月と太陽が交わるところ
舞波風季 まいなみふうき
第一章
第1話 ミリエルとリト
「……終わったな」
リトが
「……ああ、終わった」
ミリエルが
今、二人の前で『
この世界を破滅と恐怖で満たそうと、
予言書に導かれた太陽の勇者リトと月の賢者ミリエルは、人々の願いと希望を背負い『裂け目』と
二人は、持てる能力の限りを尽くし、そして生命力をも限界まで絞りだした。
そして『裂け目』から
ドサッ……!
「もう動けねぇ……動きたくねぇ」
「……そうだな」
ミリエルもリトの隣に座り込み、大きくため息をついた。
「ホント死ぬかと思ったぜ、ってか、よく死ななかったよな、俺たち」
「本当に……私も何度駄目かと思ったことか……」
濃く長い
二人は今しがた終わった
「ま、俺のおかげだな」
リトはミリエルを横目で見ながらうそぶいた。
「ふん、言っていろ」
ミリエルは彼のそんな軽口に
そんなミリエルにリトが言う。
「どうだ、俺のこと
「もとからお前に惚れてなどいない」
ミリエルが
「つれないなぁ~俺はこんなにお前に惚れてるのに」
大袈裟に
「もしかして照れてるのか?」
「なぜ私が照れなくてはならないのだ?」
呆れ顔でミリエルが言った。
「うんうん、つれない素振りは愛情の裏返しってことだな。恋する
と、勝手に妄想を
「何が恋する乙女心だ。そんなに一発喰らいたいのか、リト?」
その声は低く、苛立ちに満ちていた。
「
ゴゴゴゴ!と音が聞こえてきそうなオーラを発しながら、ミリエルは
「あわわ、わかったわかった!わかったからその手に出した炎を引っ込めてくれぇぇ~!
「ふん」
ミリエルは不機嫌そうな表情で炎を収めた。
こうした冗談とも本気ともとれるリトの軽口はいつものことだった。そんなリトに対してついムキになってしまうミリエルではあったが、今ではこうしたやり取りも日常会話の延長のようになっている。
とは言え、彼女にとってリトは
『裂け目の
だが、そんな彼を一人の男として、愛だの恋だのといった甘い感情で見たことはなかった。
大切な仲間、信頼できる同士、それだけだ。
二人の性格は
彼は時に、というより
そんな時でも、彼は楽しくてしょうがないといった
ミリエルはその
そんなミリエルの心を知ってか知らずか、いつも笑いながら言い訳をするリト。
そして、ことが終わると、安心した反動で怒りがふつふつと
(それにしても恐ろしかった……)
ミリエルは思い返す。
今しがた『裂け目』を閉じ、大魔を押し返した戦いで、ミリエルは今までにない恐怖を感じた。
自らの死の恐怖はもちろんのこと、それ以上に、リトを失なってしまうのではないかという恐怖。
上手く隠しているつもりではあったが、ミリエルは今もその恐怖で震える思いでいた。
「さて、これからどうすればいいのかね?」
物思いに
「ああ……予言書を見てみるか?」
我に返ってミリエルが答える。
「そうだな……どれどれ、予言書様は何と
リトとミリエルは
リトは太陽の予言書。
ミリエルは月の予言書を。
いつどこで手に入れたのか、二人とも記憶が
初めて見たときは何も書かれていない白紙のページしかない本だった。それが、日が
予言書の言葉には強い強制力があるようで、
「まぁた、無理難題を吹っ掛けてくるんじゃねぇだろうなぁ~?」
リトが不満たらたらでページをめくり、最新の予言が書かれているページを読んだ。
「ふむふむ……って、ま、マジか!」
リトが驚きの声を上げる。
「どうした、そんなに驚いて?」
驚くリトを横目で見ながら、ミリエルも自分の予言書のページをめくった。
そして、最新の予言が書かれているページには。
