第21話 船へ

 翌日、D班デルタはドームのすぐそばにいた。今日はA班アルファC班チャーリーを連れていていた。周辺の安全確認は済んでいる。


 ドームまでは交差点一つ分の距離だ。ここまでくると歪曲わいきょくしているようには見えない。ただの光る壁だった。


「中に敵はいそうですか?」

「近くにはいない」

「入るんですよね?」

「入る」

「了解」


 爽平の決断に、デルタの他の四人がうなずいた。


「鈴森、一番手」

「俺ですか!? ――なんて、わかってますって。入ったの、まだ俺だけですからね~」


 得意げに言いながら、鈴森は迷彩服を脱ぎ捨てた。その下にはスーツを着ている。かぶっていたヘルメットを外し、ウェストに取り付けた黒スーツのヘルメットを手に取った。


 爽平や他の隊員も迷彩服を脱いでいた。背負っていたリュックからからのスーツを取り出すと、アサルトライフル以外の物を中に入れる。


「撃たれたら、後、お願いしますね」

「食堂の狭山さやまだろ? 伝えとくから」

「なんで知ってるんですか!?」


 なんでも何も、鈴森が食堂にいる気のいい熊のような男にれているのは、誰もが知っている。見ていればわかることだ。知らないのは当人たちだけだろう。


「後で教えてやるから早く行ってこい」

「絶対ですよ!?」


 美彩が「早く伝えればいいのにね」と言っていたのを思い出し、ずきりと胸が痛んだ。


 気持ちは自分で伝えた方がいい。生きているうちに。


「やっぱフラグになりそうだからやめとくわ」

「そこは教えて下さいよ!」


 鈴森の抗議の声は、黒いフルフェイスマスクの下に収まった。


 爽平が背中を叩くと、鈴森は装備の入ったスーツを抱き締めて、ドームへとダッシュした。残った四人で銃を構え、周りを警戒しながらその様子を見守る。


 鈴森はドームの壁に手を当て、すり抜けられることを確認した。ヘルメットをロックし、向こう側へと頭を突っ込む。


 頭を壁にめり込ませたままの鈴森が、大きく手招きをした。


「次」


 爽平が言うと、二人目と三人目が向かっていった。


 二人目が一瞬躊躇ちゅうちょした後、壁の向こうへと飛び込んだ。三人目はこちらを向いて銃を構える。


 鈴森はまだ手招きを続けていた。次は爽平たちの番だ。


 爽平は四人目と一緒にドームへと走り寄り、腕を顔の前でクロスして思い切ってドームに突っ込んだ。


 何がしかの感触があると思った。だが、一瞬目をつぶってしまった爽平は、目を開けるともう反対側にいた。何も感じなかった。


 振り向けば、不透明の壁がそこにはある。もやもやとした煙を固めたような壁に触れようとすると、黒いスーツのグローブ部分に覆われた手には何にもれなかった。じかに触れたことのない爽平には、これが壁だということが不思議に思えた。


 視線を前に戻せば、以前の鈴森の報告の通り、ドームの外へと逃げようとした人々の遺体が、ドームに頭を向けて折り重なっていた。


 最初期の死体だ。あの日からの月日を思わせるだけの変容をげていた。ドームに隔絶されていたとしても、内部の人間が死滅していても、生物界の営みは変わらず行われているのだった。


 息苦しさを覚えて、爽平はヘルメットを脱ぎ捨てた。


 研究者たちは、大気の成分はほぼ同じで、人体に有害な成分はないといっていた。匂いにも大した違いはなかった。土埃つちぼこりっぽく、それでいて清涼だ。焦げ臭さがないのは、しばらく戦場になっていないからだろう。


 街並みは、外側よりもはるかに整っていた。これも戦場にならなかったためだろう。市民は反撃の手段を持たず、一方的に虐殺されたのだ。


 爽平は持ち込んだ黒スーツの抜け殻から、武器を取り出した。他の班員も同様だ。


「チャーリーの配置完了しました。有線も引きました」

「わかった」


 体を完全にこちらに移した鈴森は、足元で箱型の機械に繋がっている受話器を手にしていた。もう一本箱から伸びている線は、ドームの壁を貫くように横たわる抜け殻の内部を通って外側に続いている。これでドームの内外の連絡手段が確立された。


 すぐさまチャーリーの一人を前線へ行かせ、侵入の成功を報告させる。


 間もなく守備隊が到着し、黒スーツの抜け殻を利用して隊員や物資が持ち込まれた。新たな前線の構築だ。重機を用いてバリケードが造れないのは厄介だったが、人を配置して黒スーツたちの反撃に備えた。


