第7話 アリスと新しい手がかり

 大柄おおがらなお友達さんがいきなり本棚ほんだな突進とっしんしたので何事かと思いましたが。

「サク、なんか見つけたんだなー」

 ヒロシさんは面白そうにしていますし、ヤマウチさんも「大丈夫ですよ」と言うように、私にうなずいてくださいました。

「お久しぶりです、山内さん。元気そうに見えるけど、ここにいるってことは、まさか運転手じゃない仕事に変わったなんてことないですよね?」

 どうやらヒロシさんとヤマウチさんはお知り合いのようです。

 運転手さんだとは思いませんでした。美術館へのバスの運転手さんなのでしょうか? それにしてはガッシリされていてガードマンのようです。

 私がお二人を見ていますと、

「あぁ、ご挨拶あいさつおそくなり失礼いたしました。専属運転手せんぞくうんてんしゅの山内です。しばらくこちらで朔哉さくや様のお仕事を手伝うようにおおせつかっております」

 私に名刺めいしを差し出して丁寧ていねい自己紹介じこしょうかいしてくれました。あわてて両手で名刺を受け取ります。

「山内さん、待機中たいきちゅうに別の仕事してるの?」

「それがねヒロシ君」

 山内さんは声を落としてやや早口で続けます。

「もともと旦那様だんなさま奥様おくさまはこちらにはほとんどお帰りにならないし、朔哉様は基本お屋敷やしきから出られないのは知ってるだろう? つまり僕は待機中と言っても、開店休業中かいてんきゅうぎょうちゅうと言うか。運転手の仕事もおもに車の手入れで、たまに荷物にもつ運びの手伝いくらいなんだよ。だから、かよいに変更へんこうしようかって話が出てたんだけど、朔哉様がたおれられてね」

「は? なにそれ。聞いてないんだけど」

「あぁ、安心して。ケガとか病気じゃない。数日寝てなくて倒れたって」

「いやいやいや。なんで寝てないの?」

「これを三日間、二十四時間監視かんししてたんだってさ」

 山内さんは美しい紅葉が表示されている一台目のPCをしました。

「これ以上、朔哉様が倒れないように、SOUVENIRスーベニアの監視を僕ともう二人で引き受けることになったんだよ」

「……サクが本気過ぎてヒくわ」

「まぁ、できる限り使用人一同ぼくたちも協力したいんだよ」

 ヒロシさんと山内さんの話は止まりません。

 お二人で「そう言えば前にハマった時は」「あの時も大変だった」と思い出話に花が咲きはじめたのですが、私は言わねばなりません。

「お話し中すみません。本当に申し訳ありませんでした。私が『紅葉の謎』をお願いしてしまったから、お倒れに」

 お二人はきょとんとしましたが、すぐに相好そうごうくずされました。

「違うよ。アリスちゃんのせいじゃない。サクはすでにハマった状態だったんだ。むしろそうじゃなかったら、こんな風にアリスちゃんと会わなかったよ」

「朔哉様のお客様として自室じしつに通されたのは、ヒロシ君に続いて二人目という快挙かいきょ! お嬢様には使用人一同、期待しておりますよ!」

「……」

 ひとつの懸念けねん解消かいしょうされて良かったのですが、気になることを聞きました。

「あの、こちらは、おうち、なのですか?」

「そうだよ。あれ? 俺、言わなかったっけ? 友達の家に行くよーって」

「その、あまりに大きいので、美術館のような喫茶店をいとなんでいるおうちなのかと」

「あぁ。こちらのお屋敷は、確かに一階部分を貸しアトリエとしても活用されていますが、個人の邸宅ていたくですよ。旦那様が奥様のために作られたお屋敷とお庭は、まさに美術館のようで素晴すばらしいですよね」

 曖昧あいまいに笑うことしかできません。

 さすがの私も、このお屋敷がマイホームのレベルをずいぶんとえているのはわかります。

 大きなキャンバスやオブジェを運ぶため、建物自体の造りが大きく、重い台車が通っても壊れないように頑丈で手入れしやすい素材の床で、基本土足なのだそうです。

「奥様は海外で旦那様に見初みそめられました。芸術家なお二人は、そのときごとに、ここと決めた土地に滞在たいざいして制作されるので、お屋敷にはあまり戻られないのが残念です」

