エピローグ

エピローグ6

 あれから、私は少佐とは出会えてない。


 近距離での近接信管の炸裂を食らった結果、ノイズにまみれた思考の中――古い記憶がフラッシュバックして一瞬で思考領域をよぎって去って行く。


 あの初陣で、私は見事ターミナルたちを撃墜してみせた――ということは全然なく、今から考えればあまりにもお粗末に接近した私にターミナルたちが反応した隙を突いて、マイヤー少佐とロスマン少佐とが放った誘導弾がターミナルを撃墜した。


 結局のところ、平戦は破裂していなかったし、世界も終わったわけではなかった――じゃあ、どこの馬鹿があんな時代遅れの空爆を行ったのか?


 それすら、わからなかった。


 謎の不明機、というのが上層部からの説明であり、もちろん、それで私たちが納得できるわけがなかった。わからなかったはずはない、と今でも思う。


 考えられる可能性は幾らでもある。敵国、敵対しているPMC、クリーン・テロリストに対しあくまでも無償の善意で協力しているボランティア、宇宙人。

 あるいは。

 あの空爆の後、上層部で唐突に起こった大規模な人事異動――その理由は、とか。


 でも、さすがにそれ以上調べることはしなかったし、できなかった。


 なんせ私たちHAIとその教育を行うパイロットたちは、その後、別の基地へ再配備されることになってゴタゴタしていたからだ。ほとんど基地から脱走するような形で、ゲームセンターのお姉さんと例の毛玉に挨拶に行ったりもした。

 

 そしてその際、ソウザキ少佐は教育パイロットの任を解かれた。


 片腕を無くしたわけだから当然と言える。戦傷者を有人機に乗せるとか世論が許さない。機密保持の理由で私の行動は制限されていたし、病院に見舞いにも行けなかった――そしてそのまま、会えずじまいだ。

 メールはおろかレターペーパーを送ることもできなかったので、私は、バラッカ中佐に果物と伝言をお願いするしかなかった。

 それでも、軍規違反すれすれだったと思う。

 少佐を助けてくれたことと言い、本当にバラッカ中佐――あれから十年ほど軍に在籍した後に退役して、今では洒落た喫茶店を開いているらしい彼には、本当に頭が下がる。


 新しく配備された基地で、ソウザキ少佐の代役としてやってきた、五回ほどターミナルに撃墜されて生き残ったとかいう女性パイロットとも一悶着あった。

 彼女はAIなんか嫌いだもう関わりたくないと言っていたし。

 私は貴方にソウザキ少佐の代わりは務まらないと言っていた。

 まあ最悪だった。

 罵り合ったり、喧嘩して墜落しそうになったり、挙句の果てに取っ組み合ってぶん投げられたりとか、マジでいろいろあった――が、ぶん投げたときはさすがにやり過ぎたと思ったらしい彼女は、後日、リボンが付けられた謎の生物の人形をくれた。


