4.人類と道具たち

 席に戻ると犬がいた。先程の犬だ。

 ソウザキ少佐の左隣に座っていた。

 きょとん、とした顔をこちらに向けてくる犬を威嚇しつつ、私は、犬のいる側とは反対側の、少佐の右隣へと移動する。

 ソウザキ少佐の操作によって、画面の中で地球は滅亡し続けている。

 ぼん、と。

 音を鳴らし、ゲームオーバーの文字と共に滅亡した地球。それを少佐は硬貨を新たに投入することで復活させ、再びエイリアンの群れへと挑みかかる。立て続けに三回爆発。再び滅亡する地球。


「なあ、デイジー」


 硬貨を新たに投入しつつ、少佐が言う。

 こちらを見ず。

 画面を見て、レバーを操作したままで。


「はい?」

「ずっと、お前に聞きたくて、聞けなかったことがあるんだが、今、聞いてもいいか? ……もし答えたくなかったら、答えなくてもいいから」

「何ですか?」

「お前さ。仮に、あくまで仮定の話ってことで聞くんだが……」


 ええ、と私は頷き。

 少佐はこちらを見ないままで言った。


「……お前、有人機を撃てるか」

「撃てます」


 私は即答し。

 少佐の手が止まって、もう何度目になるのか――地球が滅亡する。


「……即答しやがるか」

「まあ、私はちょっと心だの感情だのを持っているだけで、基本戦闘兵器ですので――HAIがここまで発展した理由をご存じで?」

「人間の代理ができるAIだから、だろ」

「RAIにだって工夫次第で人間の代理は務まりますよ」

「じゃあ何だ?」

「HAIは人間に危害を加えることができるからです。倫理性を持った上で」

「……倫理性?」

「私たちは、基本的には人間に危害を加えません。別にそういう風にプログラムされてるわけではなく、教育に因る経験によって、それがあまり良くないな、と認識しているためです」

「まあな」

「ですから――ちょっと失礼します少佐」


 と言って私は横から割り込むようにして、少佐をゲーム機の前から押しのける。少佐は特に文句を言うでもなく立ち上がって私に席を譲り、硬貨をこちらに手渡してきて、私はそれを投入し、地球を守るための壮絶な戦いがドット絵で再び始まる。


「このように、少佐を押しのけることもできるわけです」

「これ危害か?」


 尻尾をふりふりじゃれ付いてくる足下の犬を相手にしながら、少佐が言う。


「その辺りの線引きは滅茶苦茶面倒なんですよ。個人の価値観や文化や組織によっても変わったりしますし……軍だの多国籍企業だのがあれだけの資金と人員と時間を掛けてHAIと同等のAIを開発できなかったのは、ロボット三原則に拘り過ぎたせいだとも言われていますね」


 ぼん、と。

 またもや、あっさりと地球が滅亡する。

 硬貨投入。

 地球が復活し、エイリアンも復活する。


「でも」


 操作する画面の中で、こちらの放った砲撃が当たり、断末魔にしては妙に可愛らしい音と共にエイリアンが砕け散る。


「私たちにはそれができる」


 何となくコツが掴めてきた。

 弾速が遅いのか、それともこちらとエイリアンとの距離が途方もなく離れているのか、とにかく私が手元のボタンを押し込み、それによって自機が発射した砲弾がエイリアンへと着弾するまでには時間差がある。

 その手の時間差は通常、FCSに組み込まれた射撃管制RAI群によって自動補正されるはずだが、この移動砲台にはどうやら組み込まれていないらしい。

 つまるところ、偏差射撃が必要なのだ。


「私たちHAIには『なんかそこはこう、分かるだろ?』でも『適当にやっといて』でも『空気読んでやれ』でもどんとこいです」

「途端に話が小さくなったな……」


 私は陣地の影から出たり戻ったりを繰り返しながら、エイリアンへと攻撃を仕掛ける。敵のまっすぐ飛ぶ誘導弾によって陣地ががりがりと削られていく中、少しずつだがエイリアンの数が減っていく。


「ただ、そのためにHAIの製造時には性格審査が徹底されますよ? ちなみに、私たちのときに製造された十二機中、思考可能な段階まで進んだのは九機でしたが、その中の五機が性格審査で弾かれてセメタリー行きになったみたいです」

