異文化の坩堝

 学園から少し離れた路地で、ローブの少女が継穂の傍に舞い降りる。


「よし! さっそく行こっか! 兵は神速を貴ぶってね!」


 セレナは朗らかに呼びかける。


「どっちかといえば神速より拙速って感じだけどね。というかグリモアの拠点の場所、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」


「薄々気づいてるでしょ? いつも違うところから帰されてても」


「まぁなんとなくは」


 普段は通らない道なのか、継穂は周りをキョロキョロと見回しながら歩いている。


 日が傾き始め、最も高い天をえぐる尖塔が街全体に影を落とす。それと双璧を成すように建つ二重螺旋構造の巨大な建築物がある。FSSコーポレーション本社ビル、通称だ。


「今回からは内部の人間と扱われるからね。特に隠す必要はないよね」


「やっぱりか」


 2人の目の前にはバラルがそびえ立っていた。セレナはドアの横の端末でIDを認証し、入り口のロックを解除する。


「会社の正式な入り口から入ろうか。キミのIDも登録してあるから同じようにやってみて」


 そう言われた継穂は、端末の横に立ち、IDを認証する。


『ID認証完了。ようこそ。鞍部・ダーク・継穂様』


 機械音声が彼に歓迎の言葉をかける。大きなドアが左右に開き、2人は社内へと入った。

 中へ入ると、そこには様々な文化がごった返しになっており、モザイクな雰囲気の雑多な空間が広がっている。


「なんか凄いな、ごちゃごちゃしてるというか、統一感がないというか」


 継穂は文化のキメラとも言える雑然としたロビーに対しての率直な感想を述べた。 

 ……やっぱりそう思うよね。私も初めて見た時は衝撃だったけど。

 セレナは自分がここに初めて来た時の感情を思い出す。

 一見、バラバラのものが集まっているこの空間にも何か調和のようなものを感じさせることに凄みを感じたものだ。


「ようこそいらっしゃいました。鞍部様」


 手帳を持った燕尾服の男がロビーで佇んでいた。


泰城やすきさん、わざわざ待っててくれたんですね! ありがとうございます!」


 セレナが泰城にお礼を言うと、


「いいえ、仕事ですから。それとアグラオニス様に任せておくとロクなことにならないと皆様がおっしゃるものですから……」


 泰城のその言葉に、セレナはぽかーんと固まった。

 彼女が固まっているその間に継穂は泰城に挨拶をする。


「鞍部です。よろしくお願いします。すいません、お名前を伺ってもよろしいですか」


「まだお若いのにご丁寧な方ですね。わたくしは泰城と申します。鞍部様もどうぞそうお呼びください」


「ハッ! もー! 私を無視しないでよー!」


 我を取り戻したセレナが自分の存在を主張するも、2人の男達は我関せずといった顔をしている。

 ……私が連れてきたのに〜!

 セレナは頬を膨らませ、玩具を取り上げられた子供のような不満げな顔をする。

 泰城はそれを無視し、案内を進め始めた。


「それでは鞍部様、こちらでございます」


 ◇


 泰城さんは目的地まで歩いている途中に色々なことを教えてくれた。

 まずこの会社は様々な文化や特色ある能力を持つものを、各地から人種や、関係なくかき集めて事業を発展させてきたらしい。


「バベルの塔のお話はご存知ですか?」


 泰城さんが僕に問いかけてきた。名前は聞いたことはあるが、おそらく神話の話であろうことしかわからない。


「わからないです」


「かつて全ての人間が同じ言葉を話していた頃、人間は街や塔を作り、ひとつに固まっていようとしていたのです。しかし、人間にそれぞれの土地を与えた神は、統一された言葉を乱し、相互理解ができないようにして、人間を各地に散らしたのです」


「それでどうなったんです?」


「これは代表の受け売りなのですが、バラバラになってしまったことによって個性が生まれ、それがより集まって文化が生まれたのだと思います」


 なるほど。同じ生活からは単一のものしか生み出されないということか。


「この建物はバベルの塔をイメージして造られています。様々な文化が生まれた現代でもう一度ひとつになることができたら、どんなに素晴らしいことかという願いを込めて、代表はこの会社を作られたのですよ」


 今は世界中の全員とまではいかないが、誰もが日本語がベースになった共通言語を話している。あながち自分にも遠い話ではないのかもしれない。


「とても壮大なことを考えるんですね」


「代表のお考えになることはいつも浮世離れしていて、私には想像もつきませんが、それでも実現してくれるような説得力と言いますか、ついて行きたくなる魅力をお持ちの方なのですよ」


 思っていたよりも野心家で、社員をひっぱりまとめるカリスマ性を感じる。エカテラフ・クラドゲートという男は、いい意味で化け物のような人だ。


「例えば、農業部門には樹木の精霊や亜人の方が多くいるのですが、ドライアド、夜叉ヤクシャ、スクーグスローなど同じ由来でも色んな種族がおられます。1つのことでも色んな個性が共生しているのはとても楽しいことだと私は思います」


 口で言われても想像はしづらいが、いつかそういう人達にも会ってみたいと思える。そんな空気感の会社のようで感心した。


「僕もそう思います。いつか実現するといいですね」

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