第1話 アリスと謎の手がかり
「ちょっと、あんた大丈夫なの?」
そろそろお
「ひどい顔色だよ。救急車よんだほうが」
「いえ。それには
こうなった原因はわかっています。少し歩き過ぎただけなのです。
それなのに救急車なんてよばれたら恥ずかしいですし、救急隊員さんや本当に緊急の患者さんに申し訳ないです。
はりきっていた私の気持ちが裏目に出てしまいました。
洋太朗さんの家にどうやって行くか調べていたら、最寄りのバス停を見つけたのです。
せっかくですからと最寄り駅からタクシーではなくバスを使うことにしました。バス停までは間違いなかったはずなのですが。なかなかこの家を見つけられず、歩き回ることになってしまいました。
それでも座っている間は大丈夫だったので、つい油断してしまったのです。
「そう? それならすぐ
「本当にすぐおさまりますから」
「でも……あ」
洋太朗さんの娘さんは、今いる
「ちょうど良かった。ヒロシ、あんた車出してよ。なんだか具合悪そうなのよ」
「えっ。それは大変だ」
あわてた様子で部屋に入ってきた男性は二十代前半でしょうか。
洋太朗さんの娘さんと似ているので、きっと洋太朗さんのお孫さんの一人なのでしょう。私を見て驚いた顔をしたあと、不思議そうに私を見ています。
「あの、大丈夫ですから。お気になさらないでください」
じろじろ見られると困ってしまいます。
視線から
大丈夫。じっくり見られても、今日は変な
黒髪おかっぱのカツラは、ずれないようにリボンカチューシャでしっかりおさえています。カチューシャとおそろいの大きなチェック柄のワンピースも、長い白レースの靴下も、見える限りよごれていません。
「大丈夫じゃないだろ。ひどい顔色だよ。どうしたの? 貧血? 持病? 救急車よぼうか?」
さきほどの娘さんと同じ反応に、仲の良い親子なのだと感じて、
「あの、本当に少し休めば大丈夫なんです。歩き過ぎて足が疲れてしまっただけですから」
「ちょっと寝ていけばって言ったんだけどね」
「申し訳ありません。さすがにそれは」
「……家まで車で送るよ」
「そうしてあげて」
「それでしたら、タクシーを呼ばせてもらえれば」
「ここにいるってことは、じぃちゃんに会いに来てくれたんだよね? じぃちゃんの話、俺も聞きたいからさ。良かったら、車で送りがてら聞かせてよ」
そう言われてしまうと
「
「俺はどっちでもかまわないけど」
息子さんはお母様にうかがうような視線を投げました。
「駅に着いても体調が悪そうなら、家まで送りつけてやんな。あんたもそれでいいね?」
「はい。大丈夫です。その頃には回復していますから」
「そうだ、これ渡しとくよ。もしヒロシが変なことしてきたらガツンとこれで撃退していいからね」
引き出しから出されたのは、なにやら片手で持てるサイズの機械でした。
これはなんでしょう? 携帯ラジオでしょうか?
これがなになのかも、どうやって使うものなのかもさっぱりわからないので、お礼も言えずに固まってしまいます。
「ちょ……スタンガンはないでしょ」
「だってさぁ。このコが駅から一人なんて心配だろ?」
「あー、そゆことね」
「今はカバンに入れててもいいけど、一人歩きの時はすぐ出せるようにしとくんだよ?」
「はい。ありがとうございます。いただきますね」
返せない雰囲気なのと、とりあえずの使い方を聞けたので、用途はわかりませんが
お母様に補助されて車に向かいます。立派なお庭を横切るとき、どこからかキンモクセイの特徴的な香りが漂ってきました。
お花自体を見ることは
運転席にいる息子さんに駅名を告げます。息子さんはカーナビに駅を目的地としてセットすると、ステアリングを手に、いたずらっぽい笑顔をくれました。
「まぁ安全運転を心がけるから安心してよ。もし俺が道をそれたり変なことしたりしたら、遠慮なくビリッとやっちゃっていいからね」
ビリッ? ガツンではないのですか?
さきほどお母様はガツンと表現されていましたが、違うのでしょうか?
