第17話 ドームの実験

 爽平、鈴森、細川の三人は、それ以上の調査はせず、慎重に基地へと戻った。全く分からなかったドームの攻略法。それを持ち帰るのが最優先事項だった。


 幸いにも、他の班が善戦し、爽平たちはそれほど黒スーツたちと遭遇することなく、合流することができた。はぐれた三人の班員も無事だった。


 無線の届く範囲まで下がった所で、すぐさま戦果を伝える。ヘルメットがドームをすり抜けたという事実を聞いて、司令部はどよめいていた。


 そしてそれはすぐさま武器専門家であるクリスに伝えられた。


 爽平たちがドームへと進軍しながら解放していった基地の一つ、それがクリスのいた基地だったのだ。


 クリスは直接話が聞きたいと爽平を呼び出した。本当は呼ばれたのは細川なのだが、押し付けられた。


 赤いカットソーと短いタイトスカートの上に白衣、というクリスので立ちを見て、迷彩色に慣れていた爽平は戸惑った。


 長い金髪を後ろでねじってかんざしで止めているクリスは、女優かと思うくらいに美人だった。ただ一点残念なことに、形のよい眉の間に深い溝が刻まれている。一朝一夕でできたものではないだろう。


 通訳を介して対話が始まる。自己紹介も何もなかった。


「報告は聞いたわ。スーツならドームを通過できるですって?」

「ヘルメットは通過しました」

「人体はどうなの? スーツを着たら通過できる?」

「わかりません」

「わからないってどういうこと?」

「確かめてないので」

「どうして確かめなかったの!」


 声と表情を総動員して非難してくるクリスに、爽平は不快になった。


 どうしても何も命の危険があったからだ。何としてでも報告しなければならないという使命感があった。その判断が間違っているとは思わない。


「黒いスーツが通過できることは想定していたわ! 侵略者たちはそうやって出て来たんだから! 問題は人間わたしたちが同様に通過できるのかってことなのよ!」


 それはその通りなのだが、あの状況で爽平たちが通り抜けられるかどうかなど、確かめている余裕はなかった。細川を犠牲ぎせいにしたとしても、できたかどうかわからない。


「それを調査するには準備が必要です」


 憮然ぶぜんとした顔で爽平は言った。


「なら何しに行ったのよ! 調査をしに行ったのではないの?」


 かちんときた。


 現場の苦労も知らないくせに。こっちは命懸けで戦ってるんだぞ。


「安全な所で文句を言うだけなら誰にでもできます。そんなに言うならご自分で確かめてはいかがですか」


 嫌味たっぷりに言ったつもりだったが、通訳がそのまま伝えたかはわからない。だが、態度で伝わっただろう。


「そうね。そうするわ」

「え!?」


 爽平は狼狽うろたえた。通訳者も驚いた顔をしていて通訳できていなかったが、あっさりと承諾されたとこは、英語のままでもさすがにわかった。


「私が自分で調査するわ。次行くときは連れていって。足手まといにはならないつもりよ。これでも新兵の訓練課程は一通りやったもの」


 無理だ。


 爽平はクリスを見てそう思った。この女性が銃を取り回している所が想像できない。


「新兵クラスでは俺らについてくるのは無理ですよ」


 事実だった。たった一年とはいえ、修羅場をくぐってきた。いくら米軍の正規の訓練課程を終えていたとしても、二か月の超短縮訓練課程を卒業した時ならともかく、今のD班デルタについてこられるわけがない。


「それでも行くわ。現象を突き止めるのが私たち科学者よ。司令部に直談判しに行くわね」


 そうして、司令部を説き伏せたクリスは、本当に、次回調査に行くときにはデルタと同行するという了承を勝ち取った。


 きつけた形になった爽平は、後で細川にたっぷりと小言を言われた。




 何度も何度もドームへの進攻を繰り返し、一進一退しつつも、少しずつ前線はドームへと近づいて行った。少数精鋭で一気に行くのは無理だと言うことがわかり、武力を集中させ、部隊全体でさらに近づく戦略に切り替えたのだ。


