第2話 25年前の物語…夢の中へ

新型コロナウイルス感染症の拡大により、政府が『緊急事態宣言』を発令してから2週間が経とうとしていたある日の夜、アパートでみつきと就寝中、真一は夢を見た。



(夢の中)

4月、桜の花があちこちで満開、入学シーズンに薄いピンク色が花を添える光景だ。


真一は、いよいよ高校生活の始まりだ。入学式の朝、南駅から中学校時代からの同級生や幼なじみのケンちゃんと同じ電車に乗る。他の高校に通う者もいて、駅は混雑している。

改札に入ろうとした時、真一の後ろから女の子達の声が聞こえた。


女A「あれ、あの人、どこかで見たことある人や」

女B「誰?」

女A「ほらあそこ、改札口の前にいる眼鏡をかけた男の子」

女B「あの人も同じ制服着てるよ。同じクラスかなぁ…。でもなんで知ってるの?」

女A「あの人、ひょっとしたら幼稚園の時一緒だったかも…」

女B「えーっ❗ じゃあ、幼なじみやんか。小学校と中学校は違うよね。小学校は私もいたから…」

女A「うん、幼稚園以来やと思う」

女B「ええなぁ、幼なじみ。高校生活初日から青春やねぇ…」

女A「ちょっとー、からかわないでよ❗」

女B (笑)


真一は中学校時代から目が悪くなり眼鏡をかけていた。


真一(ん? 高校入学の頃の時か? 昔、こんなことあったなぁ…)


と思いながら、その声がする方をあえて見ることなく改札口に入った。


田舎といえども通学電車は6両編成。真一は中学校の同級生と先頭車両に乗る。


高校に着くと、教室で一時待機し体育館で入学式が行われた。入学式のあと、教室に戻りホームルームが始まった。担任の岩田先生の自己紹介から始まり、同じクラスの坂本と初めて言葉を交わす。この後、立て続けにクラスの仲間と自己紹介しながら友達になる。見た目はヤンキーっぽいけど、飯の志向は真一と全く同じの浅田、鉄道マニアの高山、自己中心的な寺岡、メカニックマニアで色んな趣味を持っている藤岡、白々しい発言が多いが真面目な所もある佐野山。個性強い人間ばかりだ。


現代では考えられないが、全校生徒の緊急連絡網の冊子が配布され、自宅で保管するよう指示かあった。当時は携帯電話が普及する前の時代だった。


自宅に帰った真一は緊急連絡網の冊子を母親に渡す。母親は何気なく冊子をペラペラとめくって何となく見ていた。すると母親が真一に言った。


母親「あんた、優香ちゃんもいるやんか❗」

真一「優香ちゃん?」

母親「覚えてへんか? 優香ちゃんやで」

真一「優香ちゃんって誰やったかいなぁ…」

母親「覚えてへんの? ほら幼稚園の時一緒やったやん。一番仲が良かった優香ちゃんやんか」

真一「…そんな子いたっけ? かなり昔の話やから覚えてへんわ」

母親「うーん…ほら、かわいい女の子やったやんか。大人しい女の子で、あんたとおったら明るくなったって、優香ちゃんのお母さんが言ってたでしょ」

真一「そうやったかいなぁ…忘れたわ」


当時真一は頭の中は真っ白、幼少時代の事は完全に記憶が飛んでいた。


翌日、真一はいつものように南駅から電車に乗る。中学時代から同じ高校に通う増井と一緒に高校に通っていた。この2人が唯一同じ中学校出身者なのだ。あまり仲が良いというわけではなかったが、まぁ軽く挨拶する程度の付き合いだった。この増井の知り合いで、別のクラスにいる白木と真一は初めて言葉を交わす。白木と真一はすぐに意気投合した。真一が増井以外で他のクラスの友達が出来たのは白木が初めてだった。白木も真一を介して浅田達とも仲良くなった。


ある日の下校時、真一は一緒に帰ろうと高校駅の待合室で増井を待っていた。しかし、増井は現れない。しばらくして駅前の横断歩道で信号待ちしている人影を見つけ、真一は待合室を出て駅の入口まで出てくると、男ではなく女の子だった。すると、横断歩道を渡ってきた女の子は真一をじっと見ている。そんな視線を感じた真一も女の子をじっと見た。すると真一は衝撃が走った。


真一(あれ、またこの光景か…)


と、心の中で考え込んでしまった。2人の沈黙は続いている。そう、幼稚園の時、となりの席だった加島優香だ。夢の中なので、昔とは違い、声をかけようか迷っていた。


真一(夢の中やし、声かけてみるか…)