「この珍妙な生物は一体、何ですか?」

「熊」

「熊はもっとでんじゃーな生き物では」

「ぬいぐるみだし」

「ぬいぐるみとは」

「ぎゅっとしてみなよ。ふかふかだよ」


 言われた通りに、ぎゅっとしてみる。

 なるほど確かに、ふっかふかだった。


「これは良いものです。とても良いです」

「でしょ?」


 と彼女は言い、ちょっとだけ笑った。

 今となってはただ懐かしい、昔の話。


 彼女も今では退役して、結婚もしていて、一人の母親になっているのだったか。


 そんな風に、あれから、色々なことがあって――本当に、色々なことがあって。

 話したいこともたくさんあるのに。

 それなのに、と――


 そこまで思考が及んだところで、そんなことを悠長に考えている場合ではないと、ようやく思考領域が理性的な演算を実行する機能を取り戻した。


『――中佐!』


 声。


『デイジー中佐! 応答して下さい!』


 と、こちらに呼びかけを続けているミドリ少尉の声が聞こえていた。機体各部の状態を知るためにチェックを掛けつつ、私は返答する。


『ぐっもーにんぐ。今起きましたよ、少尉』

『応答来ました! 中佐からの応答です!』


 と、ミドリ少尉はこちらの声を聞いて、泣きそうな声でそう叫び、背後からチーフやら副司令やらの歓声が聴こえる。


『うえ……よかったです中佐ぁ……っ!』

『何泣いてんですか。貴方は少尉でしょう。しゃきっとしなさい。まだ戦闘中です』

『だって、だってえ……うえええんっ!』

『ああもうこれだから最近の若いオペレーターは――というか、今、割とぎりぎりです。ぶっちゃけ今すぐにでも死にそうな感じです』


 機体の状態のチェックが終わる。

 とりあえず、最悪の状態――もうどうしようもない状態ではないようだった。ただし、その二、三歩手前という感じではあったが。


 どうやらアクティブデコイを使ってのブロックは間に合ったらしいが、至近距離での爆発の余波で、機体は割と際どい感じの損傷を受けていた。

 爆発の衝撃によって私の機体を動かしているRAIたちはひっくり返って目を回し大量のエラーを吐き出しまくっていて、大半が使い物にならない。

 機体の右側からは「痛い痛い超痛いッス!」と大量の損傷報告が出まくっていて、視界センサーも何割か死んでいて360度の視界は虫食い状態。

 ついでに、機体はスピン状態で高度を下げ続け、つまりほぼ墜落状態にある。


 だが、エンジンは生きている――それならば、まだやれる。


 ひっくり返っている各種RAIの中でも特に重要な連中に「とっとと起きなさい!」とぽかぽかと拳骨を食らわせて再起動を掛けつつ、再起動するまでの間、機体の制御を代行する。今ではもう、一瞬でできる手順。

 同時に、無茶苦茶に錐揉み回転をしながら墜ちていく機体状況の計測データをかき集め、演算補助RAIに送りつける。


 返事が来ない。

 嫌な予感。

 的中。


 他の連中の影に隠れて、演算補助RAIもこっそりと気絶していた。


 何てこった、と私は思い「貴方まで寝てるんじゃないです起きなさい起きろ起きろ!」とふみふみと足蹴にして再起動を食らわせる――が、そんな状況の中、こちらに向かってくるレーダーには敵ターミナルの機影が一つ二つ。


 指揮官である私が目を回していた間、自律行動で応戦していたこっちのターミナルの生き残りを確認――残りは二機。十二番機と、ウェポンベイの故障した七番機。

 ほとんど全滅だった。

 始末書は確実である。

 対して敵機のターミナルの数は先程から減っておらず八機――まあそりゃそうだろう。セントラルの指示を受けているのと受けていないのとでは、ターミナルの戦闘力はまるで違ってくる。チャーリーみたいな真似は私にはできない。


 大勢はほぼ決まりつつある。

 相手には余力があり、その上で余裕ぶらずこちらを確実に仕留めるつもりでいる。

 正しい判断だ。

 かつての有人機ならパイロットがGの影響で確実に意識を失うような状態だが、私たちAIならば割とこの状態でも復帰可能だ。満身創痍な私に追撃を食らわせて、確実にトドメを刺すつもりだ。


 RAIたちの再起動は間に合わない。


 こうなったら、自力で機体を復帰させるための計算を行うしかないが、幾らHAIでも、スピン状態からの復帰を行うのは容易ではない。

 演算特化方のRAIでない以上、どうやったって時間がかかる。ついでに言うと、半分ぐらいぶっ壊れている機体の制御やら何やらを同時に処理しているので演算資源はとっくに一杯一杯なのだ。デンドロビウム7に詳細なデータを送りつけている時間もない。


 駄目か、と私は思うが。

 それでも諦め切れずに演算を敢行する。

 何故って?

 まああれだ――もし負けて、勝率が七割を下回ったら、怒られてしまうから。

 誰にって?

 そんなのは決まっている。

 だから私は、


『……あれ?』


 と、そこで不意に慌ただしくなるミドリ少尉の背後。


『え、ちょっ、何ですか貴方!? 誰!? えっ!? し、司令か――』


 直後、ミドリ少尉の悲鳴がノイズの中にかき消える。

 一体どうしたのか、と思わず聞き返そうとした瞬間、


『――デイジー』


 ノイズの向こうから、声。

 声が、私に対する入力となって、ぱ、とフラッシュバックする古い記憶の奔流。


 ――錯覚?


