第8話 静寂の谷へ
「まさか、ミリエルさんも私と同じ声を聞いていたなんて驚きです」
驚き冷めやらぬといった様子でリビが言った。
「本当に」
ミリエルも同意して言った。
「話を元に戻しますと、私が予言者らしいということもその声から聞きたことなのです。『裂け目』のことも月の賢者と太陽の勇者のこともその声が教えてくれました」
「そうすると、その声はあなたに将来起こるであろうことを話し、実際にその通りになったということなのですか?」
ミリエルが聞いた。
「はい、今のところは」
リビが答えた。
「実のところ声が聞こえると意識が薄れてしまって内容をよく覚えていないことが多いのです。
そういう時の私はうわ言のように聞いたことを話しているようなのです。ちょっと気味が悪いですよね」
リビは苦笑いをしながら言った。
「そんな私のうわ言をシエルが書き留めてくれているのです」
シエルがたちあがって壁際の棚から一冊の本を取り出してリビに手渡した。
「これがその本です。大げさな言い方をすれば予言書です」
〘予言書〙という言葉にミリエルとリトはハッとした。
自分たちも予言書を持っていてそこにかかれている予言に従っているからだ。
「実を言えば私達も予言書を持っているのです」
ミリエルが言うとリビは驚いた。
「ではあなた方も予言を?」
「いえ、私たちの場合はいつの間にか手元に何も書いてない本があって、ことあるごとに予言、というか指示のような内容のことが浮かび上がってくるのです」
「で、次は境界の森の先の静寂の谷へ行けって出てきたんですよ」
リトがミリエルの話を継いだ。
「静寂の谷ならここからだと……馬で1日くらいでしょうか」
少し考えてからリビが言った。
「馬で1日だと歩いていくと2日か3日といったところか……」
リトが言った。
「リビさん、申し訳ないのですが私達水と食料がほとんどなくなってしまって。できれば数日分お譲りいただけないでしょうか。もちろん謝礼をお支払いします」
ミリエルが遠慮がちにリビに頼むと。
「もちろんです。できる限りのことはさせていただきます。馬も2頭ご用意できます。
謝礼など気にしないでください。
お二人の力になれるというだけでこの上なく光栄なのですから」
リビは快諾してくれた。
「ですが、馬までご用意いただくとなると……」
馬はとても高価だ。さすがにミリエルも気が引けた。
「お気になさらずに。実を言えば私の実家はそこそこ裕福でして、定期的に食料や生活用品などを届けてもらえるのです」
リビはニッコリと笑いながら言った。
「この小屋も実家に建ててもらったのです。しかも温泉付きで」
「「温泉!」」
ミリエルとリトが同時に反応した。
「ええ、断崖のあたりにも所々温泉が湧いているのにお気づきになりましたでしょう?そのうちの一つから引いているのです。
今夜は温泉に入ってゆっくりお休みになってください」
「「はい!」」
ミリエルとリトがとろけるような笑顔で答えた。
翌朝。
シエルが整えてくれた食料でパンパンに膨らんだバッグを括り付けた馬にまたがって、ミリエルとリトは静寂の谷へと向かった。
リビの話では。
「小屋の前の
二人とも馬に乗るのは初めてというわけではないものの、数えるくらいの経験しかなかった。
尻が痛くなるだろうことは覚悟しているが、到着までの時間がある程度わかっているのは気持ち的にありがたかった。
「もうそろそろ昼時か?」
リトがミリエルに聞いた。
「そう聞くのは何度目だ?」
ミリエルが冷ややかに言った。
「そうは言ってもよう、俺の腹時計はもうすぐ昼だって言ってるんだよ」
リトはわざとらしく情けない顔をした。
「午前のうちにできるだけ距離を稼ぎたかったのだが…仕方ない昼にするか」
ため息混じりにミリエルが言った。
「そうこなくちゃな!」
ニカっといった表情で笑うリト。
「調子のいい奴め」
困ったものだという表情で微笑むミリエル。
境界の森は昼なお暗いというほど木々が鬱蒼とした森ではなかった。
木々の間から木漏れ日が差しており、小道の脇には所々空き地もあり、泉が湧き出ていることもあった。
そんな中でも比較的広い、馬2頭を入れても十分な広さがある空き地を見つけた。
空き地の奥には泉も湧いていた。
「野営にもってこいの場所だな」
空き地をぐるりと回ってミリエルが独り言のように言った。
「そうだな」
すでに馬から降りて荷物を下ろし始めながらリトが言った。
「さっさと荷物を下ろして飯だ飯!」
「ああ、そうしよう」
シエルが持たせてくれた昼食は。
燻製肉とチーズの薄切りと葉野菜と赤い野菜の薄切りをパンで挟んだもの。
腸詰め肉と酢漬け野菜を長いパンの切れ目に挟んだもの。
どちらもピリリと辛子が効いている。
鶏の骨付き肉の香草炙り焼きは、数種類のスパイスに香草、それとほのかにニンニクが効いていてシンプルな塩味との相性が素晴らしかった。
様々な野菜と茹でた豆のサラダに使われている黄色いとろっとしたソース、パンにも塗られている、が野菜と豆の美味さを引き立てている。
飲み物は酸味の強い柑橘系の果汁を水で割りはちみつで甘みをつけたもの。
「うおぉぉーーっ!美味い!美味すぎるーー!」
息をつくまもないほどの勢いで食べて飲みながらリトが言った。
「それにしても、この黄色いソースはホント美味いなぁ。酢と卵を混ぜてるのか?」
もぐもぐやりながらリトが黄色いソースの分析をした。
「そうだな。黄色いソースも美味しいが、赤いソースも私は好きだ」
腸詰めを挟んだパンを食べながらミリエルが言った。
「ふむ……これはこの赤い野菜を使ってるんじゃないかな」
リトが赤いソースの味を分析した。
基本的にガサツなリトであったが、食いしんぼう
「うちは親父が料理が得意でな。俺もガキの頃から手伝ってたんだ」
出会って間もない頃にそう言っていたのをミリエルは思い出した。
食事をすませ人心地ついたところで、また静寂の谷に向けて二人は馬にまたがった。
木漏れ日も多く、森としては比較的明るい境界の森も日暮れとともに影を増してきた。
そして森の出口についたのは日暮れ時だが陽が沈むまでにはまだ少し間がある、そんな時間だった。
「ここが静寂の谷か」
谷の入り口に馬を止めてリトが言った。
「思っていたよりも広いな」
というミリエルの感想のとおり静寂の谷は言葉から受ける印象よりもずっと広々とした谷だった。
二人が出たのは谷の横っ腹で反対側までは数百歩かそれ以上ありそうだった。
西に行くに連れてやや北に向かっており、断崖まで繋がっているようだった。
「さあて、静寂の谷についたぞ、予言書さん。次はどこへ向かえばいいのかな」
そう言いながらリトは太陽の予言書を取り出した。
ミリエルも月の予言書を取り出し最新のベージを開いてみた。
「……育みの小屋?」
「だな……『育みの小屋を目指せ』か」
リトは夕焼けに照らされた谷を見回した。
「小屋らしきものは見えないな」
「いや、よく見ろ、リト」
ミリエルが右手、西側を指さした。
帯状の草原と言ってもいい谷の北側に数本の木が立っていところがあり、木々の間から小屋が見えた。
「おお、あるある、たしかに小屋が見えるぞ」
リトが嬉しそうに言い馬を西に向けて進め、ミリエルもリトに続いて小屋へと向かった。
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