真一は優香に声をかけてみた。


真一「優香ちゃん」

優香「しんちゃん(笑)」

真一「やっぱり優香ちゃんやったか」

優香「うん(笑)」

真一「変わらんなぁ、幼稚園の時のままやんか。お年頃の女の子になって…」

優香「そうかなぁ…。しんちゃんも男の子らしくなって…」

真一「そうかなぁ…。オッサンにはなってるけど…」

優香「オッサンちゃう(違う)わ(笑)」

真一「そうか…」

優香「うん。だって、幼稚園の時以来やで」

真一「そうやなぁ、義務教育の9年は学校違ったもんなぁ…」


真一と優香は夢の中で、9年ぶりの再会で話に花が咲いていた。


翌日、高校駅に電車が到着し真一は白木と一緒に登校していた。優香は梅沢駅から電車に乗ってくる女友達と、真一は白木と一緒に登校していた。


白木「おはよう」

優香「おはよう」

真一「おはよう」

優香「あ、おはよう~」


優香はちょっとテンションが上がっていた。


白木「あれ堀川、加島知ってるんか?」

真一「うん」

白木「なんでや?」

真一「『なんで?』って、幼稚園の時一緒やったんや」

白木「え❗ そうなん? でも小学校・中学校は違うやろ?」

真一「違うで」

白木「けどなんでお前知ってるんや?」

真一「幼稚園の時一緒やって、席がとなり同士やったんや」

白木「えー❗ 凄いなぁ。ええなぁ、幼なじみは」

真一「どないしたん?」

白木「義務教育の9年空白あるのに、お前ら幼稚園からずーっと一緒にいる感じやな」

真一「そうかぁ?」

白木「お前ら仲がよさそうやなぁ」

真一「仲は悪くないで。別にオレと優香さんやなくても、あんたでも幼なじみいるやろ?」

白木「こんなに仲が良い幼なじみは中々おらんで」

真一「そうかなぁ?」


一方、優香も女友達3人と登校。梅沢駅から乗ってくる村田久美(くーちゃん)、加藤久子(ひっちゃん)、そして滝川ちえみ(ちーちゃん)の3人だ。優香は友達から(ゆうちゃん)と呼ばれている。

優香は3人に話した。


優香「あのな、昨日帰りに高校駅で3組の堀川くんとバッタリ会って、声をかけられたんや」

村田「あの、幼なじみの男の子?」

優香「うん。幼稚園の時と変わってなかった」

村田「そうなんや…」

加藤「良かったなぁ、幼なじみと再会できて」

滝川「運命の出会いかも…」

優香「ちょっと、そんなんちゃうって。ただの幼なじみやで」

村田「でも幼なじみでも将来結婚した人も中にはいるらしいよ」

加藤「え? ゆうちゃん堀川くんと結婚するん?」

優香「しないって」

滝川「ひっちゃん、例え話!」

村田「ひっちゃんの天然ボケが出た」


4人は大笑いした。

そう、加藤は天然ボケで有名なのだ。




そして、あっという間に真一たちは2年生になった。

ある朝の高校駅でのこと。真一と白木、それに坂本は優香たちに挨拶する。


白木「おはよう」

村田・加藤・滝川「おはよう」

白木「加島、おはよう」

優香「…………」


坂本・真一「おはよう」

村田・加藤・滝川「おはよう」

優香「…………」


坂本「おい堀川、加島さん、何かあったんか?」

真一「知らんねん」

坂本「知らんってどういうことやねん?」

真一「知らんもんは知らん」

坂本「お前、幼なじみなんやから気づいてやれよ」

真一「昨日からあの調子や」

坂本「何かあったんやろか?」

真一「どうせまた、貧血なんとちゃうか?

とりあえず村田さんらに任せるしかないやろ…」


優香は真一たちが声をかけても、終始しょんぼりしていた。次の日も、そのまた次の日も、朝はこの調子だった。真一は黙って様子を見ていた。

昼休みのこと。真一は廊下で滝川に出会う。


真一「滝川さん」

滝川「あ、堀川くん」

真一「どうや、優香さんの様子は?」

滝川「変わらんなぁ」

真一「そうか。何か心当たりもないか?」

滝川「わからんなぁ」

真一「そうか。また何かあったらいつでも言うて。迷惑かけるけど…」

滝川「ううん。ありがとう」


真一と滝川が別れる。真一は夢の中で思い返していた。


真一(そうやった。こんなこともあったなぁ。確か南駅で見た男と何かあったなぁ…。けど、それはオレが立ち入ることではないから、村田さんらに任せるしかなかったような…。夢の中でも様子見てみるか…)