 どうやらお父様が独特な立体を、お母様が絵を制作されるようです。玄関に飾られていたのがご両親の作品だったとは思いませんでした。

 だから大事な作品を雨にれることなく直接車に運べるよう、玄関げんかんに巨大なエレベーターがあったのですね。お庭が絵はがきのように美しかったのも、絵のモチーフにするからだとか。

 今も複数のお弟子さん達が住み込んで、制作に励んでいるそうです。

 ……事前に教えて欲しかったです。

 いえ、ヒロシさんからは『色々デカい』と言われていたのに、私がうまく想像できていませんでした。

 今はよく理解できました。

 どうやら気難しいらしいお友達さんへの手土産は、私の存在自体だったということも。

 堂々とされていて、人見知りをするような方には見えないのですが。お友達さんは実はシャイな方なのでしょうか?

 お友達さんを見ると、ちょうどこちらに戻ってくるところでした。

 テーブルに戻ってきたお友達さんの手には、一冊の経済誌けいざいしがあります。

「これ」

「あ、これ前の社長だね」

 テーブルの上に開かれて差し出されたページには、以前のASAKURA社長のインタビュー記事がっていました。

『SOUVENIRに家電ASAKURAも参入! 「家内との思い出を残したくて」』

 お友達さんはインタビュー記事の一部分をしました。


『私たちは旅行が趣味で、若い頃はよく二人で海外をまわりました。私はどこに行ってもつい仕事と結びつけていましたが、家内は美しい土地が好きで、いつも一緒に見ようと強引に誘うので困りました』


 ――それでも毎回ご一緒されていますよね?


『ええ。家内とまわるうちに、一緒に見た景色をよく覚えていることに気がついたのです。その時の風景だけではなく、風のやわらかさや日射しの強さ、匂いや考えていたことまではっきりと覚えている場所もあります』


 ――特に印象深かった場所を教えてください。


 タイのチェンマイ、マダガスカル島、京都……。

「これって、さきほど見てまわった、私がいただいたお洋服を着たNPCエヌピーシーさんがいる所ですよね?」

「ほんとだー。あれ? 海外の一ヶ所、SOUVENIRで見なかったよね?」

「あそこは初期に消えたんだ」

「あー。ニュースになってたとこか。じゃあ、国内のここも消えたの?」


『X県には思い入れがあって、山の一部分を購入させてもらいました』


 もうひとつ、今SOUVENIR内で行かなかった国内の県名が書かれていました。

「いや。そこは昔も今もSOUVENIRに存在していない」

「それってもしかして、『紅葉の謎』があるのは日本のX県ってことー?」

「おそらくそうだろう。私有地しゆうちなら関係者以外は入れない。今まで誰もたどり着くことができず、アプリも反応しなかったのにも頷ける」

「んー? でもX県だとしても『紅葉の謎』にどうからんでるの? 『目と口を閉じて N35E135』との接点が見えない。なんか他にヒントないの? 特産品とか有名な建物とか。フィールド上になんかあるとか」

「X県に限らず、国内の県名や特産品、有名な地名や建物はすべて組み合わせてみたが、思いつかなかったんだが。そうだな。今見たら、なにか思い浮かぶかもしれない」

 お友達さんは自分で操作して、うさ耳女性を走らせました。

 最初に見た画面では一面が紅葉でしたのに、今は、うさ耳女性をななめうしろ上から追いかけているように映しています。紅葉の中に立ち尽くしている大柄な鎧をつけた男性の横をうさ耳女性が走り過ぎていきます。

「ここは聖地がまだわからないから、便宜上べんぎじょう『紅葉の地』と呼ばれている」

 謎解きに訪れた他の名所と同じように、現実と見紛う美しい光景が広がっています。

「他の名所とは違って、『紅葉の地』には生産職が使うような物は生えていない。『紅葉の謎』も解けないから、最近めっきり人気がなくなっていて誰もいないことが多いんだが」

「人がいるね。休日昼間だからかな? おぉ。猫耳も選べるんだー」

 猫耳のひょろりとした体躯たいくのお二人は明滅する小さな光のそばで、ただただじっとしています。

 こちらのテレビのような大画面に映して、自宅で紅葉狩もみじがりを楽しんでいるのでしょうか?

