1.それってデートだよ!
よく晴れた青い空の下。
白く輝く、滑走路の上。
格納庫の外に出され、太陽の光に表面をじりじりと焼かれる私の機体。
そのコックピットの中。
ソウザキ少佐が告げる。
「よし――頼むぞ。デイジー」
『いえす――いつでもどうぞ。少佐』
ぱちん、と。
彼が、スイッチを弾く。
それによって活性化する電気回路を通って、私はエンジンへと命令を送る。
その指示を受けて、エンジンが唸りを上げ始める。
思い返すのは、ソウザキ少佐と一緒に乗った機体のこと。あのときの、低く響く――しかし安定した、エンジンの唸り。
それとは無論異なるが、しかし同じように落ち着いた音を、私の機体の内部、双発のエンジンが鳴らし始める。
一秒、十秒、三十秒と経ち、やがて一分が経過する。
私は、尋ねる。
『……どうですか?』
「完璧だ」
ソウザキ少佐が、ヘルメットの中で笑う。
「飛べるぞ。デイジー」
『……本当に?』
私は、呆然とした気持ちで尋ねる。
『本当に、私――飛べるんですか?』
「ああ。よく頑張ったな」
『少佐――私、私……っ!』
と、感極まったのが悪かったのだと思う。
ミスファイア。
そして、警告音。
『緊急脱出シーケンスが起動――エラー。機体異常、及び機体脅威が発見できません。遅延処理を適応――60秒後に、射出座席が作動します。緊急時の場合は強制続行命令、あるいはパイロット操作によって即座に射出座席を作動させて下さい。誤作動の場合は停止処理をお願いします。パイロットは射出に備えて下さい。60――』
自動音声の声が告げる中、少佐は即座にコックピットから飛び降りて脱出。
ほとんど同時に、私は正規の手順を踏んで停止処理を行い、緊急脱出シーケンスをキャンセルする。
どちらも、一秒とかからなかった。
「――はははっ!」
と、ソウザキ少佐は笑う。
「もう手慣れたもんだな」
『す、すみません』
「うんにゃ、大丈夫だ。ようはリカバリできりゃいいんだよ。例え、この先、何かの拍子に同じようなミスをやらかしてをしても――今みたいにすぐ止められるなら、もう全然へっちゃらってことだからな」
『でも――』
「不安か?」
『――はい』
「正直なこと言わせてもらってもいいか」
『ええ』
「俺も、実は、ちょっと不安だ」
『や、やっぱり――私だと不安ですか?』
「違えよ。馬鹿。不安なのは俺の方だ」
『わっつ?』
「……今日の訓練はここで切り上げるか」
『え、飛ばないんですか?』
「その前に、お前に話しておきたいことがある――割と大事な話だ」
『と、飛ぶ前の心構え――とかですか?』
「――どっちかというと俺の心構えかな」
『……?』
「明日は休日だよな」
『休日?』
と、私はしばし演算した後、言う。
『――ああ、勉強する日のことを本来はそう言うんでしたね』
「なあ……ちょっと聞くが、お前、今までの休日って何やってたんだ?」
『勉強です』
「よし決めた。ちょっと後で頭撫でてやる。撫ですぎてその髪がもげるくらい撫でてやる。今決めた」
『のー!? 止めて下さい! 私のアイデンティティをどうするつもりですか!?』
「デイジー。明日一緒に出かけるぞ」
『…………わっつ?』
「街に遊びに行こうぜ」
ソウザキ少佐は、私に言った。
□□□
「デイジー・・・・・・それってデートだよ!」
と、私の話を聞き終えたアリスは叫び、がたんっ、と姿勢制御を乱れさせつつ立ち上がった。興奮で頬のそばかすに桜色のエフェクトを発生させつつ、私に詰め寄る。
「いつの間にやら、あの怖いお兄さんとそんなことになっていたなんて、デイジーも隅に置けないなぁこのこのこのこのぉ!」
などと言って私のツインテールをぺしぺししてくる。
「てい」
と、喧しいので、私もアリスの空気抵抗をぺしぺしし返し、さらに、悲鳴を上げて仰け反るアリスのお腹をとんとんと突っついて追い打ちをかける。
「私と少佐はそんな関係ではありません。茶化すのはやめて下さい。てい。てい!」
「うにゃあああっ!?」