数日後、優香は相変わらず凹んでいた。真一は坂本と一緒に高校駅から当校していた。駅前で凹んでいる優香を囲んで村田・加藤・滝川がいるのを見かける。


坂本「まだわからんのか、加島さんのこと」

真一「わからんのやない、知らんのや。男が立ち入ることやないんやろ…」

坂本「お前なぁ、自分から声かけてみたら?」

真一「かけてるがな」

坂本「ちゃう(違う)、『何があったか知らんけど、調子悪いんやったら保健室にでも行ったらどうや?』って言うてあげたらどうや?」

真一「いや、そう思うんやったら、あんたが言いないなぁ」

坂本「ちゃう、オレやなくてお前が言わなあかん」

真一「なんでや?」

坂本「幼なじみやからやん。こういう時こそ、オレよりも幼なじみから言った方が嬉しいんやって」

真一「ハッタリかましてるやろ?」

坂本「ウソやと思うなら、加島さんに言うてみな」

真一「あのなぁ、何でもかんでも幼なじみに押し付けることないやろ? あんたがそう思うんやったら、あんたが言いないなぁ」

坂本「いや、これは幼なじみが言わなアカンのや。オレみたいな第三者より、第三者でも幼なじみのお前の方が説得力あんねん。だから、一回言うてみてくれ。頼む❗」

真一「もう、困ったやっちゃなぁ…。わかったわかった…」


坂本「おはよう」

村田・加藤・滝川「おはよう」

真一「おはよう」

村田・加藤・滝川「おはよう」

真一「どうや、まだアカンか?」

村田「うん…」

真一「そうかぁ…。まぁ何があったか知らんけど、そんなにしんどいんなら、保健室の大川先生の所へ行った方がエエで、あぁ…。まぁまた何かあったら、悪いけど頼むわ…」


そう言って、振り向くと坂本はいなかった。


真一「なんやねん、おらへんやないか❗」


そう独り言を言う真一。仕方なく一人で登校することに。すると、真一が持っていた傘を後ろから誰かがひったくってきた。


優香「えーい…」


前を見ると、優香だった。

真一はさっきまで凹んでいた優香が、ものの1~2分しか経っていないのにこんなに明るくなっていることに、思わず立ち止まって呆気にとられていた。そして村田たちがいない。


優香「どうしたん?」

真一「いや、それはこっちのセリフや。さっきまで凹んでたやん❗」

優香「え? そう?」

真一「そうやんか❗ 凹んでたやん❗」

優香「そうやったかいなぁ…」

真一「そうやんか❗ どないしたん?」

優香「何が?」

真一「何がって、みんな心配してたんやで❗」

優香「そっかぁ…。ゴメンな」

真一「というか、さっきまで凹んでて、今手のひら返したかのように機嫌良くなって、なんかオレ、狐につままれてるような感じなんやけど…」

優香「そうか?(笑)」

真一「いや、笑い事やないで」

優香「ゴメンゴメン」

真一「で、貧血ではないんやな?」

優香「大丈夫やで」

真一「芝居してたんか?」

優香「違うよ、しんどかったよ」

真一「ほな、なんで急に変わったん?」

優香「まぁ、いいからいいから、ね(笑)」


優香は満面の笑みを真一に見せた。それを見た真一は、優香の気持ちを察して、これ以上は聞かなかった。


真一「もう大丈夫なんやな?」

優香「うん。ゴメンな。ありがと」

真一「おう。みんなにも心配かけさせてるから、特に村田さんたちには、よう言うときや」

優香「わかった。…さすがしんちゃんやな」

真一「なんやねん、急に」

優香「私の事だけやなくて、周りの人の事も考えて言ってるなぁ…って。感心するわ(笑)」

真一「だって、ホンマにみんな心配してたで。白木と坂本に関しては毎日オレに聞いてきたんやから。『加島さん、何かあったんか?』って。知らんちゅうねん。何でもかんでもオレに聞いてきやがって…」

優香「そうやったんや。ゴメンな、しんちゃんに迷惑かけて」

真一「オレはいいから、白木らにも言っときなよ」

優香「わかった」

真一「ホンマに大丈夫なんやな? 無理してへんのやな?」

優香「大丈夫。無理してないよ」

真一「わかった」


そして真一と優香は高校に着いた。

そして優香はこれを機に、いつもの優香に戻った。





そんな夢を見た真一は目が覚めた。


真一(夢か…。えらい昔の話の夢やったなぁ…。もう四半世紀も前の話やのに…)


翌日の夜、真一とみつきが眠る。真一はまた夢を見た。昨日見た夢の続きだった。




(夢の中)

夕方、一人で高校駅に向かう真一は後ろから優香が抱きついてきた。


真一「うわぁ…」

優香「こんにちわ」

真一「ビックリするやんか」

優香「そうかぁ?」

真一「おもいっきり抱きついてきたよなぁ…」

優香「嬉しかった?(笑)」

真一「…別に」

優香「素直じゃないねぇ…顔に書いてあるのに❗ 『優香ちゃんに抱きつかれて嬉しい~』って(笑)」

真一「あのなぁ、そんなわけないやろ…。ビックリしただけやんか。急にやもん」

優香「かわいくないねぇ…。女の子に抱きつかれて『嫌』って言う男の子はまずそうはないと思うけど…」

真一「中にはおるかもしれんやんか」

優香「嫌やったん?」

真一「別に…」

優香「しんちゃんはウソつけないんやからね。顔に書いてあるし、顔赤いし(笑)」


真一はいつものように自動販売機でミルクティを2本買って、1本を優香に渡す。


真一「はい」

優香「ありがとう」

真一「おう」


しばらく沈黙が続いた。


優香「なぁ、しんちゃん」

真一「ん?」

優香「私な…好きな人がおるんや…」


真一(そういえば、そうや。こんなこともあったなぁ…)


真一「…あ、そう。青春してるなぁ(笑) どうしたん急に?」

優香「え…、ううん、別に…」

真一「そんなこと村田さんとか、女の子同士で言うのならわからんでもないけど、よりによってオレが聞いてもよかったんかいな?

