戦火により傷痍軍人となったイヴァンと戦争をきっかけに体を売らざるをえなくなった少女スノウの物語は二人の出会いから始まる。
この物語は人間の業を書いている。人間の浅ましさを、欲を、読者に突きつけてくる。それなのに真っ直ぐに心に届くのは、作者様が人間を分かっているからなのかもしれない、と思う。
決して綺麗なだけの物語ではない。そこにいる人達の生きる姿を、命を丁寧に描いた物語は深く心に残って終わった後も雪降る景色と共にエンドロールが頭の中に流れていく。
物語を読み終えたとき、私はこの物語の題名を見る。
そうして彼ら二人の道行きを思い返すのだ。
そして彼らと関わった人々のその後にも思いを馳せる。短い関わりながらもその人たちの背後にある人生が見えてしまう描写に改めて圧倒させられる。
まるで長い映画を観た後の満足感を味わえる物語です。
現実的には、完全な人間はいない。人というのはみな、何かに欠けているものだ。
精神的に、或いは肉体的に。
生まれかもしれないし、育ちかもしれない。
仮に本人に要因がなくとも。時代という抗えない大きなもの、人の手の届く世界そのものが何かに欠けている。
他人が後世の者が、あれは過ちだというのは簡単だ。現実には、世の中の構造はずっと複雑で、人は完全ではない。国でさえも。
人は群れを作れば、他者に群れの中での正しさを求める。人は理解に困難を感じれば、世界に単純さを求める。
それは創作であっても変わらない。読者というのはとかく、正しさを求めたり、正しくないものに罰を求めるものだ。現実が複雑で欠けているからこそ、娯楽にそれを求めるのは当然なのかもしれない。
もし、作者が人間の不完全さをありのままに描こうとするのなら、娯楽作品であることを投げ捨てるか、その段階を飛び越して作品として成立させる高い技術、なによりも人間に向き合う覚悟が必要なのではないか。
『ディ・ア・レ・スト』
この作品には、その両方が過不足なく備わっている。
不完全な人間を描こうとする真摯さ、誠実さ。その重く複雑なテーマを娯楽作品として磨き上げる技術――
――とかなんとか。
カッコつけてレビュー書いてみたけど、何を書いても蛇足だと思うので忘れて。趣味に合いそうなら是非読んでほしい。
読んで良かった。出会えて良かった。ありがとう。
映画館から出てきたあとの爽快感を思い起こして欲しい。
ポップコーンを片手にシアターに入り、わくわくしながら椅子に座り、暗転する室内照明に期待を膨らませ、楽しみにしていた映画を手に汗握りながら味わい尽くし、エンドロールの後に扉をくぐったときの、あの感覚だ。
本作を読み終わったときに抱いた感慨が、まさにそれである。
まるで映画だった。
創り込まれた世界観は、本当にその世界が存在するのではないかと思えるほどにリアルで、そこに息づくキャラクターたちは名俳優が演じているかのように「キャラクター」であることを忘れさせるほど生き生きとしている。読んでいくうちに、自分の身体が宇宙に投げ出され、この物語に出てくるあらゆる態様を持つ星々を、主人公のイヴァンやスノウと一緒に旅をしているような錯覚を覚えるほどに、いつの間にか意識が作品の中に取り込まれてしまう。
そんな、自分の意識が旅をしてしまうほどの惹き込まれる魅力が本作にはあった。
致命傷を負って退役した元軍人のイヴァン。
戦争の貧窮のなかで、自分の身体を売るしかなかった過酷な過去を持つ少女スノウ。
前者は失った家族の記憶を取り戻すために、後者は忌々しい過去を忘れるために、お互い正反対の目的を持ちながら、彼らはともに旅をすることになる。その中で生まれる哀しみや優しさ、苦悩と絶望、失うことへの恐れ、そして愛おしさ。二人はともにあらゆる感情と傷を共有しながら、ときに反駁し、ときに慰め合い、ときに涙を流して目的地へと向かっていく。
その旅路の行き着く先は、感動の一言では語れないものである。二人がお互いをディアレストと認め合うまでの、壮絶な、それでいて切なく甘い結末が待っている。
そして、その旅路の中で動く二人の心情は、お互いの視点を行き交う描写の中で鮮烈に書き出され、底の底まで湖の水を攫い出すような丁寧さと根気で、余すことなく表現されている。その妥協の許さない心の動きが、あまりにもドラマチックで見事なのだ。
もはや、キャラクターという括りではなく、「人」だ。我々はこの物語の中で「人」を見る。素晴らしい映画を見ているときに、俳優の名前など忘れてしまうように、イヴァンやスノウがキャラクターであることを忘れる。
この、キャラクターの心情描写に対する丁重さは、もはや職人技と言ってもいいのではなかろうか? なかなか出来ることではない。
さらに、作者様の素晴らしいところは、読者に対する繊細な気遣いにもあると思う。けっして難しい表現を使わず、柔らかく誰が見ても物語に入り込みやすいように、随所に工夫がほどこされている。
それは漢字の開き方や改行の仕方など、誰もが意識する小手技から始まり、イヴァンとスノウの視点で読者が混乱しないようにさりげない表現の繰り返しを入れるなど、目を凝らして見なければ気付けないようなところにまで随所に及ぶ。その丁寧さと、読者に対する作者様の謙虚さに、同じ物書きとして脱帽する思いだった。
ネタバレを極力避けながら書いたが、長文になりすぎたためあまり纏まっていないかもしれない。また、これだけ書いても魅力の十分の一も語れた気がしない。
ぜひ、読んでみてほしい。絶対に後悔しない。
――これは二人の手負いのつがいが、ディアレストになるまでの物語。
不器用な退役軍人の男、イヴァン。戦争で傷つき、家族や自身の身体の一部を失った彼は、鉄くず拾いをしている少女スノウと出会う。彼女もまた戦争によって家族、そして自分の尊厳を奪われた犠牲者のひとりだった。とある事件をきっかけにふたりは逃げ出すように、あるいは求めるようにして広い宇宙への旅に赴くことになる――。
SFってなんだか専門用語がたくさんだし時代設定も飲み込まなきゃいけないしちょっと敷居が高いな、なんて心配はありません。たしかにこの物語の舞台は、宇宙船で旅行することなど珍しくもなくなった未来の世界。しかしそのさじ加減が絶妙で、“良い感じに便利になった未来”という印象が強いです。読んで理解できなかった名称はありませんし、その仕組みがわからなければ結末の意味がわからない、なんて難解なSF知識も求められません。この物語が伝えたいのはきっと、もっと人間のこころに関することだからです。
彼らの旅には目的地があります。つまりそれは、旅の終わりが決まっているということ。トラブルだらけの旅を進めるうちに、歳の差も十分にある男女は互いに惹かれあっていきます。不器用な軍人おっさんと強気で気高い美少女。この組み合わせが好み一直線なのが拝見したきっかけだったことをここに告白しますが、とにかくこのふたりのコンビが最高なのです。そして幾多の危険を乗り越えるうちにコンビはバディに、そして『Dearest=最愛の人』になるまでに愛が深まっていきます。きっと途中から彼らの旅が終わりに近づくのが惜しくなり、「ちょっとストップ!もっとゆっくり!!」と言いたくなるはずです(でも終わりが迫るからこそまたいいのです……!)
不自然な記憶の欠落により情緒が安定しないイヴァンと、元娼婦であるがゆえに“好きな人”との向き合い方に悩むスノウ。さらに訪れる惑星ではさまざまな戦争の傷跡(戦地跡ではなく、ひとの心の傷や闇部分です)を目にすることになり、生き残った理由についても考えさせられることになります。一見ムカッとする人物も出てきますが、彼らもみな戦争の犠牲者なのだと思うとやりきれなくて切なく、またそこが非常に読み応えがある部分であったりもします。ただの恋愛物語では終わらせない、もっと骨太な人間ドラマは必見。
お互いの美しさも汚さも少しずつ知り、じりじりと距離を詰めていくようなじっくりとした大人の恋愛をお求めの方にぜひおすすめの一作。これからの冬にぴったりの、胸が温かくなる物語です。
退役軍人のイヴァンと、戦時中と戦後の不安定な情勢下で、名前とは裏腹の悲惨な身の上を背負ってしまった少女スノウが、宇宙の船旅に出る。仄暗い世界観ながら読み心地がよく、しかし見えてくる人々の事情は濃く、どこか物哀しい空気に満ちています。
ストーリーがしっかり作り込まれており、見どころ・考えどころが多い作品です。イヴァンが失った記憶と、そこに絡んでくる暗澹とした事情。最愛の誰かを喪った人々の叫び。戦禍が誰にも等しく残した傷痕。それらに容赦なく牙を向かれながらも、お互いを大切な人として見出し、寄り添うイヴァンとスノウの甘苦混ざった恋愛模様。時に明るく、時に暗い展開がなされながらも、イヴァンとスノウの姿を追わずにはいられません。
アクアマリンと雪のような美しさを持ちつつも、時に責苦となる消えない汚濁を背負い、進む二人の旅路。その結末をぜひ、見届けてみてください。
戦争の終わり——。
惑星を旅する世界の中で起きた戦争、その終結。物語はそこから始まります。
目を覚ませば身体の一部は機械となり、大切な記憶も失っていた元軍人のイヴァン。
戦争の爪痕の残る社会の中で、自分の身体を売りながら生きていく少女スノウ。
ある日、イヴァンの落とした物をスノウが拾った事から、二人の運命は交わり進んでいく。傷というのは表面に見える物だけではない、と二人の視点が入れ替わりながら進んでいく物語を追っていくほどに思い知らされます。
しっかりとした文章と構成、なのに気がつけばどんどん「次を」と読み進めてしまうほどに惹き込まれてしまう。そんな作者様の筆力に脱帽です。
スノウに「雪」を見せようと始まった二人の旅は、時に傷を抉り鮮やかに蘇らせる。
そんな中で、二人の心が近づいていく描写がとても美しいです。
戦争が終わっても、人々の"心の戦争"は終わらない——。
そんな切なく厳しい世界の中で、スポットの当たる二人の物語。
きっと誰もが『最愛の人』を求め、その人の為に生きていく。
様々な生き様が交差する物語の果てに、二人の行き着く先は何処なのか。
是非見届けてほしいです。
傷痍軍人イヴァンは、記憶の一部を失っていた。
妻子がいたはずだ。二人は今どこに? なぜ自分は一人でいる?
なぜ、なぜ——分からないことだらけなのに、問いかけに答えてくれる者はない。
独りだった彼の前に現れたのは、少女スノウ。
望まない生活を強いられていた彼女は、苦境から助け出してくれたイヴァンに恋をする。
互いに行き場のなかった二人は、やがて共に広い宇宙を旅することに。
少女の名の由来となった、雪を見つけに。
端正な文章で綴られる、端正な恋愛物語。
無駄がなく書きすぎもしない、お手本のような流れのストーリー。
散りばめられた謎がほどよいアクセントになっていて、終始大変楽しく読ませていただきました。
テーマ性が強く、愛されること、愛すること、それらによる罪と救い——読んでいる間、様々な想いを巡らせました。
この文字数で、この内容。大変密度の濃い物語で、すばらしい読書体験を得られました。
自信を持ってお勧めできる一作です。ぜひご一読ください。
スノウが自分の名前について語る時の衝撃的な生い立ちが、序盤から心に深く残り、そこから一気に話を読むのにそう時間はかかりませんでした。
イヴァン自身の記憶に残された秘密と、謎の追手たちとの攻防の中で揺らぐスノウの恋心が相まって物語がどんどんスピードアップしていきます。
また、話ごとに非常にめりはりのある構成になっており、毎話できちんと話が進むので気がついていたら読み終わっていたくらいの没入感が持てます。
スノウの相手のいる人を好きになってしまったどうしようも無いやるせなさと、その名の通りの『雪』の如くピュアで真っ直ぐな気持ちや、
イヴァンもスノウを思いやるものの、妻子持ちの身であることから一線を引きながら、それでも彼女に惹かれる二人の心の描写が胸をつきます。
二人の微妙な心の揺れの中で話が核心に触れる時、二人の下した決断をぜひ、見届けてほしい作品です。