『フラップとエルロンを全開』


 一瞬のフラッシュバックから覚めた私に、告げられる言葉――違う。

 錯覚じゃない。現実だ。

 現実の、言葉。


『機体が、がくん、となったらエレベーターを立てろ――やれ』


 無茶苦茶な指示だった。

 ふざけんな、と。

 私を構成するプログラムの理性的な部分が思う。

 だけれども、と。

 私を構成するプログラムの感情的な部分が笑う。


『いえす――少佐』


 言葉がそのまま電気信号になって、回路を駆け抜け――満身創痍の機体を動かし。

 冗談みたいな指示を、私は実行する。


 ――フラップとエルロンを全開に。


 直後、がくん、となった。


 ――エレベーターを立てる。


 ふわり、と。

 重力が消えた。

 私が思い出すのは。

 最初に空を飛んだときのこと。

 今はもうこの空にはいない有人機の――その練習機のコックピットで感じた錯覚。


 ――機体が、スピン状態から抜け出す。


 翼で大気を掴む感触。

 機体を急激に旋回させる。

 空の中で、その翼で、直角に近い軌跡を描き、安定を取り戻す。


 通信の向こう側。

 相手の背後で『嘘ぉっ!?』と、ミドリ少尉が叫び声を上げるのを聞きながら。

 それとほとんど同時に、中距離弾頭からのロックオン。

 残るアサルトディフェンサー全てで回避を試み、成功。

 首の皮一枚だな、と思いつつ私は、通信相手に告げる。


『……何やってるんですか。ソウザキ少佐』

『今は大佐だ』


 ソウザキ少佐――今はソウザキ大佐らしい――が言う。


『――本日付けで、新司令として着任する。まあ、よろしく頼むぜ。デイジー中佐』

『半日ほど早いようですが』

『驚かせようと思って早く来たんだが……なんかお前、いきなり撃墜されかけてんだもんな。何やってんだ。思わずオペレーターの娘からマイクぶん取っちまっただろ』

『迷惑です今すぐ返して上げて下さい。司令ともあろう人間が何をやってんですか軽く軍法会議ものですよ。……まったく、これだから有人機のパイロットは』

『文句なら後で聞くよ――それよりも、今は目の前のことだ』


 虫食いの視界の中。

 下から上まで、視界いっぱいに広がる空。

 空の青と雲の白色。

 そして。

 そこに、今、点々と見えている敵機の姿。


『まあ、劇的に復帰してもらったところで申し分けないが、もう勝負は着いてる。残ってるターミナルが二つじゃ、さすがにどうにもできん。ターミナルで時間を稼いで、お前は空域から撤退しろ、衛星がマークしてるから、あとは他のセントラルに任せて――』

『いえ、その必要はないです』

『あ?』

『私なら大丈夫です。だって』


 スピン状態から脱出できたおかげで時間が稼げた。

 再起動を掛けていたRAIたちが目を覚ます。

 その連中に指示を出しつつ、私は告げる。


『――ドッグファイトの距離です』


 通信の向こう側、しばしの沈黙。


『……何言ってやがんだ、お前?』

『言葉通りですよ。今からドッグファイトに入ります。ターミナルの制御してる余裕はないんで、そちらのコントロールで離脱――そのまま撤退させてもらって大丈夫です。ウチの部隊じゃよくあることなので、命令一つでみんなすぐ準備してくれます』