「……」

「まあ元々、私たちHAIの基幹設計は、兵器管制だの各種管理業務だののために作られたわけではないですからね。おかげで、設計レベルで安全性に緩い部分が多々あります。元々、ただのコミュニケーション用のAIとして作られたんですよ私たち。えーと、たぶん少佐は知らないでしょうが、今の制宙権争いが本格化する前に計画されていたプロジェクトで――」

「――火星に行くための計画だろ」


 ソウザキ少佐がこちらの言葉を先取りする。


「その計画で、火星行きの宇宙船に乗せるために製造されたAIがお前らのプロトタイプだ。船の管理AIとかじゃなくて、ただの乗組員の話し相手として作られた」

「よくご存じで」

「天文学部出てるからな」

「へーそうなのですか………って、え?」


 ようやく一列目のエイリアンを全滅させた、と思ったところだったが。

 ぼん、と爆発。

 地球滅亡。


「天文学部?」

「おう」


 と、左足に甘噛みしてくる犬と格闘しつつ頷くソウザキ少佐。


「わっつ? ……え、少佐。少佐って、どうやってパイロットになったので?」

「一般からの幹部候補生としてだけど……」

「幹部候補生!? 絶対叩き上げの軍人だと思ってたのに! 失望しました!」

「何でそこまで言われなきゃならねえんだよ――お前、俺がどうやってパイロットになったと思ってやがったんだ」

「そりゃあもちろん学校にも行かず、勉強もできず、友達もおらず、ただ一人で喧嘩に明け暮れていた不良だった少佐を、スカウトマンが上手いこと騙くらかして、軍隊に入れ、そこでメキメキと頭角を現した少佐は自分を認められたことで見事な更正を果たしついにはエースになるというサクセスストーリーが」

「ねえよ。パイロット舐めんな。……俺はごくごく普通に真面目に勉強して大学行って、真面目に勉強して試験受かって一般幹部候補生になって、真面目に勉強して適性審査通って死ぬ程いびられながらフライトコース修了してパイロットになったんだ」

「そんなはずがありません! 少佐の目つきはどう見てもあうとろーな人生を歩んできた人間のそれです! 少年の頃から戦闘機に乗ってきた傭兵と言われてもおかしくありません!」

「人を目つきで判断するな」


 びしり、と額を指で弾かれ、あうち、と私は呻き、うー、むくれつつ硬貨を投入。

 再び陣地から出たり戻ったりのチキン戦法を繰り返し始める。


「でも、それにしたって何だって天文学部なんです? 少佐はどこからどう見てもそんなロマンチストな人種には見えんです」

「黙れ」

「あ、分かりました。どうせ好きな女性のお尻でも追っかけていったんでしょう! 少佐はそういう人ですそうに違いありません!」

「そういうわけじゃないんだが」


 うーん、と。

 ソウザキ少佐は、しばし躊躇ってから。

 ひょい、と。

 傍らの犬を抱え上げ、膝の上に載せる。

 わんっ、と。

 鳴き声を上げる、犬の喉を掻きながら。


 少佐が口を開く。


「デイジー。さっきの計画のメンバーの、HAIの開発者のこと知ってるか?」

「そりゃ知ってますよ。というか一般の方でも知ってるくらいの有名人ですよ」


 もちろん、HAIにも開発者はいる。

 その開発者はもちろん天才と呼ばれる類の人種であり、それなりの天才的なエピソードを持っている――というか持ち過ぎている。


 ホトリ博士。


 その名前がファミリーネームかファーストネームかも不明で、性別も不詳。便宜的に博士と呼ばれているが、最終的な肩書きが何だったかは不明。

 このご時世に、ネットに本人の写真が存在せず、画像を検索すると例の島国で描かれた黒髪から一本アホ毛を伸ばしたぶっかぶかな白衣姿のつるぺた美少女のイラスト群がヒットする。ちなみにそちらの画像をメインで探したい場合は「ホトリはかちぇ」と打ち込むのが正しい。この「ホトリはかちぇ」が眼鏡を掛けているか否かでファンの間で血で血を洗う争いが繰り広げられているというが今は関係ない。

 写真が無い理由は、各当局による情報操作の結果だという噂がまとこしやかに囁かれ、ただ単にひたすら写真嫌いだったという噂もある。

 生まれ故郷では前述ように、どういうわけかというべきか当然の結果というべきか、天才美少女研究者扱いされることが多いが、まあ、そんなことはなくて普通に男性だと思われる。

