魔工の国の搔乱者~欠けた世界の真ん中で~

まそを

プロローグ

決意の日

 現在、この街、甲京は未曾有の危機に見舞われている。謎の怪物の軍勢にこの学園を中心に襲撃されている。

 生体兵器によるテロか、超常現象かどうかは判別のしようがないが、前代未聞の状況に対面していることに変わりはない。


 政府が主導して街の方は鎮圧にあたっているようだが、学園にまで手は回っていない。教師陣はあたふたして上手く生徒を誘導できていない。


 私は今、放送室にいた。

 機器を起動し学園中に自分の声を届かせる準備を整わせる。大きく息を吸い、心を落ち着かせてマイクに顔を近づけた。


「高等部3年、樹神こだま心乃華このはです! 学園の皆さん、今現在、街全体が同じような状況にあります。学園はこの街のシンボルの1つです。そして戦う力を持った人が集まる場所でもあります」


 発言に熱がこもる。


「私達はここを中心に街全体を守らなければならないと私は思います。それがを正しくつかうことが求められる私たちの責任なのでは無いでしょうか」


 少し押し付けがましいかもしれないが、鼓舞するのならこのくらいの大見得はきっておく。


「実力に自信のある人は事態の鎮圧の協力に、そうでない人は先生方の指示に従って避難してください。間違っても命を失うことはあってはいけません! 私もこの放送を終えたあと、鎮圧にいきます! 私たちの魔法使いとしての誇りを見せつけてやりましょう!」


 マイクから顔を離す。

 私はまだまだ未熟だと思う。それでもみんなを導き、引っ張っていく義務がある。


「ふぅ」


 肺の中に詰まっていた息をついた。一時、緊張が解けたが、状況は予断を許さない。

 見れば私の手は震えていた。

 両手で自分の両頬を叩く。ぱーんという子気味のいい音が部屋に響いた。


「よし! いきます!」


 気合を入れると足早に放送室を後にした。


 ◇


 みんなの笑顔を守るヒーローになると決めたのは、子供の頃に事故で父親を失った、そんな時に助けてくれた人がいたから。


 でも僕にはみんなを助けることができる。そんな力がなかった。だから諦めた。



 相も変わらず僕は変わることを恐れる臆病者だ。


 だとしても、目の前で誰かの安寧が奪われるのを見過ごすことはできない。

 僕の視界には、魔法で応戦する者、為す術なく逃げ惑う者、恐怖に泣き叫ぶ者、多くの人がこの脅威に応じている。


 こんな光景を前にも見たことがある気がする。ある日突然、当たり前にあったものが消失したようなそんな感覚。阿鼻叫喚が溢れる地獄のような状況。

 僕は同じ地獄をまた見たくはないし、少なくとも手の届く範囲の誰かに見せたくもない。


 昔は誰にも手を届かせることはできない無力な子供だった。今は誰かを助けられる可能性がある。力がある。


 成績も特に良い訳でもなく、問題児扱いもされている僕だが、できることはある。

 もちろん戦えば無事ではすまないだろう。


 それでも……


 僕はエーテルをデバイスに取り込み、魔法を起動し体を軽くする。そして、もう1つの力を発動させる。


「【静功「無極」】」


 自らのオドを凪のように落ち着かせ、身体を循環させる。


「【硬功「両儀」】!」


 マナを取り込み、魔術を発動させることで身体能力の強化を行った。自らの震える体に檄を飛ばす。


「よっしゃぁ! やってやらぁ!」


「――その意気だよ」


 隣に立つ薙刀を下段に構えた銀髪の少女が僕を励ます。


「私も頑張っちゃうよ!」


 眼前の門の前に群れる妖魔は、その数、ウン百程度はいるだろう。


「「級種色々、全部まとめて」」


「ぶっ飛ばす!」「排除するよ!」


 僕達は敵の軍勢に向かって同時に駆け出した。

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