「お手数をおかけします。よろしくお願い
よくわかりませんが、送っていただくのだから礼を尽くさねばなりません。座り心地の良い助手席から頭を下げました。
息子さんは、やっぱり不思議そうに私を見たあと、運転に集中したようでした。運転中はおしゃべりしない人なのかと思い始めた頃、息子さんはポツリとつぶやきました。
「アリス」
「はい」
「え?」
「あの、洋太朗さんから聞いておられたのではないのですか? 私、
「へぇ。それは知らなかったよ。じぃちゃんが施設に入った頃、ちょうど俺は忙しくなって、ゆっくり話す機会がなかったんだ。そのままになっちゃうなんて思ってなかったからさ。じぃちゃんは今もあそこで変わらず過ごしてるんじゃないかって、つい思っちゃうんだよ。今週は会いに行けるなって考えて、あ、もういないんだったって」
息子さんの横顔は目の前の道路よりも遠くを見ているように見えました。
洋太朗さんは
仲が良かった
「洋太朗さんからお孫さんのお話もよく聞きました。いつも最後は『アイツは人の気持ちをわかるヤツだ』って褒めておられましたよ」
「うわぁ。嬉しいけど恥ずかしいな」
「ふふ。洋太朗さんこそ、私の気持ちをわかってくださいました。ご自分もお
「とんでもない! 今年の夏は暑かったからね。歩きすぎて貧血起こすくらい体が弱いのなら、ようやく過ごしやすくなったこの季節に来て正解だよ。こちらこそ、うちのじぃちゃんがお世話かけちゃったんじゃない? 知り合ったのだって、アリスちゃんが誰かのお見舞いに来たところを、じぃちゃんが強引に話しかけたんでしょ?」
「そういうわけでは」
「いいよ、かくさなくっても。うちさ、男孫しかいないんだよね。いきなりフレンドリーに話しかけられて、びっくりしなかった? 俺は一緒に散歩してる時によくやられたんだよ。まるで昔からの知り合いみたいに話しこんでさ。あとから『いつの友達?』って聞いたら、『さっき初めて会った人だぞ』って返されてびっくりしたこと何回もあるんだ。『なんで話しかけたんだよ?』って聞いても、『理由なんかない。話したかったから話しただけだ』って」
私とお話しできるときは、いつだってにこにこ嬉しそうだった洋太朗さんのお顔が目に浮かびました。
「私も洋太朗さんの娘さんやお孫さんとずっとお話ししたかったので、今日はお話しできて嬉しいです」
「俺も話せて嬉しいよ。きっとね、じぃちゃんはアリスちゃんが可愛くて仕方なかったんだと思う。今日は本当に来てくれてありがとう。じぃちゃんも喜んでるよ」
「それならなによりです。必ず会いに行きますって、洋太朗さんと約束していましたから」
「若い女の子と約束するなんて、じぃちゃんもやるなぁ。アリスちゃんてしっかりしてるけど、まだ中学生くらいだよね? イマドキの中学生ってなにが
思いがけなくされたちょうどいい質問に、私は聞きたかったことを口にしました。
「あの、
「
「『
「あー、ごめん。俺自身はゲームしてないから『謎』には詳しくないんだよね。旅行気分を味わえてナゾトキも楽しめるゲームってことしか知らないんだ」
「そうですか……」
私が知っているのと同じ内容に、ついガッカリしてしまいました。
『紅葉の謎』を解くようにお願いされてすぐ、私もネットで調べてはみたのです。
息子さんが話していた『旅行気分を味わえる』というのは、ゲーム世界の
今までの
おそらくそこまでは、ゲームをしない人たちにもすっかりおなじみなのでしょう。
私が調べてわかったのは以上のことと、謎攻略サイトにアップされていた『紅葉の謎』の意味不明な本文だけです。
【目と口を閉じて
N35E135】
わけがわかりません。
謎攻略サイトには他の謎も明記されていて、解くためのヒントや解答まで載っていたのですが、『紅葉の謎』だけはヒントも解答もありませんでした。
私は今までこのようなゲームをしたことがなかったので、数学の問題やクイズのように、『謎』の内容さえわかれば解くだけでいいと考えていました。
それなのに、ゲームができなければ解きようがないなんて!
両親からネットはゆるしてもらえていますが、ゲームは禁止されています。だから私は、美しいというゲーム画面もCMでしか見たことがないのです。
ひとつめの約束だった弔問は本日無事に達成できました。
ご家族の方とお話しすることで、お約束した皆さんをより深く知ることができたと思います。
でも、『紅葉の謎』についての手がかりは得られませんでした。このままでは、ふたつめの約束が守れそうにありません。
これからどうすればいいのかと
「あのさ、俺はゲームしてないけど、俺の友達がMMOマニアかってくらいよく知ってるんだ。そいつに聞いたらわかるかもしれない」
「本当ですか? もしよろしかったら、そのお友達さんを紹介していただけないでしょうか?」
「いいよ。アリスちゃんが知りたいのは『こうようの謎』だよね? こうようってどんな字?」
「もみじの
「了解。じゃあ、あいつに『紅葉の謎』を知ってるか聞いてみて、知ってると答えたら紹介するよ。それでいいかな?」
「ありがとうございます!」
「あぁ、うん。まだ知ってるかはわからないからね?」
「はい。でも、本当に助かります!」
なんという幸運でしょう!
もし『紅葉の謎』をご存知なら、ゲームでの『謎』を見ることができるかもしれません。
謎な本文だけではなく、ゲーム画面で『謎』を見たら、なにかわかるかもしれないではないですか!
「んじゃ、連絡したいから、俺を登録してくれる? 俺はヒロシ」
「あっ、あの、私まだスマホに慣れていなくて。駅についてからでもスマホをお渡ししますので、登録をお願いしてもいいですか?」
「それは全然いいんだけど。……アリスちゃん。俺が言うのもなんだけど、もうちょっと
「どうしてですか? 不慣れな私が操作するよりも確実だと思ったのですが」
「あー、まぁそうかもしれないけど。そうじゃなくて」
それからのヒロシさんは、私の最寄り駅に着くまで、スマホやSNSについての注意点と、スタンガンの正しい使い方を説明してくれたのでした。
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