第6話 真一、一人で『出張する』…山口丹

優香が福町駅のホームで見かけたとは露知らずの真一は、山口丹やまくちたん駅に到着した。到着したのは夕方5時頃。辺りは暗くなっていた。

山口丹駅は無人駅なので、駅員はいない。改札口を通り抜け、待合室に行くと待合室に大学ノートが置いてあった。駅の利用者による記帳のノートだった。表紙には『1996年1月~』となっていた。


真一は何気なくそのノートをペラペラとめくりながら見ている。


真一「小さい子供から高校生に、大学生もかな…。皆色々書き込んでるなぁ…。山口丹って観光地でもないのに、なんで記帳ノートがあるんや?」


真一が何気ない疑問を持ちつつ、ノートをペラペラめくりながら見ていた。


真一「ん、これは…」


真一の目に留まったのは、北川が書いたと思われる文面だった。


『小学校1年の時、倒れた君を助けてから今10年が経った。3年前に一度だけこの駅で再会したが、今日この日、君を待っているが、約束の時間になってもまだ現れない。忘れたのか? それともオレのことが嫌いになったのか? オレが何をしたというのか? まさか…』




真一「(香織が)1つ手前の口丹駅で救急車に乗ったからなぁ…。日付は書いてないが最近書かれたような感じやな…」


真一はもっと見たかったが、夜になり、日を改めて出直すことにした。


真一は山口丹駅から福町行きの電車に乗って、途中駅で北町行きに乗り換えて帰っていった。

南駅に到着し、真一は公衆電話で香織のポケベルに文字を打ち込む。


『アシタビョウインヘイキマス』




翌日、真一は福町行きの2両編成の電車の前の車両に乗って、途中駅まで乗る。同じ電車の後ろの車両には、福町でまた森岡とデートに向かう優香の姿があった。

電車が途中駅に到着し、真一が電車を降りて改札口へ向かう。優香が何気なくホームを見ていると、目の前を真一がホームで通りすぎる。


優香(えっ、真一くん❗)


優香は迷っていた。途中駅で下車して真一を追いかけるか、このまま森岡と待ち合わせ場所へ行くか迷っていた。電車の停車時間はわずか。優香はとっさに電車を降りた。優香が改札口へ向かう。


優香(しんちゃん、一体何してるんやろ? 今日は途中町で何か用事なんやろか…?)


改札口を出た優香は辺りを見渡すが、真一の姿が既に見当たらなかった。


優香(風のように颯爽と姿が見えなくなる。もう、私のこと嫌われてるんやろなぁ…。『幼なじみ』もこれまでか…。しんちゃんの性格知ってるのに、こんなことして…。真一くんの立場からやったら辛かったんやろなぁ…。一人で悩んでたんや…。真一くん、不器用やし自分の気持ちを表に出さない、何も言わない人やから…。それを知ってて私、何してたんやろ…)


優香は悲しい気分になった。足取りも重く途中駅に戻り、福町行きの電車に乗って福町に行き、森岡と会った。


優香「ゴメン、遅くなって」

森岡「あぁ、寝坊か?」

優香「う、うん…。ゴメンね、本当にゴメン」

森岡「仕方ないやん。行こか」

優香「うん…」


優香は森岡とデートに出かけた。森岡が優香と手をつないだ。当の優香は真一がことが気になっていた。


優香(真一くんは白木くんたちから私のことで悩んでいたんか…。真一くんの自分の気持ちで言わなかったから、白木くんに言付けて私に『付き合ってほしい』って伝言させたんか…。真一くんホンマに不器用やけど、今から考えたら、辛いよね…)



一方の真一は、途中町病院へ香織に面会していた。


香織「堀川くん」

真一「おはようございます」

香織「おかえり」

真一「ただいま」

香織「ゴメンね、出雲まで行ってもらって」

真一「いえいえ、乗り掛かった船や」

香織「それで、克っちゃん見つかったの?」

真一「それが、会えんかった…」

香織「えー…」

真一「それでなぁ、山下さんにいくつか聞きたいことがあったんや」

香織「聞きたいこと?」

真一「うん」

香織「何?」

真一「北川くんが山口丹にいた頃、お父さんはおっちゃったか(おられたか)?」

香織「いや、おばさんと克っちゃんだけだったよ」

真一「そうか…。あと北川くんが松江に引っ越す話を聞いたとき、理由って聞いてないか?」

香織「うーん、家の都合とは聞いていたけど、詳しくは…」

真一「そうか…。突然引っ越す話が出たか?」

香織「うん、なんか急な話しやったなぁ。どうしたん?」

真一「いや、特に深い理由はない。あと、山口丹駅のことで教えてほしいんやけど…」

香織「何?」

真一「山口丹駅の待合室に大学ノートがあって、記帳ノートみたいなんやけど、あれは昔からあったんか?」

香織「あれはね、数年前からなんだよ」

真一「そうなんや」

香織「実は、私と克っちゃんが作ったんだよ」

真一「へぇー、そうやったんか。でも勝手に設置出来んやろ?」

香織「鉄道会社にお願いに行ったよ。そしたら、了承もらったから…」

真一「そうかぁ」

香織「昔は黒板の『伝言板』があったんだけど、ボロボロだったから、代わりにノートを設置できないかお願いに行ったんだよ」

真一「そうか…。その管理は鉄道会社なんやなぁ?」

香織「そうだよ」

真一「北川くんと前回会ったのは、いつやったっけ?」

香織「中学生の時。ええと…今から3年前やったかな…。中学3年になる前の春休みだったと思う」

真一「そうか…。その時はどうやって会ったの?」

香織「克っちゃんが山口丹駅まで電車で来てくれたの。私、昼前に電車が着くこと知ってても、朝から克っちゃんを駅で待ってた(笑)」

真一「そうか。克っちゃんは山下さんの『初恋の人』か?」

香織「堀川くんだけだよ。誰にも内緒やで」

真一「うん」

香織「そうだよ。克っちゃんは小学校のあの時から好きや」


香織が顔を赤くしながら真一に答えた。


真一「そうか…。わかった。ちょっと山口丹へ行ってくるわ」

香織「堀川くん、ゴメンね。折角の春休みが私のせいでつぶれちゃって…」

真一「大丈夫や。家におってもすることないから、ちょうど良かったわ(笑)」

香織「…ねぇ、堀川くん」

真一「え?」

香織「ゆうちゃんのこと、本当は気になってるんやないの?」

真一「いや、別に」

香織「あんなに仲良しやった幼なじみに彼氏ができるって、何かあったんやないの?」

真一「何もないで」

香織「ゆうちゃん、堀川くんにカマかけたんやないんか?」

真一「どうなんやろなぁ。それにオレ、そういう(恋愛の)こと、よう(よく)わからんし、興味ないから…」

香織「ホンマにこれでいいの?」

真一「そこまで干渉してないから…」

香織「…………」

真一「じゃあ、行ってくるわ」

香織「うん…」


真一は病院をあとにした。香織は真一の姿が見えなくなってから、優香のことを考えていた。


香織(堀川くんに振り向いてもらうために、ゆうちゃんがカマかけたんかな…? でも堀川くん、真っ直ぐな性格みたいやから、何もせずに見てただけやったんやろか…。でもゆうちゃん、堀川くんのこと一番よく知ってるのになんでなんやろ…?)



真一は途中駅に戻り、丹国行きの電車に乗った。山口丹駅に到着し、待合室をくまなく見て回る。

そして真一は、待合室に設置されている記帳ノートを再度1ページずつじっくり見ていく。

すると、無人駅にも関わらず、臨時の駅員が事務所から出てきた。


真一「すいません」

駅員「はい、どうされましたか?」

真一「ちょっと、この駅のことでお尋ねしたいことがあるのですが…」

駅員「どういったことでしょうか?」

真一「この記帳ノートは、いつから設置されたのでしょうか?」

駅員「申し訳ありません。その辺の事はわたしではわかりかねます」

真一「そしたら、この記帳ノートは以前から設置されたようなのですが、記帳ノートがいっぱいになったら、新しい記帳ノートにかわるのですか?」

駅員「かわりますね」

真一「それじゃあ、いっぱいになった記帳ノートはどうなるのですか?」

駅員「一時的に保管はしますが、一定の期間が経過すれば廃棄されます」

真一「そうですか…。この駅に保管されるのですか?」

駅員「いえ、福町駅ですね」

真一「福町駅ですか…。あの、わがままを言うのですが、ちょっと人探しをしてまして、山口丹駅の記帳ノートに何か記されているようなので、その過去の記帳ノートを見せていただけないか、ご相談したいのですが…」

駅員「そうですか…。ちょっと福町(駅)に聞いてみます。少々お待ち下さい」

真一「すいません」


駅員が福町駅に構内電話で連絡をとる。

しばらくして駅員が真一に話す。


駅員「そうしましたら、福町駅と連絡とりましたので、福町駅で申し出てください」

真一「ありがとうございます」

駅員「ただ、次の福町行きが1時間後なので…」

真一「あぁ、ちょっと山口丹で行くところがありますので…」

駅員「そうですか。ではまたお待ちしております」


真一は福町行きの電車の待ち時間を使って、山口丹の集落へ移動した。


山あいの集落でもある山口丹地区。真一は北川のことで集落の人に尋ねていた。すると、ある一人の人物から話が聞けた。


男「北川さん、かわいそうやった」

真一「かわいそう?」

男「北川さん、未婚の母なんや。確か男に騙されて…」

真一「それはどういうことですか?」

男「確か、友達と出雲へ旅行に行って、松江の方で見知らぬ男に襲われてなぁ…」

真一「まさかそれで…」

男「あぁ、北川さんのお腹に克也くんができたんや」

真一「そうやったんですか…」

男「その後、男は警察で厄介になって、出所後に賠償のことで話し合いがあって、克也くんの存在を知ったとき、男が『更正して父親になる』と言い出してなぁ…」

真一「普通は断るんやないんですか?」

男「けど北川さん、経済的にも苦しかったから、究極の選択をしたんや」

真一「それで松江に…?」

男「あぁ。心労がたたって、亡くなりはった(亡くなられた)から…。克也くん、男に懐かんかったらしいしなぁ…」

真一「そうでしたか…。ということは、いま北川さんの息子さんと実父が松江にいらっしゃるんですか?」

男「それが…風の便りで、奥さんが亡くなりはった後、実父も交通事故で亡くなったと聞きました」

真一「そうですか…」

男「克也くん一人になったのに、実父は自分のことしか考えていなかったそうです」

真一「それはどういうことですか?」

男「交通事故で亡くなったのは、実父自身が作った借金を返済するために、貸していた高利貸しが唆して、事故に見立てて保険金を…」

真一「そうでしたか…。克也くんのお母さんの親戚はどちらにいらっしゃるか、ご存知ないですか?」

男「ええと、確か出雲大社の近くのお茶屋さんやったと思うわ。あ、それと…」

真一「それと…?」

男「出雲の方にもう一人、克也くんの叔父にあたる、母方の弟さんがいらっしゃるって聞いたことがあったわ」

真一「そうですか…。色々とお手数おかけしました」


真一は山口丹の集落から山口丹駅に戻り、福町行きの電車に乗って、福町へ向かった。

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