エピローグ

「サクー、おまねきありがとー」

「お邪魔じゃまいたします」

 ヒロシさんと一緒に朔哉さくやさんの家をおとずれたのは、としが明けてからのことでした。

 バーベキューのあと、ヒロシさんの仕事は本格的に忙しくなり、とても休みがとれない状態になったのです。

 ヒロシさんは怒濤どとうの年末進行を終えて休みに入ったものの倒れるように寝て過ごし、ようやく回復したら新年になっていたという状態だったそうです。

 目覚めたヒロシさんが朔哉さんに年賀SNSを送ったところ、私が朔哉さんの家にお邪魔する話になっていると返ってきたので、ヒロシさんもその日に合わせて来てくださいました。

 喫茶店の店員さんのようなエプロンをつけた長いワンピースを着たお手伝いさんに案内されて、以前と同じ朔哉さんの部屋に入ります。すでにお部屋に朔哉さんがいらっしゃると思っていたのですが、大柄な姿はどこにも見当たりません。

「申し訳ありません。こちらで少々お待ちください」

 ヒロシさんと私は、いつかのようにテーブルにつきます。

 テーブルの上には、色とりどりの新春を寿ことほ意匠いしょうの和菓子が乗った朱色のおぼんが乗せられました。

 どれも小さいのに、色鮮やかで目にも楽しいです。

あざやかですね」

恐縮きょうしゅくです。お気に召したものが決まりましたらお取りいたしますので、お声かけください」

 私が和菓子に見入っている間にも、お手伝いさんはワゴンから半月を折ったような不思議な形をした焼き菓子と、小さな最中もなかのようなものが盛られた大皿を並べていきます。

