第41話 旦那様。寂しいですが、お幸せに
前半クリスティーナ視点
後半ミア視点
___________
『クリスティーナ。私は君を大切にするよ。絶対に後悔なんてさせない』
ああ。これはあの時の
『俺はティーナにそんな顔をさせるために兄上に譲ったんじゃない』
ゆらゆらと揺れる
『知りたいんだ。どうしたらクリスティーナを悲しませないのか』
『でもティーナは苦しそうだ』
──その日、私は夢を見た。
*
「ジョシィ! 来てくれたのね。寂しかったわ。やっと会えて、とっても嬉しい!」
「ミア。待たせたね」
私に用意された別宅は王都の端で、夜中まで明かりがついていると不審者を呼んでしまうらしい。だからジョシィが来るとわかっていても、別宅の中の光は最小限に抑えられていた。
その薄暗い部屋に溶け込むほど暗い色の外套を身にまとったジョシィが、部屋に滑り込んできた。この部屋まで案内したメイドは頭を下げると素早く退出して行った。
約束の日の夜、ジョシィはちゃんと私のところまで来た。
嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!
ジョシィがここにいるってことは、今、あの女は一人寝をしているんだろうか。もしかして、あの騎士様とよろしくやっていたりして。あぁ、そうだったら……この後ジョシィと一緒に見に行くのも、おもしろそう。
ジョシィの腕にもたれながら、楽しい計画を思いついてしまった。想像するだけでワクワクしてしまう!
あの女はジョシィに見られて、どんな顔をするだろうか。みっともない顔で言い訳でもするだろうか。
ジョシィの冷たい手を握り、温めるように手のひらに頬を寄せた。
「ジョシィと会えなくて、あまりにも寂しくて冷たくなってしまったわ。ジョシィも手が冷えてる。一緒に温まりましょう? 今、ジョシィの好きなハーブティーを淹れるわ」
ジョシィは大人しく手を引かれ、ソファーに腰かけた。
少し待っていてね、と声をかけティーポットを傾ける。
ワクワクする心を抑えられず、ジョシィによく聞かせるメロディを歌ってしまう。
貴族が好みそうなティーカップに、ゆっくりと魔法のハーブティーを淹れる。
愛情をたっぷりといれて。
華やかな香りが部屋の空気を染めた。
「はい。これで温まるわ」
「ありがとう」
ジョシィは慣れたように貴族的な、お上品な動作でティーカップを口へ運ぶ。
「今日はあの、アデルって子はいないのかしら」
「あぁ、アデルは馬車で待っているよ。二人になりたかったから」
「あら。ふふ、嬉しい」
歌を口ずさみながらジョシィの頬を撫で、外套を肩から滑り落とす。
明かりをつけていないせいでジョシィの表情はわからないけれど、窓から入る月の明かりを受けたジョシィの金の髪がサラリと輝いた。
歌に耳を傾けているのか、添えている手のひらで感じ取っていたジョシィの反応が止まった。
あぁ。やっと二人っきり。
二人きりになったら、まず最初にやらないといけないことがある。
懐に隠していた、魔法使い様からもらった"魔法"を口に放り込み、噛み砕く。
「旦那様。ごめんなさい」
「……ティーナ」
ジョシィがピクリと反応した。
初めてジョシィの口から、あの女の愛称を聞いた。暫く会えなかったせいね。
少しづつ、少しづつ、あの女の声に乗せていつものように”毒”を注ぐ。
「旦那様にも好きな人が出来たのね。──私のように。その方と一緒にいる時の旦那様は……とても幸せそうだわ」
ジョシィの頬をゆっくりと撫でる。
あの女の口調は何度も何度も練習した。お上品で、お綺麗で、つまらない、本当に嫌な女。
「旦那様がその方を選ぶというなら仕方ないわ……寂しいけれど、旦那様が幸せなら……。私はクリフと幸せになります。こんな時だけれど、幼い頃から秘めていた想いが叶って幸せを感じてしまうの。だからご心配なさらないで。私たちは、あるべきところに収まったのです」
笑いがこみ上げてくる。あの女も! あの騎士様も! ジョシィも! 本当に可哀想な人たち。素直になればいい。欲しいものは欲しいと言えばいいのに。
ジョシィは黙ったまま、動かない。
そろそろ口の中の魔法が消える。
「旦那様。寂しいですが、お幸せに」
口の中に、あの女の声が残っているような気がして手早くハーブティーを流し込む。
軽く歌いながら調子を戻す。
あぁ、よかった。私の声だ。
歌を口ずさみながらジョシィの頭を抱え、薄暗くても輝く金の髪に指を通し
ゆっくりと耳に言葉を送り込む。
「可哀想なジョシィ。奥様に裏切られるなんて。でも、記憶にない奥様なんて……最初からいなかったも同じよね。ジョシィには私がいるもの。大丈夫。ずーっと一緒よ。ずーっとね」
「なるほどな。そうやって暗示をかけるのか」
ジョシィの頭が腕の中からするりと抜けた。
「クリフの言った通りだな」
さっきまでとはまるで違う、ジョシィの声。
「楽しませてもらったよ、"哀れなローレライ"。お前の魔法使い様とやらが待っている。続きは王宮で聞かせてくれ」
月明りを受けて輝く髪を乱暴にかき上げ、落ちた外套を拾い上げた。私の腕の中にいたのは誰?