 しかし、黒スーツたちの襲撃は緩慢かんまんだった。ドローンなど一機も飛んで来ない。


 群がってきたやつらを根絶やしにしてやると息巻いていた爽平は、肩透かしをくらった。守備隊だけでも十分に対応できる。


『キタ、戻ってこい』

「まだ一発も撃っていません。敵を探します」

『作戦は完了した。今日はもう戻れ』

「わかりました」




 帰還命令を受け、くすぶった気持ちのまま基地へと戻った爽平は、さっそく司令部に呼ばれた。


「ヤツラの本丸にここまで近付いてるってのに……。船の防御に相当な自信があるってことか。キタ、何か感じるか?」

「細川サン、俺を超能力者か何か勘違いしてません? ――黒スーツがいるとしたら、たぶんここです」


 爽平が指差したのは、爽平たちが確保した侵入地点からかなり離れた場所だ。


「そこが弱点と見るべきか……。入口があるのかもしれないな。それとも罠か」

「罠だとしても行きますよ」


 船内にいるのが非戦闘民だとしても構うものか。皆殺しにしてやる。


「いや、少し待つ。ヤツラの方からられに来てくれるのは好都合だ。少しでもリスクは減らしたい」


 司令部は、しばらく様子を見ることに決めた。爽平は不満だったが、細川は譲らなかった。爽平も理性ではわかる。今はその時ではないのだ。


 デルタは別の場所の戦闘に駆り出された。ドームの外側を壁に沿って進み、敵を排除していくことになったのだ。戦うことで、爽平のフラストレーションはいくらか解消された。


 円盤からは何の反応もないまま、爽平たちはドームをぐるりと一周する形で陣地を得た。


 それまでドームへ近づく方向へ進軍してきた自衛隊は、包囲以前に外に出ていた黒スーツを倒すべく、今度は放射状に前線を広げていった。


 これまで行けなかった地域に足を向けることができるようになり、孤立しながらも粘り強く抵抗を続けていた他の基地との合流を、多数果たした。


 前線が伸びればその分守るのは難しくなるが、この第二次合流ラッシュにより、人員が確保され、潤った物資がそれを補った。有線による通信網を確立し、それを維持し続けた。


 何より、ドームを包囲・観察していることで、これ以上敵が増えない確信が持てるのが大きかった。作戦の立案にしても、隊員の士気にしても。


 外側を押さえた自衛隊は、当然内側も攻めていく。


 相変わらずドームの突破にはスーツが欠かせなかったが、使える物は山ほどあったから、簡単に出入りできる。スーツに入らない機器は分解して搬入すればよかった。


 そして、ドームの内部も制圧し、他部隊の歴戦の猛者もようした自衛隊は、ついに船の攻略へと歩を進めた。


 それまでは刺激するな――触れられるほど至近距離まで迫っておいて今さら刺激も何もなかったわけだが――と禁止されていた接触が図られた。


 しかし、これが難航した。


 銃弾、効果なし。ナイフ、効果なし。手榴弾てりゅうだん、効果なし。ミサイルランチャー、効果なし。チェーンソー、効果なし。ダンプカー、効果なし。


 つるりとした金属様の表面は、何をやってもびくともしなかった。もちろん、入口のようなものは何もない。クレーン車で上部に上る試みもなされたが、同様に真っ平だった。


 黒スーツとドローンが出て来たのだから、入口はあるはずなのだ。だがそれが見つからない。


「ここまでとは……」


 司令部の面々は頭を抱えていた。参加している各班長も同様だ。


 と、そこに、通信が入った。


「船から黒スーツが出て来ました。その数多数! 各所で戦闘開始!」


 なけなしの電力を使ってけられたモニターには、船の表面になかったはずの入口がぽっかりと開き、続々と黒スーツが出て来る様子が映っていた。上空からはドローンもやってきている。