 そのため、周囲の守りが浅くなり、やむなく切り捨てることになった駐屯地ちゅうとんちもある。物資を全て引き上げているのは言うまでもない。


 そして、細川を再び班長に迎えてクリスを伴ったデルタが二度目の調査に向かった。


 クリスは全く戦力にはならず、ついてくるのもやっとというありさまだったか、デルタは別の班のサポートを受けつつ、何とかドームの前までやってきた。


「本当に大丈夫なんですよね!?」


 前回隠れていたのと同じ場所で、流暢りゅうちょうな英語を話しているのは鈴森だ。半分泣き声になっている。


「それを確かめるための実験よ」


 冷静に答えるのは、迷彩服を着て灰色のヘルメットを被ったクリスだ。


 鈴森はスーツを着ていた。基地から迷彩服のしたに着こんできていたのだ。ラバーのようなぴったりとしたそのスーツは、腕や脚の付け根が少しだぶついていたが、動きにくいほどではなかった。


「こちら側の黒スーツは殲滅せんめつしたから安心しろ」


 細川は鈴森の嘆きのセリフを聞き取り、日本語で言った。


 近くには他の班も隠れていて、周囲を見張っている。黒スーツがいないことは確認済みだ。


「向こう側はわかんないじゃないですか!」

「班長および指揮官サマからの命令だ。当たって砕けてこい」


 爽平は鈴森の肩を叩いた。


「砕けちゃ駄目ですよね!? 通り抜けに行くんですから!」

「早く行け」

「絶対、絶っっ対、敵と間違えて撃たないで下さいよ!」

「両手を突き出してゆっくり出てくれば撃たない」

「あんまりゆっくりしてたら窒息するんですってば」


 黒スーツは気密服だ。ヘルメットを閉めると空気が遮断される。スーツに酸素ボンベなどを仕込む隙間はない。鈴森はスーツの中にある酸素だけで呼吸をしなければならなかった。

 

 鈴森は、足元に転がっていた黒スーツを抱きかかえた。中には、スライムではなく、マシンガンや手榴弾てりゅうだんからの容器などが入っている。ぐにゃりとしているスーツを人型に保つため、骨組みで支えてあった。自分たちの物体も通り抜けさせられるかという実験である。


「マジで撃たないで下さいよ!?」


 鈴森は涙目で言い放つと、フルフェイスのヘルメットを被った。まだロックはかけない。呼吸のために、ぎりぎりまでは首元に隙間を空けておくのだ。


 そろり、と物陰から出て行く。


 万一見つかったとしても、堂々としていれば見破られないのではないかという話を事前にしていたが、腰が引けておっかなびっくりになっている様子は、なかなかに不審だった。


 鈴森が赤く光るドームに触れる距離まで近づいた。


 抱えていたスーツのヘルメット部分をドームに接触させると、何の抵抗もなく壁の中へ入っていった。何度か出し入れしてみるが同様だ。


 あまりやっていると敵に見つかるかもしれない。ドームに頭を出入りさせている黒スーツなど目立って仕方がない。マジックミラーのように向こうから丸見えかもしれていのだ。見張りがいたらまずかった。


 鈴森は一度爽平たちを振り返った。細川がうなずきを返す。


 ドームに向き直った鈴森は、手に持つ張りぼての黒スーツを引き抜いて地面に置き、恐る恐る手を伸ばした。


 ずぶり、と手はドームに飲み込まれた。


 焦って手を引き抜き、グーパーを繰り返したが、何ともなさそうだ。変な感覚もなかった。


 鈴森は意を決して、ヘルメットを操作し、ロックをかけた。


 思い切って頭をドームへと突っ込ませる。視界が淡い光でいっぱいになったと思った次の瞬間、鈴森の頭は反対側へと突き抜けた。


 さっと周りに視線を走らせる。見える範囲に敵はいない。ドームの内側は、外側同様、ぼろぼろだった。ドームによってへだたれた道路に沿って、死体だったものが山のように倒れていた。逃げようとして後ろから撃たれたのだと思われた。


 首を戻し、鈴森は一度首のロックを解放してヘルメットを脱いだ。緊張で心臓がばくばくいっている。呼吸が荒い。


 そしてすぐにヘルメットを直し、地面の黒スーツを持ち上げると、今度は体全体で突っ込んだ。


 何の感触もないまま、あっさりと鈴森はドームの内側への侵入に成功した。


 後ろを振り返ると、外側と同じ、不透明の赤く光を放つ壁があった。マジックミラーではないようだ。


 手元の黒スーツのロックを外して中身を確かめる。武器はちゃんと入っていた。使えるか試すことはできないが、疎外されたり消滅したりはしないらしい。


 鈴森は中から五つの空容器を取り出してふたを開け、そして閉めていった。気体の成分鑑定用のサンプリングだった。


 全て終えると黒スーツを先に押し出し、両手を前に、ゆっくりと外へと足を踏み出した。


 味方に撃たれることなく全身が通り抜け、ほっとしたとき、きんっと耳元で音がした。反射的に両手を上げる。


 隠れ場所から、爽平が顔を出した。手招きをしている。


 今度こそほっとして、鈴森はヘルメットのロックを外した。窒息死しそうだった。


 仲間の所に戻った鈴森は、爽平に向かって文句を言った。撃ったのは爽平だと確信していた。


「ひどいじゃないですか! 撃たないで下さいって言ったのに!」

威嚇いかく射撃だ。当たらなかったからいいだろ」

「よくないです!」


 小声で言いながら、迷彩服を着こんでいく。


 他の実験もするべきだと言い張るクリスを説得し、デルタは基地へと帰還した。



 * * * * *



 基地に戻った後、さっそくクリスはチームで議論した。


「――そうね。貧弱すぎる検証テストの上に、いくつもの仮説を積み上げているような状況だけど、それが一番もっともらしいわ」


 チームの出した結論は、ドームはやはり光で出来ていて、スーツ及びドローンの表面の塗料はそれを吸収している、ということだった。吸収しているから無いも同然で、すなわち通り抜けられるということである。


 光は波でもあるが粒子でもあり、光子こうしが物にぶつかればわずかな圧が生じる。太陽光やレーザー光を受けて推力とする太陽帆ソーラーセイルは、二〇一〇年には実現し、すでに探査機などで実用化されている。


 もし光子の位置を固定できれば、ドームのように形を保持することができる――はずだ。固体のように物を跳ね返すこともできる――はずだ。その固定力が強ければ、核エネルギーにも耐えうる障壁となる――はずだ。そしてその光子を取り除くことができれば、何の影響も受けずに通り抜けられる――はずだ。


「……私たち、科学者サイエンティストよね?」


 何枚ものホワイトボードに書かれた計算式を見ながら、クリスはため息をついた。それらは全て上から横線が引かれている。


 光を固定するだって? 光の速度は不変だ。アインシュタインの特殊相対性理論がそう言っている。光は常に一定速度。止まるゼロなんてありえない!


 その場にいる誰しもがそう思っていた。全員が項垂うなだれている。


 ドームの壁付近の時間の流れが極端に遅くなっている可能性が残されているが、実験体はそのような体感はなかったと言っていた。


 なまりのように重たい空気を吹き飛ばそうと、一人の研究者が明るい声を出した。


「ま、宇宙人エイリアンの技術ですし」


 こんなの神の領域よ! と叫びたかったが、クリスはこらえた。無神論者ではないが、わからないことを神の奇跡とはしたくない。


 代わりに、別のことを言った。


「やめて。相手が宇宙人エイリアンとは決まってないんだから。ちゃんと侵略者インベーダーと言ってちょうだい」


 物理学者としての根源が揺らいでいるのだ。せめて言葉の定義ぐらい正確にしておきたかった。


「ほとんど机上の話にすぎないけれど、私たちがドームを通過する目途はついた。次は、スーツが吸収しているエネルギー源を見つけるわよ」


 クリスはホワイトボードの数式を全て消し去った。

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