『おいおい――」


 と、呆れたような声が返ってくる。


『――正気か?』

『正気ですとも』

『セントラル含めて、相手は残り九機だぞ――短距離弾二発で戦り合うつもりか?』

『いいえ。八発ですよ』

『え?』

『私、短距離弾八発装備してるんです』


 中長距離弾の小型化と誘導弾の規格化が進んだ結果、各誘導弾には互換性がある。

 だから、そういうことも可能だ。

 もっとも――


『お前、なんだその変態じみた装備は』


 まあ、確かに変だろうと思う。

 短距離弾を減らして、中距離弾一〇発を装備するような奴ならば、割といる。

 例えば、アリスとかチャーリーとか。

 しかし、短距離弾の数を増やすのは、例えるなら砲火の飛び交う戦場で小銃の代わりにショットガンだけを持っていくようなものであって、割と奇特な装備ではある。

 少なくとも、私の知る範囲では私しかいない。たぶん、私しかいないと思う。

 それを承知で、そうする理由。


『大佐。ソウザキ大佐――』


 まだ辛うじて繋がっていたターミナルのコントロールを完全に手放す。

 さらに、叩き起こしたRAIたちに、各種の雑多な制御を代行させる。

 先程の衝撃で昏倒したままのその他のRAIを起こすのは、後回しに。


 そして。


 生じた演算のリソースを、一点に注ぎ込む。

 ターミナルを操るチャーリーと同じ――でも、それとは正反対のことをする。

 私がリソースを注ぎ込むのは、自分の機体。

 機首の先端から翼の末端まで丸ごと掌握し、私は機体を完全な制御下に置く。


『――どうか見てて下さい』


 虫食いとなった視界の先。

 どこまで広がっているような青い空間――その向こう側からやってくる機影。

 全翼機を連想させる形状、単発機、対抗迷彩によって機体表面に浮かび上がる曰く言い難いパターン、当然のように存在しないコックピット。

 ターミナル機の姿だった。

 そして。

 ドッグファイトの距離だ。

 私たちの感覚からすると、ほとんど至近距離と言っていい場所にいる敵機を睨み付けながら――FCSを短距離戦用に切り換えて、告げる。


『私、ドッグファイトだと無敵ですから』


 アフターバーナーを使う。


 一瞬、重力が蘇ってこちらを捕まえて来るような感触――そいつを振り切る。

 応戦しようとする敵のターミナルの速度は同程度だが――遅い。まるで遅い。


 みしみし、と聞こえる音。


 殺人的なGに耐えうるように設計された機体が、それでも悲鳴を上げ、演算機器に障害が発生しかねない速度と角度でターン。

 瞬時に、敵機の背後を捉える。

 身をよじるように、必死で振り切ろうと最後の抵抗をする二機のターミナル機。

 私は逃がさない。

 もう一度ターン。

 捉える。


 ――マルチロック。


 ぎょろり、と。

 赤外線を画像として捉え、敵機を執拗に追尾する極悪なシーカーが、鎌首をもたげ標的を見定め――発射される。


 解き放たれた短距離弾二尾が、宙を駆ける。


 獲物を狙い、複雑な軌道を描いて進む二尾の蛇は互いに情報を交換し合いながら、アクティブデコイがほとんど気休めで放つフレアを完全に無視し、迎撃のために打って出たアサルトディフェンサーを、ひょい、と避けて獲物の胴体へと食らい付き、

 近接信管が炸裂。

 視界の中、二つの爆炎が上がる。

 直後に黒い煙を引いて落ちていく二機のターミナル。


 今、私を見ている彼に、ちゃんと伝わっているだろうか。

 今のはあのときの彼と同じ軌道だ。

 あのとき、彼ができなかった軌道。

 彼ができなかった人間の限界の先。

 人類最後のパイロットである彼から教えられ、AI最初のパイロットである私が引き継いだ――人類の空戦技術。


 かつて、ドッグファイトはターミナルの力業が支配する場所だった。

 今は違う。

 この空の空間を、たった今、支配しているのは「私たち」の技術だ。


 ぎょろぎょろ、と。

 残った六機の敵ターミナルが、一斉にこちらへと目を向けてくる感触。

 それぞれの腹の中で、鎌首をもたげてこちらを睨もうとする蛇の視線。

 睨まれた時点でほぼ即死が決まる、短距離弾の視線が、空を埋め尽くす――このまま突っ込めば、一機か二機は撃墜できても、そこで他の敵機から短距離弾を食らってこちらも撃墜される。


 だから。

 ほんの一瞬だけ、演算リソースを変更。

 足蹴にされてたたき起こされた演算補助RAIに、解析した敵機の誘導弾頭の種類と数値と大量のリソースを投げつけ「いつもの通りにやりなさい」と命令――「はあ、いつもの通りですね」と手慣れた様子で、誘導弾頭の種類と数値と大量のリソースを手にした演算補助RAIはその演算を敢行。

 ほんの一瞬で、やってのけてくれる。

 差し出された計算結果を「ご苦労です!」と受け取り、同時に演算リソースもぶんどって再び戦闘のためにぶっ込んでから、アフターバーナーを全開にして、敵機のど真ん中へ私は突っ込む。


 正確には、こちらの姿を一目見ようときょろきょろしている敵機の赤外線探査の視線の群れの、その僅かな間隙の中を通り抜ける。


 もちろんこれは、長続きしない。

 稼げる時間は、一秒に満たない。

 不意撃ちする形でさらに二機をロックオンし短距離弾で撃墜――その次の瞬間には、別の一機の視線がこちらを捉えている。

 ロックオンを受けたことに対し、RAIが即座に警告してくるが、この状況では回避軌道なんぞあったものではないし、気休め程度のアクティブデコイもアサルトディフェンサーも私は使い切っている。