ナンボ何でも幼なじみとはいえ、オレ男やで… 」

優香「しんちゃんはええんや…」

真一「そうなん?」

優香「うん…。……しんちゃんは好きな人いないの?」

真一「えっ、オレ? おると思うか?(笑)」

優香「さぁ…(苦笑)」

真一「キライな人間以外は、みんな好きやで。…でも、優香ちゃんはそういう意味で聞いてるんやないんやろ?」

優香「……………」


真一と優香はどちらも緊張している。


真一「…オレ、みんなの前では『興味ない』って言うてるけど、いま優香ちゃんとしかおらんから、ここだけの話にして欲しいんやけど、厳密には『わからん』というか、『考えたことがない』っていうか…そんなんなんや…」

優香「一回も考えたことがないん?」

真一「…うーん、一回だけ考えたかもしれん」

優香「最近考えた?」

真一「昔や」

優香「昔って?」

真一「もう忘れたけど、考えた記憶があるようなないような…」

優香「………そうか…」


優香は真一ののらりくらりとした返事にガッカリした。『女っ気』がない真一なので、長い目で見ないと…と自分に言い聞かせていた。本当は優香は幼稚園の時から真一のことが好きだった。


一方の真一は、本当のことが言えなかった。ただ恥ずかしい、照れくさいからという理由ではなかった。

でも本当は真一も優香のことが幼稚園の時から好きだった。つまり両思いなのだ。


それでも真一が本当の事を優香に言えなかった。そう、この当時の真一には例の『トラウマ』があったからだ。


真一と優香は『核心』の話題からそらして、日常の話に花を咲かせていた。普段の話をすると、2人とも仲がとても良い。


翌朝、真一が南駅から電車に乗ると優香が乗っていた。


優香「おはよう」

真一「おはよう」

優香「ここ座って」

真一「かまへんのか? オレ体デカいから場所とるで」

優香「大丈夫」

真一「おじゃまします」


優香と真一は幼稚園の時のように2人で電車の座席に座った。

途中駅を過ぎた頃、優香が話す。


優香「なぁ、チョコレート食べる?」

真一「チョコレート? 朝っぱらから?」

優香「おいしいよ」

真一「全く食べへん事はないけど、まだ朝8時やで。よう入るなぁ」


優香は駄菓子のチョコレートキャラメルを1個口にいれた。


優香「食べてみな? はい、あーん…」

真一「『あーん』って、他の高校生見てるで❗」

優香「ええやん別に。はい、あーん…」


真一は恥ずかしがりながら優香に言われるがまま、優香からチョコレートキャラメルを口にした。


真一「っま…。朝からよう食べるなぁ。食べ過ぎたら糖尿病になるで」

優香「このチョコレート、昔はキャラメル味しかなかったやんか?」

真一「うん」

優香「今なぁ、ビスケットとかミルクチョコレートとか色々あんねんで」

真一「そうなんや。全然買わんよなったもんなぁ、チョコレートキャラメル。しかし、口の中が甘い。お茶が欲しいなぁ(笑)」


高校駅に電車が到着し、優香はまたチョコレートキャラメルを1個口にした。


優香「しんちゃん、あーん」

真一「え❗」

優香「はよ、あーん」

真一「……」


真一はまた恥ずかしがりながら渋々優香からチョコレートキャラメルを口にした。優香はご満悦だった。


真一と優香の行動はクラス中の話題になっていた。

真一はクラスメイトから『お前、どこで見つけたんや?』と聞かれても『ただの幼なじみや。誤解してるで』と返事していた。

真一は、職員室でも先生方から質問攻めにあっていた。

『付き合ってんのか?』『付き合ってません。ただの幼なじみです』の繰り返しだった。


2時間目の授業が終わり、少し時間がとってある中休み。廊下に出た真一は坂本と、となりのクラスの白木と話す。


白木「なぁ堀川、お前、加島のこと、どう思ってんの?」

真一「どうって、何が?」

白木「何が?やないで。加島のこと好きなんやろ?」

真一「そらぁ、キライやないわな。幼なじみやでなぁ。キライやったら、今頃口きいてへん」

坂本「いや、そんなことオレらもよう知ってる。そうやなくて、加島さんのこと好きかって聞いてる」

真一「いやぁ、好きも何も、幼なじみやでなぁ。昔からこのテンポで話してる」

白木「うん、仲が良いのはよう知ってる。じゃあ質問の仕方を変える。お前から見て加島は幼なじみなのはオレらもわかってる。お前、加島を女として見たことあるか?」

真一「見るも何も、優香さんは女の子やんか」

坂本「ちゃうちゃう(違う違う)、お前が加島さんを一人の女性として見ないのか?って聞いてんねん」

真一「一人の女性? 女性やん」


真一は本当に女っ気がなく、それを男連中は重々承知の上だったので、根気よく丁寧に説明する白木と坂本だった。


白木「あのな、例えばや。かわいい女の子がおったとする。で、お前がその子のことを好きになったとする。例え話やで。『あぁ、あの子と付き合いたいなぁ、一緒になりたいなぁ…』とか考えたことない?」

真一「ない」

白木「…じゃあ、この例え話で言う『かわいい女の子』を加島にあてはめて、この例え話でいくと、お前はどう思う?」

真一「そんなんではないなぁ。だって幼稚園からずっとこの調子でいってるから、全然変わったこともしてないで。もし優香さんがオレの事をそういう風に見てるって言うんなら、話は別や。何か言うとってんか?」

白木「いや、そうやないけど…。もしお前の言うように『ただの幼なじみ』やったとして、加島のことが好きやって言う男が現れて、加島がその男と付き合うことになったとき、もう今までのようにはできんよなるで。それでもええんか? オレらだけやなくて、みんな、お前らのこと心配してるんや。めっちゃ気にしてんねん❗ 絶対お前らは付き合うべきやと…」

