第二章 休暇
エピローグ3
私たちは、この空の上を孤独に飛ぶ。
セントラル・グループはセントラル一機に対し、ターミナル機十六機で編制される。数の上では有人機の時代における航空隊に準ずる規模であり、そんなわけでセントラルHAIには、限定的にではあるが中佐の階級と権限が与えられる。
違いは副長に当たる存在がいないこと。
私たちは、僚機というものを持たない。
ターミナルが従来の僚機の役目を代用しているためだとか、二つのセントラルでターミナルを共有すると、コンフリクトを起こす可能性があるなどの理由は色々あるが、最大の理由は純粋にまだパイロットの数が足りていないから。
要するに、僚機をつけるということは、パイロット一機を遊ばせておくようなものであって、それならそのパイロットにターミナルを付けてセントラル・グループをもう一つ編制した方が良い、ということらしい。
ただ、最近、特に優秀なHAIには僚機が試験的に付けられ始めているとも聞く。デメリット以上に、そのHAIから僚機のHAIが技術を獲得できるメリットが存在するためだろう。
『とはいえ、私はごく平凡なHAIパイロットなわけで、僚機とか夢のまた夢です。つまりは、空の上でスーパーぼっちです。だから寂しいです。寂しいからもうしばらく話をしましょう。ミドリ少尉』
『……中佐がごく平凡というのはちょっと同意しかねますが』
『だって私の同期の連中ときたら、とんでもない連中ばかりですよ。アリスとか』
『あー、そういえば中佐って、あの〈ブルー・ヴァルキリー〉と同期だったんでしたっけ? 知ってます? あの死神、この間また交戦地帯へ移動中の爆撃機を落としたらしいですよ。護衛のセントラル・グループごと壊滅させたそうです』
『知ってます。この間メールで『どーだっ!』って自慢してきましたから。でもそれ以上に、チャーリーとも同期なので』
『チャーリー? ……え、ちょっと待って下さい中佐――チャーリーってあのチャーリー中佐ですか? 〈キング・セントラル〉?』
『いえす。一緒に勉強した仲です』
『デイジー中佐ってチャーリー中佐の同期なんですか!? すごいじゃないですか!?』
『いや、別にすごくはないですが』
『ええ? だって、ほぼ間違いなく世界最強のセントラル・パイロットですよ。彼』
『チャーリーはすごいです。でも、すごいのはチャーリーであって私ではないです』
『中佐って一見我が儘で自己中心的に見えて、実は真面目で謙虚だから私好きです』
『照れますね』
『――ぶっちゃけ萌えます』
『言い直さなければなりませんでしたか?』
『やー。それにしてもアリス中佐だけじゃなく、あのチャーリー中佐とも知り合いだったとは驚きました。もしかして、〈ライトニング・ブロンド〉だとか〈空の騎士〉だとか〈黒の4番〉だとか――あるいは、例の〈雲の悪魔〉とも知り合いだったりします?』
『いえ、彼らは私たち有人機パイロットからパイロット技術を教わった世代の、その次の世代――HAIパイロットからパイロット技術を教わった世代ですから』
ああ、でも、と私は思い出して言う。
『ブロンクスとは同期ですね』
『ブロンクス? すみません、ちょっとその方は私知らないです』
『いえ、別に異名持ちでも何でもない普通のHAIですからね。知らなくて当然です。もうパイロットとしては引退してますし』
『デイジー中佐たちと一緒で普通って……ものすごい苦労しそうなんですけれど』
『はい。でも、今思えば、私たちの中では彼が一番大人で――そのせいで、本当に苦労ばかりかけてました。私たちにとっての兄みたいなもんですね』
『で、デイジー中佐の『お兄ちゃん』ポジション……! 羨ましい……!』
『いや、お兄ちゃんなんて呼んだことはないですけれど』
