第14話 エネルギー摂取

 久本ひさもと裕司ゆうじはその日も研究チームの他のメンバーと共に、寝る間も惜しんで研究を進めていた。スライムの生態の研究に行き詰まってしまったので、最近は、並行していたスーツの研究に完全に移りつつある。


 生物の定義である「自己複製能力」「エネルギー変換能力」「自己と他者との明確な隔離」。


 このうち「自己複製能力」は、本当は遺伝情報を持っているものの、O酸素との過剰反応により、遺伝情報が書き込まれた物質――地球の生物においてはDNAやRNAに相当する――が壊れているのではないかという仮説を立てた。


 あの巨大飛行物体の中にはみっちりと粘液が詰まっていて、その親玉スライムが自分の体をちぎって送り出しているのではないか、という奇説もあったが、まあそれでもいい。


 「自己と他者の明確な隔離」はスーツがになっている。スライムが進化するうちに、己の細胞膜――「細胞」と呼称するのが正しいのかはさておき――を失い、文明の利器――スーツ――に頼るようになったと仮定する。


 それが人類と同じ形状をしている理由は不明だ。ちまたで言われているように、人類に攻撃を躊躇ちゅうちょさせるのが目的かもしれないし、単に行動するのに最適な形状を模索した結果たまたま同じになったのかもしれない。


 では最後の「エネルギー変換能力」についてはどうだろうか。クリスには備わっていないと説明したが、そんなはずはない。エネルギーの法則に従って、何かを動かすには必ずエネルギーを使う。筋肉らしき組織がないスライムがどうやって動いているのかも謎なのだが、とにかくエネルギーを使うはずなのだ。


 しかし、スライムが食物を摂取している様子はない。これまで幾多もの個体を調べてきたが、何かを消化しているような個体を見たことが無かった。


 ではどこから得ているのか。昼夜問わず動き続けるのに必要なだけのエネルギーを。


 最初に思いついたのは太陽だ。植物の光合成のようなことをしているのではないかと思った。だが、スーツは全ての光を吸収してしまう。スライムまで通る光はなかった。太陽からエネルギーを得るのは無理だ。


 では気体はどうだろう。食事をしていなくても気体は取っているかもしれない。すなわち、空気中から取り込んでいるということだ。だが、ミトコンドリアのように酸素を使ってエネルギーを生み出そうにも、酸素はスライムにとって猛毒だ。それにどのみち燃料となる物質が必要になる。ならばN窒素かと思えばそれも違うようだった。


 水はどうか、食べた物を一瞬で消化しているのでは、と色々考えた挙句、スーツに秘密があるのではと思った。


 というか、気体だの水だの考える前に、まずそれを体に取り込むための機構が必要なのだ。だがスーツは酸素が触れないように機密状態になっている。太陽光を取り込めないのと同様の状況だ。


 エネルギーの元がなんにせよ、取り込むための機構がスーツにあるはず。


 本来はスーツの物理的な構造の解明はクリスの担当だったが、クリスは光弾銃を武器として使えないか、スーツのステルス性を出し抜けないか、という二点に掛かり切りになっている。


 とにかく攻撃の手段を探すのが先なのだ。エネルギー摂取の方法を見つけろと言っても、後回しにされるだけだった。


 他の基地の研究者に協力をあおごうにも、すでに通信はできなくなっていた。ただ音信不通になったところもあれば、黒スーツに踏み込まれたという最期さいごのメッセージを受け取ったところもある。


 だから久本たちは独自に研究を進めた。


 そうして、彼らはついに見つけた。


「これか……!」


 スーツはプラスチックと金属の混合物で出来ている。その金属が電極のような役割を果たし、そこからエネルギーを直接取り出しているのでは、という結論に至った。そして、スライムが各所にあるそれに命令を伝達させることによって、スーツを操作していることもわかった。


 スライムに筋肉組織がなくとも動ける理由がこれだった。彼らは外側のスーツを動かすことで、自身を動かしているのだ。さながらロボットを操縦する搭乗者パイロットのように。


 いや、スライム部分は人間でいう頭脳に相当するのかもしれない。スーツが肉体に相当するというわけだ。スライム部分にエネルギーを供給し、その命令に従う。まあ、脳でいう神経組織シナプスのようなものはやはり見つかっていないのだが。


 では、スーツはどうやってエネルギーを生み出しているのか。それを断つことができたのなら、スライムたちの活動を停止させることができるかもしれない。


 それこそ電波だろう。全ての電磁波を吸収する特殊素材。エネルギーに変換せずに何に使うというのか。スーツがエネルギーを生み出せるのであれば、それを光弾銃のエネルギーとしても使うことができる。


 ここまでが久本の限界だった。これ以上はクリスの専門分野だ。


 久本たちはクリスに渡すためのデータをまとめ始めた。


 と、その時、基地の非常警報が鳴り響いた。


 久本の基地も、スライムたちの侵入を許してしまったのだ。基地の守りが浅くなっている所を突かれたのだった。


「お前らは今すぐ逃げろっ!」


 部下たちにそう指示しながら、久本はクリスをビデオ会議で呼び出した。コール中に、データを片っ端から送っていく。ローデータだが構いやしない。


『どうしたの? 週次連絡には早いでしょ』


 やっとクリスが出た。


『え、ちょっと、後ろで聞こえてるのって警報!? まさか――」

「ああ、そのまさかだ。奴らがここにも来た」

『何してるの!? 逃げなさいよ!』

「今そっちにデータを送ってる。スライムの弱点がわかったかもしれない」

『そんなのどうだっていいでしょ!?』

「メルツ博士の言葉とは思えないな」


 ははっ、と久本は笑うと、クリスは押し黙った。普段のクリスなら、久本が研究データをほっぽり出して逃げたりしたら、烈火のごとく怒るだろう。


『……何のデータなの?』

「簡単に言うと、スライムたちはスーツを操作してるってことと、スーツからエネルギーを得ているって内容だ」

『そんな、まさか!』

「進化の果てにそういう生物になってもおかしくない」


 クリスは久本のその言葉だけで全てを察した。


『……スーツが得ているエネルギー源を断てばいいのね』

「その通り。さすがメルツ博士」


 スライムが生きていくだけなら太陽光で十分かもしれない。だが、光弾を撃つほどの動力を生み出すには、それなりのエネルギーが必要なはずだ。


『でももし太陽光で充足していたらどうしようもないわ』

粉塵ふんじんでもいて覆い隠しちまえばいい」

『馬鹿ね』


 久本の冗談に、クリスはわずかに笑顔を見せた。


 その時、研究室のドアが、ガンッと強く叩かれた。スピーカー越しにそれを聞いたクリスの顔が強張こわばる。


「おっと。お客さんがきたみたいだ。この基地の連中も大したことないな」


 先ほどから地響きも起こっている。ドローンの爆弾だろう。


「苦しむのは嫌だから、一発で殺して欲しいね」

『毒くらい置いてないの?』

「ああそうか。その手があった。そうしよう。んじゃ、死に顔は見られたくないんで、これで切る。データも送り終わったしな」

『わかったわ』

「んじゃ、あとは頼んだ」

『任せて』


 キーボードのショートカットを叩き、久本はビデオ会議を終了させた。


「毒ねぇ……。ま、一番楽なのはこれか」


 久本は薬品庫から、麻酔効果のある薬品を取り出した。


「ここで最後の煙草たばこくわえりゃ絵面えづら的には締まるんだろうけど、もう残ってないんだな、これが。一本くらい残しておきゃよかったぜ」


 注射も苦手なんだけどなぁ、と呟きながら、久本は薬品の入った注射器を自分の腕に刺した。

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