坂本「そうやで。オレらは冷やかしてあんたに言うてるんとちゃうんや。ホンマに心配してるんや。加島さんの気持ちも考えてやれよ。オレと真逆のお前は、女っ気が全くないのは仕方がないとしても、加島さんのことを考えてやれ。女の子やからホンネは言うてないと思う。お前が直接言うたらホンネも答えてくれるわ」

真一「いや、オレらの知らんところでそんな妄想言われてもなぁ…。それにナンボ言われても、オレこういう話は、ようわからんのや」

白木「あーもう、何て言うたらわかってくれるかなぁ…。時間無いで、もうかまへんわ」

坂本「あのなぁ、少しは興味持とうと考えんか?」

真一「考えんし、興味はない。優香さんは幼なじみであって、それ以上も以下もない」


話にならなかった。

しかし、なぜ真一がここまで頑なに恋愛に興味を持たないのか、白木と坂本は考えていた。




そして、真一は夢から覚めた。


真一(なんやねん、時系列で夢見てるやないか…)



その夜、真一とみつきが就寝する。


真一(今日も続き見るんかなぁ…)




(夢の中)

ある夜の事。真一は自分の部屋で優香のことで白木・坂本たちから言われた話を思い返していた。


『加島の気持ちを考えてやれよ』


その言葉が引っ掛かっていた。真一は頭を抱えていた。


真一(この当時は叔父さんと同じ轍を踏むことになってしまうと…。叔父さんは『オレみたいな男になったらアカン』と言って亡くなった。結婚したけど、何もかもとられてしまって、あの嫁、えげつない女やった。あんなん見たら付き合うのも結婚するのも嫌になるわ…。優香ちゃんはこの時、オレの事どう思ってたんやろ? もし白木たちが言うように、オレのことを気にしてるのなら、優香ちゃんの為に一度だけ考えてもいいのか? はたまたただの勘違いで、白木たちに担がれただけになるのか? …確か、白木に電話させてわざとフッてもらったんやったなぁ…)


真一は当時かなり考え込んでいた。


そして真一は電話をかける。

2階で電話をかける。電話は白木にかけた。


真一「もしもし」

白木「どうしたん?」

真一「今日の話や」

白木「加島の事か?」

真一「あぁ」

白木「どうすんの?」

真一「一度だけ考えるわ」

白木「そうか」

真一「聞いてくれんか? 『付き合って欲しい』と」

白木「お前、それはお前から直接言えよ」

真一「なんでや?」

白木「そらそうやろ? 本人同士の話やろ」

真一「アホか。オレは元々興味ないねん。にもかかわらずオレに色々言うてきたのは誰や? お前らやろ? それなら、お前から言ってくれ。オレを担いだのはお前らや。それで返事しだいで話はどっちが正しかったかわかるやろ? あくまでもオレは(恋愛に)興味はない」

白木「……わかったけど、どうなっても知らんぞ」

真一「オレは興味ないねん。どうなろうがオレには知ったことやない」

白木「わかった」


真一は電話を切り、白木からの返事を待った。期待はしていない。なぜなら、あえて白木に告白を伝える形にしたからだ。結果は目に見えていた。本当は普通に恋愛したかった。でも真一の心の中は傷だらけだった。『自分が我慢すればうまく回るようになる』、そう考えたのだ。自分の気持ちは押し殺したのだった。


しばらくして、白木から電話がかかってきた。


真一「もしもし」

白木「すまん、遅くなった」

真一「うん」

白木「『興味ない』って」

真一「見てみぃ、オレの言うた通りやろが❗ 担ぐだけ担いで、怒らせてるやないか❗ 二度と入れ知恵してくるな❗」

白木「いや入れ知恵なんてしてないで。2人がええ雰囲気やったから…」

真一「だから言うたやろ、普通やって。オレの言うたことが正しかったんや。二度とそんな話はオレにしてくるな❗」


真一は啖呵を切って電話を切った。


真一(この当時は『これでよかったんや』って思ったんやなぁ…)


真一は自分に言い聞かせた。


翌朝、真一は気まずかった。南駅から電車に乗る。いつものように先頭車両に乗る。すると優香の姿は無かった。


真一(やっぱり、この時はこれでよかったんかなぁ…)


真一は当時、何度も何度も自分に言い聞かせた。今後はもう前みたいに一緒に登下校することもなくなると覚悟していた。


電車は高校駅に着いた。白木が真一を待っていた。


白木「昨日は悪かった」

真一「もういい」

白木「なぁ、ホンマにこれで良かったんか?」

真一「しつこいぞ❗ オレの人生をめちゃくちゃにしたいんか❗」

白木「決してそんなことはない」

真一「それなら、もうほっといてくれ❗」

白木「………」


真一は一人で登校した。

学校に着いても図書館に寄ることはなく、教室へ直行した。周りの友達が声をかけるが、『オレの事はもうほっといてくれ』と突き放す真一だった。


昼休みも、放課後も図書館等、皆が寄る所へは出向かなかった。

真一の友達と優香の友達は図書館で話していた。白木から事情を聞く。


白木「昨日、堀川から電話かかってきて『加島に付き合って欲しいと伝えてくれ』って言われたんや」

坂本「え? 直接じゃないの?」

白木「うん。アホやなぁと思ったんやけど、アイツ曰く『オレは(恋愛に)興味ない。けど、お前(白木)らが加島の事考えてやれよ』ってオレに言うたんやから、それならお前が聞けって言うてきよったんや」