「各班、戦闘配置! 好機だ!」


 爽平ら班長達は指令室を飛び出し、班員を引き連れて戦闘に加わった。


 多勢に無勢ぶぜいだった。戦闘は一方的な蹂躙じゅうりんに終始した。


 黒スーツたちがいくら出て来ようとも、準備万端で待ち構えていた自衛隊にはかなわなかったのだ。黒スーツは出て来るそばから撃たれ、ドローンは落とされていく。


 司令部は、船に侵入する命令を下した。この機会を逃せば、次にいつ入口が開くかわからない。


「デルタから司令部へ。A班アルファを連れて行く」

『司令部からデルタへ。他の班も随時向かわせる。連絡は密に。健闘を祈る』

「デルタ了解」


 司令部の許可を得た爽平は、デルタの面々を見回した。


「悪いな、付き合わせて」


 船内は敵の本拠地だ。何があるかわからない。当然相手は待ち構えているだろうし、罠もあるだろう。入口が閉まってしまえば、出られないかもしれない。


 だが、人類が勝つにはここで行くしかないと思った。何より、中にいるやつらがのうのうと生きているのが気に食わない。


「何言ってるんですか。ここまで来られたのは先輩のお陰です。どこまでもついて行きますよ」


 鈴森の言葉に、他の三人がうなずいた。


 デルタとアルファは爽平を先頭に、侵略者の船内へと足を踏み入れた。




 船の中は、いわゆる宇宙船といった感じだった。


 天井と床、壁一面が白く光っていた。当たり前だが窓はない。電気で煌々こうこうと光っている様を見るのは随分久しぶりだった。何という無駄遣いだろうと思った。


 真っすぐ進んだ先は壁があり、丁字路になっていた。鈴森が前に出て、爽平と背中合わせに左右を確認した。敵はいなかった。


 通路は緩くカーブしていた。外周に沿っているのだろう。円盤への出入り口が複数あることを考えると、どちらに向かっても黒スーツがいると思われた。左側の方が見方が優勢だったことを考えて、爽平は右に進むことにした。挟み撃ちにされる可能性が低い。


 通信線を引きながらついてきたアルファが、そのむねを司令部に伝えた。


 線を引くのは、敵に自分たちの居場所を知らせることにもなる。だが、どうせもう黒スーツたちは侵入したデルタたちを捕捉ほそくしているだろう。監視カメラのようなものは一切見当たらないが、見ていないわけがない。


 前を鈴森と爽平が、アルファを挟んだ後ろを他の班員が受け持ち、警戒しながら進んで行く。罠があるようには見えないが、油断はできなかった。


 そうやって進んでいった先、左の壁にドアを見つけた。


 一段へこんだ部分の正面に、銀色の両開きのドアがある。エレベーターにも見えるが、階数などの表示や操作パネルのたぐいはない。ドアの上方にセンサーのようなものがついていて、自動ドアのように見えた。


 爽平たちはドアの両脇にひかえ、鈴森がセンサーの下にさっと手をかざした。


 プシュッと音がして、左右にドアが開いた。


 途端、光弾が複数飛んできた。それらは反対側の壁に当たったが、壁はびくともしなかった。


 爽平たちも応戦する。アルファが戦闘開始を司令部に報告した。


 大きく開いたドアから見える部屋の中は、通路ほど明るくはない。天井は通路よりも高く、かなり広い。小学校の体育館ほどはあるだろうか。その一面に座席のようなものがぶら下がっていた。


「鈴森、発煙弾」

「了解」


 鈴森が爽平と一緒に発煙弾を投げ込んだ。煙は雨同様、光弾に有効なのだ。屋外ではろくに使えなかったが、風のない屋内なら効果があるだろう。


 催涙さいるいのような効果は何もない。どのみちヘルメットを着けた黒スーツには効かないからだ。


 こちらの視界も悪くなるが、どうせ最初から狙って撃つ気はなかった。ただ弾をばらまくのなら、相手の攻撃を弱めた方がいい。


 と、中で別の銃声がした。


 味方だ、と爽平が思うのと同時に、アルファの一人が報告してきた。


B班ブラボーが船内に侵入、敵と交戦開始。恐らく我々と同じ相手です」


 ブラボー。肥田の班だ。肥田は作戦から外されているが、どうしても苦々しく思ってしまう。


 部屋の中を光が横切った。信号弾だった。


 味方で決まりだ。部屋には複数のドアがあるのだろう。その一つにブラボーがいる。


「『室内に入り、敵を引きつける! デルタは後方支援を!』とのことです!」


 借りを返そうとでもいうのだろうか。そんなことは望んでいない。


「一番やりはデルタの役目だ! 俺たちが出る!」


 爽平は通信機を奪って怒鳴りつけると、目でデルタの面々に合図した。


 敵の数と場所は把握した。あとは狙って撃てばいい。


「行くぞっ!」


 爽平の合図とともに、デルタは部屋の中へおどり出た。


 二組に分かれて、左右へ走る。


 走りながら、一発、二発。


 光弾が足元で爆ぜた。その犯人を鈴森が撃ち殺す。


 五人は座席のようなものを盾に、弾を確実に当てていった。互いにほぼ必殺の一発なのに、光弾は当たらず、銃弾だけが当たっていく。


 黒スーツたちは理不尽だと思ったかもしれない。爽平の知ったことではないが。


 遅れて入ってきたブラボーの出番はほとんどないままに、デルタは部屋を制圧した。


 さらに遅れて、別のドアから他の班も入って来た。事前に情報が渡っていて、同士撃ちのような間抜けなことにはならずに済んだ。


「何なんですかね、ここ」


 鈴森がつぶやく。


 ずらりと並んだ黒い座席。それぞれ五席ずつ連結されていて、天井にレールがあれば、吊り下げ型のジェットコースターだと言われても納得できそうだった。ご丁寧に安全バーまでついている。


