2.ケーキ作れますか?
「何だ。その赤トンボ」
と、談話室のソファに座り端末を持ち、報告用のテキストを作成するために文書作成RAIへとデータ入力をしていたソウザキ少佐は端末を置いて、立ち上がってこちらに向き直り、それから私の頭に留まっている赤トンボを見て言った。
ふむ、と。
私は視線を上に向け、こう告げる。
「どうやら、懐かれたようです」
「何だそりゃ」
と呆れた顔でソウザキ少佐は言い、それから、私の両隣に立つチャーリーとブロンクス、そして私の後ろに隠れて少佐の様子を窺っているアリスとを見て言う。
「で、何だお前ら揃いも揃って」
「少佐、少佐。私たちですね、お誕生日会を開こうと思いまして」
「お誕生日会?」
ソウザキ少佐は、ちょっと拍子抜けしたような顔をした。
「ええと、そりゃ構わんが……お前らの誰が誕生日なんだ」
「あ、違います。違います」
「じゃあ、誰のお誕生日会なんだよ」
「マイヤー少佐のです」
「…………」
「ど、どうしたんです!? 何で椅子から転げ落ちたんですか少佐!?」
「いや……別に……」
ソウザキ少佐はむくりと起き上がって座り直しつつ、引きつった顔で尋ねてくる。
「マイヤー少佐の、その……お誕生日会? え? 何だそれ、どういうことだ? 何があってそんなことになった?」
「マイヤー少佐がどうしてもお誕生日会をして欲しい、というのでやることにしたのです! 可哀想なマイヤー少佐のために、ソウザキ少佐も協力して下さい!」
「……チャーリー。デイジーじゃ駄目だ。お前の方から説明を頼む」
「ええとですね……」
何で自分の説明では駄目なのですか、と主張する私を無視し、ソウザキ少佐はチャーリーのかいつまんだ説明を聞き、一つ頷き、二つ頷き、もう一度頷いた後で、チャーリーに言った。
「成る程。そういうことか――そういう理由なら、喜んで協力させてもらおうか」
「よろしいんですか?」
と、チャーリーが少し驚いたように言う。
「同僚のために、そいつの部下が何かしたい、って相談してきてんだ。――そりゃあ、いっちょ一肌脱いでやるさ」
ソウザキ少佐はそこで意地悪く笑う。
「しかし――マイヤー少佐のお誕生日会、ね。こりゃどんな顔するのか楽しみだな」
「そうだ。あのですね、少佐って――」
ケーキ作れますか、と聞こうとしてどう考えても無理だな、と私は思い、
「いや、やっぱ何でもないです少佐。無理を言って困らせるわけにもいきません。少佐には諸々の雑用をお願いしたいです」
「よーしよくわかった。お前が俺に喧嘩を売っていることだけはわかった」
「次はロスマン少佐に当たります。少佐はもういいです。ぐっばい!」
「おいこらてめえ――おいこらぁっ!?」
と叫ぶ少佐を置き去りにして、私たちはロスマン少佐のところへと行く。
「おい、お前ら……迷惑掛けんなよ……」
というブロンクスに、もちろんですとも、と私は告げ、かつん、とロスマン少佐の執務室の前に立ち、扉に手を掛け、
「たのもぉっ!」
「デイジーてめえこの野郎!?」
と、何故かブロンクスが部屋の外へと引っ張り出そうとするのから逃れながら、
「ロスマン少佐。ちょっと私たち、お誕生日会を開く予定があるんですが、お手伝いをお願いできませんか?」
「ええと……」
と、端末に表示された電子書類に目を通し「認証しますか?」という表示の「はい」の方を指先で押す作業をしていたロスマン少佐は、その手をぴたり、と止めて私を見、それから私の頭のトンボを見て、
「その……頭の上のトンボは?」
「懐かれました」
「懐かれ……?」
ロスマン少佐は、一瞬困惑したように眉を潜め、それから私をしばし見て何かちょっと顔を赤らめて「か……い」と音が拾えないくらいの声で何かつぶやいた。相変わらず何か異様に可愛い女性だと私は思う。
「そ……それで、ええと、誕生日会、だったかい? 一体、誰の誕生日会を?」
「マイヤー少佐のお誕生日会です!」
「…………」
「ろ、ロスマン少佐!? ど、どうして座っていたのに転んだのです大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……」
と、ロスマン少佐は椅子を起こして立ち上がって、
「ま、マイヤー少佐? マイヤー少佐の……お、お誕生日会?」
