第4話 森の魔女
「おお、なかなかいいじゃないか」
ミリエルが先程見つけた野営場所にリトを連れて行くと彼は満足そうにそう言った。
「だろう?少し狭いが雨風は十分にしのげると思ってな」
リトに気に入ってもらえて満更でもないミリエルは、自慢げに聞こえないように努めて冷めた言い方をした。
そんなミリエルの陰の努力など気にもとめずにリトは低木をかき分けて腰をかがめて洞穴のようになった峡谷へと入っていった。
「……ふん」
ミリエルは不満げに息を漏らした。もちろんリトには聞こえないように気をつけて。
カチッ カチッ
リトが火打ち石を使う音がして、やがて
「中は結構広いな」
そう言いながらリトはさらに奥へと進んだ。
ミリエルもリトの後から低木をかき分けて峡谷へ入っていった。
リトから火口の火を分けてもらいミリエルも中を見分してみた。
入り口は人ひとり分程度の幅で屈まなければならない高さであったが、中に入ると二人が並んで進める程度の幅となんとかかんとか屈まずに進める広さになっており、奥に向かって上っている。
数歩先を登っていくリトが立ち止まって先を見通そうとしていた。
「洞穴はここまでだな。この先少し登って下った先が森なのかもしれない」
ミリエルもリトの肩越しに洞穴を出た先を見ると、ちょうど月明かりが峡谷を照らしていたため思いの外先の方まで見通せた。
「そのようだな。岩だらけで歩くのに難渋しそうだが仕方あるまい」
諦め口調でミリエルが言った。
「とにかく今日はここで休もうぜ」
そう言いながらリトはその場に腰を下ろし、岩壁を背にしてマントで首まで覆った。
「ああ、そうだな」
ミリエルも少し離れたところに腰を下ろし、リトと同じように岩壁を背にしてマントで体を覆った。
(今日はとんでもない一日だった)
そう思いながらミリエルは隣に目を向けた。すでにリトは寝息を立てている。
(結局夕食は無しになってしまったな)
そう思いながらミリエルは顔をほころばせつつ目を閉じた。
(さすがに疲れた……明日はあの峡谷を進むのか……)
そう明日に思いを馳せるうちにいつしかミリエルも眠りについた。
翌朝ミリエルが目覚めると、リトはすでに隣にはいなかった。
(先を見に行ったのか?)
ミリエルはゆっくりと起き上がり洞穴の出口の方に登って行った。
外を見ると夜が明けて間もない時間のようだったが日差しは眩しく、ミリエルは手を額にかざして峡谷の先を見やった。
峡谷は若干登ったあと下っていて数百歩行ったあたりが
ちょうどその時天辺に見慣れた人影が現れ、ミリエルに気づくと大きく手を振った。ミリエルは軽く頷いて応えた。
「ちょっと先の方を見てきたぜ」
ミリエルのところまで来たリトが言った。
「あの天辺の先は下っていて、峡谷自体はそれほど長くはなさそうだ。遠くに木も見えたからその辺が森なのかもしれねえな」
「何とか明るいうちに森にたどり着きたいものだ」
ミリエルが思案顔で言った。
「水も食料も
そう言いながらミリエルは腰の袋に手をやった。
この世界の果ての地には、立ち寄った村の外れの
祠に行く目的は裂け目の災厄の情報を得るためと考えていたので、せいぜい1日か2日の行程だろうとふたりとも高をくくっていた。
したがって水も食料も2日分程度しかない。
食料はミリエルが持ってきた精霊の木ノ実があるが水は残りわずかになっていた。
「まずは川か泉を見つけたいところだ」
リトも顎に手を当てて思案するような表情で言った。
「そうだな。とにかく森に向かおう。朝食だ」
ミリエルが精霊の木の実をリトに渡しながら言った。
「おお、いただき!昨夜は何も食わずに寝ちまったからハラが減ったのなんの」
リトはポイと木の実を口に放り込み腰に下げた革袋から水を飲んだ。
「よし、出発ーー!」
掛け声とともに峡谷を登り始めたリトの後を、彼と同じく木の実と水の朝食を済ませたミリエルも登り始めた。
その時ふとミリエルは誰かの視線を感じた、ような気がして思わず立ち止まった。
(誰かに見られてる?昨日の謎の女性か?)
ミリエルが周囲を見回していると、リトが振り返った。
「どうした、ミリエル?」
「ああ……いや、誰かに見られているような感じがしたのだが。気のせいだろう」
「見られてる?」
リトも警戒して周囲を見回した。
「俺は何も感じないが……ミリエルが言うなら念のため警戒したほうが良さそうだな」
ミリエルの感覚の鋭さにリトは絶対的と言ってもいいほどの信頼を置いている。
「いや、悪意を感じるような類のものではなかったが……そうだな警戒するようにしよう」
リトに過剰な心配をかけないよう事も無げな言い方をしたつもりだったが、彼には思いの外深刻に聞こえてしまったようで、ミリエルは口にしたことを少し後悔した。
リトは彼自身の危険には全くと言っていいほどに無頓着で、かえってミリエルのほうがいつも気を揉んでばかりというのが常だった。
しかし、ミリエルに危険が及ぶようなことに関して彼は異様に敏感で、ミリエルからしたら過保護な兄のように感じることもしばしばだった。
リトが言っていたとおり峡谷は10分ほど登ってから緩やかな下りになり、先の方には緑の木々が見えていた。
距離的にはさほどでもなさそうだったが、峡谷を歩くということがどういう苦痛を伴うことなのか二人は思い知ることとなった。
当然のことながら平らな道などない。大小の岩の間を縫い、時にはよじ登り、またある時は岩から岩へと飛び移り、やっと木々がある森の外れまで来たときには疲労と足の痛みで二人はヘトヘトになってしまってていた。
「やっと森まで来たぞーーこんちくしょうーー」
リトが悪態をつきながらその場にへたり込んだ。
「昨日に続き今日までも……なんでこんな目に合わなくてはならんのだ」
ミリエルも愚痴をこぼしながらリトの横に座り込んだ。
その時森の奥から落ち葉を踏む足音が聞こえた。
二人はハッとして身構え、足音が聞こえた方を注視して身構えた。
すると木々の間から人影が現れた。
小柄なフード付きの長い灰色のローブを着た人物だが、フードを目深に被っていたため顔は見えなかった。
リトは腰に差した剣に手を置き、いつでも抜けるように構え、ミリエルも魔杖を手にし、いつでも魔法が発動できるように心構えをした。
「ごきげんよう」
フードの人物が挨拶をしてきた。声からすると女性のようだ。
「『裂け目』を閉じてくれたのはあなたたちですか?」
そう言いながら彼女はフードを上げた。
フードの下からは、ほぼ白と言ってもいい白金色の長い髪と薄灰色の瞳の美しい女性の顔が現れた。
ミリエルとリトはどう応えるべきか決めかねてお互いを見て、また白金髪の女性、見ようによっては少女にも見える、を見た。
「いきなりで
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