ホラーは読まないあなたにこそ、この知的な恐怖をオススメしたい

ホラーと名の付くものは極力避けて通る私ですが、タイトルと「民俗学」のタグに惹かれて「一話だけ……」と仰け反り気味にページを開き、あっという間に魅了されて全部読んでしまいました。

物語が事件へなだれ込む時の急降下させられるような場面転換にも感嘆しましたが、この作品の真の魅力は細部にあると思います。

屋久島から比彌島へ、船へ乗せてもらってきつい方言をどうにかリスニングして、食事をごちそうになって──そのひとつひとつに香りまで感じるような丁寧な描写は脳裏の映像を色鮮やかにしても良さそうなのに、どこか嵐の起きる直前の晴れ間のような、端の方がちょっぴり翳っているような、静かな不気味さを抱かせます。

そういう文章をじっくり堪能しながら読み進める物語は、恐ろしい事件をすぐ傍に迫らせつつも民俗学者のフィールドワークを見守っているような、知的好奇心を刺激される構成になっています。けれどそんな島独自のミステリアスな伝承や風習の中に少しずつ少しずつ、仄暗い謎が潜ませてあるのです。

そして最後まで読んだあなたはきっと「ああ、そういうことだったのか……!」と声を上げ、伏線を確かめるために読み返しを始めるでしょう。

美しい文体、緻密な謎解き、伝承の向こう側に見え隠れする神秘的な恋愛模様──ただ読者を怖がらせるだけのホラーではありません。娯楽以上に物語へどっぷり浸れる読書体験をお求めの方は、ぜひご一読ください。

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