第23話 その後
程なくしてその船は攻略された。内部のほとんどの空間は機械で埋まっていて、部屋はあの指令室の他、天井から吊るされた座席の部屋と、ドローンの格納庫だけだった。非戦闘員はいなかった。スライムたちは船の中で「生活」などしていなかったのだ。
あの司令官が言っていたキーの長押しを試してみると、ドームが発していた高出力の電波を止めることに成功した。
それは付近の無線通信を可能にするだけに留まらなかった。
黒スーツたちはその電波をエネルギーとして吸収していたのだ。エネルギー源を失った黒スーツは光弾を撃てなくなり、やがて黒スーツたちはもがき苦しんで死んでいった。
爽平は各地の円盤を攻略していった。
それと
人類初の円盤攻略者である
人類は社会インフラなど多くを失ったが、黒スーツたちの技術を解明していくに従い、科学技術は向上していった。
特に、戦争中からクリスが研究していた、電磁波を吸収してエネルギーとするスーツの技術が、それに大きく貢献した。高効率の太陽光発電システムが造られたのだ。石油や原子力に頼らなくてよくなった。
生き残った人々は大都市を中心に集まり、将来の人口増を
人口が
そして、二十年後――。
「本当に行くの?」
クリスは自動運転の車の中で爽平に訊ねた。
「行くさ。この生活を維持するためには行くしかない。君たちを守るために俺はやる。――例え他者の幸せを踏みにじることになっても」
人類のために、そして愛する者のために。
爽平はあの指揮官に言われた通りのことをやろうとしていた。
あのときは絶対に有り得ないと思っていた。だが、何を置いても守らねばならぬものができた爽平に、迷いはなかった。生きて戻って来ることはできないだろう。死を恐れ続けてきた爽平だったが、今はそれでも良いと思えた。
一般人には知られていなかったが、爽平たちの世界は黒スーツたちがやってきた頃には限界を迎えていたのだ。身勝手は承知の上で、他者から奪うことを、爽平と、そして新国連の上層部は決めた。
爽平たちの乗る車はドームへと向かっている。
爽平は今からあの船に乗るのだ。おあつらえ向きの船があるのだから、利用しない手はなかった。
「子どもたちを頼む」
爽平はクリスの手を取った。
二人は夫婦になっていた。五歳になる娘と、一歳の息子がいる。その二人の子どもが、爽平の何よりも大切なものだった。
「行かないで――とは言えないわね」
クリスは泣きそうな顔で言った。爽平の提案に賛同し、乗組員のためのスーツとドローンの塗料を開発したのはクリスなのだ。ジャンプの原理は結局わからなかったが、船が動くだろうという勝算はあった。
口づけを交わしたあと、爽平は結婚指輪を外してクリスの手に握らせた。向こうには持っていけない。
指令室にある司令官席のシートに体を固定した爽平は、ヘルメットを被る前に、正面の壁面ディスプレイを見た。映っているのは、ずらりと並ぶジェットコースターの吊り下げ式の座席のようなものに座る仲間たちだ。
あれほど苦しめさせられ、憎んだ黒スーツたちにそっくりだった。いや、黒スーツそのものだ。爽平たちはこれからあいつらと同じことをしようとしている。
全員フルフェイスの黒いヘルメットで見分けがつかないが、その中には鈴森もいる。反対するだろうと思っていた鈴森だったが、爽平から話を聞いてすぐに同意した。「俺は先輩について行きます」と言って。恋人の
鈴森を始め、彼らはすでに、あの薬――爽平が司令官から得て持ち帰った注射器の中身の複製品――を打っていて、中身は
爽平は、目の前にいる操作盤のキーに指を乗せた。あとは決まった通りの順番で押せばいいだけだ。全自動のこの船は、それで全てが完了する。指令室にいるのは爽平ただ一人だった。
一瞬、これで本当にいいのかという思いがよぎった。中村、江口、そして美彩の顔が浮かぶ。
あのとき、もしもやり直せるのなら――と思った。
だがその迷いは、最後に浮かんできた子どもたちの笑顔にかき消された。
美彩の死によって、爽平は自分の命よりも守るべきものが存在し得ることを知ったのだ。そして死に物狂いで守らなければ、簡単に自分の手からこぼれ落ちてしまうことも。
かつて美彩は誰かを守って死にたいと言っていた。爽平もそうだ。自分が今まで生かされてきたのはこのためなのだと、自信を持って言える。
爽平は目を軽くつむり、キーを叩いた。
――過去の人類を虐殺し、子どもたちのいる
― 完 ―
人類虐殺計画 藤浪保 @fujinami-tamotsu
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