時折思うのだが、私の所属する部隊の連中は、一応のところ中佐であるはずの私に対しての扱いがぞんざいではないだろうか。いや、ぞんざいというのとは少し違うのかもしれないが、もう少しこう、何と言うか中佐っぽい扱いをして欲しい。まあ、中佐っぽい振る舞いができない私にも問題があるのかもしれないが。
『まあ、アリスやチャーリーがどうであれ、私は凡庸なHAIパイロットですがね』
『それはやっぱり同意しかねますけど……』
『だって戦績を見れば一目瞭然です。なんせ勝率七割程度ですからね。被撃墜経験もそれなりにありますし、二回程バックアップからの復帰も経験してますし』
『七割「程度」って――そんなこと他のパイロットの前で言ったら怒られますよ』
『だってアリスはあの自爆特攻じみたやり方で勝率八割じゃないですか。チャーリーなんて勝率十割とか頭悪すぎる数字ですし』
『一部の例外を基準にしないで下さい。普通のパイロットなんて、みんな四割と五割と六割の境目辺りでひいひい言ってるのに。中佐なんて、一度も七割切ったことないじゃないですか』
『七割切ったら怒られちゃいますからね』
『え、誰にです?』
『ふふふ――誰でしょうね?』
『あ! さっきの話に出てた有人機のパイロットさんですか!? ちょっと何ですかそのちょっと意味ありげな笑い方! やっぱり実は何かあったんじゃないですか!?』
『さて――おっとさすがに話し過ぎましたね。そろそろ回線切りましょうか』
『あーっ! ここで逃げるんですか中佐! ひどいじゃないですか生殺しです!』
『いやあ、規則ですからね。では、しーゆーあげいん――』
そう言って回線を切ろうとしたとき――
『あれ?』
と、ミドリ少尉の疑問の声が聞こえて。
私は、回線の切断をとっさに中止した。
『何かありましたか? 少尉?』
『いえ、その――』
と尋ねる私に、少尉は自分で自分の言葉に戸惑っているらしく、言葉を濁す。
『――たぶん気のせいかと』
『少尉、報告して下さい。上官命令です』
『えっと……その、今、中佐の赤外線探査に一瞬だけ反応があって……』
『…………』
私は、赤外線探査の視界を見る。
先制されることを防ぐため、対抗迷彩を纏ってステルス状態にある中、レーダーの代わりに、この無駄なまでに広大な空に存在する何者かの熱量を捉えて検知する、赤外線を捉える視界。そこにはしかし今、何も映っていない。
電装管理RAIを経由し探査系管制RAIに指示。
少尉が「あれ?」と言った直前の記録を呼び出す。
確かに、一瞬だけ反応がある。
本当に一瞬、ごく僅かな反応。
この手の反応があった場合、その原因は雲だとか鳥だとかの可能性が高い。本来なら探査系管制RAIがフィルタリングして表示されないようになっているのだが、時々、それを通過して反応が出てしまうことがある。
しかし。
こちらのライブラリに乗っていない敵のステルス機の反応が、一瞬だけ表示された可能性はある――可能性はゼロに近いが。
演算補助RAIをこき使って演算を行う。
先程戦術支援HAIのデータベースから共有した情報を元に、この空域を敵機が飛んでいる可能性を検討――著しく低い数値が出た。
その数値と状況設定を私の内部に搭載されている簡易戦術支援RAIに送りつける。すぐに解答が返ってきた――「この場合、そのまましばらく様子を見て対応を決めなさい」という趣旨の内容。つまるところ「そんな些細なことは気にせず作戦通り飛び続けろ面倒事起こすな馬鹿」ということ。
私は一瞬だけ考え、それから言う。
『少尉』
『は、はい?』
『チーフたちを起こしてきて下さい』
『えっ? で、でも――』
『これは命令です。文書データもちゃんと提出しますので、責任は全て私に押しつけてもらって大丈夫です。ですから、今すぐ――』
私は、丸っきり無反応な赤外線探査の視界を睨みながら、少尉に命じる。
『――戦闘準備を、お願いします』
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