寺岡「アホやなぁ、堀川」

村田「そんなことがあったんや。だからゆうちゃん、図書館に来なかったんか」

藤岡「堀川もな…」

白木「結果は言うまでもなく、フラれたわけや。『興味ない』って」

坂本「傷心期間か…」

白木「傷心というか、怒ってたわオレに」

滝川「なんで?」

白木「昨日、オレと坂本と寺岡で堀川を説得してたんや。アイツはずっと『興味ない』って言うてたけど、説得し続けてたんや」

坂本「あれだけ自分から直接言えって言うたのに…」

白木「堀川に返事したら『見てみぃ、オレの言うた通りやろが❗ 担ぐだけ担いで、怒らせてるやないか❗ 二度と入れ知恵してくるな❗』って啖呵切って電話切れたんや。今朝、謝ったけど『もうほっといてくれ❗』って…」


みんなは真一と優香のことを心配していた。


一方優香はと言うと、生産マシン学科の森岡拓と急接近していた。放課後、優香が真一を図書館で待っていた時に声をかけられていた。話す程度だったが、真一と気まずくなってから急接近。森岡は優香に告白していた。


森岡「付き合って欲しい」

優香「私は興味がないから…」

森岡「もしフラれたら、オレはもう二度と恋愛はしないと決めている。だからオレと付き合って欲しい」


森岡に言われた優香は、態度を保留した。


真一は問題のない高山の科学部の手伝いに集中して優香のことを忘れようとしていた。科学部で論文大会に応募し、青銅鏡の研究をしていた。真一はそれに没頭して優香のことをどんどん忘れようとしていた。


一方、優香は村田たちと話していた。


村田「ゆうちゃん、堀川くんのこと大変やったなぁ」

優香「大丈夫や」

村田「白木くんから聞いてびっくりしたわ」

優香「……」

滝川「最近、堀川くんが図書館に来ないのは、気まずくなってるから?」

優香「知らんけど、そうなんちゃうか?」

加藤「このままでいいの?」

優香「そっとしておいてあげたらええやん」

加藤「……」

優香「あのな、昨日2組の森岡くんが『付き合って欲しい』って…」

村田「え❗」

滝川「ゆうちゃん、どうすんの?」

優香「『興味がないから』って断ったんやけど、『付き合ってくれんのやったら、二度と恋愛しない』って森岡くんが…」

村田「付き合うの?」

優香「『考えさせて欲しい』って言った」

滝川「でも、ゆうちゃんは堀川くんなんでしょ?」

優香「………」

村田「そうか、堀川くんにゆうちゃんが森岡くんと一緒にいるところを目撃させて、『カマかけてみる』って言うのはどう?」

滝川「それ見たら、じっとしていられないもんね…」

加藤「大丈夫やろか…」

優香「………」

村田「ダメ? ゆうちゃん」

優香「うーん…、考えさせて…」


優香は真一と話をしようと考えた。

放課後も真一は図書館に現れなかった。

化学実験室にも行ってみたが、鍵がかかっていて、誰もいなかった。

下駄箱を見ると、真一の下駄箱には上靴があった。帰った後だった。


優香(まだ4時半…こんなに早くは帰らんのに、どこかへ行ったんかな?)


翌朝、真一は坂本と登校した。


坂本「今日、図書館へ久しぶりに顔出さへんか?」

真一「あんただけ行っておいで」

坂本「会いたくないんか?」

真一「向こう(優香)が会いたくないやろ」

坂本「わからんやん。本当は会いたいかもしれんやん」


真一は渋々坂本に連れられ、図書館に向かった。

すると、真一の目に森岡と優香が手をつないでいるところを見てしまった。


真一「オレ、用事思い出したから先に行く」


真一は図書館を出ていった。真一の動揺は隠せなかった。一人教室へ向かった真一は、教室でクラスメイトの声を聞く。


「アイツ、5組の加島と付き合ってたんやないんか?」

「昨日とか今朝、加島って女、2組の森岡と一緒におったで。なんか付き合い始めたらしいで」

「一体どういうことなんや?」


クラスメイトにも話は既に伝わっていたようだった。そう、優香は結局森岡と付き合うことになった。

真一はこの場から逃げたかったが、全ては身から出た錆、苦しい気持ちになりながら耐えようとしていた。

佐野山、藤岡、坂本、高山、寺岡も教室に入ってきたが、真一に声をかけることができなかった。


朝も昼休みも放課後も図書館へは一切行かなかった真一だった。しかし図書館に席がある岩田先生に実習のレポートを提出しなければならず、放課後前に図書館に行くが岩田先生がいなかった。

