第12話 基地侵入

 わずかに基地に向かって進んだところで撃ち合いになった。先ほどの交戦によって爽平たちの存在が発覚したからだ。次々に基地から出てきているのだろう。光弾の数は目に見えて増えていった。


 敵を引きつけるのは予定通りなのだが、これではこちらの身がもたない。すでに班員を一人失っていた。


 そのせいなのか、鈴森の調子がよくない。先ほどまでの元気はどこへやら、爽平の横で青ざめた顔をしている。鈴森が自分の班員を失ったのは初めてだった。爽平にも身に覚えがある。中村が死んだときは酷く動揺したものだ。


 鈴森は弾の出ないアサルトライフルの引き金を懸命に引いていた。


「弾切れだ。落ち着け」

「あ、そうか……」

 

 もたもたとした手つきでマガジンを交換する。鈴森は新人だから戦力としては元から半人前以下のカウントだが、これではマイナスの足手まといになりかねなかった。


 下がらせて、爽平がパートナーを失った班員とペアを組むのが最適だ。そう思ったが、こうも攻撃を受けていては身動きが取れない。


 まだドローンはやってこない。先ほどのドローンもどこかへ行ったままだ。両脇に進んで行った、B班ブラボーE班エコーが引きつけてくれているのかもしれない。


 だが彼らもどこまでもつか。万一全滅するようなことがあればドローンがやってくる。時間がたてば黒スーツたちもさらに集まってくるだろう。


 アサルトライフルを連射しながら、ちっ、と細川が舌打ちをした。


航空部隊オメガに応援を要請するしかない」


 細川が指揮官の顔をして言った。


「ちょっと待って下さい。こんな中に呼んだりしたら……!」

「あいつらを一網いちもう打尽だじんにできたら作戦の成功率が飛躍的に上がる」

「それは、そうですけど……!」

「呼びましょうよ! 俺たちだけじゃ無理ですって!」


 鈴森が半泣きで賛同したが、爽平は容認できなかった。オメガということは、すなわち美彩がここに来るということだ。


 攻撃の圧からして、黒スーツは三十体はいる。基地内にいた個体も引きずり出せているのだろう。ここで丸ごと倒せたなら、それだけ基地奪還の成功に近づく。


 しかしこの数の上を飛んだら、全機が無事でいられるとは思えない。加えて雨で視界が悪く、低く飛ぶしかない。素早い戦闘機相手とはいえ、爽平たち同様、あちらも数撃てば当たるのだ。


「作戦の成功は各自の生命よりも優先される」


 先ほどの言葉を細川は繰り返す。


 その通りだ。敵の攻撃の手が弱まっている今、攻撃物資を調達し、勢いに乗ることが大切なのだ。というか、もうこれが唯一の希望と言ってもよかった。すでにこの作戦のために多くの隊員を失っている。


 だが、美彩が危険にさらされる――。


 これまでも危機はあった。他の戦闘機が落ちていく中、美彩は間一髪で生き残ってきた。しかし、今ほど危険だと思えるような状況はなかった。少なくとも、選択肢のある状態で危険リスクおかすような選択を選ぶことはなかった。戦闘機は貴重なのだ。使い捨て出来る物じゃない。


「お前がこの状況を何とかできるのか?」


 デルタ全員で行くという危険を細川は冒さない。爽平一人でできるのかと聞かれている。


 爽平は答えられなかった。


 できない。この数を相手にするのは不可能だ。


 いや、可能性はゼロではなかった。横に回り、後退しながら確実に仕留めていけば……。一発でいいのだ。弾が当たりさえすれば。爽平がここまで生き残ってきた幸運からすれば、できうることなのかもしれない。


 だが、爽平はできると言えなかった。


 怖かったからだ。一〇〇パーセントでなくとも、十中八九死ぬ。爆弾を腹に巻いて特攻するようなものだ。


 歩兵が一人であの数を相手にするよりも、航空部隊が行った方が確実だし、全機無事に戻る可能性が高い。それに、爽平が失敗すれば、どのみち細川は応援を要請するのだ。


 先ほど江口と細川が一緒にいるのを見て、かつてのデルタを思い出してしまった爽平は、中村の死にざまもまたありありと思い出してしまった。


 だまりこんだ爽平を見て、細川は鈴森に指示を出した。


 鈴森が標的指示のレーザーを黒スーツたちのいる辺りに向けて照射した。鈴森の手はカタカタと震えていて照射先が安定していなかったが、そのくらいの誤差は問題ない。


 爽平を含む他の四人は、攻撃の手を止めないように、互いに声を掛け合って、マガジン交換のタイミングを計りながら戦闘機の到着を待った。その間に、黒スーツを二体倒すことに成功したが、向こうの戦力が減ったようには思えなかった。


