第2話 朔哉とSOUVENIR

 カチ、カチカチカチ。

 PCピーシーに接続したゲーム用コントローラーの操作音だけが、がらんどうな部屋に響く。

 部屋の電灯は消されていて、PCモニターからあふれる色彩しきさいが、男の手元と、色白でふくよかな顔をうっすら浮かび上がらせている。

 男の鼻に引っかかっているのは一般的なPC眼鏡めがねなのだが、大柄おおがらでふくよかな朔哉さくやにかかるとオモチャのように小さく見える。

 朔哉はモニターの向こう側にうっとりと見入っていた。

(なんて美しいんだ!)

 モニターの中、半透明にキラめきながら色づいた木の葉がゆれる様子は、まるで動く絵画のよう。朔哉はいつまで見ていてもきない。

 SOUVENIRスーベニアの画面が現実と見まがうなんて言われているけれども、朔哉にとっては現実以上だった。

(こんな景色はSOUVENIRにしかない)

 朔哉がSOUVENIRを知ったのは偶然だった。

 ゲームにしたって、最初はオフラインのゲームをしていた。それがネットで検索した時に、すでにクリアされているのを知ったり、神プレイ動画を見てしまったりすると、やる気がそげてしまう。

 だんだんと、固定された道筋やエンディングのないオンラインゲームをするようになっていった。

 オンラインゲームも色々ある。

 初めは手当たり次第、ガンシューティング、サバイバル、戦艦、戦略、スポーツ、パズルと目についたものをなんでも試していた。

 そのうち、自分のキャラクターを作り込むことができるRPGロールプレイングゲームにしぼられていった。

 今の自分とは違う自分になって、現実とは違う世界で生活できるMMORPGエムエムオーアールピージーは、引きこもりの朔哉にとって夢の世界だったからだ。

 気がつけば朔哉は、途切れることなくMMORPGをプレイするようになっていた。

 しかし朔哉には、どれも面白かったけれど、どれも同じに感じた。

 ゲームを攻略するために誰かとパーティ(一緒に行動するグループ)を組んだり、クラン(パーティよりも大きなグループ。所属人数によって共有できる部屋や共有倉庫がもらえるなどの特典がある場合が多い。リアル友達つながりだったり攻略重視だったり、クランそれぞれに特徴や目標がある)などに所属せず、ひたすらソロ(一人きり)で活動していたからだ。

 MMOの醍醐味だいごみである他者との交流を持たなければ、できることは限られてくるし、途中で進めなくなってしまう。

 レベルを上げていくと仲間と一緒でないとクリアできない強制イベント(ゲームを進めるのに避けて通れないやるべきこと)が出てくる。ゲームによっては最初のイベントから仲間ありきのものさえある。

 本来それは、リアル友達や見知らぬ誰かと協力して、オンラインゲームならではの良さを楽しんでもらおうというはからいなのだが。朔哉は誰かに声をかけることなく、別のゲームに乗りかえていった。

 プレイ時間よりも、ゲームをダウンロードする時間や、キャラを作成する時間の方が長いこともある。

 それでも朔哉はネット上の誰かと関わろうとはしないで、ソロプレイを止めなかった。

 これも同じだろうなと期待しないで開始したSOUVENIRは、ゲームの本筋とはまったく関係の無い謎解き要素が珍しくて続けていた。

 意外なことに、アップデート(ゲーム内容が増えたり、不具合が修正されたりする更新)で高レベルエリアが追加されても、謎のある名所には襲いかかってくるアクティブな敵が出現しないので、レベルが足りなくても名所には気軽に入ることができる。

 しかも、敵が徘徊はいかいするフィールドと同じ素材が名所に生えているので、生産職(武器や防具、衣類やアクセサリー、料理や薬などを作る職業)にはありがたいと、生産だけがしたいプレイヤーにも感謝される仕様だった。

 戦闘でしか手に入らない魔物の皮やら角といった素材は、戦闘職(魔物と戦う職業)プレイヤーが売り出したものを買うことができるので、生産職はその気になれば一切戦わなくてもいいのだ。

 そんなわけでSOUVENIRのプレイヤーは、魔物と戦いながらストーリーを進める一般的なRPGとして楽しむ層、魔物と一切戦わず生産だけを極める層、ストーリーも生産もそっちのけで謎解きだけを楽しむ層、ただただ名所を巡るだけの層、と別れていた。

