第13話 運命の歯車

「クリフ…」

「ティーナ…遅くなってすまない。王宮に報告をしてきた。それで、何があったんだ。」


クリフの熱い手が私の腕を掴んだ。

顔を上げれば幼馴染の紺色の瞳が、心配そうに私を覗き込んでいる。

黒く淀んだ気持ちに支配されてしまいそうだった心が自分を取り戻した。


「騎士様っ!来てくださってありがとうございます。心強いですわ」


「ティーナ。まず、状況を教えてくれないか。落ち着いて、ゆっくりでいいから」


クリフはミア嬢の声が聞こえなかったかのように私から目を離さない。

私から視線をそらさず、私の言葉を待ってくれている。


私の声が届いている。

それだけで涙が出そうなほど心が温かくなる。


零れ落ちてしまいそうな涙をこらえ、一連の流れを説明するとクリフはよく頑張ったと慰めてくれた。


優しく懐かしい手に背を撫でられ、つい昔のことを思い出してしまった。


クリフは私が泣いていると、いつもこうして慰めてくれていた。

この手で慰められると昔のように泣いて立ち止まってしまいそうになる。





「状況はわかった。一旦、ミア嬢は部屋に戻って呼ぶまで部屋で休んでいてくれ。処遇が決まり次第、移ってもらう」


「移って…あぁ、ジョシィの部屋のことね。今からでもそちらに移れます」


ミア嬢は先ほどまでの悲しみに濡れた表情を一転させ、固く閉じていた蕾がほころんだかのようにパァッと頬を染めて喜んだ。


貴族社会では珍しく、彼女の表情はクルクルと変わる。まるで幼子のようにわかりやすい反応は、表情一つで勘繰られる世界では無防備すぎる。しかし、無防備過ぎるからこそ深読みをしなくて済む相手として気が休まるのかもしれない。

こういったところに旦那様も惹かれたのだろうか。


「…決まり次第、お知らせしよう。一旦、あなたは客間へ」


おい、とクリフがドアへ向かって合図を送ると執事長のステファンとクリフの部下である騎士が入室した。速やかに二人に引き継がれ、彼女はやっと執務室から出て行った。


嵐のようだった。静まり返った執務室を見て、改めて思う。



さて…と旦那様に向き直ったクリフは冷たく表情をそぎ落としていた顔を歪め、素早い動きで項垂れたままだった旦那様の胸倉に掴みかかった。


「兄上…どういうことなんだ。

 あの時、兄上がミア嬢を連れ帰ると言った時。俺は聞いたな。ミア嬢とはなんでもないんだな?と


 なんでもない、ただの恩人だと…言ったじゃないか…!

 屋敷に戻った時の態度もそうだ。なんだあれは!極めつけは子ども?ふざけるな!いつからだ?答えろ!!


 ティーナを!悲しませるなって…言ったじゃないか…!」


最後は絞り出すような声だった。

クリフはミア嬢と旦那様の関係を知らなかったのか?どういうことなのか、わからなくなってきた。


弟に詰られも無言のままの旦那様の顔色は悪いままだ。激昂するクリフの腕に触れ、手を放すように促す。


「クリフ…落ち着いて話しましょう。

 ちゃんと…知りたいの。何が起きてるのか」


じりじりとした時間が数拍あったものの、私の気持ちを聞き入れたクリフは憎々しげに旦那様の胸を押し戻した。されるがままだった旦那様の体がソファーに投げ出される。

うつむき、項垂れる旦那様の表情は見えない。


「…冗談じゃ無いのか。俺は…クリスティーナ嬢と…結婚しているのか。」


絞り出すような声がポツリと落ちる。


「まさか…俺にはミアが…ミアと…」


ポツリポツリと、誰に向けた言葉では無い物が独り言のように投げ出される。


「ミア嬢に子どもがいると聞いたが、確かに兄上の子どもなのか」


クリフは落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと確認するように問うた。


「俺以外に誰がいる」


旦那様が顔を上げ眉を顰める。やはり顔色が悪い。

どこか苦しいのか、息も上がっているようだ。


「兄上とは事故後に会ったんだよな?兄上以外の全員が犠牲になるほどの事故だった。姿を消している最中に子どもができた?おかしいんじゃないか?」


「…それは、先ほどミアから聞いた。俺とミアが出会ったのは事故の前に…1年ほど前から会っていたそうだ」


現実味の無い、まるで他人事のような言葉だった。



1年前


私と旦那様が二人で未来を見た頃に…


旦那様とミア嬢の運命の歯車は動き出していた…



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