第13話 現実の『紅葉の謎』
「お待たせー」
立ち尽くしていた朔哉の元へ、ヒロシがアリスを背負ってやってきた。
アリスの背には
「うわー、まさに『紅葉の地』だね」
「不思議な感じがします」
テレビ画面で見た景色そっくりな光景に、ヒロシもアリスも
「ここが『紅葉の謎』の場所だ。ここになにかある。掘ってみようと思ったんだが……」
朔哉が足元を示すと、ヒロシと地面におりたアリスは顔を見合わせて笑った。
「ほら、やっぱりスコップ持って来て正解だったでしょ?」
「ヒロシさん、すごいです!」
「スコップがあるのか? よく持って来たな」
「ふっふーん。宝の地図とくればスコップですよー」
「わかったから、道具があるなら掘ってくれ」
「私が掘ります!」
「はい。アリスちゃん、お願いしまーす」
ヒロシから片手サイズのスコップを受け取ったアリスは、ぎこちないながらも懸命に掘り始めた。
朔哉が想像していたよりも土はやわらかそうだが、アリスには固いようだ。
それでも朔哉もヒロシもなにも言わず、手も出さずに見守っていた。
しばらくして、
「あ、なにか当たりました!」
「
「どんな感じなの?」
「はい。ええっと、
「んー、なんだろ? 化石とか?」
やがて汚れた銀色とプルトップが見えてきた。どうやら缶のようだ。
「えー? ただのゴミー?」
「取り出せるか?」
「は、はい」
出てきたのは閉じた缶ジュースの形をしていたが、ラベルなどはない。中身はわからないが、重さからして液体ではなさそうだ。
缶ジュースで見られるプルタブ式ではなく、缶詰で使われるプルトップ式なので、缶ジュース型の容器なのだろう。
「底に『Open me!』って書いてあります!」
「『私を開けてね』、か。本家通りの『
「さすがにいつから埋まっていたかわからない物を口には入れたくないよね。アリスちゃん、どうする? 俺が開けようか?」
「私が、開けたいです。いいですか?」
「もちろん」
「いいぞ」
ヒロシと朔哉が見守る中、アリスが缶のプルトップを開けようとしているが、指をひっかけることすらできないでいる。
「おい。なにを遊んでいるんだ?」
「アリスちゃん?」
「あの、これ、どうすればいいんですか?」
「ここにひとさし指をかけて、そうそう。そのまま、こっち側に引っぱるんだよ。ここらへんを押さえると力を出しやすいよ」
「こうですか?」
乾いた音を立てて、ようやく缶が開いた。
アリスが無造作に缶の中へと手を入れようとしたので、ヒロシは慌てて止める。
「待ってまって! フタが外れた缶のフチは切れやすいから、手を切らないよう気をつけて」
「わかりました」
注意深く取り出されたのは、
「ひらきますね」
少女が緩衝材をとめていたテープを外して包みをほどいていく。
「
「鍵ですね」
「鍵だな」
そのままペンダントトップにしても良さそうなアンティークなデザインの、優美な鍵が出てきた。
(これが『紅葉の謎』の解答?)
三人ともが黙り込んだが、朔哉はすぐに否定していた。
(いや、違う)
だいたい、SOUVENIRでの『紅葉の謎』の位置にはなにもない。こんな『鍵』など出てこないのだ。
(あの時SOUVENIR社員はなんと言っていた?)
――もちろん。ちゃんと解ける「謎」だよ。ただ、他の「謎」と同じようには解けないようになっているんだ。アリスの……っとと。悪いけど、これ以上は話せない。ナゾトキ楽しんでね。
アリスが関係しているのは間違いない。
現実で助けを求めてきた少女はまさしく『アリス』だった。
でも、少女はSOUVENIRを見たことも遊んだこともなかった。少女はSOUVENIR内にはいない。
ならば、『ちゃんと解ける謎』だと話した社員が言う『アリス』とは、NPCアリスのことだ。
SOUVENIR内には他にもNPCが多くいる。その中で、どうして『アリス』なのか。
精密に作り込まれたSOUVENIRには、NPCでも名前はもちろん顔も種族も体格も違っていて、同じNPCは二人といない。
『アリス』だけが各名所に同時に存在しているのに、『紅葉の地(約束の桜)』にだけ『アリス』がいない。
(『アリス』の存在自体がヒントなのか)
そもそも、なぜ『アリス』なのか?
朔哉は『不思議の国のアリス』を思い出していた。
確か物語のアリスも、物語の中で鍵を見つけていた。
その鍵は、アリスが行きたかった場所を塞いでいた扉の鍵だったはずだ。
(扉があるのか?)
