――私は映画を観に来たのか?


 映画館から出てきたあとの爽快感を思い起こして欲しい。

 ポップコーンを片手にシアターに入り、わくわくしながら椅子に座り、暗転する室内照明に期待を膨らませ、楽しみにしていた映画を手に汗握りながら味わい尽くし、エンドロールの後に扉をくぐったときの、あの感覚だ。

 本作を読み終わったときに抱いた感慨が、まさにそれである。

 まるで映画だった。

 創り込まれた世界観は、本当にその世界が存在するのではないかと思えるほどにリアルで、そこに息づくキャラクターたちは名俳優が演じているかのように「キャラクター」であることを忘れさせるほど生き生きとしている。読んでいくうちに、自分の身体が宇宙に投げ出され、この物語に出てくるあらゆる態様を持つ星々を、主人公のイヴァンやスノウと一緒に旅をしているような錯覚を覚えるほどに、いつの間にか意識が作品の中に取り込まれてしまう。

 そんな、自分の意識が旅をしてしまうほどの惹き込まれる魅力が本作にはあった。

 致命傷を負って退役した元軍人のイヴァン。
 戦争の貧窮のなかで、自分の身体を売るしかなかった過酷な過去を持つ少女スノウ。

 前者は失った家族の記憶を取り戻すために、後者は忌々しい過去を忘れるために、お互い正反対の目的を持ちながら、彼らはともに旅をすることになる。その中で生まれる哀しみや優しさ、苦悩と絶望、失うことへの恐れ、そして愛おしさ。二人はともにあらゆる感情と傷を共有しながら、ときに反駁し、ときに慰め合い、ときに涙を流して目的地へと向かっていく。
その旅路の行き着く先は、感動の一言では語れないものである。二人がお互いをディアレストと認め合うまでの、壮絶な、それでいて切なく甘い結末が待っている。

 そして、その旅路の中で動く二人の心情は、お互いの視点を行き交う描写の中で鮮烈に書き出され、底の底まで湖の水を攫い出すような丁寧さと根気で、余すことなく表現されている。その妥協の許さない心の動きが、あまりにもドラマチックで見事なのだ。

 もはや、キャラクターという括りではなく、「人」だ。我々はこの物語の中で「人」を見る。素晴らしい映画を見ているときに、俳優の名前など忘れてしまうように、イヴァンやスノウがキャラクターであることを忘れる。

 この、キャラクターの心情描写に対する丁重さは、もはや職人技と言ってもいいのではなかろうか? なかなか出来ることではない。

 さらに、作者様の素晴らしいところは、読者に対する繊細な気遣いにもあると思う。けっして難しい表現を使わず、柔らかく誰が見ても物語に入り込みやすいように、随所に工夫がほどこされている。
それは漢字の開き方や改行の仕方など、誰もが意識する小手技から始まり、イヴァンとスノウの視点で読者が混乱しないようにさりげない表現の繰り返しを入れるなど、目を凝らして見なければ気付けないようなところにまで随所に及ぶ。その丁寧さと、読者に対する作者様の謙虚さに、同じ物書きとして脱帽する思いだった。

 ネタバレを極力避けながら書いたが、長文になりすぎたためあまり纏まっていないかもしれない。また、これだけ書いても魅力の十分の一も語れた気がしない。

 ぜひ、読んでみてほしい。絶対に後悔しない。

 ――これは二人の手負いのつがいが、ディアレストになるまでの物語。

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