第27話 天の子
秋が深まり、吹く風が冷たさを増していき、やがて谷に冬が訪れた。
そして、寒さが厳しくなっていき、草地に薄っすらと雪が積もり始めたころ―――
ミリエルの体にも変化が訪れた。
「ユラ様……」
ミリエルが不安な気持ちでいっぱいの表情でユラに打ち明けると、
「心配しなくても大丈夫よ」
と、ユラはすべて分かっているといういつもの慈愛に溢れた微笑みで、ミリエルを安心させてくれた。
「はい……」
ユラの言葉にミリエルは安心し、表情を和らげた。
「それと……」
「なぁに?」
ミリエルの問いかけにユラが心持ち首を傾げながら聞き返した。
「リビさん達には、どう話せば……」
「ああ、それね。それなら私が話しておくわ」
「ありがとうございます……」
ユラから話を聞いたリビとシエルは、早速ミリエルの部屋にやってきて、まるで自分のことのように大喜びした。
「ミリエルさん、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
二人の祝福の言葉に、
「ありがとうございます……」
と、ミリエルは恥ずかしそうに微笑んで答えた。
「それでですね、早速なんですけど、私達こちらに引越して来ようかと思うんです!」
珍しく鼻息を荒くしてリビが言った。
「私達、ミリエルさんのお役に立ちたいのです!」
シエルもリビと同じく鼻息荒く言った。
「でも……」
ミリエルはどう答えてよいか分からず、言葉に詰まってしまった。
「お家の事ならご心配いりません。実家に話はしてありますので、じきに技術者が来て小屋を増築してくれるはずです」
と、リビが請け負ってくれた。
聞くと、リビの父親は近隣を治める領主で、叔父に商業組合の理事長と工業組合の理事長がいるらしい。
「すごいんですね……リビさんのご実家って」
衣食住に困るような事は無かったとはいえ、小さな村の
そして、善は急げと言わんばかりに、翌日にはリビの実家から技術者達が資材を積んだ馬車を連ねてやってきた。
「雪が降り始める前に完成させたいですからね!」
とノリノリのリビ。
その横ではシエルが「うんうん」と大きく頷いている。
「私の父も来てるんです。是非ご挨拶させてください」
とリビが言うと、先頭の馬車から一人の紳士が降りてきた。
「あなたが月の賢者様ですね。お初にお目にかかります、リビの父です」
落ち着いた雰囲気の紳士がミリエルに挨拶をした。
髪に白いものがチラホラと見える。五十絡みといったところであろうか。
「はじめまして……ミリエルと申します」
正直なところミリエルは『月の賢者』と呼ばれると照れくさくなってしまい、言葉にもキレがなくなってしまう。
「お住いのことは私共にお任せください。将来のことも考えて部屋も多めにしておきます」
と、リビの父はにこやかに言うとミリエルにお辞儀をして技術者達が集まっている場所へ戻っていった。
「将来のこと」と言われて頬が赤くなる思いのミリエルだったが、
(将来は……どうなるのだろう?)
という不安な気持ちもある。
というより、不安のほうが大きい。
太陽の予言書を通してリトと話すことができるようになり「今リトは遠くにいるだけでじきに返ってくる」と錯覚してしまうこともしばしばだった。
だが……
(リトが帰ってくるという保証はなにもない……)
太陽の予言書が再び戻ってきて、裂け目を塞ぐ蓋となったリトと交信できるようになって以来、ミリエルは起きている間はもちろん、眠っている時でさえ片時も太陽の予言書を手放さなかった。
ただ、リトとの交信はいつでもできるというわけではない、ということが分かってきた。
『上から伝えられたことからすると、どうやら俺がいるところ、っていうのも変な感じだけど、こっちとそっちの世界は時間の流れ方が違うらしいんだ』
「時間の流れが違う……?」
『ああ、時間が同調している時にはこうやって交信ができるんだけど、そうでない時は交信できないらしいんだ』
「つまり……いつでも言葉のやり取りができるわけではない、ということなのか……」
『ああ、そうらしい』
そんな、リトとのやり取りを思い出しながらミリエルは小さくため息を付いた。
そうしているうちにも季節は流れ、月は満ち、今、新しい命がミリエルの下にもたらされようとしていた――――。
そして、ある夏の月夜のこと……。
育みの小屋に赤ん坊の泣き声が響いた。
天の子の誕生である。
『天の子は、月の賢者と太陽の勇者の子として顕現し、この世界の希望となるであろう』
天の子が『世界の希望』となるということは、裏を返せばその前に世界に危機が、ひいては我が子に危機が訪れるということなのだろうか……。
(そんなこと、あってたまるものか……!)
隣で寝息を立てる生まれたばかりの我が子の頭をなでながら、ミリエルは思った。
(どんな事があっても、この子は私が守ってみせる……!)
そう思いながら、ミリエルは枕元においてある太陽の予言書を手にした。
今では声に出さなくても、太陽の予言書を手にして念じるだけでリトに通じるようになっていた。
(リト……私達の子だ……女の子だぞ)
『女の子!きっとミリエルに似て美しい子なんだろうなぁ……会いたいなぁ……』
(まだ生まれたばかりで顔はしわくちゃだがな)
小さく微笑みながらミリエルは念じた。
『ミリエル、ありがとう!』
(ああ……!)
『名前を考えなきゃな』
(うむ、それなんだが……)
『ん?もう、考えてあるのか?』
(ああ……トニア……という名はどうだろう)
『トニア!綺麗な名じゃないか!響きが素晴らしい!』
(だろう?)
『トニア……俺達の娘』
(ああ……私達の娘だ)
【天の子】トニアにはどのような運命が待っているのか。
ミリエルが優しく撫でると、トニアは薄っすらと目を開けてもぞもぞと手を動かした。
この子を父親に会わせてやれるのだろうか、という不安は常にミリエルの心の大きな部分を占めている。
だがミリエルは、
(きっと、この子を父親に、リトに会わせる、きっと……!)
と、改めて強く心に刻んだ。
月と太陽が交わるところ 舞波風季 まいなみふうき @ma_fu-ki
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