「黒スーツたちの工場……? でも移動するようにはなってないし……」

「さあな。次行くぞ」


 爽平は興味がなかった。そんなもの、後でゆっくり考えればいい。


 他班にこの場を任せ、デルタはアルファを連れて先へと進んだ。



 入る部屋、入る部屋、どれも最初と同じだった。ただ座席が並んでいる。黒スーツから攻撃された部屋もあるし、何もいない部屋もあった。


 非戦闘員の姿は全くなかった。居住区のようなものもない。機械室も貨物室も。


 黒スーツたちは船内で生活しているのではないのだろうか。これだけの数の黒スーツをようしていたにしては、設備が貧弱すぎるように感じた。


 とはいえ、ここはまだ一階だ。円盤の高さからすれば上階はあるはずで、そういった施設は上に行けばあるのかもしれなかった。非戦闘員もそこに避難しているのだろう。


 うじゃうじゃと集まっている黒い集団を想像して、爽平は顔をゆがめた。早く銃弾をぶち込んでやりたい。


 だがまず探すべきは指令室だ。戦争では頭を叩くのは定石じょうせきだ。混乱したところを一気に叩くつもりでいた。


 指令室があるとすれば、上階の中心部だろう。中枢ちゅうすうとはそういうものだ。


 だが、上に上がる階段が見つからない。エレベーターの類もなかった。これだけの広さなら、どこかしこにあってもいいはずだ。でないと不便すぎる。外壁のように、開け方どころか、存在すらわからないような造りになっているのだろうか。


 方向感覚を失わないように注意しながら、爽平は船の中心部へと向かって移動していった。


 通信線の長さが足りなくなり、途中から司令部との通信は途絶えた。そこまでに入ってきた情報によると、他の班は船内の安全を確保すべく、しらみ潰しに部屋を制圧していっているらしい。アルファは三人の負傷者が出て、救護のためにその場に置いてきた。


 罠かもしれないという気持ちが芽生え始める。


 攻撃はされるが、どうにも手ぬるい。自分たちの本拠地ホームに侵入されているのだ。先回りし、死に物狂いで向かって来るものではないのか。


 そう思いながらも、爽平は奥へ奥へと足を進めた。鈴森たちは爽平を信じきっている様子だった。


 そして、ついに、にたどり着いた。




「ここだ……」


 爽平は思わず声を上げた。


 壁一面の大きなディスプレイ。雛壇ひなだんのように並んでいるたくさんの操作盤と、壁面ディスプレイの方向を向いている椅子。そして上方の中央には、一際ひときわがっしりとした席があった。


 ここが指令室に違いない。


 だが、人影はなかった。椅子には誰も座っていない。ディスプレイも沈黙している。


 ――メインの指令室ではないのか。


 爽平はがっかりした。


 何かできるかもしれない、と操作盤にとりついてみるも、お手上げだった。キーボードのようなものはあるが、何の表記もない。各種スイッチも同様だった。スライムには文字の概念がないのかもしれない。あったとして、爽平たちに理解できるとも思えないが。


 試しにいくつか押してみても反応はなかった。


「何っにもわかんねー……」

「俺らじゃ無理ですね」


 爽平は諦めて別の司令室を探すことにした。どこかにメインがあるはずだ。敵の親玉もきっとそこにいる。


「次に行く」


 三人組を先に外に出した。その後が鈴森。爽平は最後尾だ。


 コツッ。


 部屋を出る直前、何か物音がしたような気がして爽平は足を止めた。


「どうしました?」


 先に部屋を出た鈴森が振り返った。


「いや、ちょっと……」


 爽平がいぶかしげに部屋の中央に目を向けたとき――。


「えっ!?」

「せんぱ――」


 開いていたドアがシュッと閉まった。


 センサーに手をかざしても反応しない。叩いてみても、こじ開けようとしても無駄だった。


 爽平は、一人部屋に閉じ込められた。

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