今度はドアが大きく開かれ、突然飛び込んできた光が目を刺すように明るく目が眩む。
目を閉じてしまった次の瞬間に誰かに拘束され床に引き倒された。
痛い痛い痛い
勢いよく床に打ち付けられた顔も膝も肩も痛い。捩じりあげられた腕なんて千切れてしまいそうだ。久しぶりの体の痛みに、記憶にある痛みがぶり返してくるようだ。
目が慣れてくると、私の前には数人の騎士たちと……ジョシィが立っていた。その隣にはあの女とよろしくやっているはずの男も立っている。
「な、んでここに」
私に協力すると言っていた男が、私とジョシィが座っていたはずのソファーに近づいた。視線だけで追っていくと、ソファーにはジョシィと少し似た男が髪を乱し座っていた。
あれは誰
私の腕の中にいたのは、ジョシィじゃないの?
私の目の前に立っているジョシィに視線を戻し、体を捩じる。
「あぁ、ジョシィ!一体、何が起きてるの……? とても痛いの! 助けて!」
床から見上げたジョシィは……まるで"お貴族様"が私を見る時の。同じ命の価値が無いとでもいうような、”物”を見ている目をしていた。
違う。ジョシィはそんな目をしない。そんな人じゃない。
「ジョシィ! 痛いの……助けてお願いよ……ジョシィ……」
私のジョシィは違う。嘘だ。嘘、嘘嘘嘘嘘
私のジョシィの皮を被った冷たい目をした男がゆっくりと口を開いた。
「──話しかけるな。怒りで……直接、この場で、殺してしまいそうだ」
この人は誰
「──クリフから全て聞いた。全てだ。自分が情けなくて狂いそうだ……」
「兄上」
あの、私と同じ願いを持っていたはずの男がジョシィの肩に手を置いた。
「あんた! 裏切るのね! 私を助けないと欲しいものが手に入らないわよ! あの女が欲しいんでしょう!?」
吼えるように声を荒げると、体を強く床に押し付けられた。
「──魔法、とやらで手に入れてどうするんだ」
あの男はゆっくりと振り向くと、あの昏さを孕んだ声で言った。
「魔法で手に入れて、その先はどうなる。本当にそれで幸せか?」
幸せ??????
「幸せに決まってるじゃない!! 欲しいものが手に入るんだもの!!」
何を言っているんだかわからない。体をよじるたびに抑え込む騎士の手に力が入る。
「……そうか。お前は、そうなんだろうな」
小さく呟いた声が耳をザラリと撫でた。
「あぁ、そうだ。お前が魔法だと言っている薬……ハーブティーの中身は知っているのか。使い続けるとどうなるのか」
は?? 魔法の中身?
考えたこともないことを聞かれ、いらつきさえ覚える。
「その様子では知らないようだな。あの魔法の結末は廃人だ。俺たちの……父のようにな。お前とクピドとアデルは仲間だろう」
「私は違うわ! 魔法をもらっていただけだもの! あなたたちの父親のことなんて知らない!」
「その魔法を、クピドからもらうためにアデルを使っていただろう。アデルはクピドの仲間だ。二年前からな」
「そんな、そんなこと知らないわ! 私は……私はただジョシィのことが」
「──ああ。続きは王宮でじっくり聞くことにするよ。三人の内、誰が一番早く"歌う"のか楽しみだ」
今まで黙ってソファーに腰かけていた男がそう言い手を挙げると、騎士たちが私を引きずり始めた。
「いや! いやだ!!! ジョシィ!!!! ジョシィ助けて!!!」
ジョシィの方へ足をばたつかせ、体をよじり暴れたら剣の柄が降って来た。
衝撃で視界が揺れた。白い世界と暗闇へ堕ちていく。
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