第11話 真一、優香、北川、香織…それぞれの思い

真一の公休を使った出雲への『出張』最終日の朝を迎えた。


真一はゆっくり起きて、ビジネスホテルで朝食をとり、自室で身支度をする。運命の朝を迎える。


一方、工業高校では、優香はいつものように森岡と朝一緒に登校していた。雑談をしながら特に変わった様子はない。

白木、藤岡たちも特に変わった様子はない。変わっているのは、真一がいないことである。


また香織も、普段通りに登校していた。真一からの連絡がないので、少し戸惑っていた。




午前9時30分、真一はホテルをチェックアウトし、出雲市駅にいた。改札口前で北川を待っていた。朝の通勤通学の時間帯が過ぎ、駅は閑散としている。


20分が経過しても、出雲市駅には北川の姿がない。

10時まであと10分。電車の発車時間が刻一刻と迫る。


それから5分が経過した。まだ北川の姿は見られない。待っている間、真一は自動販売機でミルクティを2本買った。


時計は9時58分、発車まであと2分。


真一(何してるんや? ん(来ない)つもりか?)


そう心の中で思っていた瞬間、走って息を切らして真一のところに男がやって来た。北川だった。


北川「すまん、遅くなった」

真一「電車乗るで。もう発車する」

北川「あぁ」


2人は山陰本線の普通電車に乗った。

電車の中で2人は話す。


北川「昨日、香織の手紙を読んだ」

真一「そうか…」

北川「あんたが言うてた通りの内容やった。香織がオレに会いたがっていた」

真一「そうか…」

北川「都合つけるのに難航したけど、香織の顔をたてて山口丹まで向かうことにした」

真一「そうか。山下さんとは、明日会ってもらうわ」

北川「明日?」

真一「山口丹まで時間がかかるからなぁ…。今日は福町のビジネスホテルに泊まってもらう。土日は休みやろ?」

北川「あぁ」

真一「土日のことは山下さんに任せることにするから…」

北川「わかった…。大丈夫なんやろなぁ?」

真一「山下さん直々に頼まれてるからなぁ…」

北川「…………」


真一と北川は、電車を乗り継ぎ、途中昼食をとって更に東へ進む。



その頃、工業高校では昼休みの時間帯だった。


(校内放送)ピーンポーンパーンポーン

鈴木先生「生徒の呼び出しをします。3年5組加島優香さん、3年5組加島優香さん、工業系職員室の鈴木のところまで来て下さい」


図書館で優香と森岡が話していた時だった。


優香「行ってくるわ」

森岡「あぁ…」


その時、工業系職員室に鈴木先生を訪ねて香織がやって来た。


香織「失礼します。鈴木先生」

鈴木先生「山下、どうした? 堀川のことか?」

香織「はい。今日帰ってくるんですよね?」

鈴木先生「あぁ…」

香織「何も連絡ないんですか?」

鈴木先生「今のところは無いなぁ」

香織「そうですか…」

鈴木先生「収穫なし…と思ってるんか?」

香織「いえ、私は必ず収穫あって堀川くんは戻って来ると信じています」

鈴木先生「何か根拠でもあるんか?」

香織「ありません。でも、私の勘で思うんです」

鈴木先生「そうか…。何かあったら言うたるわ」

香織「よろしくお願いします」


香織が退室後、入れ替わりで優香がやって来た。


優香「失礼します。鈴木先生、何かご用ですか?」

鈴木先生「あぁ、この前言うてた大学のオープンキャンパスのことやけど…」

優香「はい、私も返事しようかと思っていたんです」

鈴木先生「そうか」

優香「私、オープンキャンパスに行きたいです」

鈴木先生「わかった」

野島先生「鈴木先生、電話です」

鈴木先生「わかりました。加島、また連絡する」

優香「よろしくお願いします」


鈴木先生が電話に出る。


鈴木先生「電話代わりました。おぉ、どうやそっちは?」


そして鈴木先生が叫んだ。


鈴木先生「うん…、うん………、ホンマか❗ …おぅ、すぐ戻って来い❗」


鈴木先生が電話を切る。電話の相手は真一だった。鈴木先生が頭を抱えて呟く。


鈴木先生「色々文句言いながら…、最後はちゃーんと落とし前つけよる…」


鈴木先生の電話の応対を、優香は工業系職員室前の廊下でずっと見ていた。


優香(先生、何かあったんやろか?)


一方真一は、保健室の大川先生にも北川を連れて戻る旨電話で報告した。そして真一は、香織にポケベルを打った。


『アスアサトチュウエキニキテ(明日朝途中駅に来て)』


香織はポケベルが鳴り、教室でポケベルを見た。真一からのメッセージを見て察したと同時に安堵した。そして、教室にいた加藤に香織が話しかけ、真一と優香のことで確認する。


香織「ひっちゃん」

加藤「香織ちゃん、どうしたん?」

香織「ちょっと、ゆうちゃんのことで聞きたいことがあるんやけど…」

加藤「ゆうちゃんのこと?」

香織「ひっちゃん、ゆうちゃんって彼氏ができちゃったんやなぁ…?」

加藤「あ、うん。2組の森岡くんやろ?」

香織「らしいなぁ。ゆうちゃんって、確か3組の堀川くんとめっちゃ仲良かったんやないの?」

加藤「うん、ゆうちゃんと堀川くんは幼稚園の時の同級生で幼なじみなんやって。私もてっきり(彼氏が)堀川くんかと思ってたんや」

香織「なんで、ゆうちゃんは堀川くんと付き合わんかったんやろ?」

加藤「詳しいことはわからんけど、何か、堀川くんの周りの友達らが堀川くんに『ゆうちゃんと付き合わへんの?』って言うてたらしい。堀川くんは『ゆうちゃんとは幼なじみというだけで、幼稚園の時から何も変わってない。こんなもんや』って否定しつづけてたんや。ゆうちゃんは堀川くんのことを気にしてたみたいやったんやけど、堀川くんは『昔から変わってない。いつも通りや』って、ゆうちゃんのこと何とも思ってなかったんや。それで、くーちゃん(村田)から『カマかけてみたら?』って唆されて、しかもゆうちゃん、ちょうど森岡くんから告白されたこともあって、ゆうちゃんが堀川くんを試したみたいなんや。そしたら、堀川くんは今まで以上に何も言わなくなってしまって…。それで、堀川くんがなぜなのかわからんのやけど、4組の白木くんを通じて『付き合ってほしい』って伝えたらしいんやけど、ゆうちゃんは『興味ない』って断って…。結局、ゆうちゃんはカマかけて堀川くんがおかしな告白をしたのと、堀川くんがそれ以上何も言わなくなってしまったから、ゆうちゃんはどうしようもなくなってしまって、森岡くんと付き合うことになったんや…」

香織「そうやったんや…。ゆうちゃんは堀川くんのこと、よく知ってるんやろ?」

加藤「そうやなぁ…。幼稚園から知り合ってて、ゆうちゃんも堀川くんも、お互いのことよく知ってるから、めっちゃ息ピッタリやしなぁ…」

香織「それで今はケンカ別れみたいになってるんか?」

加藤「堀川くん、ゆうちゃんはおろか、友達とも話さなくなって…。修了式前から春休みを挟んで今も堀川くんは誰とも話してないんや」

香織「そうなんや…。ゆうちゃんは、堀川くんのこと、今はどう思ってるんやろ?」

加藤「『そっとしておいてあげたら…?』って、あえて何も話してないみたいやし、なかなか会うこともないみたいやわ。でも、強がり言うてる感じなんやって…。ゆうちゃん、本当は堀川くんのこと、めっちゃ気にしてると思う」

香織「そうなんや…」


香織は加藤から話を聞いて、何か考えていた。



その頃、真一と北川は夕方になり福町駅まで戻ってきた。


北川は、福町駅前のビジネスホテルにチェックインした。真一は電車で高校駅に向かった。


高校駅から工業高校へ向かう真一。校門に差入った時だった。図書館にいる森岡と優香。優香が何気なく外で人影があるのに気づき、校門の方を見ると、真一が高校に入っていくのを見た。そして急に窓際へ行った。


森岡「どうした?」

優香「堀川くんが…」

森岡「堀川? どこ?」

優香「向かいの第2校舎に入って行った」

森岡「えー…、こんな時間に…。アイツ出張やったんとちゃうんか?」

優香「………。あ❗」

森岡「どうした?」

優香「今日、昼休みに鈴木先生のところへ行った時、鈴木先生に電話がかかってきて、『ホンマか❗』って叫んでたんや。ひょっとしたらあの電話、真一くんやったんかも…」

森岡「アイツの出張って、一体何やったんや?」

優香「…………」



真一は工業系職員室へ向かった。鈴木先生が待っていた。


鈴木先生「おう、ご苦労さんやったな」

真一「お待たせしました」

鈴木先生「お前の言うた通り、福町駅前のホテル、予約しといたぞ」

真一「すんませんでした。本人、チェックインしてます」

鈴木先生「そうか。明日どうするんや?」

真一「それで、もう一つお願いがあるんです」

鈴木先生「なんや? また無茶苦茶言うんやないやろなぁ?」

真一「山下さんなんですが…」

鈴木先生「山下?」

真一「明日、山下さんは朝から彼と再会することになっています。彼女、明日は『出張』で公休です」

鈴木先生「何やと? 山下まで『公休』かい?」

真一「その代わり、明日再会したら山下さんは夕方までに工業高校ここに戻って、鈴木先生に再会の報告することで手打てませんか? どっちにしても、土日は休みですし…」

鈴木先生「また、また、また、また、無茶苦茶言うてきたなぁ…。『アカン』言うても、お前が文句言うやろし…。公休の紙、持っていけ」

真一「すんません、おおきに(ありがとうございます)」


真一はその後、保健室にも立ち寄った。


大川先生「ご苦労さんやったなぁ」

真一「これ、土産です。お口汚しになりますけど、どうぞ」

大川先生「あんた…。おおきに。それより、どんな感じや?」

真一「明日朝、山口丹駅で再会してもらいます」

大川先生「そう…。あんた、それより人のことより、あんた自身のことは考えへんのか?」

真一「オレ、アホなのでよう考えません」

大川先生「私が言うのもなんやけど、みんな、あんたのこと心配してる。あんたが出張中、加島さんがあんたのこと、えらい気にしとるらしい。加藤さんと滝川さんが保健室ここで…」

真一「そうですか」

大川先生「あんた、やっぱり『叔父さんのこと』がどうしても気になっとるんやろ? そやから、加島さんに本当のことが…」

真一「もう、終わったことですから…。今後も変わりませんよ」

大川先生「……………」



その頃、優香は森岡に高校駅まで送ってもらった。真一は高校駅に来ることはなかった。仕方なく優香は6時半の電車で帰った。


真一は保健室で大川先生と話し込んでいたため、6時半を過ぎていた。真一は7時20分の電車で帰った。



帰宅後、優香は入浴と夕食を食べた後、自室にこもっていた。


優香(しんちゃんは鈴木先生と一体何をやっているの? どこに出張してたの? 私のことで、私のこと忘れようとしてるんやろか…。カマかけたの、やりすぎたかな…)


その頃、福町駅前のビジネスホテルに滞在している北川も自室で考えていた。


北川(香織…体が弱いのにオレのこと待ってたんか…。ずっとオレのこと待ち続けてくれてたんか…。それも山口丹駅で…)


一方、香織は翌朝に備え、早く就寝した。しかし、なかなか寝つけられなかった。


香織「かっちゃん…、明日会えるのかなぁ…?」

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