 ほどなくしてキィィンという音と共に、戦闘機がやって来る。


 振り向いた爽平は、ぎくりとした。六機あるはずの機体が五機しかない。一機離れて来るということはないだろう。戦闘機も普通ペアで動く。


 ここに来るまでの間に落とされたのだった。


 すぐさま黒スーツの攻撃が上空へと向かう。アサルトライフルほどではないが、光弾銃も連射がく。直線状に飛んでくる攻撃の隙間を縫いながら、二機がミサイルを放った。それらは鈴森が指示した位置に正確に命中する。


 さらに二機がミサイルを発射。こちらは手動で狙いを定めたのだろう。レーザーの両側に命中した。そして最後の一機がとどめとばかりに同じ場所へと二発ミサイルを撃った。


 戦闘機たちはあっという間に飛び去った。長く留まると漏らした黒スーツに攻撃される恐れがあるからだ。


 黒スーツの方からは光弾が飛ばなくなった。


「攻撃、来ませんね」


 鈴森がほっと息をき、頭を出そうとした。

 

「まだだ」


 爽平が鈴森の背中の服をつかんで引き下げる。


 途端、ちゅん、と音がした。


 言わんこっちゃない。


 爽平は銃を撃った。他の班員も同様だ。


 照準器の向こうでちらりと姿を現した黒スーツは、しかしその場に崩れ落ちた。誰の弾が当たったのかはわからない。それで構わない。ゲームのポイントを競っているわけではないのだ。


 またしばらく沈黙が続いた。何度か試射をして、敵の応戦がないことを確認した後、細川の指示で、爽平たちは左右二方向から近づくことになった。


 隠れながら、ゆっくりと近づいて行く。


 ミサイルの攻撃を受けて炎を上げている建物の間に、倒れている黒スーツが見えた。一、二、三、四、五。まだ全然足りない。相手が何体いたのかわからない以上、油断はできなかった。


 爽平たちはその場をくまなく捜索した。


「こんなに隅々すみずみまで探さなくたっていいんじゃないですか? 撃ってこないってことはいないってことですよね?」


 鈴森がうんざりしたように言った。確かに爽平たちがやっているのは、労力に見合わなさすぎる行動だ。


「後ろから撃たれたいのか? 俺はごめんだ」

「そうじゃないですけど」


 爽平もキリがないのはわかっている。このわずかな範囲を掃討したところで、すぐ側の地区から移動して来られたら意味がない。だが、完璧な防衛ラインを敷くだけの人員がいないのだから仕方がないことだ。できる範囲で身の安全をはかるしかない。


 黒スーツが隠密行動をとらない事、ある程度の群れで行動することがわかっているからこそ何とか成り立っていた。もしも隠れている黒スーツに不意打ちを食らわせられたり、挟み撃ちでもされたら太刀打ちできない所だ。


 壁の向こうをのぞいた爽平は、頭を引っ込めてから、ほら、と親指で鈴森に示した。


「あ」


 黒い人影が地面でもがいていた。爆発で崩れた瓦礫がれきの下敷きになったようだ。運良くスーツに傷がつかなかったのだろう。


 パンッ


 鈴森が銃を一発撃った。それで黒スーツは沈黙した。


 その場で何発か撃ち、他に残っていないことを確かめる。離れた所からも銃声が聞こえてきていた。


 ザッ、と無線が鳴った。爽平と鈴森の顔に緊張が走る。「作戦終了」の報告か、「作戦失敗」の報告か。


『ブラボーから司令部。拠点確保』


 ぐっ、と爽平はこぶしを握り締めた。爽平たちが敵を引きつけている間に、ブラボーが基地に潜入し、奪還の拠点となる場所の確保に成功したのだ。


 こうなれば、あとは基地内の黒スーツたちを掃討するだけだった。予測通り、占領された時に比べて、黒スーツの数がぐっと少なくなっているのだろう。ブラボーが数人で基地に潜入できたことからそれは明らかだ。


「やりましたね!」

「喜ぶのは後だ」


 嬉しそうな声を出した鈴森に、爽平は言った。まだ奪還したわけではない。それに、まずは爽平たちも基地までたどりつかなければならなかった。


 爽平と鈴森の二人は、周囲を警戒しながら、細川と合流すべく、銃声のした方向へと進んだ。

 



