第8話 アリスと車に乗って

「ヒロッ、もうちょっと、丁寧ていねいに運転、できないのか」

「んー? った? 酔い止め飲む?」

「飲んできた、し。今から、飲むんじゃ、おそいだろ」

 朔哉さくやさんのおうちにヒロシさんとお邪魔した次の週、「なんとか捻出ねんしゅつできたよー」というヒロシさんの休日に、約束通り、ヒロシさん、朔哉さん、私の三人でX県の地図の場所へとヒロシさんの運転する車で向かっています。

「朔哉さん、大丈夫ですか?」

 運転席の後ろに座っている私からも、助手席にぐったりした様子で目を閉じる朔哉さんが見えます。

「なんとか。あんたは、大丈夫か?」

「はい。遊園地のアトラクションみたいなのかなと思いました」

 実際に体験したことはないのですが、こういった乗り物で楽しむということは知っています。

「ちょっとー、俺の心配もしてよー」

「お前は、もっと、気をつかって、運転しろ」

「えー?」

 運転好きなヒロシさんは、山道に入ってからいつも以上に上機嫌じょうきげんです。

 以前、私を送って下さったときは大変落ち着いた運転でしたのに、今日は朝から体が左右に振られっぱなしです。

 私は楽しいですが朔哉さんにはそれが大変おつらい様子で、途中とちゅうから口数くちかずが少なくなりました。

「こんな、車に酔うように、なったのも、ヒロのせいだっ」

「えー? そうだっけ?」

「お前が免許めんきょとる前、山内と練習してた、それはいい。免許とってから、やたらドライブに、さそいに来ただろ」

「だって山内さんは大事なお仕事あるしー、家では買い出し要員でスーパーくらいしか行かないしー。ふらっとちょっと遠くに日帰りで行くにはサクが一番だったんだよねー。サクだってドライブの後、免許とりに行ってたじゃん」

「あれは、お前の運転に、危機感ききかんを覚えて、仕方なく」

「山内さんとも三人でドライブデートしたじゃん」

「デート言うな。お前が、プロのテクニック、教えてもらおうって、無理矢理。それまで車に、酔ったことなかったのに、お前のせいで酔う、ように」

 興味深く聞いておりましたが、さすがにこのままではまずいように思いましたので、口をはさむことにしました。

「あ、あのあの、ヒロシさん、お仕事大変ですのに、運転まで。感謝しかありません。お疲れでは、ないですか?」

「ぜーんぜん。運転してる方が楽しいから。今まさにアドレナリンどばーっ! だからっ」

「お前……っうぅ」

「えー? なにー?」

 ヒロシさんは絶好調せっこうちょうで、朔哉さんは絶不調ぜっふちょうです。

 私たちの会話の間にも車はきゅきゅきゅっと曲がり、そのたびに朔哉さんと私はぐいんぐいんと横に大きく振れています。本物の遊園地もこんな感じなのでしょうか?

「サクー、このままナビ通りでいいんだよね?」

「ああ……」

 どうやら、まずはカーナビに登録しておいた目的地まで行くようです。

 ナビに入れた目的地までは一般道路で、その先が私有地になっていて、ナビに道が表示されないそうです。

 私が朝倉さんから預かっていた地図には、手書きで道が書き足されていました。朔哉さんいわく、「そこがくだんの私有地なのだろう」と。

 朔哉さんは、地図のきれはしから、X県にある目的の山を特定してくださいました。『地図のおかげで確実にX県だと絞り込めて助かった』と連絡までいただき、大変恐縮きょうしゅくしました。

 X県は隣の県なのですが、地図に示されていた目的の山は反対側です。私たちは朝早くに出発することになり、ようやく目的の山に入ったところなのです。

「この許可証ってどこで見せるんだろうねー?」

「カードですから、どこかに差し込み口があるのではないでしょうか?」

「そんな場所は、なさそう、だったが」

 朔哉さんの途切れとぎれな説明を要約いたしますと、ネットで見ることができる無料航空写真で確認したところ、正規の道路から山に向かって私有地にもしばらく道が続いていたけれども、途中で途切れているようです。

 私有地の始まりである場所には看板があり『この先私有地 通り抜けできません』と書かれているのがストリートビュー(というのがなにかはわかりませんが、どうやら道の写真のようです)で見えたけれども、私有地自体はストリートビューが登録されておらず見ることができないので、上空からの情報しかないそうです。

 しかないだなんて!

 先日のゲームの世界も不思議でしたが、現実で、一度も行ったことのない遠くの場所を上空から見ることができることに驚きます!

 その上空からの情報によると、途中に小屋のような物が見えるので、そこで許可証を使うのかもしれないそうです。

「その山って誰か住んでるのー?」

 そうですよね。どなたかが許可証をチェックするのでしょうか?

「いや。そんな大きな、小屋じゃないし、他に建物も、なかった」

  SOUVENIRスーベニアの『紅葉こうようの地』に建物はありませんでしたが、写真で見る限り、現実の山にも建物はなかったそうです。いったいどんな場所なのでしょう?

 窓の外に視線をうつしました。

くもがはれませんね」

「雨がらなきゃいいけどねー」

 残念ながら今日は朝から薄曇うすぐもりです。雨具あまぐを用意してきましたが、山を歩くことを考えると、できれば降って欲しくありません。

「アリスちゃんはー、今日はレインボーマウンテンの衣装なんだねー」

 民族衣装風なカラフルな色彩が使われていますが、アクセントとしてですので外出着としても着られます。しっかりした生地でいて動きやすく着心地もいいのです。

 山を歩けるような靴なんて、服と一緒にいただいた時はいつ使うのかと思っていましたが。はいてみたら重くてびっくりしました。

「はい。山ですからちょうどいいかなと思いました」

「いいねー。それも似合ってるよー」

「ありがとうございます。あの、お二人とも素敵ですよ」

 お世辞せじではなく、ヒロシさんはあっさりとした山登りスタイル、朔哉さんはモデルさんが着ているような洗練された登山ウェアを着こなしていらっしゃいます。

 靴底くつぞこあついと運転しづらいため、ヒロシさんは車内に運転用のくつを常備しているそうで、今はそちらをはいて運転しているのだとか。

「ありがとねー。お弁当はサクが用意してくれたから、お楽しみにー」

「なんで、お前が、言うんだよ」

「俺がサクん家の料理の大ファンだからでーす。あのスライスジャガイモ揚げ、至高過ぎてヤバい」

 なんと、朔哉さんのおうちの料理人さんたちが全身全霊ぜんしんぜんれいをささげて作ってくれたというお弁当が、物語に出てきそうなバスケットに入って私の隣の席にあるのです。

 もしもなにも見つからなかったらつまらないだろうと、ヒロシさんと朔哉さんが準備してくださいました。

「ふふっ。ピクニック楽しみです」

「ほんとだよー。あー、晴れてほしいなぁ。あ、そろそろお店もなくなるから、トイレ休憩きゅうけいは次が最後だよー」

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