「決まりました! 手鞠てまりをお願いします」

「かしこまりました」

「んじゃ、俺は鈴で」

「かしこまりました」

 手鞠てまりは、漆塗うるしぬりの小皿に乗せられて目の前に置かれました。

 まりの糸一本いっぽんを再現された繊細せんさいな和菓子は、すぐに食べてしまうのがもったいなくて、ついついじっと見てしまいます。

「お抹茶まっちゃとコーヒー、どちらになさいますか?」

「せっかくだからお抹茶かな。アリスちゃんも同じでいい?」

「はい。ありがとうございます」

 お手伝いさんは優雅な手つきでその場でててくださいました。

 泡立あわだち始めると、ふんわりとお抹茶の香りがただよってきます。

「アリスちゃん久しぶりー。海以来だね。海では本当にありがとう。元気だった?」

「はい。おかげさまで。あれから倒れることはありませんでしたよ」

「『倒れることは』って。それ以外で無理してたんじゃないのー?」

「えっ。そ、そんなことありません、よ?」

 思わず目をそらすと、ヒロシさんは嬉しそうに笑いました。

「楽しそうでなによりだよー。俺は仕事で半分死にかけてたからねー」

「大変お忙しいとお聞きしました」

「そうなんだよー。お盆前ぼんまえと年末はほんとキツくってさー……って待って。誰から聞いたの?」

「それはもちろん」

「待たせたか?」

 噂の朔哉さんが両手に紙袋をさげて部屋に現れました。

「ぜーんぜん」

「今お抹茶を点てていただいたばかりです」

「作法は気にせず飲んでくれ。俺もお抹茶。後でコーヒーを」

「かしこまりました」

 朔哉さんはぷっくりとしたたいの和菓子を即決そっけつしていました。

「こっちの焼き菓子にはおみくじが入っている。最中もなかの中身はお楽しみだ」

「おみくじなんて初めてです!」

 私たちはさっそくそれぞれひとつずつ取りました。

「『新しい出会いが』だってー。楽しみー」

「『努力が実る』。嬉しいです」

「『さらなる飛躍を』って、いいのか? 要努力ってことか?」

 次に最中もひとつずつ取って開けてみます。

「かわいいです」

 私は王冠をかぶったカエルが入っていました。

「渋いな」

 朔哉さんには小さな赤い達磨だるまが。

「まねき猫だー」

 ヒロシさんには左手をあげたまねき猫が入っていました。

「こちらは、フランスの新年のお祝いに食べるというパイ菓子のようなものでしょうか?」

「フェーブ(陶器製のミニチュア)入りのガレット・デ・ロアか。確かに似てるな」

「一個だけじゃなくて、それぞれに一個ずつ入ってるからいっぱい楽しめるねー。アリスちゃんもっと開けたかったら協力するよ?」

「ええ?」

「コレクター精神が刺激されるんだよねー」

「ヒロ、中身が気になるのはわかるけど、ゆっくり食べさせてやれ」

 おみくじというのは年にひとつだと思っていたのですが、どうやらヒロシさんの中では違うようです。

 はっきりした甘さの和菓子と苦みのあるお抹茶はとても合います。合間にカリッとした食感の焼き菓子と最中がまた美味おいしいです。口の中が幸せとはこういうことでしょうか。

「サク、アリスちゃんと連絡とってたんだ?」

「あぁ。SOUVENIRスーベニアのことで聞きたいことがあって」

「いいなー。俺も仲間に入れてよー」

「ヒロは年末とお盆前は忙しいだろ? だから、これ」

 ずいっと朔哉さんから先程さきほどの紙袋を渡され、ヒロシさんは小首をかしげています。

「みやげだ」

「え? マジで? 外出嫌いのサクがおみやげ? 夢?」

「お前のせいだ」

「へ?」

「海でヒロがアップした写真が俺だってSOUVENIR社員にバレた。あの写真、めちゃめちゃ好評なんだって? コスプレもなんちゃって食材も焼き器も本格的で、アリスと一緒にうつってる料理人がまさにそうだ。だから俺に聖地のグルメレポートの仕事が回ってきた」

 ヒロシさんはあわてた様子でスマホを取り出して、なにやら確認しています。

「うわぉ。びっくり。え、なんで閲覧数もコメント数もこんなに? 『そっくり』『レイヤーですか?』『もはや公式』。えぇー。あれ、そんなにSOUVENIRっぽかったんだ……知らなかった」

 すみません。もしかしたらバレたのは、SOUVENIRから借りていた焼き器を返した私経由かもしれません。

 使用中の写真はないかと聞かれて、私が持っている写真は顔がわかるので、SNSに上げていたはずだと話しました。

 するとすぐに検索して見つけ、その場でも大絶賛されていました。

「まるでSOUVENIRの中で、アリスと調理人マスターが一緒にバーベキューしているようだ!」と。

 特に、大柄でふくよかな朔哉さんがSOUVENIRで調理人試験の時に対決する調理人マスターであるNPCと似ているらしいのです。

「やっぱり見てもなかったのか」

「そんな暇なかったからねー。あー。なんていうか、ごめんなさい」

「いや、仕事自体は楽しいからいい」

「それは良かったよ」

「ただ、俺だけじゃ参考にならないって言われたから、これはヒロへの宿題な」

「んん?」

「食べた感想を送ってくれ」

「え? まさか、これ全部?」

「そうだ。仲間に入りたいんだろう?」

 ヒロシさんからの視線に私は頷きます。

 ええ。私もすでにいただいて感想を提出済みです。「お土産をくれるような友達ができて良かった」と両親に喜ばれて、両親まで手伝ってくれました。

「食べきれるかなぁ」

 ヒロシさんがごそごそと紙袋の中身をのぞいています。

「ちょ、待って。これ、けっこうキワドいのばっかじゃん! 俺、定番のお土産が一番好きなんだけど。ハワイならマカデミアナッツチョコレートがベストな人なんだけど!」

「だからこそだ。定番好きな人の意見が欲しいらしい。新しい味に出会えるぞ」

 しれっと朔哉さんは答えていますが、私には定番のお土産をくれたので、わざとだと思います。写真の意趣返しでしょうか。

「ヒロシさん、まさに『新しい出会い』。さっそく占いが当たりましたね」

「味の出会いは求めてなかったんだけどなー。あー、なら、あの人が言ってたのが出会いなのかな?」

「美紗子さんがなにか?」

「『朔哉君を外に連れ出せたんだからできるでしょ』って。『知り合いの娘さんが家から出られなくなっちゃったみたいだから、話を聞きに行ってあげて』って言われたんだよ。俺、サクになんにもしてないよね? 『俺はなにもしてないよー』って言ったんだけど」