 うさ耳女性が光に触れると【紅葉の謎】とタイトルされたウィンドウが出てきました。


挑戦ちょうせんしますか? YES NO】


 【YES】を選択すると、


【目と口を閉じて

 N35E135】


「これが本物の『紅葉の謎』なのですね!」

「え。表示これだけ? ミニゲームでもないって、どう解けと?」

 ヒロシさんの言う通り、『紅葉の謎』は、他の『謎』とは違っていました。

 解答を入力する入力欄も選択肢も表示されませんし、画面が切り替わることもないのです。

 私とヒロシさんが驚きながら大画面を見ている間、お友達さんはうさ耳女性を動かすことなく、やがて『紅葉の謎』のウィンドウは閉じてしまいました。

「これ、挑戦した状態で、なにかしら特定の行動をとる必要があるってことだよね? 単純に、北に35歩、東に135歩じゃないの?」

 ヒロシさんが言ったタイミングで、さきほどまで固まったように動かなかった猫耳さんの一人が、かくかくとしたぎこちない動きで歩き始めました。

「それはもうやったし、散々試されている」

 残っていた猫耳の一人が、大げさにうなだれるポーズを取りました。

「あー。みたいだねー」

「方角が違うのかと角度を細かく変えてやってみたけどダメだった」

「わー。サクのそういうところマジで尊敬するわ。てことは、踊ったり笑ったりなエモーションも試したり?」

「全滅だ」

 お二人の会話中に、戻ってきた猫耳さん一人が、まさに怒ったり泣いたりし始めて驚きました。猫耳さんたちは一通りいろんな感情表現を見せてくれたあと、再びがくぅっとうなだれます。

 そんな猫耳さん達にうさ耳女性は大きく頷いて合掌しました。

 立ち上がった猫耳さん達は手をふって去って行かれました。

「……なるほど。当てずっぽうで解けるもんじゃないんだな」

「そうだ。だからヒロ、次の休みにX県に行くぞ」

「は? マジ?」

「遅くとも来週だ」

「いやいやいやいや! 今回の休みをとるのだって、俺けっこう無理したんだけど」

「できれば現実での紅葉の時期に行きたい。時期がずれると『紅葉の謎』が解けなくなる可能性がある」

「あー。山じゃもうリアル紅葉、始まってるもんね」

「ヒロシ君、頼むよ」

「山内さんまで……わかったよ。アリスちゃんは来週も空いてるかな?」

「もちろんです。私がお願いしたことですので、予定があっても空けます!」

「可能なら、朝倉夫人と連絡をとって、私有地に入る許可をもらってほしいんだが」

「あの、朝倉さんはもう……」

 すでに弔問ちょうもんもすませています。

「それは、すまない」

「いいえ。あ、そういえば、朝倉さんからは『紅葉の謎』を解くのに困ったら使ってと、預かったものがありました」

「なにそれ? 今持ってるの?」

「はい」

 私は、もしかしたら必要になるかもしれないとかばんに入れてきていた、あの時いただいた、しっかりとした厚手あつでの白い封筒ふうとうを取り出しました。

 開けようとしましたが、しっかり封がしてあります。

 無理に開けるとビリビリになりそうでどうしようかと困っていると、お友達さんがお洒落なペーパーナイフを手渡してくださいました。なかなか難しかったですが、なんとか開封できました。

「サク、これ」

「うん。『紅葉の地』はX県で間違いないようだ」

 中から出てきたのは、意味深な書き込みのされた地図のきれはしと、どこかの、おそらくX県にある私有地への立入許可証たちいりきょかしょうだったのです。

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