4.人類最後のパイロット
この際だ。ぶっちゃけるぞ。
俺はそこまで大層なパイロットじゃない。
俺がエースパイロット認定されたあの交戦事故だけどな――あのとき、俺たちは有人機の四機編制で飛んでて、風に煽られて逸れた電磁兵器レーダーを潰されて、航空路設定をミスったターミナルとブッキングして――とにかくアホみたいなミスが重なって、このご時世に、互いにレーダーで捉えるよりも先に視界で相手を確認した――直後に、一番前を飛んでたフライトリーダーと、俺の前を飛んでたエレメントリーダーが初撃で撃墜された。
ああ、公式発表だと八機ってことになってたんだっけ?
ありゃ嘘だ。
水増し?
実際は半分の四機だったのかって?
んにゃ、逆。
倍。十六機。
……まあ、お前が冗談だって言いたくなる気持ちも分かるよ。
俺だって、自分が体験したんじゃなけりゃ、そんなもん信じられないからな。
――それならそれでもいい。
法螺話だと思ってもらったっていいから、聞いてくれ。
あ? よく生き残れたなって?
そりゃ、こっちにゃエースがいたからな。
いや、だから俺じゃねえって。
……なあ、お前、俺がどうやってエースになったと思う?
ドッグファイト?
無理だ。
最初の戦闘訓練の結果見てたろ。
一機相手にあんな調子で、複数のターミナル相手と殴り合えるわけねえだろ。
簡単だよ。
ターミナルと遭遇して。
初撃でフライト・リーダーとエレメント・リーダーがやられて。
俺はどうなったか?
パニックを起こした。
頭が真っ白になって、何も考えられなくなって、悲鳴を上げて、視界にいる敵機に何も考えずにマルチロックオンして、後先なんて考えもせずに搭載してるミサイルを全弾ぶち込んで――ほんのたまたま、というか奇跡的に、その内五発が当たった。
ただそれだけなんだ。
ごめんな、デイジー。
こんな情けないエース・パイロットで、ごめんな。
俺はエースなんかじゃない。
あの戦場における本物のエース・パイロットは、別にいた。
ユウ・ナギマ中尉。
フライト・リーダーの僚機。
今じゃもう無くなってる航空学生制度の、最終年度の出身者でな。
俺にとっては同い年の上司。
本物の、エースだ。
まぐれでもラッキーでも五機落としたら俺だってすげえだろってか。
まあ、そうかもな。
でも、ナギマ中尉は、あの戦闘で残りのターミナル全機を落とした。
そうだ。全機だ。
十一機。全機だ。
搭載できる誘導弾の数より多いって?
そうだ。
だから誘導弾だけじゃなくて、機関砲も使って落としてた。
そうだ。
ターミナルを相手に、だ。もちろん――ドッグファイトで。
そうだ。
もう一度言うぞ。デイジー。
中尉は、ただ一機の有人機でターミナル十一機とドッグファイトして――勝った。
なあ、デイジー。
俺の言っていることは理解できるか?
理解できたとしても、信じられるか?
信じられないだろ――いや、わかるよ。
だって俺は、自分のこの目で見て、未だにそれが信じられないんだから。
軍の連中だって信じられるわけがない。
俺は錯乱して何も見てなかった、とだけ証言するしかなかった。
中尉の機体は撃墜されずに戻ってきたから、絶対にフライトレコーダーに記録は残っていたはずだが、たぶんそれは絶対に調べられたはずだが――それでも。
調べた連中も、信じられなかったと思う。
あれが、何だったのか。
俺には今もわからない。
全然、わからないんだ。
そのときの俺は、ひたすら逃げ続けながら、中尉をただ見ていただけだった。
一機のターミナルを中尉が捕捉してな。
その後ろに、別のターミナルが取り付いたんだよ。
ターミナルが、あの化け者みたいな軌道に入って。
その瞬間に、中尉の機体が宙返りした。
クルビットだ。
いや、本当に中尉はそれをやってのけたんだ。空戦中に。ターミナル機に対して。
それから、中尉は機関砲を撃った。
くるくる、と冗談みたいに戦闘機で宙返りをしながら、オーバーシュートして真下に来たターミナルを蜂の巣にした。たぶん、燃料に引火したんだろう。中尉の機体を追い越した直後に、ターミナルが火を噴きて煙を吐きながら、落ちていった。
それを追いかけるみたいに。
そのまま落下するみたいに。
速度を取り戻して、ターン。
最初のターミナルを即座に捕捉し直してロックオン。
ターミナルが、当たり前みたいに、もう一機落ちた。
あんなことは、俺には絶対にできない。
すぐさま蜂の巣にされる。間違いない。
もし、仮にそうならなかったとしても。
機体を制御できなくて落ちる。無理だ。
あんなことができるとすら、思えない。
でも、俺の見ている中で、中尉は同じような軌道を何度も何度も繰り返して、ドッグファイトでターミナルを落としていった。
ゆらゆらと、浮かぶみたいに飛んでいる中尉の機体の周りを。
誘導弾が踊ってるみたいに飛び交って、でも当たらなかった。
ふわふわと、プロペラ機みたいな軌道で中尉の機体は飛んで。
その度に、ターミナルが一機、また一機と撃墜されていった。
