第26話 これから

「「えぇぇぇぇぇーーーー!?」」


 リビとシエルの、絶叫とも言っていいくらいの驚愕の叫びが谷に響き渡った。

 ミリエルはといえば、最初の驚きこそ過ぎ去ったとはいうものの、それでも、ただただ驚くばかりで、目を見開き口も半ば開いたままで固まってしまっている。


「こここ、これって、ほほほんとに、りリトさんなななんですかねぇ!?」 

「おおおししょさま、おち、おちち、おちちゅいてください!」

 リビとシエルはあまりに信じられない出来事を見てしまったために、まともに呂律ろれつが回らない状態におちいってしまっている。


 もちろんミリエルも驚きのあまり頭が混乱の極致にあったのだが、普段は比較的落ち着いて見えるリビとシエルのそんな様子を見ると、却って落ち着くことができるから不思議なものだ。

 とは言っても、ミリエルも未だ震えるような思いが残っている状態だったので、

(落ち着こう……落ち着かなきゃ……落ち着け、私!)

 と、心に何度も念じ、大きく深呼吸をし、改めて太陽の予言書の最新ページを開いて見た。


『おぉ――――い、ミリエル――――いるかぁ――――!』

『俺だぁ――――リトだぁ――――!』


「本当にリト……なのか……?」

 未だ震える手で太陽の予言書を持ちながらミリエルが独り言のように呟いた。


 すると、しばらくしてから、予言書に新しい言葉が浮かび上がってきた。


『そうだぞ――――ミリエル――――!』


「えっ?私の声が聞こえるのか!?」

 ここで、またしばらく間があり、

『聞こえるぞ―――』

 と、答えが浮かび上がった。

 それを見ていたリビが、

「こちらの声が聞こえるんですね!リトさん、私です、リビです!」

 と言えば、  

「シエルです!」

 と、シエルも立て続けに言った。

 だが、今度はしばらく経っても文字は浮かんでこなかった。


「「あら……?」」

 拍子抜けして目をパチクリするリビとシエル。

「どういうことなのだ……」

 ボソッとミリエルが言うと、


『……ん?どういうこととは、なんだ?』


「あ……いや、私の声は聞こえるのに、リビさんとシエルさんの声は聞こえないのはどういうことかと思ったんだが……」


『そのへんのことは俺もまだよく分からないんだが……今はミリエルが予言書を持ってるのか?』


「そうだ。窪地でシエルさんが見つけてくれて、その後は私が持っているが……」

 すると、ミリエルの横で予言書を見ていたシエルが、

「もしかしたら……」

 と、言いながら予言書に触れた。

 そして、

「リトさん、シエルです。聞こえますか?」

 と、呼びかけた。


『おお――――シエルちゃん!聞こえるよ――――!』


(……シエル?)


 リトの返答にミリエルはこめかみをピクリとさせたが、とりあえずは黙っておくことにした。


「やっぱり……!予言書に触れている人の声はリトさんに聞こえるみたいですね」

 シエルが嬉しそうに言った。

「本当に!?」

 そう言いながらリビも予言書に手を触れて言った。

「リトさん、私です、リビです!」


『おお――リビさん!聞こえますよう――!』


「わぁーーすごいすごい!」

 と、少女のように喜ぶリビ。


「声が聞こえるだけか?こっちの様子が見えたりはするのか?」

 ミリエルが聞いた。

 すると、これまでよりやや長い間があって、


『そっちが見えるわけではないんだが……何処かから何処かに動かされたような感じはしたなぁ』


「そういうことが分かるのか?」


『ああ、動いてる感覚や、触覚っていうのかな……柔らかさや固さ、それと温かさ冷たさも分かるぞ』


「それはすごいな……」

 ミリエルが感心して言った。


『例えば、つい今しがたまでは、すごく心地がいいところにいたと思うんだが』


「ん……心地がいいところ?」

 ミリエルが何気なく聞き返した。


『暖かくて柔らかい、この世の天国かと思えるような――』


(まさか……)


 花の窪地でシエルが予言書を見つけてくれて、ミリエルに手渡してくれてから、嬉しくてミリエルは予言書をギュッと胸に抱きしめていた。

 そう、予言書が光り出す、つい今しがたまで……。


 ――俺が思うに多分そこは――』


 すると横で一緒に浮かび上がる文字を見ていたシエルが、

「あ、それは多分ミリエルさんの……」

 と何気なく言いかけると、ミリエルの顔は瞬時に真っ赤になり、シエルの言葉が終わる前に、ミリエルは手にした太陽の予言書を力いっぱい放り投げてしまった。


『わあぁぁぁぁぁぁ――――――』

(※注:実際にはリトの声は聞こえていません)


「「「あ……」」」

 リビとシエルはもちろん、ミリエルも思わずそう口にしていた。


(反射的に放り投げてしまった……)


「あらあら」

 ユラが優しげな困り顔をし、

「わっはっはっはっ!」

 ノルが豪快に笑った。


「み、ミリエルさん、大事な予言書を……!」

 リビが仰天して言った。

「ご、ごめんなさい!私が余計なことを言ったから……」

 シエルが泣きそうな顔になって謝った。

「い、いいえ、そんな……」

 ミリエルは、自分の短慮を恥ずかしく思いながらそう言い、

「すぐに探しに行きます」

 と言って、予言書を放り投げた方向へ歩き出そうとした。


 そんなミリエルの目の前にいきなり光のたまが現れた。

「……!」

 ミリエルはハッとして、その場で一歩下がった。

「ミリエルさん!」

 リビが警戒の声を上げる。

 すると、光の球の光が和らいでいき、一冊の本が現れた。


「「「あ!」」」

 ミリエルとリビ、シエルが同時に声を上げる。

「予言書……?」

 ミリエルはいぶかしげにそう言いながら、宙に浮いている予言書を手に取った。

 リビとシエルも両脇から覗き込む。

 そして、ミリエルが最新のページまでめくるとそこには、


『わっはっはっはっはぁぁ――――どうだぁぁ!太陽の勇者リトは【瞬間移動】を覚えた!』


「「「…………」」」

 ミリエルたち三人は言葉を失った……。


『あれ……?』


「さあ、小屋に戻ろうか……」

 と、ミリエルは何事もなかったかのように太陽の予言書をローブの内ポケットにしまいながら言った。

「そうですね……」

 と、一見落ち着いた様子で言うリビは、懸命に笑いをこらえているようだった。

「……はい」

 爆笑寸前のシエルが絞り出すように言った。

 そして、ミリエルは小屋へ向かって歩き出した。


『おおーーい……ミリエルーーリビさーーん、シエルちゃーーん、何か言ってくれよぉ――――……』

(※注:実際には……以下略)


「ふふ……」

 何とか笑いをこらえていたリビの口から小さな笑いがこぼれる。

「うふふふ……!」

 つられてシエルも笑いだし、

「……くっ……」

 必死に笑うまいとするミリエル。

 が、そのミリエルの口からもとうとう笑いがこぼれだした。

「ふふふふ……」

 そしてミリエルは立ち止まり、ポケットから太陽の予言書を取り出して、リビとシエルと一緒に改めて最後のページを見た。


 そして、

「「「あははははははっ!」」」

 とうとう三人の笑いが爆発した。


「どうやら、もう大丈夫みたいね」

 ユラは、リビやシエルと笑い合うミリエルを見て安堵の表情で言った。

「そうじゃな」

 ノルもミリエルの心の回復を見て、可愛い孫娘を見るご機嫌な好々爺といった表情になって言った。

「それじゃ、私達は小屋に戻ってましょうか」

 とユラが言うと、

「うむ、そうしよう。祝杯を上げなければの」

「日が暮れてからね」

 と、既に小屋へと歩き始めながら、ノルの言葉ににべもなく答えるユラ。

「そう固いこと言わんで……」

 とユラの後に続いて歩き始めながらノルが言った。

「もう少し待てば日も暮れるでしょう?」

「日暮れ前に飲むエールがまた美味いんじゃよ、それでな……」

 と、とりとめもない話をしながらユラとノルは歩いていった。


 一方、ひとしきり笑ったミリエルたちだったか、頃合いを見てリビがミリエルに聞いた。

「ミリエルさん、あの……」

「はい……?」

「お腹……空きませんか?」

 と、ミリエルの心の状態を推し量るかのように控えめに聞いた。


「えっと……」

 そう聞かれて、ミリエルは改めてこの三日間、水以外は何も口にしていなかったことを思い出した。

 そして今お腹の具合はと言われれば……。

「……はい……空いてきました」

 ミリエルは頬を赤らめながら答えた。


「「よかったぁーー!」」

 リビとシエルが心から嬉しそうに言った。

「そうしたら、小屋に戻ってお茶会ということにしてお弁当を食べましょう!」

「お菓子もたくさんありますし!」

 リビとシエルが嬉しそうにそう言いながらミリエルの手を取り、小屋に向かって歩き出した。


「はい……ありがとうございます」

 リビたちに手を引かれながら、頬を赤らめてミリエルが礼を言った。


 こうして、三人娘が賑やかに笑いさんざめく声が夕暮れ間近の谷に流れていった。

 その明るく楽しげな笑い声につられてなのか、どこからか野生の鹿やウサギなどが現れ、遠巻きに彼女たちを見つめていた。


 ミリエルはふと後ろを振り向き、おそらく偶然であろう、彼女たちを見ている野生動物たちに気がついた。

 それは、この谷ではよくあるごくありふれた光景だ。

 だが、そのありふれた光景はリトが身を賭して【裂け目の災厄】から世界を守ったからこそ訪れることができた光景だ。

 ありふれてはいるが、いや、ありふれているからこそ尊い光景なのだと、ミリエルは思った。


 予言書という形ではあるが、リトが帰って来てくれた。

 言葉のやり取りもできる。

 もちろん、彼自身に帰って来て欲しい、ミリエルは心の底から激しくそう思う。

 だが、今ミリエルの目の前に映る平和な光景は、彼が身を賭したからこそ得ることができたものだ。


(リトに帰って来てほしい……ずっと彼と一緒にいたい……!)

 それがミリエルの心からの願いだ。


(だが、そうしたら……)

 リトが帰ってくるということは……もちろん、帰って来ることができるとしてだが……裂け目を塞いでいる蓋が無くなることを意味する。

 そうなれば、当然の帰結きけつとして再度、裂け目が開いてしまうことになる。


 今、太陽の予言書という形ではあっても、リトが戻って来てくれたことで、ミリエルは彼を失った時の絶望的な哀しみからある程度は立ち直ることができた。

 だが、これからのことを考えると、再び暗い気持ちが首をもたげてくるのを感じた。


「ミリエルさん……?」

 後ろを振り返ったまま、いつの間にか立ち止まっていたミリエルにリビが声をかけた。

「あ……ごめんなさい」

 リビの呼びかけにハッとして、再びミリエルは前を向いて歩き出した。


(とにかく今は……リトと話しがしたい……)


 ミリエルはこれからのことに思いを馳せ、心からそう思った。

 そして、ローブの内ポケットに収めてある太陽の予言書にそっと手を当てるのだった。

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