第35話 あの女には返さない-ミア-

馬車から降りる前の、私の手を優しく握るジョシィは"私のジョシィ"だった。

いつの間にか、私に触れても私のジョシィのままになっていた。


──触れられる。

これが、私がジョシィとの夢の続きの合図だった。


触れられるなら、魔法使い様の欲しい物が手に入る。

そして、私もジョシィを手に入れられる。


嬉しい! 嬉しい!! 嬉しい!!!


馬車から降りる時には歓喜した。夢のような時間だった。


しかし、それも一瞬だった。


邸の前に、あの女がいたから。


でも、私とジョシィを見て姿を見て驚いたように固まっていた。

笑ってしまいそうになるのを我慢した。


そのままジョシィと邸に入るまで、あの女は黙ったままだった。


私が想像していたより、"お嬢さん"でガッカリ。


私に似た赤毛で。綺麗で高級そうなドレスを着て。日に焼けたことも無さそうな肌で。

苦労とは無縁の、飢えもせず誰かに蹂躙され虐げられ尊厳を踏みにじられたことも無いだろう人生で。


欲しい物は手に入り、困っていたら誰かが助け、泣いていたら誰かが慰めるのだろう。

綺麗なものしか視界に入らず、人は産まれた時から善人で、私のような人間が存在することすら知らないだろう。


家畜のように扱われ、家畜のように消費され、家畜のように嘆きを捨て置かれる人間の存在など。


何に対する嫉妬なのか、私の中で怒りが渦を巻いていた。


自分の夫が女を連れ帰っても驚くだけで何もしない。

ジョシィはあの女のところへ帰るために怪我をしたのに。


あの女のことを話していた時のジョシィの顔に何度、何度、飢えを感じただろうか。


ジョシィに、あの目に私を映してほしいと

ジョシィをどれだけ欲したか


あの女はこれほど、私ほど、ジョシィが欲しいと思ったことがあるだろうか。


黒い渦が、私の中に広がり、暴れ、うねる。



ジョシィが欲しい。

──あの女には返さない。



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