親切と甘さ

 継穂は一人で家路へとついていた。

 いつもの帰り道、超高層の壁に囲まれた人通りが少ない細い路地。

 この街、『甲京』は東西南北を4等分するように、大きな幹線道路が十字に敷かれている。学園は北の端に、一般住宅街は南の端の街を抜けた先だ。交通手段があるならともかく、徒歩ならば幹線道路を毛細血管のように繋ぐ道を突っ切った方が早い。


「今日も酷い目にあったよ。もう体力だけは他の人より自信があるね」


「キミ、誰と話しているんだい?」


 継穂の認識の上の方から声がかかる。見上げれば燈籠型の街灯の上にローブをかぶった見知った銀髪の少女がいた。


「誰ってそりゃあ――」


「実は結構変わり者? じゃなきゃ命の危険に晒されてまで女の子を守ったりはできないよね。好きなの? あの子のこと」


「それは無い」


「アハハ。そっかー」


 それを言われることは結構ある。ただの幼なじみだ。彼女は学園の人気者ランキング不動の1位、かたや自分はというと、ランキングにも載らない凡百の内の1人だ。客観的に見ても、そういう関係に発達するようには見えないはずだと継穂は思う。


「ありゃ結構めんどくさい女だから、ないよ」


 ◇


「へっくちっ」


「どうしたの? 樹神さん、季節外れの風邪でも引いた?」


「そんなことは無いと思うんですけど……」


 ◇


「そんでなんの用?」


「冷たいなぁ。キミには霊傷れいしょうが付いたんだから、治るまでは妖魔に狙われちゃうんだよ。だからたまに私が責任を持って様子を見に来てあげてるの」


「そんなこと前は言ってなかったじゃないか!」


「んー? そうだっけ?」


 ……それめちゃくちゃ大事な話では?僕の命に関わる話じゃん。

 あんなのにしつこく襲われたりしたらひとたまりもない。


「そう言うことは危害が出る前に伝えて欲しいよ!」


「だから今話してるんだよ」


「いやいや遅いよ!もっとはや――」


 ◇


 継穂は会話の途中にもかかわらず、突然走り出した。


「あ、ちょっと!」


 ……脚早くない?私が下級術式を使ってるのと同じくらいじゃん。

 セレナも追いかけるように走り、たちまちちょっとした大通りに出る。継穂がたどり着いた先には、自動車が壁にはり付くように止まっていた。


「どうしたんですか?」


 彼が車の持ち主と見られる中年の男性に話しかけた。


「あ、いやーちょっとね。魔法陣がイッたのか、ちょっとずつ速度が落ちていって、完全に止まっちゃったのよね」


「僕、学園の生徒なのでちょっと見せて貰えますか? 直せるかもしれませんし」


「あぁ学園の。それは助かる」


 承諾を得た継穂はデバイスを起動し、自動車の魔法陣を読み取っている。軽く操作してデバイスを閉じた。


「多分これで動くと思います。駆動系とエーテル炉の接続のところがちょっと古い型式の魔法陣でした。最近、ソフトウェアアップデートしたんじゃないですか?応急処置はしたので、あとはディーラーさんに見せて調整してもらえば大丈夫だと思います」


 中年の男性は運転席に乗り、エンジンをかけると車が起動した。


「さすがは学園の生徒さん。ありがとう! 何かお礼は」


「別にいりませんよ」


「そうか。じゃあ何か困ったことがあればここに連絡してくれ」


 そう言うと継穂のデバイスに名刺を送り、車の波に合流して行ってしまった。



「親切さんだね」


 継穂は聞いていない様子で、先程まで車が止まっていた壁の向こうの隙間を覗くように屈みこんでいる。

 セレナが後ろから覗き込んでみると、そこには1匹の猫がいた。


「今度からは気をつけるんだぞ」


 継穂はそう言うと猫を隙間から持ち上げて取りだし、広い場所へと放してやった。猫は振り返ることも無く、脇目も振らず走り去っていく。


「アイツ、お礼の1つもなしか」


「あの猫をその隙間から出してやるために車を直したのかい?」


 セレナは継穂に聞く。

 ……もしそうだとしたら何故ここがわかったのか。


「いいや、たまたまだよ」


「ふーん。一直線にここまで走って来ておいて……ね」


「そうだよ」


 彼がそういうのならそういうことにしておいてあげよう。なにか面白い話が聞けそうな気がしたけれど、それはまた今度にしようとセレナは思う。



「鞍部継穂君だね?」


 ◇


 フロスは警察証明を表示して見せつける。

 ……通報があって来てみれば――ちょうどいい。


「こういうものなんだけど、ちょっとお話聞かせてもらってもいいかな?」


「はぁ、構いませんが。なんのお話でしょうか」


 継穂の隣にいるフードを目深に被った少女が、その彼の背中に隠れるように後ろに下がったよう。


「色男だねぇ。彼女かな」


「いいえ違います。それよりなんの御用で」


「おっと、失礼した。以前、君は神隠しにあったとか、それについて詳しく聞かせて欲しい」 


「――あ、えっとその事なら何も覚えてないのでお答えできることはないと思います。すいません、今日は祖父の様子を見に行かなきゃなので失礼します」


 ……嘘だな。

 目の動きや仕草で直感的にわかる。伊達に人を疑う仕事をしている訳では無い。

 後ろの少女も僅かではあるが、反応を見せた。今日のところの収穫は十分だとフロスは思う。


「あぁ時間を取らせてしまって悪かったね。何か思い出したらまた話を聞かせてくれ、少年」


 継穂はフロスに一礼すると、背を向けて歩いていった。先程、に戻っていくように。


「急ぎの用事があるのにわざわざ寄り道か。嘘が下手だねぇ。まだまだ嘘にまみれた社会に馴染んでない若い年頃ってことか」


 箱から煙草を取り出しながら、フロスはつぶやく。


「はてさて、こっからが警察の腕の見せどころってとこかね」

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