 女性だったとしても、普通にHAI開発時点で博士号を持っていたわけで、大学院を出ているのだから最低でもその時点で二十代後半だ。もちろん、見た目が十代美少女にしか見えない容姿だった可能性はある。そう思うことは個人の自由だ。


「ひたすら火星に行きたがってたとか」

「らしいな」


 かつて、二〇世紀のロケット開発者が月に取り憑かれていたように――この人物は火星に取り憑かれていたことで知られている。

 世界中のあらゆる機関を渡り歩いてHAI製造のノウハウをばらまいた人物。

 本人の意図はどうあれ、結果として、今の「平和な戦争」と呼ばれる世界情勢の一旦を間違いなく担っている人物であって、その評価は未だ大きく分かれている。専門は宇宙工学であり、後には軍事衛星の開発メンバーにも入っている。


 それが私たちHAIの開発者。


 ちなみに、開発期間は一年。

 開発に当たったのはAIの専門家というわけではなかったホトリ博士と、アルバイトの学生。特別協力者としてホトリ博士の養子(当時幼稚園児)。

 以上。人員は三人。

 予算〇。全額私費。

 当時のホトリ博士はそれほど裕福だったわけではなく、当然、開発に使われたプログラムも、その大半がネットで無料ダウンロード可能だったフリーウェア。

 ちなみにホトリ博士はその間、火星開発試験機を火星に着陸させるための仕事が大詰めを迎えており、そちらの方に時間を取られていた。


 その片手間で、私たちHAIのプロトタイプは開発された。


 だから、世界最初のHAI『はるか』のお披露目は、火星開発試験機の一団が火星に無事着陸したことを互いにビールを掛け合って祝い合う研究員たちの酒の席で「そういやほら、例の奴できたんだけど」的な軽いノリで行われたらしい。


 控えめに言って、そのエピソードは伝説と言っていい。ある種の神話だ。

 いわゆる科学的神話。

 信憑性の欠片もない、しかしそのインパクトによって伝わっていく物語。


 それで、と。

 二列目のエイリアンを一掃したところで私は尋ねる。


「ホトリ博士がどうしたんです?」

「俺、その人と会ったことがあるらしくて」

「わっつ!? まじです!? 美少女でした!?」


 ぼん、と音を立てて自機が爆発。

 一機目を失う。


「いや、物心付く前――生まれたばかりのときらしいから、覚えてないんだけど」

「ふぁっきん! 使えないですね少佐! どうして赤ん坊の頃の記憶を覚えてらっしゃらないんですか!? 思い出して下さい!」

「無茶言うなよ……いや、お袋の知り合いらしくてな」

「わっつ!? まじですか!? 少佐のお母様は博士の容姿について何と!?」


 ぼん、と音を立てて自機が爆発。

 二機目を失う。


「……つるぺた美少女の眼鏡っ子」

「マジですかっ!? じゃあつまり噂は正しかったんですね! ぐれいとっ!」

「信じるなよ。絶対嘘だぞ」

「ええー……、そうなんですかー……」

「アレは平気でその手のホラ吹くからな。ウチのお袋、ちょくちょくホトリ博士の話をするもんだから、ははん、さてはこいつ昔の男だなこの女、と思ってそう言ったら、そんなことはないあれは宇宙人に恋してるんだ、と主張してきたからな。本当にふざけてやがる」

「少佐って存外にお母様と仲が良いんですね。大好きなんですか?」

「そうかそうか。俺もお前が好きだったりお袋が好きだったりで随分とせわしないんだな。ははは。守備範囲広すぎだろふざけんな」

「は! これはもしや、少佐のお母様が外見年齢十代というパターンでは!?」

「やめろ。人の母親を訳分からない生き物にするな」


 と、そうこうしている内に三機目が爆発。

 地球滅亡。

 しかし、そこであることに私は気づいた。

 硬貨を投入しつつ、


「少佐。少佐。私、もしかしたらとてつもないことに気づいたかもしれません」

「何だ」

「ちょっとこれ見て下さい」


 と言って私は画面を差す。エイリアンが放ってくる誘導弾を指し示して、


「どうしてかよく分からないんですが、微妙に間隔開けて発射されてますよね」

「おう」

「もしかしたら、目の前まで敵を引き寄せれば、誘導弾当たらなくなるのでは」

「…………なかなか面白いこと考えたな。まあ、やってみろ」

「言われなくとも試します!」


 私は、自機を陣地の裏に引きこもって動かさず、エイリアンの列がこちらに向かって行進してくるのを放置する。やがて、エイリアンの陣地を食い破り、ついにこちらの砲台の目前まで迫ってくる。