ここは山だ。扉がある建物は、すでに許可証という別の鍵で開いたし、あの建物は関係ないだろう。
SOUVENIRの『紅葉の地(約束の桜)』はただ美しい紅葉のある場所で、特別な建造物などひとつもないからだ。
今まで解いてきたSOUVENIRの謎は、簡単なものとはいえ、どれもプレイヤーに公平なものだった。
『紅葉の謎』も、同じように誰もが解けるはずなのだ。
『目と口を閉じて
N35E135』
『目と口を閉じ』るのだから、視覚や味覚や発声は考えなくていい。
『N35E135』が北緯35°東経135°だと言われているが、SOUVENIR内には緯度や経度は存在しない。アップデートでエリアの追加や削除が行われるからだ。
「鍵が出てきたってことは、どこかに宝箱でもあったりして」
「見てみたいです」
「ねー。なんかさー、意味深な地図とか鍵とか、歩かされるところなんか、ほんっと昔のゲームっぽいよ」
『歩かされる』『昔のゲーム』
何気ないヒロシの言葉が朔哉の耳に飛び込んできた。
SOUVENIRでは何度も試したし、先週も目の前で第三者が試すのを見たばかりだ。
『N35E135』が昔のゲームのように、『北(north)に35歩、東(east)に135歩』進めばいいのではないか、と。
でも、なにも起きなかった。
だからこの方法は違うのだと諦めていたのだけど、『アリス』なら?
物語のアリスは身体の大きさを変えていた。
でも、名所にいる『アリス』の体格は、どの『アリス』も同じだ。
モデルになっていると思われるこの少女と同じだとしたら。
「あんた歩けるか?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、言う通りに歩いてくれ」
朔哉はパッドで正確な方角を確認する。
「北の方角に35歩、歩いてほしい。草が邪魔だろうから、オレが先に歩くけど、オレに合わせないで、できる限り自分の歩幅で歩いてくれ」
「はい!」
朔哉が草をかきわけ踏みしめながら進むうしろを、ヒロシに補助されたアリスが数えながら歩く。
「次はどっちー?」
「東に135歩だ」
「りょーかい。んじゃ休憩してから進もっか」
35歩歩いた場所で息を切らした少女のために少し立ち止まってから、東に向きを変えて進む。だんだん一歩は小さくなっていったし、ひといきに歩けず、何度も休憩をはさんだ。
それでも、これが正解だというように、一度も木に遮られることはなかった。
「……135」
三人の目の前、数メートル先に一本の桜の木があった。
周囲も同じ桜ばかりなので、たまたま目の前に当たったとも考えられる。
息を整える少女を待つ間、注意深く周囲に視線を走らせていた朔哉とヒロシは、木の根元に目的の物を見つけて頷き合った。
「ここで、正解、なんですか?」
「アリスちゃん、あそこをよーく見て」
ヒロシが指さす目の前の木の根元だけ落ち葉が盛り上がっている。
落ち葉の下に、土があるのか石があるのか、とにかくなにかがある。
アリスもなにかを発見した。近づいて、かがんで落ち葉を払っていくと、いかにもな古ぼけた宝箱が現れた。
アリスが蓋に手をかけるが、開かない。
はっとした様子で、アリスはポケットから先程の優美な鍵を取り出す。
カチリ
緊張に震えるアリスの手で宝箱の蓋が開けられた。
宝箱の中に入っていたのは、キラキラした宝石や装飾品などといった、いかにもな宝物ではなく、たくさんの似顔絵が描かれラミネートされた色紙だった。
『わたしたちは あなたたちの未来をずっと見守っています』
達筆な筆文字のまわりは、何人もの筆跡で書かれた寄せ書きと、おそらく書き手を描いた似顔絵で飾られていた。
のぞきこんだヒロシは、懐かしい面影の似顔絵と祖父の名前を見つけた。
『ワシの孫には会えたか? きっと助けになるぞ』
朔哉は、朝倉夫人を描いた似顔絵と夫人の名前を見つけた。
『ここは一年通して素晴らしい所なのよ。またいつでもいらっしゃいね』
『おめでとう!』
『よくここまでたどりついたね』
『もう一人じゃないでしょう』
他のメッセージもすべてアリスに向けられている。この寄せ書きは、アリスへの贈り物のようだ。
アリスは寄せ書きを手にしてボロボロと涙を流し始めたが、その寄せ書きを落とした。
「アリスちゃん?」
「大丈夫か?」
慌ててヒロシと朔哉が支えたが、アリスは意識を失っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます