第17話 訪れる恐怖
改めて周囲を見ると衝撃の爪痕が生々しく残っていた。
森の木々はなぎ倒され、谷一面を覆っていた青草も潰されたようになっていた。
「リト……」
ミリエルが自分を抱きかかえているリトの顔を見上げながら彼の名を呼んだ。
「ん、なに?」
穏やかな声でリトが答える。
「あの花の……リトが咲かせてくれた花の窪地に……」
「ああ、そうだな」
リトは柔らかく答えて、花の窪地の方に歩いて行った。
たが、やはり窪地の花も、ミリエルのためにとリトが咲かせてくれた窪地の花も、ことごとくなぎ倒されてしまっていた。
「リトの花が……」
悲しげにミリエルが呟いた。
「そうだな……でも、また咲かせてやるさ、何度でも」
「うん……」
ミリエルはリトの言葉を噛み締めた。
小屋に……小屋があった場所に着くと、やはりノルの話のとおり小屋は潰されてしまっていた。
小屋の残骸の前にユラが立っていて、ミリエルたちを迎えてくれた。
「おかえりなさい」
小屋が潰されるような大惨事の
「ただいま戻りました、ユラ様」
抱きかかえていたミリエルをゆっくりと降ろしてリトが答えた。
「ただいま……ユラ様」
リトに肩を支えられながら、やや恥ずかしそうにミリエルも答えた。
「それで、どうだった?リトにお姫様だっこをしてもらった気分は」
ユラがニッコリ笑顔でミリエルに聞いた。
「ユラ様……!」
まさに的を射たユラの言葉にミリエルは顔を真赤にしてしまった。
「お姫様だっこ!なんて素晴らしい言葉なんだぁーー!」
逆にリトは感激の雄叫びを上げた。
そんなリトの腕をミリエルはキュッとつねった。
「あいてっ!」
そう言いながらリトが腕をさすると、ミリエルはツンとそっぽを向いた。
そんな二人のやり取りを微笑みながら見ていたユラが、
「それじゃ、今度の出来事についてお話しましょう」
ほんの今まで、穏やかに微笑んでいたユラの顔が、ミリエルもリトも見たことがないほどの真剣で厳しい表情に変わった。
リトが小屋の残骸を集めて、即席のベンチを用意し、ユラとミリエル、ノルとリトがそれぞれ並んで座った。
「まずはさっきの衝撃だけど、あれはあちらの世界が裂け目を開こうと仕掛けてきたものよ」
ユラが説明を始めた。
「それにしては、前のときよりも遥かに強い衝撃でした」
リトが言った。
「そうね。前のときは少しずつ開いて、あちらの世界の眷属、魔族と言ったほうがしっくりくるかしらね、その魔族たちをこちらに送ってきたものね」
「はい、その魔族たちと私の両親も戦いました。そして……」
「そうだったわね……
そう言いながらユラはミリエルの肩を優しく抱き寄せた。
ミリエルはうつむき加減になって顔をユラの肩に預けた。
ミリエルの母親は主に薬の調合や占いを
逆に今のミリエルが使っているような攻撃に適した魔法は
一方父親は、若い頃は王宮の近衛兵を務め、村に住むようになってからは村の警備隊として人々から厚い信頼を受ける一流の剣士だった。
【裂け目の災厄】の際には両親ともに村の防衛に携わり、村人の先頭に立って戦った。
父親は文字通り最前線で侵入してくる魔族を切り倒し、母親は自ら調合した薬や治癒魔法で負傷者の治療にあたった。
攻め入ってくる魔族そのものはさして強くはなかった。
なので撃退自体に苦労することはなかったのだが、魔族は侵入と一緒に
そのため、魔族たちの吐く息や切りつけた時に発する強烈な異臭に健康を害してしまう者が続出した。
ミリエルの両親もそうだった。
二人とも最前線で奮闘し続けたため、他の者よりも多くの瘴気を吸い、魔族の異臭や体液を浴びることとなってしまったがために、それが原因で命を落としてしまった。
「瘴気はこちらの世界の生き物にとっては猛毒だけど、魔族にとっては生きるために必要不可欠なものなの。こちらの世界の生き物にとっての空気と同じね」
「ということは……」
リトが考えながら言った。
「魔族はこっちの世界じゃ呼吸が長続きせんのじゃよ、すぐに息切れしてしまう。こっちの空気じゃ奴らには薄すぎるんじゃ」
と、ノルが答えを引き継いだ。
(そうか、だから……)
大魔が思っていたよりもあっさりと引いたのはそういうことだったのだ、とミリエルは
「なので、次に攻めてくるときには、先に少しずつ瘴気を送り込んで瘴気溜まりを作って、前哨地を設けるのではと私達は考えていたの」
ユラが言うと、
「その程度ならおまえさんたち二人でも十分に対処できるしの」
と、ノル。
「だとすると、さっきの、あのとんでもない衝撃は……」
リトが聞いた。
「一気にカタをつけようとしているのかもしれないわ」
ユラが言った。
「一気に……?」
ミリエルが聞く。
「少しずつやってたらいつまで経っても
ノルが苦々しい顔で言った。
「でも、こうまで……なんていうか……規模が違うのはどうしてなんですか?」
リトが聞く。
「前のときと比べると費やしている力が段違いなのよ。前回のときは大魔が【裂け目】を少しずつ開いていったんだと思うけど……」
ユラが言うと、
「ヤツはお
ノルが言った。
「そうね。そのことから考えて今回の衝撃の強さを計るとすると……推測になってしまうけど……」
ユラは虚空を見ながら考えた。
「1万くらいかの…?」
ノルが言った。
「そうね……でも……10万以上ということもあるんじゃないかしら……?そうそう強い者も多くはないでしょうから」
ユラが言った。
「あの……1万とか10万というのは……?」
ミリエルが聞いた。
「あら、ごめんなさいね」
ユラが眉間に寄せていたシワを解いて笑顔を見せた。
「今回の衝撃を起こすのにどれだけの者を使ったかを推測していたの。
つまり、あなた達と同程度の力を持った者が数人いたとすれば1万人分、強い者がほとんどいない状況なら10万人分くらいの生命力を使っただろうということなの」
「そんで、そいつらの殆どは生命力を使い果たして……というところじゃろうな」
とノル。
「そんなに……」
驚きを隠せずにいるミリエル。
「そこまでの犠牲を払ってでも強行したということは、相手もかなり切羽詰まっているということなのでしょう」
ユラが言うと、
「そこまでの犠牲を払うなんてことは、こっちの世界では到底ありえないことじゃからの。上もそこまで計算できなかったようじゃのう……」
ノルも悩まし気に言った。
「そうね……だから予言にも表れてこなかった……」
ユラはそう言うと、ミリエルとリトを交互に見た。
「このことについては、私達はあなた達に謝らなければいけないわね。
「ほんにすまんかった」
ユラとノルがミリエルとリトに謝った。
「いえ、そんな……」
「予言も絶対に確実ではないってことは聞いてたから……」
ミリエルとリトはかえって恐縮してしまった。
「ところで、上というのは……?」
リトがその言葉のまま上を見ながら言った。
「ああ、上というのはな……この世界の意思と言えばいいのかの?」
「そうね、この世界、前に宇宙という言葉を使ったからそう言うわね、宇宙には自我があって意思を持っているの」
「ということは……私達人間と同じように、心があるということですか?」
ミリエルが聞いた。
「そうね。でも、その言い方だと逆になってしまうわね」
「逆?」
「ええ。宇宙はその誕生の時から意思を持っていたの。人間という知性を持った生き物が誕生するよりも遥か昔からね」
「つまりじゃな、人間が宇宙と同じように意思を持つようになった、ということじゃ」
「そして、私とノルは、その宇宙の意志の一部なの」
「宇宙の意志の一部?」
リトがオウム返しに聞いた。
「ということは、ユラ様とノル様は……その……」
ミリエルは次の言葉を言うことがはばかられた。
「ええ、私達は人間ではないわ。さっきノルが光の粒子になったりしたから想像できてたと思うけど」
ユラが言った。
「宇宙の意志から分離した自我がエネルギーを集めて人間の形をしている、と言えば分かるかしら?」
「……わかります……とすぐには言えませんけれど……」
ミリエルが眉間にシワを寄せて答えた。
「ちょっと難しいかもしれないわね」
ユラが珍しく苦笑しながら言った。
「そうすると……ユラ様とじいちゃんは神様ってことですか?」
リトが聞いた。
「うーーん、神というのは実際のところはいないんじゃが……」
「「いないんですか!?」」
ミリエルとリトが驚いて同時に聞いた。
「ええ、残念ながらね。でも、過去にも私達のように宇宙の意志から分離した存在が人間に色々と教えたりしたこともあるから……」
「それを人間が神と呼ぶようになったんじゃろうなぁ」
「そうしたら、今度もユラ様とノル様が私達を助けてくださるんですね?」
ミリエルが期待を込めて聞いた。
すると、ユラとノルが口ごもって顔を見合わせた。
こんなことは今まで一度もなかったことだった。
「本当にごめんなさい。私達は手助けしてあげることはできないの……」
深い悲しみに沈んだ顔でユラが言った。
「「…………!」」
ミリエルとリトは息を呑んだ。
(それって……もう……)
ミリエルは次の言葉を思い浮かべることさえ恐ろしかった。
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