「ふははは! せいぜい粋がっているがいいですエイリアン共! 戦術というものを見せてやります! これで私は無敵状態に――」


 その直後、撃ち出された誘導弾が避ける間もなく自機に着弾する。撃墜。撃墜。さらに撃墜。いつも通りに地球は滅亡した。


「まあ、それじゃそうなるわな」

「……やっぱり真面目に遠距離からぺちぺち倒します」

「そうか」


 私は再び、陣地の影に隠れてぺちぺちと敵を倒すチキン戦法を繰り返す。


「……お袋は別に外見年齢十代じゃないし、好きかと言われると『いやそれはちょっと』と言わざるを得ないが」


 と、少佐が言う。


「でも――そうだな。少なくとも、俺が天文学部に入ったのは、お袋の影響だ。ガキの頃からことあるごとに俺を天体観測に連れ出してたお袋の影響で、そのときに聞かせてもらった、ホトリ博士の話の影響だ」

「少佐も火星に行きたいとか思います?」

「……ちょっとはな」

「私たちにはわからない感覚ですね」

「そうか?」


 私はエイリアンの誘導弾を振り切り、陣地の後ろに砲台を退避させる。

 何だかんだで上手くなってはいるらしい。私はエイリアンの二列目を全滅させる。

 形状の異なる三列目のエイリアンが前に出てくる。

 速度を上げて誘導弾を撃ち始める。

 自機を操作しそれを迎撃しながら。

 私は、ソウザキ少佐に対し尋ねる。


「ソウザキ少佐。……人間とHAIの違いって、わかります?」


 私の言葉に、少佐はちょっと黙った。

 抱えていた犬をそっと脇に下ろして。


「それは、AIに心が有るかとか無いかとか、そういう話か?」

「そんな語り尽くされた話ではないです。心とか余裕で有ります。超余裕」

「……割とそれ、重要な話なんだがな。まだ『ロボット』なんて言葉が使われてた時代から、人間が物語の中でどれだけその問題で悩んできたと思ってんだ?」

「何言ってるんですか。その手の『ロボット』は心を持つのがお約束でしょう」

「いやそうじゃない話もあるんだけど……まあ、うん、確かに大半はそうだな」

「ぶっちゃけ小難しい理屈を無視すれば、人間はHAIを相手にして心の存在を感じずには居られないものです。初期のコミュニケーションRAIにだって心があるように錯覚できるのが人間です。……例えそれが錯覚だったとしてもそうでなかったとしても、少佐は私に『心』があると思わずには居られないでしょう?」

「……そうだな」

「心の有無なんてのは、その程度の些細なことです。それを言うならですね。もっと決定的な違いがHAIと人間との間にはあるのですよ。少佐」

「へえ、そりゃ何だ」


 と、尋ねてくる少佐に。

 告げる。


「私たちHAIはですね――みんな、人間のために生まれてくるのです」


 三列目を全滅させた。

 四列目のエイリアンが、前に出てくる。さらに早くなる相手の動き。

 私は何とか対処する。

 ふと、少佐からの反応が無いことに気づき、視線は向けずに尋ねる。


「少佐? どうかしましたか?」

「……何でもない。続けてくれ」

「私たちHAIは、要するに道具です。高性能で、心を持っていて、人間と同じことができる――とっても便利な、ただの道具です」


 ゲーム画面の音楽が鳴らす音のピッチが、いつの間にか早くなっていることに私はふいに気づく。単調な音楽が、ただ早くなっただけ。それだけで、奇妙なまでの緊迫感が生まれていて、私はちょっと焦る。焦ったせいで砲台を一機失う。


