僕の懊悩煩悶

僕はマットの上に大の字に転がされていた。

 本日、何回目の天井だ? 

 今は魔導格闘術の授業の時間だ。

 魔導工学は誰でも魔法が使えるようにするものであっても、無条件に自由自在に魔法を行使できる訳では無い。

 高度な魔法を使いこなすにはある程度の訓練が必要だ。そしてこの学園は一般教養とは別に魔法訓練の授業も存在する。学園の生徒たちはいわゆる魔法使いエリートといえる存在になる訳だが、当然その力を狙ってくる輩が存在し、それに対する護身術としての側面もあるのが魔導格闘術である。



「ヤミちゃんが俺に魔導組手で勝とうなんざ、500年早いね!」


「クッソ! この運動能力馬鹿が!」


「んだコラァ! もっかいやんのか?」


「やってやるよカイトォ! 今度はお前が地べたに転がる番だ!」


 僕は呆気なく再びマットの上に転がされた。

 なんだコイツやっぱ馬鹿つえーな。他のクラスメイトと組手する時はそこそこなのに。というかカイトは自分の時だけ本気を出しているように思う。カイトの戦績は、そんなに全体的には勝率として高くないのだ。


「おービューグルは相変わらずいい動きしてる」


「ありがとうございます! トマサ先生に褒められるとは恐悦至極」


 今の時間の先生は教務主任で担任のトマサ先生である。この学園を首席で卒業したのち、なんか色々功績を残してこの学園の教師になったそうだ。確かエーテルによる空気エアリアル操作陣コントロールの開発だったか、と思い出す。

 美人でカッコイイと男子にはかなり人気のある先生だ。事実、カイトも鼻の下を伸ばしている。


「はい注目、ただの組手しても仕方ないからね」


 先生の一声で空気が一気に締まった。この先生の授業はいつも引き締まっていて、皆が集中しているように感じる。


「2年次からやる魔導格闘術ですが、スタイルにテンプレートは存在しません。各々の得意な方法、私でいえば空気の操作を利用した戦術を考えなければなりません」


 先生は教鞭型のデバイスでエーテルウィンドウを展開し大きく広げた。


「君達のご存知の通り、魔法は大気中のエーテルをデバイスの魔法陣に取り込んで発動させるわけですが、一瞬の判断が求められる実践でデバイスをチャカチャカ操作するのは厳しい」


 それはそうだ。

 高速展開クイックキャストの必要性はこの間、身に染みて感じた。

 例えば、単一の攻撃系の魔法陣が組み込まれた拳銃型デバイスならトリガーを引くだけで発動させることはできる。しかし、そんなものをいくつも持ち歩いている人間はそうそういない。非効率的だからだ。1つのデバイスに多少の操作は必要だが、多くの魔法を詰め込んだ方がよっぽど効率的だ。


「そこで。エーテル自体の使用者の意思や感情をノータイムで伝達する性質を使ってある程度の操作を省略しなさい。例えば、魔導義肢は脳から発される電気信号の代わりにエーテルを通じて、思うように動かすという命令を義肢に送ることで普通の人体と遜色なく、むしろ通常よりも早い反応を示します」


 頭の中に先生の声が聞こえてきた。


『もっと君達に身近なので言えば、念話だな。相手へと自分がこう思ってるぞということを相手の波長に変質させて送っているわけさ』


 ちょっと語尾がいつもと違ったように感じた。

 一拍を置いて、先生が口で言う。


「私の打撃を受けたい生徒はいますか?」


 変態カイトが進んで前に出た。


「それじゃあビューグル、私に格闘攻撃してきてください。いつでも構いません」


「それじゃあ遠慮なくいきます!!」


 カイトの下心が丸見えの突進? が一直線に先生に向かっていく。

 あ、アイツ軌道変えたと思ったらフェイント入れやがった。どんだけ先生に触りたいんだ。


空壁ウォール


 カイトは先生の手前1メートル程の位置で透明な壁にぶつかったように弾かれた。

 先生は特にデバイスを操作した様子はない。


「私の場合は、予め使いたい魔法のコードを決めておいて、声に出すことでイメージを固めて発動しています。コードはなんでも構いません。指を鳴らす人もいれば、何かを口にする人もいます。各々にあったコードを見つけてください」


 イメージと言うは易し、実際にやるのは難しい。念話や義肢なんてのはあくまで自分の体という概念の延長線上。自然現象を変化させるのとはわけが違う。要はその辺の石ころの気持ちを考えることができるかと言えばほぼできないということだ。こればっかりは才能がものを言う。


 僕はマットの上にのびたカエルのようになった悪友に近づき声をかける。


「残念だったな、同情するよ」


 いつもやりたい放題されているのだからこのくらいの皮肉は許されるだろうと思う。


「あぁ、そうだな――」


 あれ? コイツガチで凹んでない? 明らかに元々そういう流れだったと思うが。ちょっと引いた。


「ほら、元気だせよ。購買でなんか奢ってやるから」


「はい、言質とった! スペシャルクリームパンな!」


「あ、テメェ! ワザとかよ! 今のは無効だ、む・こ・う!」


 カイトは左手首につけたデバイスを操作する。


『ほら、元気だせよ。購買でなんか奢ってやるから』


「いつの間に録音してやがった⁉」


「これがある限り、他の人がどう思うかは明らかだな!」


 汚い! こいつはいつもいつも。


「そこ! 集中しなさい! くーらーべー? また罰則を受けたいようですね?」


「ちょっと待ってくださいよ、先生! 今のはカイトの野郎が」


「ビューグルがどうしましたって?」


 え? と思って周りを見渡すと、カイトの姿形は跡形もなく消えていた。

 振り返るとニコニコした先生がこちらを威圧している。先生が立てた親指を下に向けた。

 こうしてまた罰則行きとなった。

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