 だから、ロックオンを仕掛けている敵機に真っ正面から突っ込んだ。

 敵機のウェポンベイが開いていくのを見つつ、音速の壁を突っ切る。

 それでも。

 通常は絶対に間に合わなかっただろうが、僅かに稼いだ時間がある。


 敵機の短距離弾が宙に放り投げられ、火を噴き上げ。

 その瞬間に、私の機体は、そのすぐ脇を通り抜けた。

 発射された短距離弾が、それでも何とかこちらを狙うべく軌道をねじ曲げようと試みて、しかし叶わず明後日の方向へと消えていくのを見つつ――ターン。


 ずい、と。

 私は、背後から敵機のターミナルに接近する――接触しかねない距離まで。


 当たり前と言えば当たり前だが、敵機のターミナルはぎょっとしたように身を捩り、こちらを振り払おうとする――が、逃さない。私は至近距離に取り付いたまま、敵機のターミナルと一緒になって飛ぶ。


 敵機に対する、エスコート・マニューバ。


 そこに他のターミナルからのロックオン。

 短距離弾が一つ、二つ、三つと私の機体の方へと飛んできて――そのまま、今度はあちらが私の脇を通り過ぎ、明後日の方向へと消えていく。

 無敵状態になって、返す刀でロックオン。

 攻撃してきたターミナル三機を撃墜する。


 ――これは別に、魔法とかではない。


 短距離弾の近接信管には、混戦時に友軍機を巻き込まないため、標準設定では安全装置が掛けられているのだ――だからこうして、敵機と触れ合うくらいの距離で飛んでいると作動しない。


 ――キラー・エスコート。


 これを知っているパイロットの連中には、そんな風に呼ばれているただの技術。


 発見したのはアリスで、しかし当の本人はドッグファイトをする前に先制攻撃で敵を全滅させる奴なので有効活用できなかった。

 というわけで、ちょっとコツを教えてもらって、私が今、こうして有効活用させてもらっているというわけだ。

 アリスからは「えっと、デイジー……? これ実戦で使うとか正気……?」と珍しく深刻な顔で言われたが「ゆる死神」とか呼ばれている戦闘狂に言われたくない。


 一応、実戦で利用できた時点で短距離弾の弱点として報告は上げている。が、今だに改善されていないし、今後も改善される兆しはない。

 何故だろう、とチャーリーに尋ねてみたところ彼は明後日の方向を向き「ええと、その……ほら、あれだよ。兵器ってのは、デイジーみたいな例外を想定して作られたりはしないから」との言葉を頂戴したが「キング・セントラル」とか呼ばれている例外中の例外に言われたくない。


 そして私は、キラー・エスコートを仕掛けていたターミナルからブレイク。

 そのまま背後を取って。

 容赦なく、ロックオン。

 ダンスに付き合ってくれたお礼に短距離弾――最後の敵ターミナルを撃墜。


『――お前ふざけんなよ。ターミナルの指揮はどうした指揮は』


 通信機の向こうで、ソウザキ大佐が呆れたように言う。


『何で単機でターミナル八機瞬殺してんだよ。アリスやチャーリーだって、お前と比べるともう少し常識的な戦い方してんぞ』

『ふっふっふっ……私が何と呼ばれてるかご存じですか?』

『「ドッグファイトの魔王」』

『のー! ごっです! 「ドッグファイトの女神」です!』

『似たようなもんだろ』

『違います――あと「歌って踊れる戦闘機」という異名も』

『それはどうでもいい』

『私、ドッグファイトの距離まで踏み込めれば、アリスやチャーリーにも基本負けないんです。そのせいかあの二人、模擬戦だと絶対に私とのドッグファイトを避けることに決めてるみたいで、今じゃちっとも勝てないんですけれど。「私、デイジーには負けないけどドッグファイトだとちょっと無理」ってアリスなんかは半泣きで言ってましたね』

『トラウマになってるよなそれ……で、どうするつもりだ。あと一機』


 まだ敵は残っている。

 残る一機。

 敵のセントラル機だ。


 そいつが墜落していくターミナルの黒煙を突っ切って、私の背後に付いてくる。


『……お前、もう誘導弾ねえだろ。逃げるしかねえぞもう』

『武器ならあります』

『…………機関砲?』

『いえす』

『相手はお前と同じセントラルだぞ』

『のーぷろぶれむ、です。向こうも満身創痍みたいですし』


 背後から追いかけてくるセントラル機は、先程の自爆特攻じみた行為のせいでぼろぼろだ――まあ、私も相手のことは言えない状態なのだが。


 分かっていたことだが、本来ならとっくに短距離弾を撃ってくるはずの距離にも関わらず動きはない――私が向こうのターミナルと戦っている間も、こちらに手出しをしてこなかった。おそらく、ウェポンベイに故障でも発生しているのだろう。まあ、あんな無茶をやったのだから当然とも言える。