「極端なことを言ってしまえばですね。HAIである私と、こちらのゲーム機とは、人間のために生まれてきたという点で、同じものです」


 悔しいな、と。

 感情を出力するのは、私の中に存在するプログラムだ。

 このゲーム機を動かしているものと、本質的には同じ。


「……もっとも『人間のために人間と戦う』ことを目的として生まれてきた私と、ただ『人間を楽しませるため』に生まれてきたこちらのゲーム機とを一緒にしては、こちらのゲーム機に失礼かもしれませんが」


 四列目のエイリアンを全滅させる。

 五列目の――最後の列のエイリアンが、出てくる。


「私たちHAIは道具です――人間のために何かしら目的を持って生まれてきます」


 これまた形状の異なるエイリアンが死にものぐるいで攻撃を仕掛け始める。


「生まれてきた時点で何かのために存在しているわけではなく、その何かを自力で見つけることができる――あるいは、見つけなければならない人間とは、HAIは決定的に違います」


 画面の中、音楽に合わせバタバタと動くドット絵のエイリアンと私は戦う。


「……私はこうやって、人間のためのゲームを人間と同じように楽しむことはできます。ですが、このゲームをやるために存在し続けることはできません」


 少佐、と私は言う。


「私は、戦闘機のパイロットになることを目的として作られたHAIです」


 ですから、と私は言う。


「少佐――私に、どうか戦い方を教えて下さい。私はそのための道具です」


 そして。

 エイリアンがついに最後の一匹になって――音楽と一緒に急加速。


「わっつ!? 早過ぎじゃないですかこれ!?」


 と悲鳴を上げている間に撃たれて、二機目を失う。

 最後の一機。

 と。


「デイジー」


 ソウザキ少佐が私に言う。


「まずは落ち着け。相手の動きをちゃんと見て、タイミングを掴め」


 少佐の言葉通りにする。

 私は深呼吸の真似をして落ち着く。

 そして、若干引くレベルの速度で迫ってくる相手の動きを見極める。


「大丈夫だ。一発当たれば倒せる。だから、ぎりぎりまで引きつけて――」


 少佐の言葉通りに、

 引きつけて。


「――撃て」


 撃った。

 砲弾が、高速で動き回っていたエイリアンに突き刺さる。

 少し間の抜けた撃墜音がして。

 最後のエイリアンが砕け散る。


 ――やった。


「やりました! 私やりましたよ少佐!」


 と、私は少佐に抱き付いてわあ、と叫ぶ。


「ああ――よくやったな。デイジー」


 と、少佐は笑い、その足下で犬がわんわんと楽しげに吠える。

 ふふん、と。

 私もつられて笑い、少佐に告げる。


「どうです少佐! 私は見事地球を守り抜きましたよ! これはもう少佐を超えたと言っても過言では無いでしょう!」

「そうだな、よくやった」


 と、少佐はこちらの挑発に対し、特に気にした様子も無くそう言い、笑顔のまま、


「――というわけで、おかわりだ」


 直後。

 全てのエイリアンを倒したはずの画面に、新たに五列のエイリアンが現れた。


「ぎにゃあああああああああああっ!?」


 あまりにも絶望的なその仕打ちに、私のあるかどうかよくわからない心はへし折られ、何でもない最前列のエイリアンの何でもない誘導弾の直撃を受けて、最後の自機が失われ、地球は当然の如く滅亡した。

 無情なゲームオーバーの文字を前に、私は顔を突っ伏して崩れ落ちる。


「酷い……酷すぎます。お姉さんを呼んで下さい。やっぱり、このゲームは壊れているに違いないです……」

「そういうゲームだからこれ。何度でも出てくるぞ。そしてどんどん難しくなる」

「それじゃ地球は永遠に救われないじゃないですかぁっ!?」

「落ち着け、こう考えるんだ。この世界では、お前の活躍によって地球は救われた。だが、どこかの並行世界では同じような戦いがやはり起こっている。そして、お前の意識は並行世界から並行世界へと飛んでだな――」