「そうです! マイヤー少佐がどうしてもと言うので!」
「ぶ、ブロンクス……説明を聞いても?」
かくかくしかじかで、とブロンクスが説明すると、そうかそういうことか、とロスマンは納得した様子で頷く。それから、例の、冬の日差しを思わせる微笑みを浮かべて言う。
「大丈夫。きっと、マイヤー少佐も喜んでくれるよ――もちろん、私にできることなら、是非とも手伝わせてくれ」
「本当ですか! じゃあ、ケーキ作れますか!? ケーキ!?」
ぱきん、と。
ロスマン少佐の表情が、凍り付いた。
「無理だ」
「え?」
「……私はその、ケーキとか……というか料理とか無理なんだ。その……すまない」
「あ、はい」
あ、これ地雷だな、と私はその瞬間に理解した。チャーリーもブロンクスも理解した。アリスは私の後ろでぽやん、としていた。
「それじゃあ、バラッカ中佐にも聞いて、駄目そうなら街で買ってくる感じで――」
「で、でもっ!」
がたんっ、と椅子を蹴倒し立ち上がり、ばしんっ、とデスクに手の平を叩き付け、ロスマン少佐が叫ぶ。
「な、生クリームが炭化していてもいいならっ! 何とかっ、作れないことも――」
「だ、だだだ大丈夫ですよロスマン少佐! む、無理はしなくていいです!」
生クリームがどうして炭化するのか、という疑問が浮かびかけたが、ロスマン少佐の必死の叫びの前に一撃で沈んだ。そんなことを今ここで聞くのは、鬼畜の所行だ。
「ねーねー、どうやったら生クリームが焦げちゃうの?」
「「「アリスううううううぅぅっ!?」」」
ぽやん、とした顔で鬼畜の所行を行ったアリスに対して私たちは絶叫し、私はアリスの空気抵抗を引っぱたき、「ひゃあんっ!?」と悲鳴を上げて仰け反った隙にチャーリーが部屋の外へとアリスを連れ出し、ブロンクスが全力を込めて扉を閉めた。
そして。
残された私とブロンクスは、おそるおそる、背後へと振り向く。
「うっ……」
と、ロスマン少佐は両手で顔を覆い、
「情けない……君たちがマイヤー少佐のために何かしようとしているのに、その手伝い一つできないなんて。本当に何故、生クリームが炭化するんだろう……」
「そ、そんな深刻に考えるほどのことじゃないですロスマン少佐! お誕生日会ってのは、やる方だって楽しんでやるもんです! ね! ブロンクス!?」
「そ、そうです俺だってそう思いますよ! ロスマン少佐!」
と、ブロンクスもぶんぶん、と首を縦に振るが、ロスマン少佐は、とすん、と椅子に座り、顔を覆ったまま、ぽつぽつ、とつぶやく。
「……そもそも、女の身で、この歳になってもケーキどころか未だにじゃがいも料理一つ作れないとか……うう、バレたらムッティに怒られる……」
「な、何を言っているんですか! 女性なら料理を作れなけりゃならないとか、もはや古くなり過ぎてカビの生えた価値観です! 前時代的どころか旧時代的です! そんな連中はウホウホ言わせときゃいいんです! ブロンクスもそう思いますよね!?」
「も、もちろんです俺だってそう思いますよ! ロスマン少佐!」
「ふふふ……君たちは優しいね……」
あ、これ駄目だ。
もう駄目だ何が駄目なのかよくわからないけれどたぶん駄目だ、と私が思っていると、そこでブロンクスが少佐のデスクの前まで駆け寄り、
「しょ、少佐! あ、安心して下さい!」
ばたんっ、と手の平をデスクに叩き付け、叫ぶ。
「少佐のケーキならっ! 例え、生クリームが炭化していようとっ! 少佐の部下としてっ! 俺が必ずや食べてみせますっ!」
あ、これほぼ告白だ。
さすがはブロンクス。油断も隙も有り過ぎというか、こうも見事なネタを提供してくれるのは本当にさすがとしか言いようが無い。後でこれ、全力でからかってやろう、と私は思う。しかし今はとりあえず、
「そうです! ブロンクスだってこう言ってます! だから全然大丈夫です!」
と全身全霊で同意し、とにかくロスマン少佐を元気付けることを優先する。
「……スポンジが、釘を打てるくらい堅く焼き上がってても?」
「た、食べてみせます!」
微妙にどもりながらも即答するブロンクスを、私は内心で応援する。頑張れ!
「……苺がどろどろに液状化していても?
「……た、食べてみせます!」
微妙に返答を遅らせつつ答えるブロンクス。あと少し!