『
「あれで終わったんじゃねぇのかよ……」
「何ということだ……」
二人は
「
少しずつ浮かび上がってくる文字を見てリトが言った。
『太陽の勇者と月の賢者は次なる危機に備えよ。世界の果ての地の南にある境界の森を抜け
リトは予言書の言葉を声に出して読んだ。
「……とりあえずはここまでか?ミリエル、お前の予言書はどうだ?」
「多少言い回しは違うが、ほぼ同じだ……」
二人は
「しょうがねえ、予言書には従わねぇとな」
「そうだな、しばらく休んでから境界の森というところを目指すか」
「でもよう、これ予言書っていうより、もう
うんざり顔でリトがぼやいた。
「確かに……命令書と言ってもいいくらいだな」
今二人がいるこの『世界の果ての地』は周囲を山に囲まれた盆地のような荒野だった。
そんな生命の
「見たところ、この
荒野をぐるりと見渡していたミリエルが言った。
「というより木の一本も見当たらねぇじゃねぇか。って、そもそも南ってどっちだよ?」
リトもミリエルと同じように荒野を見渡しながらぼやいた。
「南はあっちだ」
目を閉じて愛用の
「えっ、分かるのか?太陽も見えないのに?」
空を見上げながらリトは言った。空は曇って薄暗く、太陽の位置は全く分からない。
「ああ、この魔杖は北を示してくれる」
「便利な杖だなぁ……俺にも使えるのか?」
リトが魔法に関連した事柄に興味を示すのは珍しいことだ。
「多分な。大地の磁力の流れを感知する訓練が必要だが」
「簡単そうだな。ちょっと修行すれば使えそうじゃないか」
「ちょっと?」
眉をしかめてミリエルが聞き返した。
「うむ、ちょっと……百年くらいな、はっはっは~!」
「お前はそれが面白い冗談だと思っているのか?」
ミリエルが呆れたように言った。
「なあ、ミリエル。あの不思議な木の実はもう無いのか?」
「って、もう魔杖には興味が無くなったのか!?」
「んんーー……というか腹が減ってきたしな。これからまた歩かなきゃだろ?」
「まったく……お前は子供と同じだな」
そう言いながらミリエルは腰のベルトに下げた袋を取り、リトに手渡した。
リトが“不思議な木の実”と呼んだものは、精霊の恵みを宿し、
ミリエルが生まれ育ったのは『精霊の森』と呼ばれる森の
『精霊の森』は精霊が暮らし、森全体に精霊の加護が満ちている森だ。
加護のお陰で森に
「この実ってのは、その『精霊の森』に行けば誰でも採れるのか?」
実を一粒口に放り込み、モグモグやりながらリトが訪ねた。
「いや、村の
「そんな貴重なもんだったのか」
リトは少なからず驚いた。
「ああ、そうだ。この旅に出る時に
そう言いながらミリエルも木の実を
「よし、木の実のおかげで元気も出てきた!」
リトが立ち上がりながら言った。
「そうだな。行くとするか」
ミリエルもゆっくりと立ち上がり、二人は南に向かって歩きだした。
「なあ、ミリエル、あの山、というか岩の壁までどのくらいあると思う?」
「うむ……こう何もない荒野では距離感も怪しくなるからな」
そう言いながらミリエルは彼方にそびえる岩壁との距離を
「自信はないが……歩いて
「うへぇ~そんなにか?」
ガックリと
「ミリエル、お前瞬間移動の魔法とか使えないのか?」
「使えん」
「ぐっ、即答だな……じ、じゃあ空飛ぶ……」
「使えん」
「今度は
「魔法は大地や
ミリエルは少し
「お前の
「でもよ、お前は月の賢者なんだろ?すげえ魔法使いってことだろ?」
「予言書が勝手にそう呼んでいるだけだ。私が
「かぁ~!逃げやがったなぁ、ミリエル」
「そういうお前こそ太陽の勇者なのだろう?