「少佐って実はSFとかその手の本が好きなんですか?」

「天文学部だからな」

「それ関係ありますかね?」


 という私の問いを軽やかに無視し、少佐は硬貨を一つ取って、


「とはいえ――人類の代表として、やられたままで引き下がるわけにゃいかんな」

「負け惜しみはそこまでにしておくことです! 少佐の実力はちゃんとさっき見ました! 実力を隠しているわけでないことは明白です!」


 ぺたん、と胸を張って私は言う。


「それはどうだろうな――まあとりあえず、ちょっと貸せ」


 そう言うので、私は少佐に席を譲り、少佐の右側から画面を覗き込む。

 左側から犬が纏わり付いてくるのを少佐は顎を撫でておとなしくさせ。

 少佐が告げる。


「実は俺は元々左利きでな――中学んときに両利きに矯正したんだけど」


 硬貨を入れる。

 地球が復活、あるいは並行世界に移動し、五列からなるエイリアンの群れが出現。

 それを前にして、少佐が言葉を続ける。


「しかし、とにかくこのゲームをやっていた小学生の時点では左利きだった。で、そうなると、利き腕の位置が逆になるわけで――最初、下手くそだった俺は、その理由が利き腕の左でスティックを使って、右の手でボタンを押しているからだと考えた」

「成る程」

「そして、その問題を何とかするためにガキの頃の俺が出した結論はこうだ」


 そう言って、少佐は右手でスティックを持ち、左手をボタンを添えた。

 つまり、当然の結果として腕の方は交差した状態になる。

 少佐が言う。


「名付けて――『クロス操縦』だ」

「アホじゃないですか」

「まあそう言うな――とにかく、当時の俺はこれを本気で格好良いと思っていて、これでひたすらこのゲームをプレイした結果、こうなった」


 直後。

 陣地の上から飛び出た砲台が、三連射し、全てが別のエイリアンに着弾――撃墜。

 さらに、続く連射で他のエイリアンも一発ずつで撃墜。

 もの数秒で、一列目が消し飛ぶ。


「ふぉおおおおおおっ!? 最強じゃないですか少佐っ! エース、エースですっ!」

「ふっふっふっ。当時の俺は『交差のアオノ』を自称していた実力者だったからな」

「どこをどう考えてもただのアホとしか思えないですけどでもやっぱり凄いですっ! びゅーてぃふぉーっ! 師匠と呼ばせて下さい!」


 二列目をなぎ払い、三列目を粉砕し、上空から突如として現れたUFOを逃さず撃ち落とし、何をどうやったのか四列目をすり抜けて五列目の敵を撃墜する。


「何ですか今の!? どうやったんですか!? まじっく! まじっくぷれーです!」


 少佐の右側でテンションを上げる私。

 盛り上がる空気を察してか、少佐の左に座っていた犬も、わんわんきゃんきゃん、と楽しげに吠え尻尾をふりふり、ぴょんぴょん、と飛ぶ。

 そうこうしている内に、超高速移動を始めたエイリアンをいとも容易く捉えて全滅させる少佐。次の並行世界へ移動し、再び連射でエイリアンの一列目をズタボロにしつつ、言う。


「なあ、デイジー」

「何ですか。少佐」

「さっきのお前の話について、一つだけ聞いてもいいか?」

「どうぞ」

「お前らが俺たち人間のために生まれるってのは――悲しいことじゃないのか?」

「いいえ、少佐。それは人間の考えですよ。人間と道具との価値観の違いですね」


 私は、少佐を挟んだ向こう側にいる、きゃんきゃん、と吠える犬を示して言う。


「例えば――そちらの毛玉は、人類の最良の友と呼ばれている連中なわけですが」

「毛玉言うな。ベルカだっての」

「でも、それならば私たちだって負けちゃあいません。そこの毛玉たちが人間にパートナーとして寄り添い続けてきたように、私たちだって人間の手によってずっとずっと使われ続けてきたのです――そういう誇りが、私たち道具にはあるわけです」

「誇り、か」

「いえす。大昔の私たちは、ただの尖った石ころでした。それがもっともっと便利になるために形を変え、複雑化し、進化し続けて――今では、こうして人語を解し、人とほとんど同じ姿を持ち、人とほとんど同じことができ、人とほとんど同じ心を持つに至りました。ですから――」

「だから、もう人間は要らない――」


 ソウザキ少佐はそうつぶやいて。

 それから、肩をすくめてみせる。


「――ってことを言いたいんじゃ、ないんだろな。お前は」

「当然ですとも。そんなのは全然違います頓珍漢ですちゃんちゃらおかしいです――道具の歴史の末席たるHAIとして、私が言いたいことはもっと単純ですよ。少佐」


 道具であるHAIの私は。

 人間である少佐に対して。

 告げる。


「――これからもよろしく、です」

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