 光

 闇が広がる。

 両手を伸ばしても、何も掴めず、何もさわれない。

 なのに、誰かの声が聞こえてくる。

 だけど、何を言っているのか僕には分からない。

 ただ、知ってはいる。

 これは、言霊だ。

 願い、希望、懺悔、後悔、そして祈り。

 みんな戦っているのだ。

 みんな光を求めている。

 なら、僕もあきらめない。

 僕は、僕は、この闇から抜け出して、ココロを取り戻すんだ。

 絶叫したいほどの苦しみも、我慢する。

 体が鉛のように重くても、這いつくばって手をのばす。

 僕は光になりたい。

 そう、僕は光をとどけたいんだ。



 はあはあはあはあ。

 ここはどこ?

 はあはあはあはあ。

 お母さん!

 はあはあはあはあ。

 これ、ぼくのからだ?

 ぜんぜん動かないや。

 ぼくは生きてる?

 どうすれば、お母さんやお父さん、ゆーちゃんと会える?

 ねぇ、りくと、ぼくをヒーローみたいに助けてくれる?



 手が震えてうまく握れない。

 小さなぼくの手は真っ赤になっている。

 強くにぎるからかなぁ。

 夜の空は光っているけど、ぼくにはまだ怖いや。

 今日も空を見上げる。

 おねがい、お星さま。

 ぼくはね、死ぬってことがよくわからないんだ。

 お母さんに聞いたらね、お星さまになることなんだって。

 だから、おねがいするね。

 どうか、よういち君をお星さまにしないで。

 どうか、またぼくのとなりで、笑っててほしいんだ。

 どうか、お願い、死なないでほしい。



 手紙を書いた。

 言葉に出せばすらすら出てくるのに、文字になると、薄っぺらい。

 自分がどれほど口先だけで生きてきたのか、後悔が押し寄せる。

 「直哉に負けるのが悔しかったのか?」

 声に出すと余計に虚しくなる。

 「俺が悪かった、ごめん直哉。」

 いない相手に謝っても届かない。

 手紙を握りしめて、くしゃくしゃにする。

 そしてまた新しい便箋を取り出す。

 正直に素直に。

 過去は変えられない、でも未来は自分次第で変えられる。

 俺は、あいつと、ずっと心配しているあいつの彼女に謝らないといけない。

 でないと俺は、ろくでなしだ。

 強く握ったペンを紙に走らせた。



 涙が溢れる。

 自分の愚かさに、醜さに、悔しさに。

 自分はどこかで、コロナになんかならないと思っていた。

 そんなはずはないのに!

 高崎に懇願されて会ったのは英国からの帰国者だった。

 どうしても都合が悪いので、代わりに話しを聞いてほしいと言われ、彼と食事をしながら今からやろうとしている事業の内容を聞いた。

 それなりのアドバイスもした。

 ただ、彼からも、高崎からも彼が英国からの帰国者だと知らされたのは、コロナにかかってからだ。

 なぜ、なぜ、教えてくれなかったんだ。

 なぜだ、おい、高崎!



 彼は、いいひと。

 私の口癖。

 だから、彼からコロナにかかったと聞いた時、心臓がドクリと鳴った。

 素直に状況を知らせる彼に、私の感情はざわめいた。

 そう、私もかかっているかもしれない。

 どうしよう、検査した方がいいのだろうか?

 電話の向こうでは、申し訳なさそうに項垂れている彼がいる。

 自分を心配している彼がいる。

 はっ、とした。

 私は私の心配をしている。

 彼の方がとても不安だろうに。

 すまない、謝る彼がいた。

 なんでそんなにいい人なのよ。

 涙を拭ってもまた溢れる涙が、どうか彼の不安も流してほしい。

 大好き、私のいいひと。

 どうか無事に戻ってきて、私を抱きしめてほしい。



 ひざにシミが広がっていく。

 何度も何度も涙を拭っても、ポタポタ流れる涙は止まりそうにない。

 (なんでもっと)

 後悔が頭をぐるぐるめぐる。

 おばあちゃんが倒れてから酷く長い時間が過ぎた。

 受け入れ先の病院が見つからず、救急車の中で待機していたのだ。

 母親に連絡したけど繋がらない。

 一生懸命に命を繋ごうとしてくれている救命士に、自分は見ていることしか出来なかった。

 その時、母親の病院が受け入れてくれると連絡があった。

 一旦は断られたのに奇跡だと思った。

 「おばあちゃん、お母さんが助けてくれるからね。頑張って!」

 涙を拭う服の袖はビシャビシャだが、それでも止まらない涙を拭くと、少しだけほっとした。

 あー、神様、どうか、おばあちゃんを助けて。

 そして、ごめんなさいと言わせてほしい。



 看護師さんの会話に耳を澄ます。

 自分が寝ていると思っているのか、小さな声で話していた。

 それでも、何となく分かった。

 (あの人がここにいるんだ)

 自分にとっては、希望、安らぎ、そして光。

 看護師さんが部屋から出ていくと、むくりと起きあがる。

 待ってて、私があなたを助ける。

 それは揺るぎないココロの在り方。



 夜は嫌いじゃない。

 夜更かしはするものだと思っているし、自分の部屋で唯一の自由を満喫できる。

 1人は寂しいくせに、部屋に入るとそのことを忘れてしまう。

 友達とは自由に話せるし、漫画やテレビも見放題。

 親は仕事でいなくても、頭のどこかで、この関係が崩れる事などないと思っている。

 明日も明後日も、同じような日常が繰り返すだけで、劇的に変わることなどないと思っているのだ。

 テレビの中からは、楽しそうな笑い声が聞こえる。

 こんなに、自分の部屋が広かったっけ?

 楽しそうな笑い声も今は虚しさしか感じない。

 「父さん、母さん。」

 いつの間にか言葉に出ている独り言は、自分でも気付かない。

 「どうか、麻美のあばあちゃんを助けてあげて。」

 願いは祈りとなり、祈りは光となりきっと届く。

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