第12話 『紅葉の地』の聖地

 朔哉さくやは地図とパッドのGPS表示を頼りに一人黙々もくもくと歩いていた。

 いくつかひらけた場所を通り抜けてきたが、どこも『紅葉の地』ではなかった。

 あと少しで、アリスが朝倉夫人から預かっていた地図に書き込まれていた手書きの線の最終地点にたどり着く。

 そこに行ったところで『紅葉の謎』が解けるのかはわからない。

 それでもじっと座ってなどいられなかった。

 アリスのためにゆっくり歩かなくてはならないのも、アリスを休ませなくてはいけないのもわかっていたが、朔哉は一刻も早くに向かいたくてたまらなかった。

 行き先を確認するために顔を上げると、数メートル離れた場所の紅葉が光ったように見えた。

(なんだ? まさか)

 朔哉はさきほどよりも急ぎ足で光る方へと向かう。

 そこはちょうど地図の終点だった。

 太陽にかかっていた雲が切れて、どこかオレンジがかった、あたたかみのある光が惜しみなく山に降り注いでいる。

 光を浴びた紅葉は、陽をすかしたステンドグラスか、自ら光を放つ宝石かのように輝いて見えた。

 それはまさにSOUVENIRスーベニアの『紅葉の地』の紅葉と同じだった。

 キラめく紅葉にかれて進む一足ごとに、伸びて枯れかけた草と落ち葉をかき分けるので、朔哉の足元は絶えずガサガサ音がなっている。

 周囲では無数の虫の声が何十奏で追いかけあっているが、集中している朔哉には雑音と認識されているので聞こえない。

 そこに「ポン!」と場違いに明るい電子音が鳴った。

 朔哉が無意識に動かしていた足を止めてスマホを開くと、SOUVENIRアプリから通知がきていた。


【『約束の桜』へ到達! ハンコが押されました!】


(そんな名前の名所はどこにもない。ここは本当に『紅葉の地』の聖地なのか! とにかくこの場所を登録しなくては)

 朔哉は動かないまま、自分の現在地をパッドのマップに記録させる。

 そしてようやく落ち着いた様子で、ぐるりと周囲を見回した。

 先程までとは違って輝く葉が揺れる様は、まさにSOUVENIRと同じキラめく美しさだ。

 本当に現実の木なのかと、紅葉の近くにってさわってみたところ、いたって普通の木と葉だった。

 近づくと魔法がとけたように普通の紅葉に戻る。透けて輝いているのは、太陽光との角度でそう見えるだけのようだ。

 驚くことに、木々の配置やそれぞれの枝振りさえも、SOUVENIRで『紅葉の謎』がある『紅葉の地』と似ている。

 まったく同じでないのは、おそらく木が成長したからで、『紅葉の地』ができた当初はそっくりだったのだろう。

 ゲームそのままのキラめく葉に感動しながら歩いていると、何度も視点を変えながら『紅葉の地』を歩いていた記憶がよみがえってきた。

 いつもはキャラクターをななめ後ろから見下ろす俯瞰ふかんの視点ばかりだったが、『紅葉の地』では謎を解くヒントが見つけられないかと、キャラクター視点になって観察しながら歩き回っていたからだ。

(『紅葉の謎』があるのはあのあたりか)

 朔哉はまるでSOUVENIRの中に入り込んだ心持ちで、すっかり覚えてしまった『紅葉の謎』が明滅する位置へと向かって歩いて行く。

 ザクザクガサリと音を立てていた足元が、急に静かにらくになった。

 地面を踏む感触が変わったので朔哉が視線を下げると、『紅葉の謎』が明滅する付近の範囲だけ、草が少なくなっていた。

 コンクリートなどで埋められているわけではなく、周囲と同じながら、生えている草の背も低い。

(ここだけ掘り返したのか? ということは、なにか埋まっている?)

 今すぐ掘ってみたいが、まずは地点を登録してからだ。

 パッドに記録させていると、スマホが鳴った。ヒロシに渡していた、山でも使えるケイタイからだ。

『サクー、そっちはどんな感じー?』

「『紅葉の地』の聖地を見つけた」

『は? マジで? ちょ、待っててよ。すぐに行くから、そのまま待ってて! なにもしちゃダメだからね!』

 アリスちゃん、行こう! という声とともに、ヒロシからの通話は切れた。

(そうだった。ここにはアリスが、現実リアルのヒントを持った少女がいる)

 朔哉にもうっすらわかってきた。

(現実世界の『紅葉の謎』はあの少女のための『謎』で、自分が解きたい『謎』じゃない)

 素手で今にも地面を掘り返そうしていた朔哉は、立ち上がるとスッと目を閉じた。

(俺が解くのは、SOUVENIRの『紅葉の謎』だ。聖地まで来たぞ。ヒントはなんだ?)

『目と口を閉じて』

 視覚を閉ざすと、夏のすような日射しとは違って、服の上からでもじんわりあたためるような光を感じた。

 耳を澄ますことで、ようやく会話をしているかのような虫の声も朔哉の耳に入るようになった。

 優しい風が通り抜け、木の葉を揺らすのを感じて、ああ、これが『紅葉の地』のBGMに入っているさざ波の正体か、と思いいたる。

 目を閉じていても山の匂いがわかる。360°からあたたかい光と風を感じ包まれるようだ。

 深呼吸して、ゆっくりと目を開けると、そこは瞼に焼き付くほど見た、あふれる色彩がゆらめく『紅葉の地』だった。

 大きな音に震えたかのように、朔哉の足先から頭の先まで鳥肌が駆け抜けた。

(そうか! だからSOUVENIRなのか!)

 どうして朔哉がSOUVENIRを心がゆさぶられるほど美しいと感じるのか。朔哉はやっとわかった気がした。

(SOUVENIRは誰かの目を通した景色、心象を具現化したものなんだ)

 現実では、キラめく紅葉は、紅葉と、晴れている日の太陽との角度で作られている。

 透けながら輝く紅葉は宝石よりも神秘的で美しいけれども、曇りや雨の日、夜には見られない。晴れていても、紅葉すべてに起きる現象ではない。

 朔哉が今見ている範囲の紅葉は光り輝いて見えるが、背後の紅葉や、重なっている部分はただの紅葉だ。

 現実なら限定された美しさ。

 その瞬間的な美しさを、ゲームの中で恒久的こうきゅうてきに再現しているのがSOUVENIRなのだ。

(ここは朝倉社長と朝倉夫人、二人の記憶に残る大事な思い出の場所。SOUVENIRに家電ASAKURAが参入することで、そんな『紅葉の地』おもいでのばしょを再現してもらったんだろう)

 朝倉夫人はすでに亡くなっている。

(おそらく夫人は、海外の思い出の場所や、国内でさえ行けないほど身体が弱っていたはずだ。そんな夫人ともう一度、思い出の場所を訪れたかったのか)

 他の名所も、すべてではないかもしれないが、誰かの思い出の場所なのだろう。

 誰かの記憶に残る一番美しい瞬間を、SOUVENIRは、美しい思い出そのままに再現している。

 SOUVENIRとは、旅行などへ行った自分へのお土産や記念品として使われる言葉だ。名所のあるゲームだから、てっきりそっちの意味でつけられていると朔哉は思っていた。

 もちろんそうでもあるのだろうが、それだけじゃない。

 形見や思い出の品と言った、亡くなった人との記念品としてもSOUVENIRは使われる。

「SOUVENIRの存在自体が、誰かとの思い出の集合体なのか」

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