 開始したばかりの朔哉は、普通にMMORPGとしてメインストーリーを進めていた。

 ゲームを開始する前に選択した種族が暮らす国からスタートして、チュートリアルでもある新成人としての試練を受けることで、おおまかなゲームの流れを理解できるようになっている。

 チュートリアルが終われば、どのように過ごすかはプレイヤーの自由だ。

 職業はいつでも変更可能。各国には無料で転送してもらえるので、いきなり高レベルエリアに行くこともできる。

 戦闘職として活動していた朔哉は、魔物と戦い自分の戦闘職レベルを上げながら、気が向けば謎を解き、通りすがりに気になった名所があれば訪れるといった感じで過ごしていた。

 途中でいつものごとくソロプレイの限界にぶつかった。

 戦闘職はそれぞれ別の場所に居る複数ボスを、同時に倒さなければならず、生産職はレア素材を手に入れるのに、別の場所にある仕掛けを同時に解かなくてはならなかった。

 どちらも一人では物理的に不可能だ。

 けれども、謎解きと名所巡りにはレベル上げも仲間もいらないことに気がついた。

 それならと各地の謎を解いてまわるようになったのだ。

 謎を解くために名所を巡るうちに、名所の美しさにハマった。

 名所をスクリーンショット(表示されているPC画面を画像に変換)して保存したい。誰かに見せるためにネット上にアップしたいわけではなくて、ただPCの背景やスマホの待ち受け画面として手元に置いて眺めたいと思うようになった。

 しかし、ゲーム画面のスクリーンショットがSOUVENIRでは完全に禁止されているのを思い出した。

 理由は明快で、SOUVENIRに現実の名所を使う条件として『プレイヤーはゲーム画面をゲーム外に持ち出さない』という契約けいやくが、名所を使ってもいいと許可してくれた国や地域と結ばれているからだ。

 もちろん動画もNGだ。

 その内容はわかりやすい文章でゲーム開始前に表示されるし、【ゲーム画面を保存しません。YES NO】の【YES】を選択しなければゲームできない徹底ぶりだ。

 ちなみにCMでゲーム画面が使われる際には、左上に『この映像は提供元から許可を得て使用しています』という注意書きが入っている。

 それでも残念なことに、SOUVENIRオープン開始直後は違反者が続出し、名所ごとエリアそのものがなくなる事態にまで発展した。

 なくなったのが当時人気のあった海外の名所を使ったエリアで、名所提供国側からも「遺憾だ」というコメントがあったこともあり、ちょっとしたニュースになった。

 それからはSOUVENIRを楽しみたいプレイヤーが自主的に、違反者が出ていないかネットの見回りなどをするようになった。

 SOUVENIRを愛するプレイヤーの努力もあって、最近は違反者も出なくなった。

 もし画像や映像がネットにアップされてあるのが見つかれば、すぐに運営に報告、運営は即時回収し、違反者に名所提供地域に謝罪させるところまでゲーム規約に書かれている。おかげでエリアごと削除されるようなことはなくなった。

 やり過ぎじゃないかという声もないことはないが、プレイヤーからは当然だという声が多かった。「自分たちの大事な遊び場を勝手な考えで荒らされてはたまらない。守るのは当然だ」と。

 そういう経緯があって、次に注目を浴びたのは各エリア名所の聖地(元になった地域)だった。

 エリア追加と同時に大々的に聖地名も明かされるのは、観光客目当ての地域だ。

 実際、SOUVENIRをきっかけに聖地巡礼(現実の名所に訪問)するプレイヤーも多く、SOUVENIRの名所となった地域の観光客は増えている。

 観光客の態度が悪ければSOUVENIRの名所がなくなる可能性があるので、聖地巡礼者のマナーも良く、聖地側にとっても喜ばれている。

 実在の地域に行けば、自分も一緒に写真にうつることができるし、ゲーム内で見聞きする特産物も実際に味わうことができるのだ。

 そういう地域での『謎』は、その地域でのトリビア的なもの(知っていても知らなくてもいい豆知識)だが、観光地に詳しくなれるので、なんだかお得感がある。

 それとは別に、聖地名が明かされず、こっそり追加されている名所もある。

 角度的にここから見たら名所だけどこっちから見たら違うという、なんちゃって名所だ。

 それはそれで、名所を楽しむプレイヤーにとっては宝探しのようで好評だった。

 現存する名所は多くのプレイヤーによって発見され聖地も確認されている。

 そんな中で、『謎』も聖地も解けていないのが『紅葉の謎』だった。

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