1.四機のHAI

 よく晴れた青い空の下。

 格納庫の外に出され、太陽の光に表面をじりじりと焼かれる私の機体。

 そのコックピットの中。

 キャノピーを全開にし、ヘルメットを被り、ハーネスをきちんと外し。

 ソウザキ少佐が言う。


「行くぞ――デイジー」

『は……はいっ!』

「俺が教えた通りにやれば大丈夫だ。――まずは深呼吸」

『すみません! 呼吸器官がないです!』

「振りでいいからやれ。ほれ、すー。はー」

『す、すーっ! はーっ!』

「落ち着いたか?」

『いえすっ! 落ち着きました!』

「それじゃ行くぞ――もう一度言うぞ。教えた通りに、やるんだ。……いいな?」

『はい!』

「よし、それじゃあ――やれ! デイジー!」


 ぱちん、と。

 彼が起動スイッチを弾く。

 私はエンジン起動のシーケンスを作動する。

 エンジンが――起動する。唸りを上げて、回転数を増していく私の心臓。


「よしっ!」


 と、コックピットでガッツポーズを取るソウザキ少佐。

 私も歓喜の叫びを上げる。


『いえすっ! やりました! やりましたよ少佐!』


 そして、


 ――ぼすんっ。


 そんな音を立て、真っ黒な煙を吐いて、エンジンが停止――そのまま沈黙する。

 同時にコックピットの中にも沈黙が満ちる。

 一秒、二秒……十秒経ったところで、ソウザキ少佐がヘルメットを脱ぎ捨てて、


 ――がんっ。


 と、沈黙を破る一撃をコックピットの横に叩き付け、叫ぶ。


「デイジーいいいいいいいぃぃっ!! お前なあああああああああああああっ!!」

『みゃあああああああああああっ!? 許してえええええええええええええっ!?』


 ――教育課程の開始から一週間。


 私は空に飛ぶことは愚か、エンジンをまともに作動させることすらできていない。


   □□□


「デイジー。お前やばいだろそれ」


 基地の一角にある、共有スペースの一つ。

 無個性な机を囲む形で、ソファが四つ。

 その一つに座り、頬杖を掻いた浅黒い肌の赤毛の少年が、呆れた視線をこちらに向けながら、ソファの一つでだらだらと寝そべる私にそう言う。


「のーっ!」


 私は即座に手で耳を塞いで叫ぶ。


「何でそんなこと言うんですかブロンクス! 弱い者いじめして楽しいですか!?」


 APF0004〈ブロンクス〉。

 それが彼の名前。

 私と同じく新型機のパイロットとして製造されたHAIの一機だ。

 今回製造され、ロールアウトまでこぎ着けた私たちの中では、彼が一番早く人格形成に成功した。そのせいか、妙に年上面をして他のみんなにお節介を焼くところがあって、現に今も、


「しょうがないだろ。事実なんだから」


 などと言ってきて、割とけっこう耳が痛い。痛い痛い痛い!


「やめて言わないで! 私だってヤバイのはわかってるんです! ばっどばっど! べりべりばっどです!」

「わかってんならちゃんとしろ。こんなところでだらだらしてないで」

「ううう……ふぁっきんっ!」

「悔しかったら早くエンジンを作動させられるようになるんだな。……いや、正直、なんでお前がエンジンを作動させられないのか俺にはさっぱりだけどな。マニュアル通りにやればいいだけだろう」

「そ……そんなこと言われても、く、悔しくないですっ! 余裕です! 超余裕!」

「滅茶苦茶悔しそうだし、余裕とか言ってる場合でもないと思うんだが…・・」

「うぐぐ……うう、アリスっ! ブロンクスが私を虐めます! 助けて下さい!」


 そう言って、私は隣でのほほんとした顔で話を聞いていた黒髪の少女にひしっ、と抱きつく。きゃあんっ、と彼女が小さく声を上げ、その無駄に空気抵抗の大きい胸部がぽよん、と跳ねる。


 APF0002〈アリス〉。

 癖っ毛の黒髪。ちょっと眠そうな垂れ目と、頬に残ったソバカス。のんびりとした大人しい田舎娘といった雰囲気のパーソナルボディ。

 製造番号は一番若い癖に、人格形成は一番最後だったのんびり屋の彼女と私とは、お互いに女性同士ということもあってそれなりに仲が良い。ただし、戦闘機としてそのわがままばでぃーは些か問題があると私は常々主張しており、そんなことはないもん、とアリスは主張しておりその一点で相容れない。


