第18話 アリスの疑問と答え

「施設の誰かの話を聞いてもいいか? もちろん、話していい範囲でかまわない」

 朔哉さくやさんからわれ、私はなにを話そうかしばらく考えました。

「山で育ったおじいさまは、幼い頃、食卓しょくたくを豊かにするために川で魚をるのがお仕事でした。まず川の岩べりにいる虫をつかまえて、り針につけます。川中かわなかの岩の合間あいまで動かすと川魚かわざかなが釣れ、家族に喜ばれました。でも、おじいさま自身は、えさである虫を見ているので、川魚はあまり食べたくなかったそうです。同じ理由で、エビも苦手なのだとか」

「あー」

「なるほど」

「なんか、そんな映画あったよね?」

「あった。なかなか強烈だったな」

 施設の皆さんとお話しをするようになってから思ったのですが、意外と男性の方が食に関して繊細せんさいな気がします。

「やはり山で育ったおばあさまは、幼い頃、味噌みそ醤油しょうゆもお茶もご自分のおうちで作っていました。五人兄妹で、お兄さま方は川に釣りに行ったり、山にたきぎを集めに行ったりします。女の子たちは家の掃除そうじをして食事を作り、着る物をこしらえい物をします。畑仕事は家族総出そうでです。学校へ行く他は、なにかしら家の仕事があります。ご飯をいたりおかずを作ったりするのはかまどで、お風呂をかすのにも薪がいり、パンも竈で焼きます。おやつにいもやおまんじゅうをすのも竈なので、薪がたくさんいるのです。野菜もお米も家族で作っていました」

「すごいな。家庭で醤油やお茶も作れるのか」

「実際作っていると大変だろうけど、今聞くとすっごく贅沢ぜいたくな感じだね」

「すべて美味おいしかったそうですが、大変時間がかかったそうです」

 そのおばあさまは、今の様に、自分のために時間を使えることがとても贅沢に感じると話しておられました。

「とってもお洒落しゃれなおばあちゃまがいらっしゃいました。いつ見ても、お洋服にアクセサリー、話し方などすべてお上品で、それでいてユーモアもある、素敵なおばあちゃまでした。私は勝手に、おばあちゃまはお金持ちのお嬢様じょうさまだと思っていたんです。馬に乗って林を散歩した話を聞きました。馬と一緒にしげみをかろやかに飛び越えるのが心地よかったと。野イチゴをみ、湖の近くですずんだのだと。私の想像の中では、物語に出てくるドレスを着たお姫様のようでした。……でも、違ったんです。戦争の波から逃れる汽車の中、ずっと赤ちゃんの泣き声が響いていたのが、やがて聞こえなくなったと。汽車に乗っているみんな食べるものがなくて、骨と皮だけで、薄暗い中で目だけがギョロギョロ光って見えた、と」

 具体的には言いませんでしたが、食べ物がなくて母親は栄養不足になって母乳が出なくなり、赤ちゃんは母乳をもらえず、母親の腕の中で死んでしまったのです。

 私にとっては昔話や映画の中のような出来事ですが、それがほんの数十年前の現実なのだと、皆さんが体験したことなのだと、話して下さいました。

「施設の皆さんのお話を聞くことは、私にとって、最初は架空かくうの物語を聞くことと同じでした。それが本当に現実のことであっても、私が体験することは絶対にない、遠い世界の物語のように感じていました。でも、施設を出なくてはならなくなってから皆さんの話を聞くと、『私はなにも知らないんだ』と思ったのです。私は普通の生活だって知りません。魚をつかまえることも、虫をつかまえることも、ご飯を作ることも、野菜を育てることも、馬に乗ることも、えに苦しむことさえ知らない。でも、なぜか私の病気は治ってしまいまいした。まるで神様に、『あなたは生きていていいのだ』と、いえ、『』と言われたようでした」

――どうして生きなくてはならないのか?

 それはずっと少女が疑問に思っていたことだった。

「どうしてか、ずっと考えてはいるのですが、今でもわからないのです。わかりませんが、今は『知りたい』と思っています」

「なにを『知りたい』んだ?」

「なんでもです。知らないのは皆さんに失礼だと思ったのです。皆さんの家にご挨拶あいさつにうかがうのも、皆さんのご家族の方を知りたかったから続けられました。情けないことに、ひとつ訪問するたびに倒れて寝込んでしまいました。最初はなかなか回復しなくて、すべての家をまわるのに一年近くかかってしまって。ついには父と母から外出禁止令まで出されてしまいました。それでもどうしても行きたかったので、倒れないことを条件に、外出するようになりました」

「え、うわ。それ、俺んちでも山でもやぶってるよね?」

「無理しているつもりはないのですが、なかなか体力が追いつかなくて」

「まずは体力作りをしたらどうだ?」

「しています! でも、早く知りたいのです」

「その気持ちはよくわかる」

「ふふっ。朔哉さんの集中力は素晴らしいですもんね。遅くなりましたが、あらためて、『紅葉の謎』を解いていただき、ありがとうございました」

「どういたしまして。俺も助かった。ありがとう」

「そういえば、サクはSOUVENIRの『紅葉の謎』は解けたの?」

「解けた」

「え? 聞いてないんだけど?」

「言ってないからな」

「いやいやいや。で、なんだったの?」

「それは教えられない」

「はあ? なんで? ここまできてそれはないでしょ?」

「勝手な想像になるが、解いたプレイヤーはすでに何人もいると思う。誰も明かしていないだけで。だから俺も明かさない」

「ええー? なにー? 気になるー」

「気になるなら自分で解くんだな。ヒントはすべてそろっている」

「うぅ。アリスちゃん、なんとか言ってよー」

「すみません。私も解いたんです」

「はああ?」

「私も施設に現実での『紅葉の謎』を解いた連絡を入れたのです。その後、SOUVENIRのかたと話すことになりまして。流れでゲームの登録をして『紅葉の地』に行ったら、そのまま解けてしまいました」

「えええええ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る