と呻きながら、ぽよんぽよん、と空気抵抗を揺らしてソファにひっくり返るアリスは無視して、私は呆れ顔でことの次第を見ていたブロンクスと、隣で繰り広げられるドタバタを軽やかに無視して本を読んでいるチャーリーに告げる。
「で、お二人に聞きたいのですが」
「聞きたいことだ?」
ブロンクスがそう首を捻り、
「何を?」
チャーリーは、チェスプレイヤーとチェスAIの戦いに関する本から顔を上げる。
「男性とはこの場合、どのような格好で来てくれると嬉しいものなのでしょう?」
「・・・・・・」
ブロンクスが一瞬、視線を上に向け、それからチャーリーに助けを求めるような視線を送る。チャーリーはそれに対してちょっと肩を竦めてから、私を見て微笑む。
「別にデートじゃないんだし、気負った格好じゃなくてもいいんじゃないかな?」
「それはそうですが。しかし、ここらでこう、私が美少女だということをソウザキ少佐にも再認識させておきたいと思いまして。今回のことで少佐のハートを、こう、わしづかみしてやるのです」
「うーん。それじゃあ、いつもとはちょっと雰囲気を変えてみるのはどうだろう?」
「ほうほう。して、方法は?」
「えーと……」
と、困ったように眉を寄せるチャーリーの答えを待っていると、背後から。
「それなら――」
いつの間にやら復活し、背後へと潜り込んでいたアリスが、
「――やっぱりこれだよ!」
と、私の髪を結んでいる左右のリボンを引っ張った。
さっと広がる金髪。
ブロンクスが口をぽけ、と開き、チャーリーが細い目を少し見開く。
そして、満足げに微笑み、ふんすっ、と鼻を鳴らしてアリスが言う。
「やっぱりこの状態のデイジーが最強! あの怖いお兄さんもイチコロだよ!」
私は慌てて、リボンを両手に持ったアリスに飛びかかる。
「か、返して下さい! 私は戦闘機なのです! ツインテール――せめてポニーテールでなければ存在意義がないのです!」
が、アリスはいつになく機敏な動きで私の手から逃れた。
「そういうわけにはいかないんだよ!」
ぽよん、と空気抵抗を揺らしつつアリスは胸を張り、告げる。
「いい? 明日のデイジーは戦闘機じゃなくてただの美少女なの!」
そして、私のリボンをひょいと掲げて、
「これは必要ないんだよ! だから――」
ぱくんっ、と口に入れ。
ごくんっ、と飲み込み。
ドヤ顔でアリスが言う。
「――これは私が預かっておくよ!」
「うにゃああああああああああああああああああああああああっ!? 」
私は絶叫してアリスに飛びかかる。押し倒して空気抵抗をぺちぺちしまくり、
「何てことするんですかっ!? 吐いて下さい! 今すぐ!」
「ひゃあんっ!? ……きょ、今日だけは、そ、そんな風にぺちぺちされたって私、譲らないんだから!」
「わああああああああああああああんっ! アリスは意地悪です!」
「……何やってるんだアリスお前」
と呆れ顔でブロンクスが言う。アリスの空気抵抗が暴れているせいなのか何やら頬を赤らめて私の方から微妙に顔を逸らしつつ、
「何を考えているのかわからんが、ちゃんと返してやれよ」
それに対してアリスは、一言。
「ブロンクスは黙ってて! この朴念仁!」
「ぼ……」
と、声を詰まらせ、それから部屋の隅に言ってブロンクスは三角座りをし、ぶつぶつとつぶやき始める。回復まではしばらくかかりそうだった。やはり使えない。
「チャーリー! 何とか言って下さい!」
「えーと……まあ、その、さすがにやり過ぎだよ。アリス」
「何で! チャーリーならわかるでしょ!」
「わからないでもないけれど……アリス、君のやり方はどうかと思うなあ」
「ほら! チャーリーもこう言ってます! さっさと出しなさい! ぺっ、です!」
「で、デイジーには負けないもん!」
どったんばったんぽよんぺたん、と取っ組み合う私とアリスの横で。
チャーリーが宙を仰ぎ、
「やれやれ……こりゃ、明日は大変なことになりそうですよ。ソウザキ少佐」
と、肩をすくめてつぶやいていた。
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