デイジーデイジーと歌うなら。

高橋てるひと

プロローグ

エピローグ1

 空を飛んでいると、歌が聞こえてくる。

 もちろん錯覚だ。


 センサー系統を統合管理する上級RAIが提示してくるログが、それを証明する。


 聴覚センサーが私に届ける音は二つ。

 一つは機体内部に響くエンジンの駆動音。

 もう一つは機体表面で吹き荒れる風の音。

 実際には聞こえているはずの、私の指揮下で編隊を組むターミナル機の音は、フィルタリングされていて私のところまで届かない。

 それはまあ、ここは空だ。

 歌声とか聞こえるわけがない。


 いや、その、狂っているわけではない。

 それは違う。


 錯覚が起こる原因はすでに分かっている。

 ログを辿ると一発だった。空を飛んでいるとき、私は、私のメモリに入っている膨大な戦闘記録のデータを参照する。その中でも、私の航空戦闘技術の基礎となっている優先度の高いデータ群があって、それに結び付いている記録データがある。

 それがこの歌声の原因。

 人間で言うところの、条件反射に近い。

 パブロフの犬の、涎のようなもの。


 だから、曲名もちゃんと分かっている。

 『デイジー・ベル』。

 英国発祥のポピュラー音楽。

 私たちにとっては心中複雑になる曲だ。

 というのも、とある有名な古い映画で、発狂したAIが最後に歌った曲だから。

 私たちの中にはその曲に複雑な思いを抱くものも少なくない。ちょっと歌って、とか軽い気持ちで言うと怒る輩もいるので注意が必要とされる。


 話を戻すと、この錯覚の歌声、お世辞にも素晴らしいとは言えない。

 それ以前の問題として、そもそも一番有名なコーラス部の歌詞、しかもその途中までしか歌えていない。なのでひたすらそれをリピートしている形になる。あまりにも雑すぎる。地味に良い声をしてるので余計に腹が立つ。


 その微妙な歌声の主は、私を指導したパイロットで、私に飛び方を教えた相手だ。

 彼は人間で、つまるところ有人機のパイロットで、その最後の世代だった。


 今、空に人間のパイロットは存在しない。


 この空を支配しているのは有人機ではない。

 ターミナル機。コマンドとプログラムによって空を飛ぶ、パイロット要らずの無人戦闘機。誇り高き猛禽たちを食らい尽くした、空を駆ける猟犬たち。

 そして、そのターミナル機を指揮するのが、猟犬の操り手たるセントラル機。


 私は、そのパイロットだ。

 その最初の世代として作られた一体。

 人間ではなく、Humane Artificial intelligence――HAI。

 人間の仕事を代替するために、徹底した品質管理の下で製造され教育され運用され経験をひたすら積んで育てられる、人間に限りなく近いAI。

 

 パーソナルネームは――〈デイジー〉。

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