 途中、何体かの黒スーツと出くわしながらも、デルタは基地にたどり着いた。周囲を大きく回って、ブラボーの侵入予定地点へに向かう。


 そこでは、激しい戦闘が行われていた。


 ブラボーは確かに拠点となる建物に陣取っていたが、その建物はドローンの爆弾でぼろぼろだった。三階建てだったのが、二.五階建てくらいになってしまっている。


 建物の玄関の前は大きな穴が開いていて、出入口としては使えなくなっていた。といっても壁が崩れているので、出入りに困ることはなさそうだ。


 爽平たちもすぐさま戦闘に加わった。


 銃をアサルトライフルからバトルライフルに持ち替えた。七.五二ミリのNATO弾を撃つことのできる大口径の銃だ。黒スーツには小口径で十分だが、硬いドローンには効かない。ドローン相手にはこれが必須だった。


 鈴森だけはアサルトライフルのままだ。まだ扱える程になれていない。


 爽平たちはブラボーとは反対側の建物跡に陣取った。倉庫のようなそこは屋根が完全に崩れていて雨ざらしになっていた。押しつぶされた隊員の腐敗ふはい臭や、黒スーツの残骸ざんがいの悪臭がするが、もはや気にもならない。


 鈴森がドローンに銃弾を放つ。しかしなかなか当たらなかった。戻ったら射撃訓練させようと爽平は決めた。


 無駄に弾を消費して、やっとドローンが一機こちらに気づいた。黒スーツには見つかっていない。


「撃て!」


 十分に引きつけ、かといって近すぎもない位置まで飛んできた所で、細川が号令をかけた。


 四人分のライフルが火を噴く。全弾命中し、ドローンの装甲に穴が開いた。煙を上げながら斜めに落ちていき、隣の建物の二階部分に衝突して爆発した。


 誘爆した爆弾が壁を縦に破壊し、一階まで丸見えになった。どすんと地面が揺れ、ぱらぱらと細かい欠片が飛んでくる。


 ドローンの爆弾は、下方向に威力が集中するようにできていた。だから地面に大穴が開く。地下の避難所に逃げ込み、爆弾の餌食えじきになったり、避難所の存在があらわになって黒スーツの襲撃を受けて犠牲ぎせいになる人も多かった。


 水平方向に威力が高い方が殺傷力かあるように思うが、黒スーツが巻き込まれないようする為なのではないかと考えられていた。


 そのうちに鈴森がまたドローンに一発当てた。今度は黒スーツ二体も近づいてくる。


 爽平たちはガシャンと手動で再装填リロードし、先にドローンを落とした。すぐさまアサルトライフルに持ち替え、黒スーツに向ける。


 しかし、まだ撃たない。今攻撃すれば別の黒スーツを引きつけるだけだ。


 ブラボーをおとりにするような戦い方だったが、これが一番効果的であることを、爽平たちは学んでいた。ガトリングや人海戦術で一斉射撃できていた頃とは違うのだ。


 少しずつ、だが確実に敵をほふっていく。


 ドローンが優先だ。人間は上からの攻撃に弱い。素人しろうとが野球のフライを上手くキャッチできないように、位置や距離の目測が苦手なのだ。


 避けられたとしても、崩れた建物に押しつぶされることもあるし、穴の開いた地面は厄介だし、何より遮蔽しゃへい物がなくなるのが困る。


 爆弾を二つ落としたドローンはドームの方へと飛んでいく。そしてまた爆弾を搭載とうさいして戻って来る。だから爽平たちは帰還するドローンが少なくなるように戦っていた。


 その辺りの連携もばっちりだった。鈴森もしっかりと理解している。


 そうやって、前方だけでなく背後も警戒しつつ、何とか全ての黒スーツを倒し切った。光弾が飛んで来なくなったし、ドローンのぶぅぅんという羽音のようなものも聞こえなくなった。


「終わった……んでしょうか」

「馬鹿、お前それフラグ」


 お決まりのセリフを吐く鈴森に、爽平は呆れた声を出した。


 十分な間をおいてから、向こうから声がした。


「こちらブラボー。敵影なし、そちらはどうだ!」

「こちらデルタ。敵影なし!」


 互いに叫び合い、敵がいないことを知らせる。


 もちろん油断はできない。広い基地の中、ドローンも黒スーツもまだまだいるだろう。


 二班は慎重に合流した。


 ブラボーの人数は二人欠けていた。


「支援助かった」

「お互い様だ。無事でよかった」


 身を低くしたまま、互いの無事を喜び合う。


「エグチさん」


 細川がブラボーの面々に向かって呼びかけた。


 ブラボーの全員が細川に顔を向け、顔をゆがめる。


 一人が口を開いた。


「江口班長は……」


 すぐに口を閉じてしまったが、それだけで十分だった。

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