異端

 街が紅に染まる頃、そこに人ならざるものが立っていた。品定めするように地べたに転がった人を眺めている。その視線を下から上に向けた。


「ありゃ、気づかれちゃったか。兵士ソルジャー型1体、速やかに排除するよ! 来て【偃月】!」


 セレナは両の手を頭上にあげて揃える。そこに寂光が集まり現れたのは少女の身長程はある薙刀。自由落下に加えて空を蹴り、石突側に両手を寄せた、まさに勢いに任せた大上段の一撃を異形に向かって振りかざす。銀の一閃が地へと墜ちる。

 異形は巨大な左腕で受けるが、遠心力と重力を最大限利用した一撃に耐えきれず左膝をつく。そこから放たれるのは、地面についた左膝を回転軸とした、右足での着地直後の敵への足払いだ。


「おっと、あぶない」


 セレナは左足で大地を割った薙刀を蹴り上げて抜き、そのまま一歩のバックステップを踏むことで回避とする。

 下げた左足を前へ踏み込み、今度は柄を短く持ち、刃を上に向けた斬り上げを行なう。

 禍々しい左腕が宙を舞った。


 ギエエエエェェェ‼


 怒号のような叫びがビルの群れに反響し、空気がビリビリと震えた。


 ◇


 後ろへよろめいた異形が対峙するこちらへ殺意を飛ばす。左右に大きく裂けた口のような部分が歪に笑っているようにも見える。

 失われた左腕が切断面から生え、急速に再生し始めていた。


「お? やる気かな? いや『殺る』気か。構わないよ、サクッと祓ってあげる」


 体勢を整え、左足を前に半身にして構え直した時、足に何かが当たった。ここで初めて地面を見る。


「一般人⁉ もう被害者が出てたの。てか凄い出血。これはホントにすぐ片付けて治療しないとヤバいね」


 どうやらまだギリギリ生きているらしい。向こうにも気絶している女の子が見えた。

 一瞬の油断を見逃さなかった異形がこちらに突撃を仕掛ける。既に再生した爪による直線的な刺突だ。

 3本の爪の間に柄を通すように刺突を受ける。鈍い金属音が鳴り火花が散った。

 もうここから一歩も下がることはできなくなった。

 右手を後方に引き、身体を回して、強引に爪を絡めとるように異形の体勢を崩す。そのままの回転の勢いで右足での後ろ回し蹴りとし、異形を蹴り飛ばし距離をあけさせる。


「ちょっとばかし全力を出そうか」


 手に持った偃月を上へと放る。

 大気中のマナを取り込み、自らのオドと練りあわせることで性質を変化させた。


「夜の国を統べし大いなる調べ、眷属たる我に昏燿を与え給え。かしこかしこもうす【白兎】」


 祝詞を唱え、柏手を打つことで術式を発動させる。身体が軽くなったのを感じ、淡く儚い光を帯びる。兎の如き身軽さを持って場を制し、強烈なマナの本流を相手へと叩きつける、身体強化と属性付与の術式だ。

 落ちてきた偃月を頭の上で掴んだ。


「一瞬で終わらせるよ。悪鬼を祓え給い清め給え【白炎】!」


 刃に燦然とした白い炎が宿る。石突を異形へと向け、刃を水平に構える。

 行く。

 地を揺らすほどの踏み込みで、初速から最高速で異形に向かって駆ける。

 繰り出すは大振りの横一文字の斬撃。

 衝撃波を生むスピードのまま止まることなく一直線に斬り抜ける。



 異形の上半分がズルズルと滑り、血液の水音をたてて地面へと落ちる。二つに分かれた異形の身体は真っ白な炎に包まれ燃えていき、やがて塵となって風と共に消えていった。

 手に持つ偃月は光の粒子となって拡散し、身体から淡い光が失われる。


「さて、被害者の治療に当たらないと」


 まずはおそらく重症の倒れている方からだ。様子を見るに、向こうで気絶している女の子は外傷はない。庇った結果、致命傷を負ったのだろう。


「この出血量は私の手にはおえないな。生きているのが奇跡だね」


 私の治癒術は精々、応急処置程度のものだ。失われた血液を取り戻すような高等術式は使えない。


「仕方ない、本部に連れて行って治療するしかない」


 ◇


「というわけであからさまに重症だったから、本部まで治癒術をかけながらキミを焦って連れてきたら、確かに失血気味ではあったけど思ったより軽傷だったというオチさ」


 僕は唖然としていた。事の顛末を聞いて状況を整理しようと努めていたが、とてもじゃないけど理解し難い。治癒術、妖魔、グリモア、常識の埒外のことが多すぎた。


「えーっといくつか質問しても?」


 彼女は指で丸を作ってみせる。まず何から聞けばいいのか……


「治癒術ってなに? 魔法での治療は不可能っていうのはもう定説だと思うんだけど。だからこんな健康管理社会なわけだし」


「魔法じゃなくて魔術かな。昔はこっちが魔法って言われてたんだけどね。グリモアは旧代で妖術、呪術、ウィッチクラフトとかオカルトって呼ばれてた怪しげな術を使う人達の集団なの」


 は?何を言ってるんだ。魔法という技術体系が発展した社会でオカルトだって?


「いやいやいや、オカルトってまたまた」


「【朧炎】」


 彼女は立てた人差し指から小さな火を出してみせる。

 見たところ彼女は魔工デバイスを身につけていない。デバイスで大気中のエーテルを変質させなければ魔法は使えないというのに。


「デバイス無しで魔法を……?」


「だーかーらー魔法じゃなくて魔術だってば。魔法はエーテルをデバイスで転換させて、それぞれ組み込まれた魔法陣とかに読み込ませて出力するもの。そこはわかるよね? 魔術は大気中のマナを術者のオドと混ぜ合わせて、それによって個別の変化を起こすの。つまり全然別の技術体型なの、わかった?」


「――わからん」


 彼女の顔が人差し指を立てた自慢げな顔から一転、ガーンとでも聞こえそうな落胆の表情へと変わる。コロコロ表情が変わって面白いなんて思っていると、


「よぉし、そこにーなおれっ!」


 そこから数時間みっちりと力説されるのだった。

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