第7話 真一、一人で『出張する』…福町と途中町、そして…
真一は山口丹駅から福町行きの電車に乗って、福町へ向かった。車内で真一は考えていた。
真一(北川くんの母親は病死、実父が交通事故、しかも保険金名目で…。無茶苦茶やなぁ…。唯一の身内と死別して、出雲のお茶屋の女店主の他に母親の弟がおった(居た)とは…。出雲のどこにおってんやろ? 山下さんには言えん(言えない)なぁ…。複雑な家庭の事情で現実逃避して、挙げ句、消息不明…。母親の弟がカギを握っているんかもしれん…)
電車が福町駅に到着した真一は、駅の公衆電話で工業高校に出勤している、保健室の大川先生に連絡し、状況を報告した。併せて、鈴木先生にも報告を入れた。
昼食を食べていなかった真一は、駅前の中華料理店で遅い昼食をとってから、福町駅の窓口へ向かった。
ちょうどその頃、デートしている優香と森岡も福町駅に来ていて、森岡の自宅に行くべく電車に乗る為、改札口前にいた。
森岡「あれ、窓口におるん、堀川やないか?」
優香「えっ?」
優香が窓口の方へ視線を移す。
優香「ホンマや」
森岡「アイツ、何してんねん」
優香「…あのね、実は今朝、途中駅で堀川くんが降りて改札口へ向かっているところを電車の中で見かけたんや」
森岡「途中駅で? 何してるんや?」
優香「わからん…」
森岡もさすがに真一の不可解な行動に釈然としなかった。
そんなことも露知らず、真一は窓口で声をかけ、山口丹駅の記帳ノートを閲覧する為、担当者と面会し、窓口から少し離れた応接室に案内された。
森岡「アイツ、どこかに案内されたぞ。どこに行ったんや?」
優香「…………」
真一は、応接室に通されてから、山口丹駅の過去の記帳ノートを片っ端から見始めた。
真一「拝見します」
過去の山口丹駅に設置されていた記帳ノートは、香織が言った通り、約3年前から設置されていたようだった。ノートを閲覧しながら念の為、真一は確認する。
真一「すいません、少しつかぬことをお尋ねしますが…」
駅員「はい」
真一「山口丹駅にこの記帳ノートが設置されたのは3年前のようですが、きっかけは何だったのですか?」
駅員「詳しくはわかりかねますが、当時普通電車に乗務していた運転士が地元の中学生から直談判されたと伺っています」
真一「そうですか…。その当時の運転士の方は今どちらに…?」
駅員「ええっと、ちょっとお待ち下さい。調べて参ります」
駅員が当時の運転士を調べに事務所へ行った。
待っている間に真一は記帳ノートを閲覧している。
しばらくして駅員が戻ってきた。
駅員「お待たせ致しました。ええと、確認しました所、松岡という運転士が聞いていたようです。この後17:50の北町行きに乗務しますので、もしよろしければ…。この電車は…」
真一「あー、松岡さんでしたか」
駅員「ご存知なんですか?」
真一「ええ、まぁ、ちょっと…。17:50やったら、梅沢駅で10分程停まりますよね」
駅員「ええ。できましたら梅沢駅で…」
真一「心得ております。あ、この記帳ノート、明日も見に来てもよろしいですか?」
駅員「ええ。お待ちしております」
真一「ありがとうございます」
真一は下校でよく使う17:50の北町行きの2両のワンマン電車に乗った。真一は運転席後ろの席に座った。発車までの間に真一は運転士の松岡に挨拶する。
真一「松岡さん」
松岡「おう、なんや春休みなんとちゃうんか(違うのか)?」
真一「そうなんですけど、ちょっと野暮用で松岡さんに話があるんですわ。後で梅沢駅で…」
松岡「わかった」
福町駅を発車し、次の高校駅には5分で到着した。高校駅では優香が乗ってきた。優香は真一の姿はわかっていたが、真一と気まずい状態で声をかけることができないでいた。しかし優香は、真一から少し離れた席からじっと真一を見つめていた。
電車が梅沢駅に到着する。ワンマン電車なので、車掌が乗っていない。その為、運転士が全て業務を行う。ワンマン電車は、バスのように無人駅では整理券が発券され、無人駅で降りるときは運転席後ろにある運賃箱にキップ、または運賃を精算して下車する。
梅沢駅に到着した後、運転士の松岡が車内放送をする。
松岡「お急ぎのところ恐れ入ります。反対の特急列車と普通電車を待ち合わせます。10分程停車致します。発車までしばらくお待ち合わせください」
放送後、松岡と真一がホームへ降りる。その様子を優香がじっと見ている。
優香「真一くん、運転士さんと何を話してるんやろか…?」
真一は松岡に尋ねる。
真一「すんません、ちょっと昔話を聞きたくて…」
松岡「何や?」
真一「3年前の山口丹駅の記帳ノートのことなんですが…」
松岡「あー、あれか。ノートがどないしたんや?」
真一「学生に直談判されたと伺ったのですが、その当時の様子を聞かせていただけないですか?」
松岡「あれはなぁ、ちょうど3年前の今頃やったかな…。ワシが丹国行きの普通電車に乗務してるとき、反対電車の待ち合わせで待ってた時、たまたまその時反対電車が遅れて、大分待たされてた時やった。中学生の男の子と女の子が真剣な眼差しで、ホームに出たときに言われたんや。『この駅の伝言板(黒板)が壊れているので』って言うてきたんや。一応、丹国駅に着いてから駅員に伝えたけど…。そしたら、その後記帳ノートを置くことになったって聞いたんや。あくまでも地元の村の人が管理するのが前提やったんやけど、途中から福町駅が管理することになったらしい。プライバシーの問題もあって、協議があったみたいや」
真一「そうでしたか…。その当時の中学生のの2人は、どんな様子でしたか?」
松岡「うーん、仲良さそうやったけど、男の子がちょっと元気なかった感じやったなぁ…」
真一「そうですか…」
松岡「あとなぁ…」
真一「はい」
松岡「確かあの時、男の子の方が記帳ノートをどうしても置いてほしい感じやった」
真一「どうしても?」
松岡「理由はわからんけど、何か思い入れがあったんとちゃうやろか…」
真一「そうですか…」
真一と松岡は電車に乗り、梅沢駅を発車した。真一は優香が乗車してることを気づいていない。それどころか、北川の行動について考えていた。そんな真一を優香が見ている。
優香(この前から一体何してるんやろう? 昨日の丹国行きの電車に乗っていたのと、今日の途中駅で降りたこと、福町駅の窓口から奥の部屋に通されたこと、そして今、運転士の人と真面目な顔して話してたこと…。何かあったんやろか…。そういえば春休み前に鈴木先生とも話してたなぁ…。あれも何なんやろ? 何か調べてるんかなぁ…?)
一方の真一も考えていた。
真一(北川は山口丹駅の記帳ノートをかなり強く要望した。なんでなんや? 山下さんと離れたくなかったからか? けどそれやったら、文通してるのに、なんでわざわざ記帳ノートの設置を強く要望したんや? それに出雲の叔父さんのことや。もう一度出雲行ってこな、まだ本人見つけてないし…。どうしようか…)
真一が考えながら、南駅に電車が到着し、下車する。優香は真一の動きをずっと見つめていた。
優香(何か真剣に考えてたなぁ…。何かあったんやなぁ…。私のこと見えてないし…)
真一がホームに降りて、松岡と少しだけ話した。
松岡「ワシの昔話、役に立ったか?」
真一「お陰さんで…。お手数おかけしました」
松岡「あぁ。もうすぐ新学期やないんか?」
真一「来週からですわ」
松岡「また賑やかになるんやのう」
真一「そうですなぁ…」
松岡は電車を発車させた。真一は改札口へ向かう。それを優香はじっと見つめていた。優香は真一の行動が不思議だった。
翌日、真一は福町行きの電車で福町駅に行き、駅の窓口に申し出て、山口丹駅にあった過去の記帳ノートを閲覧し始めた。
真一「ん? これは…」
真一はある過去の記帳ノートに注目した。
真一「すいません」
駅員「はい」
真一「この過去の記帳ノートをお借りすることはできませんよね?」
駅員「申し訳ありません。プライバシーの問題もあって…」
真一「では、この部分だけでもコピーとかはできないでしょうか?」
駅員「この部分でしたら、問題ありませんので、コピーでしたら結構です」
真一「すいません、よろしくお願いします」
真一は、注目した箇所の記帳ノートのコピーを駅員からもらった。
福町駅からの帰り、途中駅まで電車で戻った真一は、途中町病院へ向かった。香織に面会する為だ。
真一「失礼します」
香織「あ、堀川くん」
真一「大分元気そうやなぁ」
香織「お陰さんで、明日退院するんや」
真一「そうかぁ、良かったなぁ」
香織「ありがとう、色々動いてくれて…」
真一「いえいえ…。それよりなぁ、来週なんやけど…」
香織「来週がどうしたん?」
真一「もう一回、出雲へ行ってこようと思うんや」
香織「もう一回出雲へ? なんで?」
真一「北川くん、探してくる。ちょっと確認したいこともあるから…」
香織「私も行きたいけど…」
真一「病み上がりに無理は出来んで…。またポケベル鳴らすわ」
香織「ゴメンね。いつから行くの? というか、学校始まっちゃうよ」
真一「さぁ、それやがな…」
香織「どうするん?」
真一「ちょっとオレに考えが…」
香織「そうなんや…」
真一「それと、一つ確認したいことがあってなぁ…」
香織「何?」
真一「山口丹駅の記帳ノートのことなんやけど…」
香織「うん」
真一「『伝言板が壊れていた』ということやったけど、理由はその他にあったんか?」
香織「私も詳しくはわからんのやけど、克っちゃんが強く訴えてたんや」
真一「そうか…」
香織「来週から学校でまた会おうね」
真一「うん…。あ、それともう一つ、頼みがあってなぁ…」
香織「何?」
真一「北川くん宛の手紙を書いて欲しいんや」
香織「手紙?」
真一「うん。出雲でもし会ったら、渡したいと思って…。内容は…」
真一は香織に手紙の内容を伝え、香織に手紙を書いてもらった。
香織は真一の心境をうかがいながら、来週からの新学期に備えた。
そして翌日、香織は無事退院した。
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