仕方なく、放課後図書館に行くと、優香たちがやって来た。真一は図書館の事務所で富永先生の手伝いをしながら岩田先生を待った。


優香は図書館の席から事務所にいる真一の後ろ姿を見ていた。真一はこちらを向こうとしない。

森岡が優香たちと話し始めた。森岡も真一の後ろ姿を見ていた。


岩田先生が事務所にやって来た。


真一「お待ちしてました」

岩田先生「おう、何や?」

真一「レポートです。遅くなりました」

岩田先生「よし、OK」


真一はレポートを提出すると、富永先生の手伝いを佐野山に任せ、そそくさと図書館を後にした。


その様子を、優香たちはじっと見ていた。


村田「堀川くん、全然こっちには来てないなぁ」

優香「うん…」

森岡「ええやん、ほっとけ」


優香は森岡と二人っきりになったとき、こんなお願いをした。


優香「あのな、お願いがあるんやけど」

森岡「何や?」

優香「堀川くん、私と幼稚園の時に一緒やったんや」

森岡「らしいな」

優香「堀川くん、不器用やからな、器用なことせんとアカン時、私が行かんとアカンのや」

森岡「どういうこっちゃ?」

優香「私が行かんとどないもならんことがあるんや。そのときは、拓くんの事ほっといてでも堀川くんの所へ行くから、それだけは了解しといて欲しい」

森岡「けったいな幼なじみやなぁ。お前が行かんとアカンって。どんな男やねん。…オレが断っても行くんやろ?」

優香「うん…」

森岡「そしたら、答えは出てるやんか」

優香「ゴメンやけど、了解しといてな」

森岡「しゃあないやっちゃなぁ…」


一方、真一は図書館を出た後、化学実験室へ行き、高山の手伝いを始めた。


青銅鏡づくりの研究に没頭して、優香のことを毎日言い聞かせるように忘れようとしていた。


5:55の電車で帰ろうとすると、誰かと帰ることになるので、今日も一人で帰ろうと、わざと6:30の電車で帰ろうとしていた。


6時になってから学校を出た真一。一人で高校駅へ向かう。途中ミルクティを買って、駅へ向かう。


駅に着き、待合所で腕組みして寝ながら電車を待っていると、となりに誰かが座って来た。

見ると、となりには優香がいた。

真一は声もかけずにまた腕組みしながら寝ようとした。


優香「ふて寝してんの?」

真一「眠たい。おやすみ」

優香「……。話があるんよ」

真一「オレは無いから。おやすみ」

優香「私が話あるの。聞いてくれへんの?」

真一「聞くことないわ。オレ、もう関係ないし」

優香「しんちゃん、どうしたの?」

真一「オレの事はもうほっといてくれたらええから、はよアイツ(森岡)の所へ行ってこい」

優香「もう今、送ってくれたんや」

真一「あ、そう」

優香「しんちゃん、お願いやから話聞いて」

真一「何? 彼氏ができました。器用な男とってか? 自慢か? もういいで」

優香「違う」

真一「なんやねん?」

優香「しんちゃんが傷ついてるのはわかってる。後で聞いたんよ」

真一「同情なんていらんわ」

優香「違う。くーちゃんから聞いたんや」

真一「……」

優香「白木くんから言われてあんなこと…」

真一「もう忘れたわ。そんなに面白かったか? なんぼでも笑い者にしてくれたら良いわ」

優香「しんちゃん…違う」

真一「もう、オレの事はほっといてくれ❗」


と、真一は優香との話を遮ってホームへ向かい、帰る方向と逆向きの電車に乗り、街へ向かった。

優香は真一の態度に愕然としていた。


優香(相当傷ついてる…)


翌日、真一は尿路結石の検診で学校を休んだ。


村田「ゆうちゃん、どうしたん元気ないけど?」

優香「ううん、何もないよ」

滝川「森岡くんと何かあったん?」

優香「ないよ」

村田「堀川くんと何かあったん?」

優香「…昨日同じ電車のはずやったんやけど、堀川くん、相当傷ついてるんや。私の話全然聞いてくれへんの。私が話そうとしたら『器用な男見つかりましたって自慢するんか?』って被害妄想言うて…」

加藤「それはひどいやんか」

優香「その後、福町行きの電車に乗って行っちゃったんや。今の堀川くん、正気やないから…。だから、相当傷ついてるから何とかしようとしても突っぱねられるだけやから、どうしようかなぁって…」

村田「カマかけたのが仇になったんか…」

優香「私、もう森岡くんと付き合ってるし…。よりによって今日金曜日に石でダウンした時のその後の検診で真一くん休みやし…」

村田「何か、私らも堀川くんに悪いことしちゃったみたいやな…」


4人は沈黙した。


白木「おい、堀川の様子はどうや?」

坂本「あまり変わらんなぁ」

高山「科学部の手伝いに集中してる」

佐野山「科学部で忘れようとしてるんやないやろか?」

白木「加島のことを?」

佐野山「そうや」

藤岡「坂本より重症やないか」

白木「いや、オレもアイツを傷つけたからな…」

坂本「そんなん言うたらオレも寺岡もやないか」

白木「気にはなってるんやが、図書館に全然来んよなったからなぁ…。村田から聞いたけど、岩田先生にレポート出すときに図書館には来たけど、加島と森岡の所へは目も向けず、用が済んだらさっさとどっかへ行ったって聞いたぞ」

坂本「様子見るしかないんやないか?」

白木「よりによって、今日は病院行きで休みやし…」


真一は優香と『幼なじみ』の関係は崩壊したと思っている。優香は真一と話したいが、ぶっきらぼうな言い方で突っぱねられるので、お互い傷ついていた。

もはや『幼なじみ』はこれで終わるのか?