「じゃ、じゃあ……ロウソクを刺すことができなくても?」
「もちろ」
「のー。いやいや、そこは立てられないと困りますよロスマン少佐」
即座に答えようとしたブロンクスを遮り、私は手をぱたぱたと横に振って告げる。
それはちょっと困る。
「デイジーぃぃぃっ!? てめえこの馬鹿野郎おおおぉぉぉっ!?」
振り向き詰め寄り肩に手を掛け、がくがく、と私を揺さぶりながらブロンクス。
しかし、私としてもこの一点は譲れない。
「ろまん! 誕生日でケーキのロウソクを吹き消すのはろまんなのですっ! この一点だけは、例えロスマン少佐がどれだけ可愛くても見逃してあげることはできません! できないことはできぬのです!」
「そうか……そうだな……」
しゅん、とするロスマン少佐と、おろおろするブロンクスに、私はこう続ける。
「――ですが、解決策ならありますよ! ロスマン少佐!」
「解決策?」
と胡散臭げに私を見るブロンクス。
「それは一体?」
と机から身を乗り出してくるロスマン少佐。
「ふふふ、簡単なことなのですよロスマン少佐――」
私は、ぺたん、と胸を張って告げる。
「――接着剤を使えばいいのです!」
「え?」
とブロンクスが言い、
「そうか! その手があったか!」
とロスマン少佐が嬉しそうに、ぱちん、と胸の前で両手を合わせる。
「……え?」
と再びブロンクスが言った。
とはいえ、ブロンクスならばともかく、マイヤー少佐に出すケーキはさすがに炭化していてはまずい、という結論に私たちは達したので、私たちは最後の望みをバラッカ中佐に託すことにした。
ロスマン少佐に付いてきてもらって、私とブロンクスとチャーリーと口にテープを貼られたアリスはバラッカ中佐の執務室を訪れる。
「やあ、ロスマン少佐。それとパイロット候補生諸君。揃ってどうしたのかな?」
と、万年筆で筆記書類を作成していたバラッカ中佐は、書類を作成する右手を止めないままもう片方の左手で髭をなでつける。
そんなバラッカ中佐に対し、ロスマン少佐が一歩告げる。
「バラッカ中佐――パイロット候補生がマイヤー少佐のために、ちょっとしたサプライズをしたいそうなので、許可を頂きたいそうです。私からも中佐にお願いします」
「サプライズか」
ぴっ、と。
最後に一つひっかくような音を残し、どうやら完成したらしい筆記書類を中佐は脇へ置き、そして、すぐさま新しい用紙に新たな筆記書類を作成し始める。
ちなみにその間、こちらに顔はずっと向けたままで、私は地味に戦慄する。
「そいつはいいね、許可しよう。ただし最低限の節度は守ること。実包をクラッカー代わりにぶっ放したり、爆弾を使ったデモンストレーションは無しでよろしく。やるなら空砲を使いなさい」
ありがとうございます、とロスマン少佐が敬礼し、私たちもそれに続いて一緒に敬礼する。アリスは口にテープを貼っているため、ちょっと間抜けな姿だったが。
それから私は、
「バラッカ中佐バラッカ中佐!」
と手を挙げ、ソウザキ少佐に教えられた通りの言葉を告げる。
「発言の許可をお願いします!」
「どうぞ。デイジー君」
「銃とか爆弾とか、そんなもの使う人、本当にいるんですか?」
「いるよ。撃った銃弾で備品壊して大目玉食らった奴が――私のことだがね」
バラッカ中佐はウィンクし、それから私の頭の上の赤トンボを見て、告げる。
「うん、赤トンボを乗せた君も可愛いね。懐かれたのかな?」
「いえす!」
と私は答え、それに応じるように赤トンボがくるり、と私の頭上で宙返りを決め、私の頭の上に再び着地する。
「なかなか芸達者な赤トンボだ。……それから、アリス君。口にテープを貼っていても君は可愛いけれど――やっぱり私としては君の顔を見れないのは悲しいし、何より痕が付くといけない。ほどほどにして、ちゃんと剥がすように」
「むむむー、むむー」
とアリスは答え片手を挙げる。
「ブロンクス君は……強く生きなさい」
「すみません、中佐。それは一体、どういう意味なのでしょうか……」
と、深刻な声で言うブロンクスのことを、バラッカ中佐は笑顔でスルー。
ぴっ、と。
再び、完成したらしい筆記書類を脇に置き、今度は万年筆も置いて、言う。
「チャーリー君」
「はい」
「この時期に、マイヤー少佐にサプライズとなると――彼の誕生日か」
その言葉に、私はちょっと驚く。
