第10話 アリスと不思議な建物

「ここでランチにしようと思ってたんだけど。ちょーっと難しいかも?」

 無料航空写真では六角形の屋根だけがうつっておりましたので、私もてっきり屋根と椅子いすのある東屋あずまやだと思っていました。

 しかし目の前にあるのは、草原にたてられたモンゴルの白いテントのような、不時着したロケットのような。とにかく閉ざされた状態なのです。

 東屋の空いている部分を、雨風あめかぜが入らないように板かなにかでふさいでいるようにも見えます。

 それがまるで拒絶きょぜつされているようで、思わず立ち止まってしまった私の前を、朔哉さくやさんは気にせず歩いて行きました。

「ヒロ、許可証」

「ほーい。ほら、アリスちゃんも行こう」

 ヒロシさんと一緒にゆっくり建物に近づくにつれ、ハッキリと見えてきました。

 よくよく見てみると、古くなった東屋に板を打ち付けて閉鎖へいさしているわけではありませんでした。

 東屋ではなく、新しくてしっかりした建物のようです。

 扉もあります。

 ヒロシさんから許可証のカードを受け取った朔哉さんは、扉のノブの上にあった切り込みにカードを差し入れました。

 明るい電子音が響き、かぎいた音がしました。

「許可証はここのカギだったんだねー。誰か中にいるのかな?」

「いないんじゃないか」

 カードを抜き取った朔哉さんが扉を外側に開きました。それを合図あいずに、壁だと思っていた建物の上半分が、音をたてて、上にひらき始めました。

「え」

「ほう」

「すっごいね。からくり屋敷? 仕掛け小屋? 秘密基地?」

 私たちは扉の前で、きしむ音を立てながらひらいていく六面の壁を見つめます。

 わけがわかりませんが、開いた上半分の壁はななめ上の位置でとまりました。もし今、この建物をちょっと離れた場所から見ることができたら、はすの花のように見えそうです。

 壁が開いた後、上半分の壁の位置にあったのは、素材はわかりませんが、透明に近いあみのようなものですので、光と空気は通ります。

 網を通して入ってきた光で、建物内がよく見えました。中心部にまるいテーブルが、壁際かべぎわに小さな椅子が重ねて積んであります。

 風を感じて上を見ると、扇風機せんぷうきのように勢いよくまわっていた大きな羽がゆっくりと速度を落としていくところでした。

「へぇ。シーリングファンでホコリをはらって、空気を入れ替える仕組みなのか」

「ここでならなんとか食べられそうだ」

「りょうかーい」

 ヒロシさんは朔哉さんにバスケットを預け、扉の前で靴をとんとんしてから中に入ると、どこからか出してきた、いえ、きっとヒロシさんのリュックからなのでしょうが、いつの間にか手にしていたモップのようなはたきで、建物内部のほこりをキレイにしていきます。上からはたいて空中にスプレーをして下をく、ヒロシさんの様子は手慣れています。

 その後、手早く除菌ティッシュのようなものでテーブルなど、手が触れそうな場所を拭き上げました。

 続いて大きなリュックから細長い筒を取りだしたかと思うと、みっつの背もたれつきチェアになっていました。

 部屋の隅に置いてあった椅子を並べて荷物置き場を作り、ヒロシさんのかさが減ったリュックをのせると、ヒロシさんはこちらに向き直りました。

「お待たせー」

「助かった」

「お弁当のお返しにこれくらいはね。ほら、アリスちゃんも入って座りなよー」

「あ、はい。ありがとうございます」

 まるで魔法のようだったので、つい見とれていました。

 背もたれつきチェアに身体をおさめると、かなり疲れていたことがわかりました。

 靴が重たかったのもありますし、山道は足元がおぼつかず、転ばないように歩くだけでも、自分で思っていた以上に消耗しょうもうしていたようです。

 わざわざ折りたたみチェアを持ってくるなんて、と思いましたが、背もたれの存在が本当にありがたいです。

 私がチェアでぐったりしている間に、朔哉さんのリュックから大きな水筒が二本出されていました。目が合うと、

「汚してもかまわないから膝にのせるといい」

 とっても軽いブランケットを渡されました。

 長ズボンをはいているのですが、足元を隠すことができて、よりリラックスすることができました。ほっとしているとスパイシーな香りが鼻をくすぐります。

「はい、アリスちゃんの。置いとくから、あわてないでゆっくり飲んで」

 ひとつにはお水、ひとつには湯気を立てるチャイが、落としても割れないアウトドアカップに注がれてテーブルに置かれていました。

「なにからなにまで、ありがとうございます」

「どういたしまして。短いけどけっこう疲れたよねー」

「休憩は大事だ」

 ヒロシさんと朔哉さんもチェアに座って飲み物を口にしながら身体を休めています。

「あー、中に入れてほんっと良かったよー。サクは絶対、くさぱらじゃ座ってくれないからね」

「当たり前だ。いくらチェアがあって虫除むしよけしているとはいえ、あの場所で静止するなどありえない」

「そういうところがお坊ちゃまだよねー。アリスちゃんが虫を嫌がるならわかるんだけどさー」

「なにを言ってる。もしマダニがいたらどうする。怖いだろう」

「コオロギだって怖いくせにー」

「そ、それは。足に毛がはえているから」

「毛は俺らの足にだって生えてるよ?」

「全然違うだろ。あの見た目がどうしてもダメなんだ」

「えぇ? 昆虫みんなあんな足でしょ?」

「触覚も長い」

「あー、さすがに触覚はないなー」

「触覚は左右別々に動くんだぞ。怖いだろ」

 大きな身体の朔哉さんは怖い物などなさそうに見えるだけに、真剣に怖がっている様子がかわいらしくて、思わずふふっと笑ってしまいました。

「いただきますね」

 お水を飲んで潤ったところに、ちょうどいい温度になったチャイがしみわたります。

「あー、晴れてくれそうかなー?」

 見ると、ヒロシさんは網の向こうの空を見上げていました。雲が少しずつ切れてきて、ところどころ青空がのぞいています。

「……二人はここで食べててくれ。オレは先に進んで様子を見て戻ってくる」

「サク、車酔い、まだ残ってんの?」

「それはもう大丈夫だ。先に気になることを済ませたい」

「了解。おとなしく待ってるよ」

 唐突にも思えましたが、集中したら一直線になる朔哉さんらしい行動だからか、ヒロシさんはすんなり了承しました。私にもいなやはありません。

「朔哉さん、失礼ながら、お先にいただきますね」

「ゆっくり食べてくれ。ヒロの好きな物も入れたと言ってた」

「マジで? うわー、アリスちゃん、早く食べよう」

「なんかあったら渡した電話を使って」

「おっけー! りょーかい! いってらっしゃーい!」

 ヒロシさんはすっかりお弁当の中身に夢中なようで、さっそく荷物置き場に置いたバスケットを持って来ました。

 ええ? もっと丁寧にお見送りしなくて良いのでしょうか?

「よろしくお願いいたします」

 せめてもと頭を下げると、朔哉さんは小さく頷いて出かけていきました。

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