こころを知って欲しい。でも、知らないで欲しい。残酷な夢をみるくらいなら


 ――暗殺人形。

 それは、こころという大事なものがない、究極の欠落の美だ。我々は、このあまりにも足りない美しい存在に、心を奪われることになる。

 本作は、ローデンハイム帝国とグラトニア共和国の終わりの見えない戦争の中で、多種多様な暗殺者や兵士たちが暗躍する模様を書いたダークなミリタリーストーリーだ。出てくる面々は、本当に個性的で見ていて飽きない。巧みに練りあげられたキャラクターたちは、脈拍の音が聴こえてきそうなほど活き活きとしすぎていて、読者や作者さえも振り回すほどに強烈な個を持っている。

 中でも一際異彩を放つのが、冒頭でも触れた暗殺人形だ。

 人なのに、人の心を持たないように鍛えあげられた兵器に等しい暗殺者。その暗殺人形であるナタリアは、天使のように鮮烈な美しさを持ちながら、爆弾を投下する無人航空機のごとき冷酷さで、ただ命令されたとおりに人を殺す。そのためだけに作られ、それが存在意義という、あまりにも冷たい少女。

 彼女はその美しく冷徹な戦いぶりから、共和国の兵士たちから「死天使」と呼ばれ、怖れられている。

 ヘルエンジェル。

 まさに言い得て妙だと思った。作者様の戦闘描写の上手さもさることながら、とくに彼女の戦いぶりは舞い散る天使の羽が視えるほどに、溜息をつく美しさがある。死の美しさを暗喩しているような象徴的な存在がナタリアで、彼女には心がない。暗殺という目的に純化され、人の心もぬくもりもない彼女は、天使とは程遠い機械で、人ですらない。そんな彼女は、暗殺以外の何も知らないがゆえにとても純粋で危なかっしい。
 なんて儚く悲しい存在。しかし、足りないからこそなによりも美しい。そして足りているものたちからすると、放ってはおけない不思議な魅力がある。

 そして、もう一人、この物語のキーマンとなるライ・ミドラスも元暗殺人形だ。彼はナタリアのことを気にかけ、こころのあり方と世界の美しさ……ナタリアが知らないものを教えようとする。暗殺人形から脱却し、人のこころを得た彼だからこそ同じ境遇をもつナタリアを気にかけるのは納得だが、彼自身それがどんな感情から発露された思いなのかイマイチ理解できていない。こころを完全に理解できているわけではない、という未完成な一面をもつ、優しい青年だ。

 だが、皮肉なことに彼はナタリアと敵対する共和国の暗殺者で、「死神」と怖れられた存在だった。二人はお互いを殺すように命じられ、殺し合わなければならない状況から物語がはじまる。

 まさに、暗殺者の血みどろな宿命。

 私は二人の凄惨な殺し合いと、すれ違いぶつかり合う冷温な交流をとおして成長する姿を、手に汗握る思いで見ていた。あまりにも迫力がある戦闘シーンと、謀略と腐敗が満ちみちた国同士の醜い争い、戦争の悲惨さ、そしてその中で描かれる人間と非人間の触れ合い……。あらゆる事情を含みながら、あらゆる角度で描かれる二人の物語は、優しくも厳しくも鮮烈で残酷だ。

 そう、残酷なのだ。この物語は二人の未完成な人間を通してあまりにも残酷な問いを我々にぶつけてくる。

 生きるとはなにか?

 心とはなにか?

 そして、こころはあった方がいいのか?


 否が応でも考えるだろう。ナタリアが、こころを取り戻したとき、なにが起こるのか? この物語には血の通わない冷たい残酷な一面がところどころに垣間見えるから、言いようもない不安がナタリアの成長に対する安堵とともに常に襲ってくる。まさに影のように不穏さが張り付いて離れないのだ。しかし、そこには不思議なほどの快が潜んでいる。それはこの物語があまりにも秀麗な表現で戦争を描いているからだろうと思われる。

 この先を見てみたい。しかし、見るのが怖い。

 そう思ってしまう。


 また、二人を中心に語ったが、この物語の魅力は個性豊かなサブキャラクターたちにもあることを忘れてはいけない。殺人の冷酷さを抽出したような存在、夜の女王アリア。そのアリアが統べる暗殺部隊ガンマの面々……復讐を誓うツンデレのエルシオや残虐さが天元突破したミラ。共和国の特殊部隊の連中……アルバやエルザ、ルカ、リュエル。ミステリアスなロリババアの参謀ソフィア。馬鹿みたいに運がいいカイル。糸を駆使する謎の殺人者シド……あげればキリがないし、彼ら一人ひとりの魅力を語りだしたら夜が更けて、きっと3万字くらいの論文が出来上がると思う。

 彼らがいかに魅力的なのかは、ぜひ物語をみて知って欲しい。きっといい意味で振り回されることになるだろう。

 あまり纏まってはいないかもしれないが、この物語には作者様の哲学やキャラクターへの愛が重箱を埋め尽くすような勢いで詰めに詰め込まれている。だからこそ、キャラクター小説、そして架空戦記ものを読みたい人にはうってつけの作品だと思う。

 斑鳩睡蓮さんの小説を知るには、本作こそが相応しい。

 後悔しないことは保証するから、ぜひ、手にとってみてもらいたい。

 きっとあっという間に読み終わっている。



 

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