 なんと、お二人の口から初めて女性の存在が出てきました。

 お二人ともおそらく二十代前半と思われるのに、彼女さんのような存在が見えないのでいないのかと思い始めたら、いるようです。

 ヒロシさんの彼女さんは、この前のSOUVENIRで作成したような妖艶ようえん黒猫タイプなのか、ヒロシさん本人が別腹だというからには、まったく違った女性なのか気になります。

 様々な女性像を想像していた私に気づいたように、くるんとヒロシさんは向き直りました。

「アリスちゃん、『あの人』とか『美紗子さん』ってのは俺の母親のことだよ。サクんとこが夫婦で名前呼びしているのを聞いて、『あたしも名前呼びにしてほしい』って、名前呼びになったんだよ。でもさぁ、夫婦間は名前呼びでいいけど、息子まで『母さん』も『オカン』も『おふくろ』もダメってヒドくない? 母親を名前呼びって、けっこうハードル高くて呼びづらいったら。だから『あの人』になっちゃってるけど、別に仲が悪いわけじゃないからね」

「存じております」

 むしろ弔問ちょうもんの時にお会いした限りでは、とっても仲が良い親子に見えました。

「あ、そっか。アリスちゃんは家でもう会ってるもんね。ちなみに、俺の友達にも名前呼びを強要するからね? 間違ってもあの人のことを『おばさん』とか呼ばないでね?」

「美紗子さんならそのおみやげも喜んでくれるだろう。よろしく伝えてくれ」

「サクは基本が英語圏だからか、照れなく名前呼びできるんだよね。だからあの人もサクのこと気に入っててさ。あの人、サクからのお土産だって言えばさらに大喜びするよー。ありがとね」

「失礼します」

 開いている扉をノックして、お手伝いさんがワゴンを押して戻ってきました。

 ワゴンには湯気を立てる人数分のコーヒーと、大皿に山盛りのスライスジャガイモ揚げが乗っています。

 ヒロシさんの顔を見ると、目に見えて輝いているのがわかりました。

 お手伝いさんはヒロシさんに一番近い位置に大皿を置くと、お抹茶の器と漆器を下げ、コーヒーを配って去っていきました。

「私は、ヒロシさんは、なにもしていないことはないと思います」

「アリスちゃん?」

「朔哉さんのおうちは、いつもヒロシさんの好物を用意してくれます。それは、やはりヒロシさんの行為にむくいていると思うのです」

「ピクニックの時も思ったけど、アリスちゃんはなんか難しいこと言うよね」

 うやむやになんてさせませんよ。ヒロシさんはもっとご自分をほこっていいと思うのです。

「確かに、屋敷の者はヒロのことを嫌ってはいないな。本気で嫌っていれば、オレの部屋の中にまで入れたりはしない。せいぜい応接室どまり、下手をすれば門前払いだ」

「なにそれコワい」

「それはともかく、美紗子さんの話はヒロの期待する『新しい出会い』なんじゃないか?」

「全力で引き受けたいと思います!」

 機嫌良くスライスジャガイモを小皿によそうヒロシさんを、朔哉さんは面白そうに見ています。

 あぁ、そうなのですね。

 朔哉さんのお手伝いさんたちも、朔哉さんも表に出さないだけで、みんなヒロシさんの存在をありがたく思っているのでしょう。

「ほんとヒロは打算的だな」

「また朔哉様の頭脳をお借りするときは連絡させていただきます」

 ヒロシさんと朔哉さんが言葉通りの『打算的な関係』でないとわかった今は、相変わらずのやりとりが二人のかくしのように思えて、くすくす笑ってしまいます。

 そんな私の様子に、朔哉さんとヒロシさんも視線を合わせて頬をゆるめているのに、私は気づきませんでした。


 私たち三人は、また一緒に謎を解くことになるのですが、それはまた別のお話なのです。





ー終わりー

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終末以降のアリス-紅葉の謎- 高山小石 @takayama_koishi

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