教育的指導?

「先生のクラスのあの問題児なんとかなりませんかね……」


「すいません」


 トマサは同僚の先生に頭を下げる。

 問題児とは彼女が担任のクラスの罰則常習犯のことだ。


「しっかり指導頼みますよ。そろそろ生徒会選挙を始めとして、代表戦とかのイベントが始まるんですよ。品位とまではいかないですが、うちの学園の体裁を保たなきゃいけないんですから」


「はい。しっかりと指導しておきます」


 先生達はお互いに困り顔で話を終える。

 同僚がいなくなった後、トマサは肘をつくと大きなため息をついた。

 ……指導してこれなんだよ。

 罰則の基準は個人の裁量のため、先生によってもちろん違う。しかし鞍部はあらゆる先生に不自然なくらい罰則を貰っている。

 もはや先生ごとにそれぞれの逆鱗を的確に逆撫でしているようにしか彼女には思えなかった。


「あーーーーー!!!!」


 彼女は教員室全体に響き渡る音量で吠えた。

 その部屋の視線が全て彼女に集まるが、直ぐに先生達は各々の作業に戻っていく。


「よし!」


 気持ちを切り替えたトマサは、ウィンドウを操作し指導室の使用予約をする。

 ……みっちりと話し合おうじゃないか。

 彼女は不敵な笑みをうかべている。それをいつもの事だと言うように気にすることなく、他の先生は自分の仕事をこなしていた。


 ◇


 突然、先生に指導室に呼ばれた。

 なんでだ。思い当たる節はいくつかあるが、今まで呼ばれたことは無いし、そんなに致命的なことをやらかした覚えはない。

 思いを巡らせている間に指導室の前についた。


「失礼します。トマサ先生に呼ばれて来ました」


「入りなさい」


 部屋の中から入室を許可する声が聞こえ、自動でドアが開く。僕は部屋に足を踏み入れた。

 指導室の真ん中にはテーブルと対面するようにイスが置かれ、奥のイスには先生が腕を組んで座っている。


「そこに座りなさい」


 僕は先生が指さしたイスに座る。もちろん先生とバッチリ目が合う位置だ。


「今日はなんで呼ばれたかわかりますか?」


 そう来たかぁ。適当に取り繕ってもボロが出るだけだ。ここは正直に、


「えっと、わかりません」


 先生はため息をついた。


「生活態度全般についてですよ。色んな先生から苦情が届いてるんです。とにかく――」


 と言われましても。僕だって怒られたくて怒られている訳では無い。決してMというわけでは。


「――もうすぐ生徒会選挙があるのはわかりますか?」


「え? あ、はい」


「聞いてませんでしたね?」


 先生はお見通しだった。またため息をついている。


「この学園のイベントは学外にも影響力を及ぼすことはわかりますよね?」


「それはわかります」


 魔道工学マギテクノ訓練生とも言える僕達は、各国においても強大なパワーを持つことになる。

 日本では戸籍情報まで魔法で管理する技術管理社会によって、パワーバランスを保っている。しかし、中印連合国では完全実力主義で強い者が地位を得るし、英豪王国なんかは象徴君主制で、王様と魔法技術者エンジニアのパワーバランスが均衡している。

 つまり魔法技術者の強さはそのまま国力の強さに関わってくるのだ。


「もうすぐその季節が来るので、そこで悪印象を与える訳にはいかないんですよ」


「はぁ」


「いつも真面目な生活を送っているのはわかっているつもりですが、どうしてそんなに罰則を受けちゃうんですか。もうちょっと大人しく生活できませんか?」


「いやそれはカイトのせい――」


「人のせいに? ビューグルは特に問題も起こさない優等生じゃないですか」


「いやいや先生はヤツの本性をわかってないんですって」


 先生はそれを聞いて少し考え込むとこう言った。


「まぁ確かに私は表面しか見ていないので断言はできないですね。今度からはもうちょっとビューグルも注意して見てみます」


 子供の話を聞かず頭ごなしに否定する大人はごまんといる。しかし、トマサ先生はとりあえず話を聞いてから判断してくれる。こういうところも生徒からの人気を得るところなのだろう。決して美人なだけではない、大人としてカッコイイのだ。


「でも、あなたが問題行動を起こしていることに変わりはありません。気をつけてください」


「はい。気をつけます」


 その意見は至極真っ当な事なので否定できない。ここまで目をつけられていたとは。本当に気をつけよう。

 先生が一呼吸置いてから言う。


「お説教はここまでです。もう行っても大丈夫ですよ。それと何か相談したいことはありますか?」


 先生が説教モードを終えて、雑談モードに入り、口調が少し砕ける。

 相談事? 特に思いつくことは無いが……


「あ、そういえば、バイトってしても大丈夫でしたっけ?」


「バイト? 学園で訓練している魔法の悪用とか、学園に責任が追求されるようなことをしなければ、特に制限するような校則はないけど」


「そうですか。ありがとうございます!」


「参考までに、どこでバイトする気なの?」


 ちょっと怪物退治に、とは言っても信じてはくれないよなぁ。


「FSSコーポレーションです」


 グリモアが数ある事業部門のうちの1つかどうかもわからないけど、多分間違ってないと思う。バイトって言ってたし。


「FSS!? 大きなところね。もしイアちゃん、じゃなくてガイアっていう名前の青っぽい髪色で気が強そうな女性がいたらよろしく伝えておいてね」


 ガイア、気が強そう――あの蛇女の人か!


「知り合いなんですか?」


「学園に通ってた頃の同期なんだけど、最近あってなくて。というかなんか知らぬうちに結婚してるらしいのよね」


 おっとこれ以上の男関係の話題はまずい。今はヒステリーの矛先は僕しかいない。爆発した日にはさすがにたまったもんじゃない。先生との関係は気になるが、それはガイアさんの方に聞くことにしよう。


「――もしあったらよろしく伝えておきますね。それじゃ!」


 そう言うと、まだ(愚痴を)話したそうな先生を尻目に、僕は逃げるように指導室から足早に飛び出した。

 ふと不満が口から零れた。


「カイトの野郎、いつか何倍にもして返してやるから覚えてろよ……」

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