ミリエルが負けじと切り返した。
「っんなこと、出来るわけねぇだろうがぁぁぁーー!」
フンガーといった
「っていうか、俺たち、こんなんでよくあの化け物と裂け目に勝てたよな?」
「たちと言うな、たちと!」
「っんだとぉぉーー空も飛べねぇヘッポコ魔女がぁぁーー!」
「ぐっ……!突貫しかできない
ふと、ミリエルは言葉を止めて、何かを思案する顔になった。
「ん、どうしたミリエル?」
リトがそんなミリエルに問いかける。
「……空を飛ぶ……か。出来るかも知れないな」
「おお!やってくれよ!」
にわかに
「ふむ……では、そこに立ってくれ、リト」
ミリエルは自分が立っている位置から
「ん……この
リトは
「ああ、そこでいい」
そう言いながらミリエルは開いた両手をまっすぐ上に伸ばし、目を閉じて心を集中させた。
周囲の空気が動き出しミリエルを中心に渦を巻いていく。
そして空気の渦は小さな竜巻となり、彼女の栗色の長い髪を大きくはためかせた。
「ちゃんと受け身をとれよ」
と、竜巻の中からミリエルが言った。
「受け身?何のことだ……」
その途端、
ドンッ!
と、
「ぎゃあぁぁぁミリエルてめぇぇぇぇ――――」
リトの
「ぐぎゃ――」
リトは
「ふむ、結構飛んだな」
実験が思いのほか上手くいって、
受け身に失敗したリトであったが、そこはさすがに勇者。
パッと立ち上がり
「なんてことしやがんだ、コノヤロウぉぉぉ――――――!」
普通に考えて声などロクに届かない距離である。
が、リトの叫び声は波動となってミリエルに襲いかかった。
「ぐっ!」
耳元で叫ばれているかのような
「おお!?」
これにはリト自身も驚いたらしく目をぱちくりさせていたが、すぐさま
「わっはっはっはぁー!どうだぁ、これぞ必殺『
「くっ……何が波動拳だ。ただの大声ではないか」
耳を塞いでも聞こえてくる大声にミリエルは顔をしかめた。
ミリエルは、大気や地熱、周囲の動植物の
一方リトは、周囲の自然エネルギーを自身の
「待てよ……声がでかくできるなら……」
しばし思案したリトは両拳をギュッと握りしめ、足を踏ん張り大きく息を吸い込み、溜めた息を一気に吐き出した。
「はぁっ!!」
リトが吐き出した息は矢のような突風となり、その通り道には水しぶきのような
地を
「風の力はこのような使い方もできるのだな…」
ミリエルは風を下方とともに後方へも繰り出し、リトが飛んでいった方へと
自由自在に飛行するには精神の集中を持続させる必要があり制御が難しそうではあるが、訓練次第で使いこなせるようになりそうだった。
「なんだよ飛べるんじゃねぇか、ミリエル」
ややふてくされながらリトが言う。
「たった今できたばかりだ。飛ぶというよりは浮かぶに近いが」
ミリエルはそう言いながらリトのそばに降りていこうとした。
すると下方から風に煽られたローブがめくれて、ミリエルのスラリとした白い脚が太ももの辺りまで露になってしまった。
「おおーーーー!」
リトが目を輝かせて歓声を上げた。
「くっ!」
ミリエルはとっさにローブを押さえた。
「ああ、惜しい~もう少しで……ぐはぁっ!」
リトに最後まで言わさず、ミリエルは着地と同時に空気弾を放ち、再度リトを吹き飛ばした。
こうして、図らずも新たな技を発見した二人であったが、精霊の木の実で多少回復したとはいえ
「はぁーー……」
ミリエルは小さなため息を吐き、自らの魔法で吹き飛ばしたリトをチラッと横目でみながら、南へとゆっくり歩き出した。
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