 つまり、向こうの武器も機関砲だけだ。

 とはいえ、この状態ならたぶん逃げるだろうな、と思っていたので意外ではある。


『あちらさんもやる気だな』

『この後先考えてない感じ、きっとルーキーですね。血気盛んな可愛い子です』

『お前の口からルーキーなんて言葉が出るとはな』

『私だって、いつまでも訓練生のままのツインテールの美少女じゃありません。今ではもう中佐で、これでも、れっきとしたロートル機なんです』

『そうか』


 そしてもちろん、通信機の向こう側にいる彼だって、それは同じだろう。

 彼も、もう、年齢不相応な階級を与えられていた若すぎる少佐ではない。


『……そうだな』


 そうつぶやいた彼の声を聞きながら、私は、敵のセントラルと空でダンスを踊る。

 私は、敵機の背後に回り込もうとして。

 背後の敵機は、私を射線に捉えるため。


 くるり、くるり、と。


 急旋回を繰り返し、左右へ上下へ位置を入れ替え合って互いを捉え合おうとする。

 複雑怪奇な軌道を、空に描き合う。

 互いに誘導弾無しで行う、大昔の戦闘機が繰り広げていたようなドッグファイト。


 もちろん。分かっている。

 すでに勝負は付いている。


 今、こうして私とドッグファイトを繰り広げている敵機――その目的は、もちろん防空任務に就いている私と戦うことであるわけがない。

 なんせ、ターミナルにまで高度なステルスが施されたセントラル・グループだ。正確な目的までは分からないが、おそらくは敵のレーダーを騙くらかして浸透して、こちらの後方に控える機体、例えば中継機とかタンカーとか、最悪、AWACS辺りを叩くつもりだった可能性もある。

 そんな奴が、こんな風に予期せぬ相手に見つかって戦闘している時点で、もう実質的に任務失敗みたいなものだ。

 仮に、無傷で私を倒せていたところで、衛星に目を付けられている以上、代わりのセントラルは幾らでもやってくるし、後方の機体はとっくに退避し始めている。


 私がレーダーでこいつを発見した時点で、すでに、この戦いは終わっているのだ。

 別に、ここで私が勝たなくても他の誰かがこいつを倒すし。

 例え、ここでこいつが私を倒せても他の誰かが倒すだろう。

 私は、ドッグファイトで無敵かもしれないが――そこに、それほどの意味はない。


 それが、今の時代の戦争だ。


 それでも。

 今ここで負けていいかと言うと――それは、やっぱり違う。

 向こうにとってもそのはず。

 ほとんど、単なる意地の張り合いのようなものだとしても。

 負けてやるつもりは、ない。


 お互いの速度が上がっていく。

 降りかかるGが次第に重くなっていく。

 ダンスは複雑さを増していく。


 それにも、終わりの瞬間がやってくる。


 敵機がアフターバーナーを噴き上げて、ターン。

 無茶な軌道だ。

 損傷した機体がそれに耐え切れるような動きじゃない。実際、剥落した部品が空の彼方へと吹っ飛んでいくのが見えた。しかしそれでも私を、


 射線に捉える。


 一秒を大量のコンマで刻んだ、瞬間のその時間の中で。

 私は、その一瞬を見極めて、機首を垂直に持ち上げた。

 機体を重力が捉えて。

 一瞬で失われる速度。

 纏わり付くように重くなる空気の感触。

 推力偏向ノズルを、限界まで酷使して。


 くるり、と。


 慣性が、そのまま私の機体を後ろ向きに一回転させる。


 ――クルビット。


 さらに、一回転。


『ああ、そうか。もう、本当に――』


 彼の声を、聞きながら。

 もう一度、一回転してみせた直後。

 目の前にやってきて、私の鼻先へと機体を晒す、敵機。

 きっと呆気に取られているであろう相手に向け、私は。


『――空は、お前らのものなんだな』


 機関砲を、撃ち込んだ。

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