ロスマン少佐も同じ顔をする。ブロンクスも同様。アリスはむーむー言っている。
当然、チャーリーも、驚いたような顔をして答える。
「――はい、その通りです」
「そうか」
とバラッカ中佐は頷き。
「――そうか」
と、もう一度頷いて、唇を緩め微笑み、髭を揺らす。
「それなら、一つ条件がある」
「……何でしょうか? バラッカ中佐」
なに簡単なことさ、とバラッカ中佐はチャーリーに告げる。
「馬鹿をやるなら――存分に楽しめ」
そう微笑んでから、バラッカ中佐は、再び筆記書類を書き始める。
と。
そこで背後の扉からノック。
「どうぞ。入りなさい」
と、バラッカ中佐は万年筆を動かしたままで言う。
「失礼します」
入ってきたのはソウザキ少佐で、こちらを見るなり、うおっ、と声を上げた。
「ええと……その、バラッカ中佐。パイロット候補生の連中が、マイヤー少佐のためにお誕生日会開きたいってんで、その許可を取りに来たんですが――もう、その話は聞いてますよね?」
「ああ」
と、そこでバラッカ中佐は一旦手を止め、万年筆を置いて、言う。
「ソウザキ少佐も、ロスマン少佐も、時間の無い中で大変だろうが――出来うる限りで構わない。どうか、彼らを手伝ってあげて欲しい」
了解です、とソウザキ少佐とロスマン少佐が頷くのを見てから、頼むよ、と言って再びバラッカ中佐は万年筆を手に取り、筆記書類の続きを書き始める。
「あ、バラッカ中佐、許可の発言を」
「逆だ。逆になってんぞデイジー」
「発言の許可をっ!」
「どうぞ」
「バラッカ中佐は、ケーキを作ることができますか?」
「ケーキ? いや、ケーキは作れないな。パスタだったら大得意なんだけれど」
「あうー、そうですか……」
駄目だったか、と私は思う。まあ、しょうがない。こういうことは諦めも大切だ。
「それじゃ仕方が無いですね。ソウザキ少佐、手作りは諦めて、今度の休暇のときに一緒にケーキを買いに行きましょう」
「ケーキ?」
と、ソウザキ少佐は私の言葉を繰り返し、何でも無いことのように言う。
「ケーキなら作れるぞ。俺」
その言葉の意味を、私は、そして私たちは一瞬把握しかねて、
「え?」
と私は声を上げた。
ブロンクスもチャーリーも同じ声を上げて、アリスはむーむー言った。
ロスマン少佐は何も言わず沈黙。
バラッカ中佐は「おお、ソウザキ少佐はケーキが作れるのか」とだけ言った。
そして、一瞬が過ぎ去った後で、私はソウザキ少佐に言う。
「あの、少佐……食べられるケーキですよ。ダンボールは不可です」
「お前の言っていることはよく分からんが……別に作れるぞ。食べられるケーキ」
「……」
「ろ、ロスマン少佐! 気を確かに!」
と、背後でブロンクスが騒いでいるのを無視しつつ、私はソウザキ少佐に尋ねる。
「ソウザキ少佐、嘘は良くないです」
「いや、別に一流パティシエみたいなもん作ろうってんじゃなけりゃ、どっかから初心者向けのレシピ引っ張ってきて、材料集めて、器具足りてるか確認して、後はレシピ通り作れば普通にまあそこそこのものは作れるだろう。学生時代のときに何度か作ったことある。滅茶苦茶面倒だから、特に理由なければ作ったりしねえけれど。買った方が早い」
「……」
「ろ、ロスマン少佐! 大丈夫ですから!」
と、背後でブロンクスが喚くのを無視しつつ、私はソウザキ少佐に詰め寄り叫ぶ。
「すきゃんだる! 人にはイメージってもんがありますギャップがあれば良いってもんじゃないんです! ソウザキ少佐がケーキ作れるとか、そんなこと言ったら憲兵さんがすっ飛んできます軍法会議が開かれます!」
「お前俺を何だと思ってるんだ……」
「そうだ! ロウソクは立てられますか!? 接着剤は必要ありませんか!?」
「接着剤? ……いや、何でロウソク立てられないんだよ。ケーキだぞ」
「……」
「ロスマン少佐ああああああっ!」
背後でブロンクスが絶叫し、アリスが相変わらずむーむー言い続ける中。
「はっはっ、なかなか楽しくなりそうだね」
と筆記書類を書きながら、バラッカ中佐がチャーリーに告げ。
それに対して、チャーリーは何かを言おうとして、言葉が出なかったのか、ちょっと困ったような顔で笑った。
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