中尉の戦闘機は、もっと何か別の、全然違う何かに見えたよ。
たぶん。
中尉は、正真正銘、人類最後のパイロットだったんだと思う。
人類のパイロットが生まれてからこれまでの間、ずっとずっと積み重ねられてきた歴史と技術の中から、その最後の時代に生まれてきた天才。最後の最後になって人類がようやく辿り着いた、人類のパイロットとしての――答え。
人類のパイロットの、完成形。
根拠なんて何もない。
まともな理屈でもねえけれど、俺は、そう思ってる。
彼女は、俺たち人類のパイロットが積み重ねてきたものの全てだったんだ。
だから。
だから、本当は。
俺じゃなくて、中尉が、ここにいるべきだった。
お前たちに、本当に人類の全てを教えられたのは、ナギマ中尉だったんだ。
□□□
少佐の話を聞き終わって。
私は、尋ねる。
「その方は、その――」
「戦闘の最後、俺がターミナルに食らいつかれて、その背後に中尉がいた」
と、少佐は答える。
少し、震える声で。
「ターミナルが俺を捕捉するのが少しだけ早くて、中尉が捕捉するのが少しだけ遅かった。人間の限界を全て振り絞っても追い付けない。そういう状況だった。だから」
視線を下に落とすと見えるのは、少佐の手。
「だから、彼女はその向こう側に行った」
ぎりぎりぎり、と。
自分で自分を握り潰そうとするように、きつくきつく握りしめられた、拳。
「ほんの一瞬」
彼が言う。
「繋がってた無線の向こうで、何かが潰れる音がして」
震える声で、彼が言う。
「後ろにいたターミナルが墜ちて――俺と中尉の機体だけが空に残った。オートパイロットが起動した中尉の機体と一緒に、俺は基地に戻った」
「――少佐」
とっさに、私は少佐の震える手を両手で握った。
少佐が立ち止まって、青色の瞳で私を見下ろす。
私は、有機レンズの瞳でそんな少佐を見上げる。
それから握っていた少佐の手の震えが止まって。
「……その間、俺は中尉の呼吸の音を聞いてた。消えるまで。ずっと」
少佐は、と私は尋ねる。
「その方のことが好きだったんですね。女性として」
少佐はひどく驚いたような顔をこちらに向けてきた。
「……分かるか?」
「そりゃ分かりますよ。私はHAIですが美少女で、つまり女性です。それくらいは当然、分かります。女性には誰であれ、魔法が標準装備されているものなのです」
そうか、と。
少佐は言って口から白い息を吐く。
「俺は、あの場所で死んでいるべきだった。中尉が生き残るべきだったんだ」
そんなことはない――そんなことは、ない。
私はそう思ったが、でも、その言葉はただの慰めにしかならないから口にしない。
代わりに私は少佐の手を握る両手に、ぎゅう、と力を込める。
人間を模して作られた私の人工筋肉が、それに可能な限りの強い力で、でも機械としては全然弱い力で――人間を傷つけない程度の柔らかな力で。
「それでも生き残った以上は、中尉にできる何分かの一でも、何百分の一でもいいから、お前にそれを伝える必要があると思った。それができたかどうかは――正直、よくわからねえけれどさ」
だから、と少佐は言葉を続けた。
「デイジー。ここんところの操縦見てて思ってたんだけれど、お前さ――」
少佐がそう言った――その直後だった。
基地に、警報が鳴り響いた。
屋外では建物の壁や軒下や柱の上、屋内では天井や壁や柱の影などの、特に日常生活では意識されない場所に設置されている、あるいは情報端末に内蔵されているスピーカーが――一斉に上げた低い唸り声。
それが、基地全体を覆い尽くした。
一瞬、全身を駆け巡っている電気信号が全てストップし――それから、ああそうか緊急時対応訓練か、と思い当たって電気信号が正常に私の機体を巡り出す。
しかし抜き打ちとはいえ、まさかクリスマスの夜に、しかも深夜にやるとは。
さすがにちょっと腹が立つ。
警報の音に負けないように、私は大声で少佐に叫ぶ。
「まったく、上も無粋なことをするもんです! 何もこんな日にやらなくても――」
「違う」
「え?」
「例え抜き打ちなんてお題目を掲げていたって、緊急時避難訓練は夜にはやらない」
「……え?」
「普通は日中にやる。なんせうるさいからな。近隣から苦情が来るんだ。それこそ、クリスマスの夜なんかにこんなことをするのは――あり得ない」
じゃあこれは、と私が尋ねようとした瞬間。
光。
月と星の青白い光を、瞬時にかき消して吹き飛ばす、赤い光。
それに遅れてやってくる、熱と衝撃を伴った轟音。
反射行動で私は腕で顔を覆って、その隙間から、それを見る。
夜の暗闇に色鮮やかに映える、炎の塊が放つ赤色。
爆発の名残。
何だ、と私は思う――何なのだ、これは。
ぐい、と。
呆然としている私の腕を、ソウザキ少佐が引く。
そのまま私を連れ、少佐はその場から駆け出し。
それから。
「デイジー」
私の中で渦巻く問いに――少佐が答えた。
「空爆だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます