第10話 真一、北川を説得する…『香織の気持ち』

真一は出雲大社の境内で北川と話している。


真一「山口丹を離れたくなかったんやなぁ」

北川「…あぁ。昔、山口丹を離れることを告げた時、香織に泣きつかれた。それまではただの同級生やと思ってた。けど泣きつかれたとき、香織、ホントはオレのこと…」

真一「そうやったんか…」

北川「それで、駅の伝言板は確かに壊れてたから、記帳ノートをなんとしても設置してほしかった。そしたら、鉄道会社と村で話し合いが行われて、何とか記帳ノートを置いてもらうことになって嬉しかった。これで香織も一人ぼっちにはならんだろう…と。松江、出雲に移ってからも香織とは今でも文通している。電話という方法もあったけど、香織にも都合あるだろうし、アイツ、体が弱いし…」

真一「あんたは山下さんが昔から体が弱いことを知っていたから、余計に彼女のことが気になったんやな…」

北川「…あぁ。初めて香織を見たときは、小学校で倒れていた。とりあえず保健室に連れていって、保健室の先生に香織のことを任せた。それから、香織は体調が改善されてオレに礼を言いに来た。そこから香織と話すようになって、香織もオレに優しくしてくれた。体が弱いから、誰も香織のことを見ないのなら、オレが見るしかない…と思ったんや」

真一「そうやったんか…」


真一は心の中で思った。


真一(昔、幼稚園の時の優香ちゃんのイスを取りに行った時と似てるなぁ…。しょんぼりしてたから、イスとってやって、満面の笑みやったからなぁ…)


真一「あんたは山下さんとどうしたいんや?」

北川「それは……その…」

真一「それとまたオレにだけ教えて欲しいんやけど…」

北川「何や?」

真一「なんで消息不明にしてたんや? 山下さん、心配しとった。『松江から出雲に移ったことも、理由が聞けないからわからん』って…」

北川「あんた、香織の為にオレを探してたのなら、もうわかってると思うけど…」

真一「あぁ…。それでなんやろ?」

北川「そうや…。父親が松江を旅行中の母親を襲って、オレが産まれたんや」

真一「…………」

北川「父親が死んだとき、ホッとした。やっと呪縛から解放される…って。でも母親も父親のせいで苦労して、先に死んでしまったのが悔しかった。オレは一人になったけど、出雲に母方の叔母さんと叔父さんがいるから、安心してる。でも、父親の借金取りがたまに街で会うことがあるから、少し雲隠れしてるんや」

真一「そもそも、なんで父親と一緒に住むことになったんや?」

北川「…………」

真一「そんな状況やのに、なんでわざわざ松江に…? 普通なら、二度と顔見ることないやろ?」

北川「そうやな…。ウチはお母ちゃんと2人暮らしで、お母ちゃんの収入だけで生活してたんや。けど、お母ちゃんの稼ぎは限られてるし、決して裕福ではなかった。そこで、不本意やったけど父親に頼るしかなかった。叔母さんや叔父さんを頼らなかったんや、お母ちゃんが。敢えてイバラの道をお母ちゃんは選んだんや。それで松江に引っ越すことになって…」

真一「そうやったんや…。だから山下さんには話せなかった。いや、話すことはできんのや」

北川「あぁ…」

真一「高校卒業したら、どうするの?」

北川「決めてないけど、就職すると思う。京都で就職しようかと…」

真一「山下さんの為でもあるわけやな…」

北川「あぁ…」

真一「そうか…。山下さんに会ってやれんかなぁ?」

北川「オレ、高校は定時制に通ってて、日中バイトしてるんや」

真一「そうか。急な話で悪いんやけど、明日福町まで一緒に出てこれんかなぁ? 明後日、山口丹駅でもう一回、山下さんと再会してくれへんかなぁ…?」

北川「ホンマに急な話やなぁ…。オレの都合そっちのけやないか❗」

真一「だから、予め断ったやんか(笑)」

北川「なんで明日やないとアカンのや?」

真一「山下さんと約束したんや。『明後日、山口丹駅で再会してもらう』って…」

北川「あんたの都合やないか❗」

真一「そうや。でも山下さんの都合でもあるわけや。その手紙に何て書いてあるかは知らんけど、彼女の為に一肌脱げれんかなぁ…?」

北川「…一晩、考えさせてくれ」

真一「わかった。明日、出雲市駅10時の電車に乗るから、出雲市駅の改札口の辺りで待ってるわ。何とか、彼女の為に考えてやってくれ」

北川「わかったから、一晩考えさせてくれ」



そうして、真一と北川の話し合いは終わった。真一は明日出雲市駅10時の電車で北川と一緒に戻ろうと考えた。一か八かの賭けでもあった。



真一は宿泊先のビジネスホテル近くのレストランで夕食を食べてから、ホテルに戻って自室で考えていた。



真一(北川は山下さんのことが気になっとる。山下さんも北川のことが好きやから、再会したら時間の問題かな…。都合つけて明日出てくるやろう…。『初恋の人』か…)




一方その頃、北川は自宅で香織の手紙を見ていた。


『かっちゃん、元気にしてるの? 私、最近体調がすぐれなくて、この前、山口丹駅に行く途中に電車の中で倒れてしまって、救急車に運ばれてしまったの。だからあの日、山口丹駅に行けなかった。本当にごめんなさい。』

『ところで、今回堀川くんが私のために出雲へ行ってくれているんや。実は、私が電車の中で倒れた時、たまたまとなりの席に乗ってたのが堀川くんやったんや。後日、高校の廊下で出合い頭にぶつかって、よく見たら助けてくれた堀川くんやったんや。同じ高校の同級生やったことがわかったんや。それで、電車の中で助けてくれたから、思いきって堀川くんにかっちゃんのことを相談したんや。そしたら、何も文句も言わずに出雲まで探してあげる…って、引き受けてくれたんや。だから、堀川くんのことを信じて欲しい』



北川「そうなんや…。アイツ、ホンマに何も文句も言わずにオレを探しに出雲まで…」




『だから、私が言いたいこと、私から言わなくてもかっちゃんならわかってくれるよね?

私、山口丹で待ってます。かっちゃんが来てくれるまで、待っています。お願いです。かっちゃんに会いたい… 』



北川「でも明日って、また急やなぁ…。香織、どうしたらええんや…」



北川はその後もずっと悩んでいた。

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