優香は真一と『幼なじみ』の関係をまだ諦めてはいない。


周囲の友達も2人を見守るしかなかった。


翌土曜日、真一は電車で京都へ出かけた。用事があった為だ。あえて普通電車で向かった。

途中駅で京都行きの普通電車に乗り換え、2時間の電車の旅だ。真一は一連の優香ことで、優香の事を忘れようとずっと電車の中で考えていた。途中駅で若い女性と相席になった。

途中駅を発車してから30分が経過した頃、となりの女性が立ち上がった瞬間、真一の方に倒れた。真一は咄嗟の判断で女性を支え、ワンマン電車の為、運転士しか乗務員は乗車していなかった。周りの乗客が運転士に連絡し、電車は無人駅の口丹くちたん駅に緊急停車した。予め運転士が連絡していた救急車が口丹駅で待っていた。救急隊員が真一に話す。


救急隊員「すいません、救急車に同乗して立ち会いいただけませんか?」

真一「…わかりました」


真一は頼まれては断れないと思い、救急車に同乗した。

救急車で15分程、丹国たんこく病院に到着し、女性が手当てを受けた。医師が真一に病状を話す。


医師「過労ですね。心労が耐えないのではないでしょうか? しばらく安静にしてください」

真一「ありがとうございます」


しばらくして、救急隊員から説明を受ける。


救急隊員「ご家族の方と連絡がとれまして、いま病院に向かっておられます。もうしばらく待機いただけないでしょうか?」

真一「わかりました」


そして、女性の母親がやって来た。


母親「どうもご迷惑をおかけしました」

真一「いえいえ、お大事に…」

母親「あの、もしよかったら、お名前を教えていただけないでしょうか?」

真一「あぁ、大丈夫です。お大事にしてあげてください」


真一は名前を名乗らず、病院を後にした。

真一は、ようやく京都へ向かった。




翌週、真一は一人で高校へ向かった。図書館へも寄らずに…。真一と優香の間にはすきま風が吹いている。優香も森岡と一緒に登校し、図書館で話していた。真一と優香の友人たちは、2人の行動を見守るというよりも、真一をあえて1人にしてそっとしておいた。

真一たちの2年生が終わる頃だった。



ある日の『中休み(少し長めの休憩)』の時間。真一たちのクラスは工業の実習が入っており、実習服に着替えて実習室へ移動する。1つのクラスで4つの班に別れ、それぞれの実習を受ける。

真一が教室を出て実習室へ移動しようと廊下の曲がり角で人と出会い頭にぶつかった。


真一「うわぁー…」

女子生徒「キャー…」

真一「だ、大丈夫か?」

女子生徒「だ、大丈夫です。そちらこそ大丈夫ですか?」

真一「オレは大丈夫や。ケガないか?」

女子生徒「大丈夫です。あ❗」

真一「えっ…、あー❗ あんた、この前の…」


そう、その女子生徒は先日、電車で体調不良で倒れた若い女性だった。


女子生徒「はい。この前はご迷惑をおかけしました」

真一「いやいや、大丈夫やったかいなぁ?」

女子生徒「おかげさまで、元気になりました」

真一「そうかぁ。しかしここの高校の生徒で、しかも同級生やったなんて、知らんかった(笑)」


そんなやり取りの光景を優香たちが見ていた。


村田「あれ、なんで香織ちゃんが堀川くんと…?」

滝川「ホンマや」

加藤「いつの間に…?」

優香「……………」



香織「私、山下香織です。お世話になりました」

真一「堀川真一です。元気になってよかった…。パソコン学科?」

香織「うん。堀川くんは電気(学科)?」

真一「そうや」

香織「…あの、堀川くん」

真一「え?」

香織「今日、放課後とかって予定ある?」

真一「これから6時限まで実習やから、制服に着替えたりしてたら、4時以降になるけど、それでもかまへんか(構わないか)?」

香織「いいよ。ちょっと話したいことがあって…」

真一「話したいこと?」

香織「アカンかなぁ…」

真一「何やようわからんけど、かまへんよ」

香織「ホンマ? ありがとう。どこで会う? 図書館?」

真一「うーん、そうやなぁ…。化学実験室の前で待っててくれへんか?」

香織「わかったよ。じゃあ、待ってるね」

真一「うん」


真一と香織の一部始終のやりとりを、渡り廊下で優香たち4人が見ていた。優香は終始無言だった。


加藤「香織ちゃん、なんで堀川くんを知ってるんかなぁ…」

滝川「ゆうちゃん、心当たりある?」

優香「…ないよ」

村田「香織ちゃんにそれとなく聞いてみようか?」

優香「いいよ、そっとしておいてあげようよ…」

滝川「ゆうちゃん…」


優香は渡り廊下から、真一が歩く方を見つめていた。優香の心は少し複雑な心境だった。


昼休み、真一の周りの友人と森岡、優香たちと図書館で話していた。


白木「堀川が、加島のクラスの女の子と話してた?」

坂本「一体どうなってんの?」

森岡「コイツ(優香)がそう言うんやって」

優香「…………」


皆が沈黙した。


優香「まぁ、人の勝手やからね…」

白木「あぁ…」

藤岡「けど、少し気にならんか?」

佐野山「オレらも堀川のこと、あえて構ってないからなぁ…」

優香「…………」


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