訓練初日

 泰城さんの話を聞きながら歩いていたが、彼は突然、壁の前で立ち止まった。


「どうしたんですか?」


「到着致しました」


 どこに? と思ったが、彼は手帳を開き何か書き記したかと思うと、目の前の壁が割れた。人の通れる入り口となったのだ。


「私はここまでです。あとはリンドヴルム様にお願いしてありますのでよろしくお願い致します」


 僕が突然の出来事にほうけていると、セレナはさも当然のように、


「なにポカンとしてんの? 入るよ」


 と僕の手を強く引っ張った。


「いたたた。自分で歩くって」


 彼女の手を振りほどく。振り返って泰城さんに一礼して再び前を向く。見ると彼女は不満そうな顔をしていた。


「なんだよ」


「べっつにー?」


「なんかあるなら言えよ」


「な・ん・で・も・な・い・で・すー」


 そういうと彼女は指で下まぶたを引き下げ、舌を出した。いわゆるあっかんべーというやつだ。

 こいつちょっと顔は可愛いけど、性格が可愛くないと思うようになってきた。しかも僕と2人きりの時は特に酷い。好き勝手やったかと思えば、すぐ拗ねる。子どもか! 


 僕達が通り過ぎる、入り口は閉まってしまった。きっと向こう側は元の壁に戻っていることだろう。セレナの気持ちが少し落ち着いていたようなので、気になっていたことを聞いてみる。


「なぁ、さっきのどうやって開けたんだ? 魔法を使う訳でもないし、何かを操作するわけでもなかったし」


「ああ、あれは魔術を使ったんだよ。泰城さんの場合はルーン魔術だから、手帳になにか文字を刻んだんだと思うよ」


「ふーん」


 それについてはさっぱりだ。これから嫌という程、聞くことになるのかもしれないが。


「正確にはオドとマナを混ぜ合わせてぶつければ、それに反応して扉は開く仕組みになってる。だから君も開こうと思えばできるはずだよ」


「そもそもオドとマナってなんなんだ?」


「エーテルが肉眼では観測できない物質というかエネルギーなのはわかるよね。オドとマナはそれとは全く別のエネルギーなの。詳しいことは先生に聞いて、私説明は得意じゃないんだ」


 あーそんな感じする。ということは口に出したら、彼女はまた機嫌を損ねそうなので心に留めておく。


 しばらく歩いていると少し開けた空間に出る。生活に必要のないものは存在しない殺風景な部屋だ。そこに青みががった髪で下半身が蛇の女性がいる。ガイアさんだ。


「ん? セレナも来たのか?」


「私が来たら悪い?」


「いんや。ただ来たからには働いてもらおうかな」


「え――」


 セレナの呆けを遮るように、彼女は僕に話しかける。


「よく来たね。魔術の系統としては君に近い私が、君のことを一任されたよ。よろしくな」


 治癒魔術を使うところが似ているということだろうか。さっぱりわからない。ともかく僕がこれからしばらくお世話になる人物のようだ。


「よろしくお願いします!」


「おっ! いい気合だ! その勢いでついてきてくれると助かる」


 その発言を少し不穏に感じるのは僕だけだろうか。まるで勢いが削がれていくような言い草だ。バイト……だよな?



 結論から言えば、僕はボコボコにされた。

「たぶん理論を説明しても魔術は使えんだろうから、負傷した時に勝手に使って覚えろ」とのことだ。言ってることはわからんでもないが、せめて説明して使えないことがわかってから実行してほしい。


「ほら、さっさと治せって」


 キビしい! ブラック企業も真っ青の扱いだ。しかも僕はバイトだぞ。


「びやべんべんばおふぇらいべふよ(いや全然治せないですよ)‼」


 顔がボコボコすぎてまともに発音すらできない僕に素っ頓狂な発言がとびかかる。


「あれ。おかしいな。ボコられたら無自覚で使えると思ったんだけどネ」


 価値観ずれてんのか? ノーマルに暴力で訴えかけるの怖すぎるだろ。


「ちょっと? 大丈夫?」


 セレナの心配そうな声が聞こえる。腫れすぎて視界はほぼないに等しいが。しかも僕をこんなにしたのお前だし。


「んー。よし! プラン変更だ。それ治すネ【カドゥケウス】」


 何か青く淡い光が見えたかと思うと、視界が少しずつ開けてきた。たぶん治癒術を使ってくれているのだろう。


「蛇は昔から再生の象徴とされてるんだ。だからアタシは魔術もその素養があるのネ」


 そのうち身体中から痛みが引き、腫れや傷はすっかりと治ってしまった。

 しかし、素直に治してくれてありがとうございますとは言えない。凄まじいマッチポンプだ。「患者がいなければボコればいいじゃない」とかいう世紀末医療は勘弁して欲しい。


 ガイアさんは困ったように頭をかきながら、


「まぁなんだ、悪かったネ」


 あぁ。多少の良心は持ち合わせていたのか。頼むからそれを最初から発揮してくれ。


「と言っても特に方法が思いついてるわけでもないし、今日はお試しってことで解散にするか」


「……はい」


 僕は血が出るんじゃないかってくらい拳を固く握り締める。

 こいつらをいつかぶっ飛ばしてやる。少しズレた決意を心に秘めた瞬間であった……

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