「やめてよー。デイジーはえっちだなあ」

「えっちな身体をしてるアリスが悪いんです。何ですそれ。空気抵抗有り過ぎです」

「だってだって、装甲は厚い方がいいもん」


 と、アリスは主張し、ぽよんと胸を張る。

 対抗して、私もぺたんと胸を張って言う。


「戦闘機に装甲なんてあってもなくても同じようなもんです。大事なのは速度と運動性です。すぴーでぃであることが、戦闘機に求められる能力なのです」


 声高らかに自説を主張しテンションが上がった私に、横からブロンクスが、


「お前はまずすぴーでぃに空を飛べよ」


 などと言ってくるので、私は激怒する。


「あんぐりー! ブロンクスはいじめっ子です! 泣きますよ! わーん!」

「お前それ嘘泣きだって一瞬でバレるぞ」

「――ちっ」


 と私は舌打ちを一つし、隅っこの方でひたすらマニュアルを読んでいる気弱げな栗毛の男の子に対し、仕方がないので救援を求めることにする。


「ねえ、チャーリー! チャーリーも何か言ってやって下さい! はりーっ!」


 APF0010〈チャーリー〉。

 ロールアウトまでこぎ着けた私たちの、最後の一人。

 彼は、私の言葉に戸惑ったような表情を浮かべて曖昧に言葉を濁す。


「え? えっと、それは、うーん……」

「ほら! チャーリーもこうして『ブロンクスとかゴミクソ。僕の方が一〇〇倍才能あるし。あとデイジー空気抵抗なくて超可愛い』って言ってますよ!」

「言ってないよ!?」


 とチャーリーが悲痛な叫びを上げ。


「言ってないだろ」


 とブロンクスが冷静に告げ。


「言ってないよねえ」


 とアリスがのほほんと言う。

 私は叫ぶ。


「おーまいがっ! 四面楚歌です!」

「あのなあ……デイジー」


 と、ブロンクスが溜め息を吐いて言う。


「嫌だろうが何だろうが言わせてもらうが、お前な――本気でやばいぞ」

「う……そ、そんなことは――」

「いや、あるって。どう考えても――正直、お前の指導パイロットのソウザキ少佐、よく我慢できるなと俺は思うぜ」

「いつも怒られてますけど……」

「アホ。怒られるだけまだましだろ――普通ならお前、とっくに欠陥品扱いされてんぞ。射出座席起動させて殺しかけた時点で、とっくにセメタリー送りになっててもおかしくねえんだから。お前、ちゃんとあの人に感謝しろよ。……その辺のところの報告、適当にごまかしてくれたんだろ?」

「……分かってますよ、ちゃんと」

「分かってるなら、もう少し――」

「そ、そんなことより――みんなはどうなんです? 指導パイロットの人とは?」

「そんなことってな、お前――」

「ぶ、ブロンクスはどうなんです。ほらっ、あの、全世界の男性方が『踏んで下さいっ!』って泣いて懇願しそうな雰囲気の美人のおねーさんとは。……あ、もしかして、もう踏んでもらってたり?」

「誰がだ!? ……いや、まあ、ちょっと変というか、こってこての軍人気質な人だけれど、基本は良い人だよ。何より。腕もいいしな。何がすごいってわけじゃねえが――操縦されてて、安定感がある」

「あと、胸も大きいですしね」

「なんでお前はすぐそういう話に持っていこうとする!?」

「何を言っているんですか。時折、ブロンクスがこっそりとアリスの胸に目をやっていること、気づいていないとでも思っていたので?」

「見てない! 俺は見てないぞ!?」


 と弁解をするブロンクスに対して、アリスは頬を赤らめ、もじもじしながら言う。


「まあねえー。ブロンクスだって男の子だもんねえー。しょうがないよお」

「ですよねー」

「やめろ! 勝手に既成事実にするな! お前ら何だその妙な連携プレイ!」

「『何がすごいってわけじゃねえが――操縦されてて、安定感がある』ですか。ふふふ。なかなか大胆な発言をしますねブロンクス」

「えっちだよねー」

「……泣いてない。俺は泣いてなんかいなからな……ぐすっ」

「ブロンクスのパイロットさんについてはわかりました。……それで、アリスのパイロットさんはどうなんです。あのだんでぃーな感じの人。あの人だけは中佐さんなのでしたっけ?」


 両手で顔を覆って俯き、何やらぶつぶつ言いだしたブロンクスのことはとりあえず無視して、私は尋ねる。


「あー。うん。すごい人だよ……いろいろな意味で」


 と、アリスは笑顔で言う。

 何と言うか微妙に困ったような笑顔で。

 あ、深く言及するのは止めておこう、と私は察し、チャーリーに視線を移す。


「チャーリーのパイロットさんはどうなんです? あの、神経質そうで地味な人」

「ああ……」


 と、チャーリーはこちらの問いに、表情を曇らせる。元々、常に何か途方に暮れているような弱々しげな顔が、ますます暗くなって割とひどい感じだ。

 私はちょっと心配になって、尋ねる。


「チャーリー? 大丈夫ですか?」

「あの人は、少し怖いけど。でも」


 自分の身体を抱き締めるように背中を丸めて、チャーリーは言った。


「本当は良い人なんだ――きっと」

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